『モロッコ、彼女たちの朝』

（監督・脚本：マリヤム・トゥザニ　2019　モロッコ＝フランス＝ベルギー）


原題は "Adam"…　その意味するところは、映画が終わる頃になってようやく判ります。その原題に至るまでのある女性の葛藤が描かれた映画という気もします。

101分という上映時間中、ずっと主要人物二人を演じる女優さんたちの顔のアップ、つまり「表情」（広い意味での「佇まい」を含む）だけを見ていたような印象が残りました。

台詞も多くはなく、撮影も大部分は小さなパン屋さんの家の中で、他にはカサブランカの旧市街でのシーンが２度ほどあるだけです。

「言葉」ではなく女性たちの「表情」に、台詞を言わせているのかもしれませんが、私はその表情の語るモノをきちんとつかみ切れている自信など、全く持てなくて…　

なのに、この映画は面白かった！　

それくらい二人の女優さんたちの「表情」「佇まい」には存在感があり、何を言われているのかワカラナイ？ような私にも訴えかける迫力、雄弁さがありました。私はそのことに一番驚かされたのかもしれません。

未婚の母になろうとしている、行く宛のない臨月の女性と、小さなパン屋を営みながら、幼い娘をひとりで育てている年長の女性。パン屋の女性は（娘との暮らしを守るために）頑なに人を近寄らせない。それでも（結果的に）妊婦の女性を家に招き入れ、女性も卑屈になることなく店を手伝い、むしろ孤独な母子に日々の喜び、母親にはほのかな笑顔を取り戻させることになる…　

そんな風に紹介されたら、かえって間違った先入観を持つかもしれません。あらすじはそうでも、描かれているものは違う（と思う）。

　作り手が見せてくれたのは、「人にも自分にも甘えることを許さない」（アラブ社会の常識の外で生きるには、それくらいの厳しさが必要という）ギリギリのところで生きる二人の女性の姿でした。

 

抑制された表現の仕方で、フェルメールの絵のように美しい画面で、全編通じてそういうフェミニズム？を感じさせる…　そんな作品です。

モロッコというアラブでの女性の置かれている立場の弱さ、男性優位の社会規範（いわゆる「常識」）でどれほど女性たちが苦労を強いられ、傷つくことが多いかを、男性たちを責めるような言葉はなしに、とても静かに描いているのにも私は驚かされました。

以前初めてサウジアラビアの映画（『少女は自転車に乗って』）を観たときも、監督が女性と知って驚きましたが、この「初めて観たモロッコ映画」も作り手は女性です。

自由を妨げられ、ほとんど「踏みつけにされている」？立場を、実際に経験している人たちにしか作れない、しかも明るさも美しさも十分感じさせる映画。（今の私のアタマでも当分は（＾＾；）忘れられない作品になりそうです。