曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・死者ノ遺産ヲノムナ  (5)

2012年10月28日 | 連載ミステリー&ショートショート
《2012年秋のGⅠの日に更新していく競馬小説》
 
 
(5)
 
 
その路地にある、小さな空き地になんとなく目がいってしまった。そしてすぐに視線を戻し、急ぎ足で通り過ぎた。
空き地で、クーさんが一人の男に詰め寄られていたのだ。男の格好は亮一と同じくらいだろうか。一瞥して堅気の人間には見えなかった。
 
なりだけはでかいくせに、こんな場面に遭遇すると亮一は心臓の鼓動が速まり、手のひらに汗が滲み出てくる。いつもだったら一刻も早く離れてしまうのだが、なにぶんからまれているのがクーさんなだけに、ほっておくにも抵抗を感じる。亮一は悩んだが、意を決して戻って行った。
とりあえず、二人を見ることができて、こちらがすぐ身を隠せる場所で、競馬新聞を見る振りをしながら様子を窺っていた。
 
何かあったらあの場所に駆けつけなければならないと思うと、また手のひらが汗ばんでくる。
男がクーさんの胸ぐらをつかんだ。が、すぐに離し、しばらく言葉を交わしていた。
時折男が薄く笑ったり、クーさんが語気を強めているような仕草が見え、どうも単に絡まれているわけではなく、どうも知った間柄に感じられた。
いまいち様子がつかめないまま、じっと見守っていた。
 
クーさんが財布を出し、数枚の札を男に渡すのが見て取れた。男はそれを受け取ると、親しげにクーさんの肩をポンポンと叩き、くるりと踵を返した。
向かってくる男と顔を合わせないよう、亮一はズボンの裾のゴミを取る仕草をしたが、男は亮一など眼中にないらしく、受け取った金を財布にしまいながら横を通り過ぎて行った。
男が路地を曲がり視界から消えると、亮一はクーさんに心配顔で近づいて行った。
「おう、亮さん」
さすがにバツが悪いらしく、クーさんは照れ笑いを浮かべながら、くずれた襟元を直していた。
「大丈夫かい」
「うん、なんでもないよ。さ、馬券買いに行こ」
クーさんは説明もせず、亮一を促した。
 -8
場外でもさっきの件は一言も話さなかった。話し始めたのは、競馬のあとでの飲み屋でだった。
「あれ、おれのせがれなんだよ」
カウンターで、正面を向きながらクーさんが静かに言った。目線を合わせては言いにくいらしい。
「拓生っつうんだけどな。どうしようもない奴でなぁ。いや、本当の意味でどうしようもないんだ。見りゃ分かるだろ、ありゃチンピラさ」
老人はコップのビールを一息に呷ると、日本酒に切り替えた。苦い話に合わせるように、アルコールを強めた。
「ほら、場外の近くの角でチンピラ達が競馬新聞売ってんだろ。奴ぁあの中の一人さ」
なる程、どうりでなんとなく見たことのある顔だと亮一は思った。その角は毎週通るが、いつも遠巻きに通り過ぎて行くのだ。
「土日以外は何をやってんだかなぁ。とにかくガキんときから補導も逮捕も数知れないからな。まともな職にゃ就けないだろ」
日本酒が運ばれてきて、老人はいつもなら嘗めるように口を付けるところ、今日はグイッと喉に流した。
「おれもサラリーマン時代は仕事にかまけて家なんかかまわなかったからなぁ。それが悪かったのかも知れなかったけど、でもなぁ、奴の悪さは一筋縄じゃなかったからな」
 
老人は亮一に悪いと思ったのか、せがれについての話はその店だけで切り上げた。そのあと、例のボトルをキープしてある店に行ったが、そこではいつもの気さくな老人に戻っていた。
 
 
(つづく)
 
 
・天皇賞 枠連1-7 2-7 3-7 6-7 7-8
 
 


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