物騒なご時世の影響をかいくぐりつつ、ここまで旅を続けられたのは幸運でした。しかし、札幌へ戻ったところでついに影響が出てしまいました。意中の二軒に揃いも揃って振られたのです。
萱野を出た時点で既に七時を回り、やや焦ってはいたのです。それでも八時台の前半には札幌に着き、宿に荷物を置いてすぐさま出直しました。向かった先は北24条です。ところが、目当ての「平次」は無情にも早仕舞いした後でした。おそらく八時で仕舞いだったということでしょう。それではどのみち厳しいものがありました。店が健在だっただけでもよしと割り切り、すすきのへ移動したところまでは一応想定の範囲内です。しかしながら、頼みの綱の「ふらの」までが早仕舞いをしており万事休す。長旅の疲れも限界に近付いた最終盤、あまつさえ雨まで降り出し、一瞬挫けかけました。
選り好みさえしなければ、店は無数にあるのです。しかし、かつて
三泊したときの経験から、札幌の居酒屋に過大な期待は禁物と悟りました。すすきので唯一ここだと思えたのが教祖推奨の「ふらの」で、その後自ら
発掘し、いたく感心したのが北24条の「平次」です。この二軒にさえ行ければ十分と思っていた一方で、いずれにも振られたときの候補が自分の中にはありません。気を取り直して呑むにしても、雨の中を歩いて行こうとは思われず、手近なところがあればと思えるだけでした。
そうなるに至って思い出したのは、「ふらの」にも程近い古びた雑居ビルの中にある飲食街です。現地へ足を運んだところ、「大葉」なる屋号の店がおぼろげな記憶に符合します。改めて眺めると、このビルが建ったときからあったとしてもおかしくはない店構えです。教祖が常々説くように、居酒屋にとって古いことは信用の証に他なりません。閃くものを感じて暖簾をくぐったところ、幸い見立ては的中しました。
L字のカウンターは七席、奥には小さな小上がりがあります。年配の店主が一人で仕切るには御誂え向きの店内です。正面には短冊が、小上がりとの仕切り壁には日替わりのホワイトボードが掛かり、北海道らしさと季節感が現れた品書きも上々。当地ではタチと呼ばれる白子を始め、牡蠣と海鼠も出始めて、品書きにはやがて来る冬の気配が感じられます。その一方で秋刀魚も残り、お通しには柿の白和えが出てきました。
先客は常連らしき独酌のお姉さんのみ。時間からして自分が最後の客になるかと思いきや、一人客が立て続けに三人入ってきました。地元の御常連で賑わう雰囲気には、「平次」にも通ずるものが感じられます。ただし、いずれの御方も酒にはあまり頓着がないのかもしれません。ビールを注文したところ、スーパードライが出てきて肩透かしを食らいました。酒が國稀一本なのはよいとしても、電子レンジで燗をつけるのはいただけません。人数が増えるに従い、もうもうと漂う煙草の煙も気になってきました。
そのようなわけで、自身にとっては明らかな難点もあり、手放しで称賛するまでには至らなかったのが実情です。とはいえ、比較的落ち着いた状況を経験できたことにより、店の美点は窺えました。一時は呑む気力すら失いかけていたところ、捨てる神あれば拾う神ありです。物騒なご時世、一目で分かる余所者がやってきたにもかかわらず、快く受け入れてくれた店主と御常連に感謝します。
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大葉
札幌市中央区南7条西4
011-521-5933
スーパードライ
國稀
お通し
八角刺身
秋刀魚塩焼