曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・つなちゃん(27)

2013年03月19日 | 連載小説
《大学時代に出会った、或る大酒呑みの男の小説》
 
 
(27)
 
 
年明けの大学は試験の時期で、夜間の学生でも昼すぎから授業を取れる土曜日はT産業を休んでいた。
とある金曜日、ぼくはつなちゃんに、翌日は馬券の払い戻しがあるから午前中に場外馬券場に寄るけど買うか聞いてみた。真冬の、重賞も何もない土曜日である。しかもつなちゃんは土曜日が勤務なのでレースを観られない。ぼくとしてはなんとなく話のついでとして声をかけただけだった。
しかしつなちゃん、グルッと工場内を見回すと、「5レースの枠連3-8を500円」と言って500円玉をこちらに渡した。ぼくは忘れないようにメモ用紙に書いて財布の当たり馬券を挟んだ。こうすれば絶対に買い忘れない。
こんないい加減、当たるわけないじゃんかと思いながら、土曜日の午前、場外で自分の分と合わせて買って学校に向かった。
そして夕方の休み時間に公衆電話でレース結果を聞くと、なんとつなちゃんの馬券が的中している。しかも配当が40倍とくる。こんなこと程度でびっくりしたくはなかったが、正直なところすごくびっくりした。いやぁ、あんな簡単に当たるものなのか、と。なにしろ新聞も見ないで当てずっぽうに番号を言ったまでだ。その日の第5レースは障害戦だったが、つなちゃん、それすらも知らなかったろう。まともに検討して買うのがバカバカしくなる。
ぼくは工場の残業時間まで待った。残業時間中はプレス棟の社員が電話を取ることになっていて、その日の残業はつなちゃんと小池君で、つなちゃんが取ると分かっていたからだ。当たったことを伝えたらなんと言うか楽しみだった。
当時は携帯電話がないので、またまた公衆電話のボックスに入って受話器を取った。テレホンカードを入れて番号を押そうとするとカードが反対だったようで勢いよく吐き出された。おのれ、機械のくせに! と腹を立てながら入れなおす。
「あ、つなちゃん、馬券当たって2万になったぜ」
ストレートに伝えると、まったく予想通りの言葉が返ってきた。それは以下のとおり。
「やっぱり! 俺ね、ピーンと来たんだよな。当たると思ってたよ。じゃあ今晩行くか。畑野10時までに帰ってこられるだろ」
ぼくは9時に授業が終わると早足で駅に向かい、帰っていった。そして自分の最寄り駅を通り過ぎると、団地の近くの居酒屋に一足先に到着して、座敷で一人、ビールを呑んで待った。
すぐにつなちゃんと河瀬が来て、カンパイ。払い戻しはしていないが、つなちゃんが手持ちの金から奢ると言う。つなちゃん、こういうところの気前は本当にいいのだ。
「で、つなちゃん、なんであれ買ったの?」
ぼくが聞くと、
「いやぁ、畑野が聞いてきたとき、プレス機見たら3番と8番が電機かかっててさ、5番が型の取替えだったから」
「マジかよ~。それで当たっちゃうの?」
「でもいいじゃんか。そのおかげでタダ酒呑めるんだからよ」
そのとうりなのだった。
寒い日だったがもちろん終電までに切り上げることなどなく、ぼくはその晩も歩いて帰ったのだった。