昨年飛騨を旅したとき、直前に教祖の番組で高山が二週にわたって特集され、酒場めぐりにあたって非常に助かったという経験をしました。そして今回、出発の直前に取り上げられたのが釧路でした。紹介されたのは「しらかば」と「万年青」の二軒、揃いも揃って自分が行こうとしていた店です。ただ、昨晩の「独酌三四郎」と違い、番組の影響で混み合うという懸念はしていませんでした。というのも教祖の番組の影響はいたって穏当だからです。これは、信者がそもそも酒好きかつ居酒屋好きで、店の雰囲気になじみやすいという事情によるところが大きいのでしょう。そしてこの見立ては誤っていませんでした。
連泊の場合は別段、一泊限りということになると訪ねる順序は決まってきます。一晩中開いている「万年青」を温存し、「しらかば」を最初に訪ねるという流れです。そのようなつもりで「しらかば」へ向かって歩くと、女将が何かの用で表に出てきたところでした。しかし中へ戻ろうとしたところで女将の動きが止まりました。こちらが向かっているのに気付いたようにも見えます。まさかと思いつつもさらに歩くと「おかえり」との言葉が。片手で足りる程度の回数訪ねただけのよそ者を、暗い中で遠くから見分けたとは恐れ入ります。思わぬ歓迎に「ただいま」と応えて暖簾をくぐりました。
先客は小上がりに一組のみ、カウンターは貸切という願ってもない状況です。どこでもお好み次第のところ、着席したのはカウンターの中央を貫く白樺の右隣、玄関から斜めに延びたカウンターがまっすぐに変わった直後の場所です。訪ねた回数はたかが知れていることもあり、どこが特等席なのかはいまだわかりかねているのが現状ながら、今回の席はそれに近いかもしれません。特等席といえば、まず思いつくのは店内の全貌を対角線上に見渡せる位置で、そのような基準に照らせば斜めになった玄関側の区画がよさそうにも思えます。その位置なら目の前にガラスケースがあって、どのようなネタがあるかも一目瞭然です。しかし、真正面に炉端、右にはおでん舟があって、カウンターを放射状に見渡せるこの位置は、それ以上の特等席といってもよいのではないでしょうか。
何度か通うことによって勝手が分かってくるのはこの店においても同様です。この店の特徴の一つといえば、お通しの充実ぶりではないでしょうか。教祖の著作を読む限り、「独酌三四郎」の酢大豆のごとく、牡蠣豆腐が不動のお通しであるかのような書きぶりです。しかし実際訪ねて分かるのは、その牡蠣豆腐が数あるお通しの一つに過ぎないことです。今回は一杯目を注文するなり牡蠣豆腐、赤かぶ、松前漬け、それに真鱈子とこんにゃくの炒め物の四品が出てきました。おすすめの煮魚もあるとはいうものの、まずはこの四品だけで十分です。
このお通しに続けておでんを、次いで鹿肉の「やきとり」をいただくという流れも定着してきました。教祖の著作にもある通り、ここのおでんのよいところは付け合わせにおぼろ昆布がつくことです。おでんとともにいただいても、昆布を出汁に浸していただいてもよく、どちらも肴としてはまことに好適。これに比肩するおでんの付け合わせは、松本「しづか」の葱味噌だけではないでしょうか。
おでんと同時に頼んだやきとりは、塩胡椒、味噌、タレの三本一組で供され、好みの味をおかわりしてもよいと教祖の著作にはあります。どの味もそれぞれによさがあり甲乙付け難いところ、あえて選ぶとするなら塩胡椒でしょうか。焼鳥は塩よりタレを宗とする人間ではありますが、特有の臭みがあって、噛めば噛むほど味が出る鹿肉には、牛タンなどと同様に塩焼きが合っているような気がします。
現時点での課題を挙げるとすれば、やきとりまでの流れが確立されつつある反面、そこであらかた腹が満ちてしまい、そこから先に進めないということでしょうか。今回もやきとりまで進んだところで三杯目が空き、さらに一本干すよりは、余力を残して切り上げる方向に傾いてきました。しかしそこは阿吽の呼吸というべきか、番頭格のおばちゃんからめふんの小皿が差し出されました。それももう一本追加したくなるほどではなく、残った酒を呑み干すのに見合った分量です。これでこそ心地よく酒がいただけるというものでしょう。おすすめの煮魚には到達できなかったものの、少しばかりの未練を残して切り上げ、最後にしじみ汁をいただいて締めくくりました。
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しらかば
釧路市栄町2-3
0154-22-6686
1730PM-2330PM(LO)
日祝日定休
霧笛・福司二合
お通し四品
おでん三品
エゾ鹿やきとり
めふん
しじみ汁