曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・つなちゃん(18)

2013年03月03日 | 連載小説
《大学時代に出会った、或る大酒呑みの男の小説》
 
 
(18)
 
 
翌朝、つなちゃんは出勤してきた。
「頭大丈夫?」
「頭って?」
「つなちゃんひっくり返って店の中で後頭部打ったんだよ」
「そうか。それでちょっと痛かったんだな」
そんな程度なのでぼくは安心したが、それならなんで昨日休んだのだろうと、新たに疑問がわいた。昼の休憩時にそれとなく聞くと、風邪気味だったという返答だった。へぇ、気味、程度でも会社って休めちゃうもんなんだ、とぼくは不思議に思った。
「よう、酔っ払ってケガして休んだんだって?」
事務のヤマザキさんがからかうが、つなちゃんは笑って受け流す。特に肯定もせず、否定もせず。つなちゃんを敵視している滝本主任が言ってきても、これまた軽く受け流す。つなちゃんにはそういった気さくな面があった。
パッと見は取っ付きにくい感じを与える男なのだ。腹がせり出しているので上体がそっくり返っていて、受け口であごが出ているので上から見下ろしながら闊歩しているように感じてしまう。メガネは半分曇っていてサングラスのようだし、メインの仕事もなんのそので社内を自由に動き回っている。ぼくは入った当初、なんとなく近寄りがたくてまったく言葉を交わさなかった。
しかし実際には、2まわり近く年齢が上だというのに、実に気さくに言葉を交わせる。それだからこそ一緒に呑みに行くのだが、どれだけ杯を重ねていっても年長者からの威圧感をまったく感じさせないのだ。アルバイトのぼくに対してもそんなだから、社内全体では好かれている男だった。
その時期は残業をちょくちょく買って出たので、週末や祭日前夜は河瀬、つなちゃんとよく呑みに行った。