曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・つなちゃん(23)

2013年03月11日 | 連載小説
《大学時代に出会った、或る大酒呑みの男の小説》
 
 
(23)
 
 
昭和最後の有馬記念は、超実績馬が2頭、かなりの実績馬が2頭出走。それでいて小頭数。こうなれば馬券的には面白味がない。当時は単勝、複勝、枠連しかないので捻りようがないのだ。どう考えても固いだろうと、ぼくは年始の金杯に大きく賭けることにして、有馬は少し捻った馬券をちょっとだけ買うに留めた。結果は順当すぎるくらい順当におさまり、分かっちゃいるけど買えない馬券だった。今思い返すとあの350円という一番人気の配当はオイシイのだが…。
シマさんやつなちゃんからも頼まれていたが、全員はずれ。余禄も入らず仕事も忙しくということで、その年末はT産業の人たちとは呑みに行かなかった。
年が明けて5日の金杯、ぼくは勝負に出たのだがカスりもせず。荒れる金杯の格言どおりだったにも関わらず、ともに買ってない馬の組み合わせだった。
6日が仕事始めだった。寒さが厳しいなか、ぼくは自転車で向かっていった。
会社としての新年会はないので、じゃあ週末にでも軽く行くかというハナシになったのだが、昭和天皇崩御でどこも営業を控えてしまったので呑みのハナシは流れてしまった。その週は競馬も中止。唯一出掛けたのが国立リバプールへの憂歌団のライヴ。世の中の雰囲気が雰囲気だったので、まるで地下組織の集いのような感じのライヴだった。
年号が平成になって、だんだんと世の中も通常に戻っていった。競馬も行われ、まだ重賞になる前のガーネットSで中穴を当てたぼくは久々に呑みに行った。
河瀬、つなちゃんとカンパイ。その日も寒かったけど、やっぱり一杯目はビールだ。
我々は職場の抱える問題を語り合った。それは贔屓目なしでとても建設的な意見交換だったが、惜しむらくは実行に移されることのない机上の空論。ぼくと河瀬は単なるアルバイトだし、つなちゃんはあんなだし。つまりは職場の諸問題を酒の肴にしているだけに過ぎないのだ。ホントに言葉って好き勝手にどうとでも言えて、意味がないなぁ。ぼくはその当時、呑んだあとでよく思った。