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▲日韓併合、ハレー彗星

▼日韓併合、ハレー彗星(『LOST MEMORIES』、、『虹を架ける王妃』、『ドラえもん』)
1909年(明治42年)、伊藤博文がハルビンで安重根(An Jung-Geun、1879~1910)によって暗殺された。安重根は苅谷嘉顕(かりやよしあき)のかたきを討ってしまったことになる。

伊藤博文と安重根については日本と韓国で映像作品になっている。日本ではTBS『風が燃えた』で伊藤博文とその妻の若いころを三浦友和、山口百恵が演じた。
安重根のしたことは特攻隊、または万歳突撃と同じで、星飛雄馬、ラスト・サムライ、赤穗浪士の精神である。

喩えて言えば、「終戦」直後の日本で、もし、ある日本人がマッカーサー
(MacArthur、1880~1964)を暗殺していたら、GHQの支配は5年ですまず、日本はアメリカの州になっていただろう。伊藤博文は韓国をいずれ独立させるつもりでいたらしい。

また、安重根の場合、明らかに計画的な犯行だったが、某テレビ番組で観た記憶では、安重根の辯護士が「安重根は伊藤博文に対する誤解から、一時的な感情で犯行を犯した」と主張した。これは吉良上野介に斬りつけた浅野内匠頭に対し、目付けが「乱心でござろうな」と念を押したのと同じで、現代で言えば「責任能力の缺如」を理由にして犯人を無罪、または減刑にしてもらう策である。しかし、安重根はそれを拒否し、自分の主張を演説しまくって、処刑されたらしい。

浅野内匠頭も「乱心ではない」として切腹の道を選んだ。遺憾ながら、今の法廷ではそういう信念を貫き通す人間がほとんどいない。辯護士の入れ智慧で、「殺意がなかった」、「精神喪失状態」で逃げる者ばかりであり、なにが正しく、何が悪いかが、法廷という茶番劇の場ではそっちのけになっている。

映画『LOST MEMORIES』では、安重根が伊藤博文暗殺に失敗した場合の歴史を描いている。それで、日韓併合は100年続いたらしいが、伊藤博文は日韓併合に反対で、安重根による伊藤博文暗殺が併合を早めたという説もあるので、安重根による伊藤博文暗殺が失敗したら、逆に日韓併合がなかった可能性がある。

1910年(明治43年)、日韓併合。日韓併合は「国際社会」から認められたものだったが、その「国際社会」は戦争や植民地支配を繰り返してきた国々であった。その「植民地支配」も単なるコトバであって、新羅も高句麗と百済を植民地支配し、秦も楚や趙を植民地支配し、モンゴルもシナを植民地支配し、日本も朝鮮だけでなく北海道と沖縄を植民地支配した。「侵略」と「植民地支配」は既成事実となって固定化すれば「国家統一」となる。

安重根による伊藤博文の暗殺が韓国の独立でなく逆の併合を招いたことは、のちに「日本国憲法」で禁じる「武力による国際問題解決」が事態を悪化させる例であった。つまり、事後法とはいえ、安重根の行為は憲法9条違反であった。一方、ほとんど抵抗できずに殺されたのが沖縄と満洲で日本人が味わった悲劇だった。日韓併合は、併合そのものが悪かったのか、併合の方法が悪かったのか、そのあたりが曖昧になっている。

併合が悪なら、新羅が百済、高句麗を併合したのも問題で、朝鮮も中国も分裂していた時代が正しいことになり、今後、「東アジア統合」、「国境のない世界」、「世界連邦」など永遠に夢見てはならない。しかし、併合そのものは市町村合併や企業買収でも似たことが起こっており、欧洲でも併合に向けて動いている。

1910から南北朝鮮独立(=分断)までの併合のやり方がまずかったのなら、どういう併合なら韓国側も納得したか、代案が必要であるし、今度、日本と南北朝鮮が互いに併合するなら、どうするか、未来に向けての青写真を考えるべきだろう。
例えば、在日朝鮮人に日本の参政権(朝鮮の政治に参加するのが先だと想うが)を与えるのが間違いであれば、日韓併合は昔も今も間違いということになる。逆に、朝鮮人が日本で参政権を得るには、日本と北朝鮮、韓国を「合併」してしまうのが、最も確実である。

『虹を架ける王妃』は日本の皇室の女性が併合後の朝鮮の皇室に嫁いだ話だが、すると、併合後も朝鮮語の皇室は、しばらく、存続していたことになり、併合は意外と緩やかだったことになる。

さて、日韓併合と同じく1910年、ハレー彗星が地球に接近。
『お~い!竜馬』と『必殺仕事人Ⅴ』で記録されたハレー彗星が、また、地球の近くに戻ってきた。ハレー彗星の公轉周期は76年と言われながら、完全な「365日の76倍」ではないので、接近の間隔が1年ずれることがある。
『ドラえもん』の「ハリーのしっぽ」によると、1910年当時の日本では「ハリー(ハレー彗星)の尾が地球を包むと危険だ」という流言があり、人々は酸素ボンベ代わりに自轉車チューブを奪い合ったらしい。野比のび太の曽祖父・のび吉(当時は少年)もその一人だったが、チューブは他人に先取りされてしまっていた。

タイムマシンで西暦1985年(昭和60年)からこの時代にやってきたドラえもんとのび太がのび吉に浮き輪を提供。ドラえもんたちはその直後、ハレー彗星を目の当たりにした。ハレー彗星の尾は地球の大気にはねかえされ、人間はチューブなど使わなくても無事であった。のび吉が1910年当時、満10歳とすると、1900年生まれになる。

のび吉は次のハレー彗星の接近に備え、浮き輪を箱に入れ、庭に埋めた。これは75年後の西暦1985年、ドラえもんとのび太が掘り出した。

映画『鳳凰』も1910年代の中国が舞台。

1911年の辛亥革命によって、翌年、清朝は滅亡。

前後一覧
2008年2/28(西南戦争~日韓併合~満洲事変)
2008年2/28(日清、日露~日韓併合~日中戦争、第2次大戦)

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