青空はのぞいているものの、はるかかなたには入道雲がもくもくと湧きおこっているのがみえる。午前中が「勝負」だな。そこでホテルをチェックアウトするまえに、24時間有効のツーリストチケットがまだあと30分ほど使えることを確かめてトラムにのりこむ。
行き先は、この旅行中で三回目になる「ヒエタラハティ」のフリーマーケット。ここはプロとシロウトが混在して出店しているので、数やメンツも日によってまちまち、ふたをあけてみないことには実態がつかめないのである。ここまでのところはややハズレ気味。使いかけの化粧品とか壊れた携帯電話、なにに使うのかもはやわからない電気コードなどなど、シロウトが家庭に眠っている不要品をもってきて並べているといった感じ。それでも、英語の得意でないおばあちゃんとカタコトのフィンランド語でコミュニュケーションをしていると、「まあ、あなたったらフィンランド語をしゃべるのねぇ」などと言いつつ、頼みもしないのにおマケしてくれることが二度ほどあった。ラッキーなこともあるのだ。よく晴れた週末ということもあって、きょうは店も客もいままででいちばん多い。目についたものをいくつか買いこむ。
大急ぎでホテルにもどるとチェックアウトをすませ、荷物を預けたらふたたび街へ。荷物の量はかなり大変なことになっている。ワレモノもおおい。前日ポストオフィスに確認したところ、ダンボール一箱を日本まで送るとだいたい送料が9,000円ほどもかかるという。そんな無駄はとてもできないということで、とにかくかつげるだけかついで、引きずれるだけ引きずってとゆこうという話になった。
大聖堂のあたりですこしおみやげものなどを買い、最短ルートでひたすら駅へと引き返すと計ったように通り雨が降りだした。昼食は、サノマタロの「Wayne's Coffee」でソーセージのキッシュとコーヒー。軽めにすます。もともとここには「modesty」というコーヒーショップがあったのだが、「modesty」がスウェーデン資本の「Waynes」に買収されたため、いまはこんな具合になっている。
ガラス張りのビルディングの吹き抜けに位置しているため店の雰囲気が大きく変わったというほどではないのだが、なんだかちょっと寂しい。今回の旅で、ヘルシンキの街はよくもわるくも変わっていた。もちろん、その変化の度合いは東京にくらべれば微々たるものかもしれない。それでも、確かにあったはずのものがなくなっているという現実は、この街もやはり、たとえそれが東京よりはずっとゆるやかな速度であるにせよ、確実におなじ方向へむかって変化しているのだという現実をつきつけてくる。東京がもはや失ってしまった「時間」を、ここヘルシンキにもとめるということがいかにナンセンスかということくらい、もちろんぼくだって了解しているつもりだ。けれどもmoiをオープンするとき、それに力を貸してくれた誰もがみな、フィンランドで感じたあのゆるやかな時間と空気とを東京の片隅で感じられる場所をつくろう、そんな気持ちでつながっていたのもまた事実なのだ。「変わらない」ということ、それもまた強い意志に裏打ちされたひとつのスタイルにちがいない。
つぎにこの国をおとずれるとき、いったいそこはどんな表情をもってぼくらを迎えてくれるのだろう。たのしみなような、そしてすこしばかりこわいような。
行き先は、この旅行中で三回目になる「ヒエタラハティ」のフリーマーケット。ここはプロとシロウトが混在して出店しているので、数やメンツも日によってまちまち、ふたをあけてみないことには実態がつかめないのである。ここまでのところはややハズレ気味。使いかけの化粧品とか壊れた携帯電話、なにに使うのかもはやわからない電気コードなどなど、シロウトが家庭に眠っている不要品をもってきて並べているといった感じ。それでも、英語の得意でないおばあちゃんとカタコトのフィンランド語でコミュニュケーションをしていると、「まあ、あなたったらフィンランド語をしゃべるのねぇ」などと言いつつ、頼みもしないのにおマケしてくれることが二度ほどあった。ラッキーなこともあるのだ。よく晴れた週末ということもあって、きょうは店も客もいままででいちばん多い。目についたものをいくつか買いこむ。
大急ぎでホテルにもどるとチェックアウトをすませ、荷物を預けたらふたたび街へ。荷物の量はかなり大変なことになっている。ワレモノもおおい。前日ポストオフィスに確認したところ、ダンボール一箱を日本まで送るとだいたい送料が9,000円ほどもかかるという。そんな無駄はとてもできないということで、とにかくかつげるだけかついで、引きずれるだけ引きずってとゆこうという話になった。
大聖堂のあたりですこしおみやげものなどを買い、最短ルートでひたすら駅へと引き返すと計ったように通り雨が降りだした。昼食は、サノマタロの「Wayne's Coffee」でソーセージのキッシュとコーヒー。軽めにすます。もともとここには「modesty」というコーヒーショップがあったのだが、「modesty」がスウェーデン資本の「Waynes」に買収されたため、いまはこんな具合になっている。
ガラス張りのビルディングの吹き抜けに位置しているため店の雰囲気が大きく変わったというほどではないのだが、なんだかちょっと寂しい。今回の旅で、ヘルシンキの街はよくもわるくも変わっていた。もちろん、その変化の度合いは東京にくらべれば微々たるものかもしれない。それでも、確かにあったはずのものがなくなっているという現実は、この街もやはり、たとえそれが東京よりはずっとゆるやかな速度であるにせよ、確実におなじ方向へむかって変化しているのだという現実をつきつけてくる。東京がもはや失ってしまった「時間」を、ここヘルシンキにもとめるということがいかにナンセンスかということくらい、もちろんぼくだって了解しているつもりだ。けれどもmoiをオープンするとき、それに力を貸してくれた誰もがみな、フィンランドで感じたあのゆるやかな時間と空気とを東京の片隅で感じられる場所をつくろう、そんな気持ちでつながっていたのもまた事実なのだ。「変わらない」ということ、それもまた強い意志に裏打ちされたひとつのスタイルにちがいない。
つぎにこの国をおとずれるとき、いったいそこはどんな表情をもってぼくらを迎えてくれるのだろう。たのしみなような、そしてすこしばかりこわいような。