曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・つなちゃん(19)

2013年03月05日 | 連載小説
《大学時代に出会った、或る大酒呑みの男の小説》
 
 
(19)
 
 
ぼくはその当時、父親に馬券を頼まれて時おり買いに行った。父親は競馬が趣味で日曜日は必ず馬券を買いに行ったが、好景気で日曜にも仕事がちょくちょく入ってなかなか買いに行けなくなった。そこでぼくに白羽の矢が立ったのだ。さすがに高校生をギャンブル場に行かせるわけにはいかないが、大学生ともなれば大丈夫と判断したのだろう。
その都度お駄賃をもらったが、競馬に興味のないぼくは自分の馬券を買ったことがなかった。こういうものはどうせ外れるのだから、その分実のあるものに使った方がいいという考えで、今からすると涙が出るくらい堅実だった。しかし昭和最後の菊花賞では初めて賭けた。家には週末、必ず「1馬」がころがっていたが、その一面トップの菊花賞馬柱欄にアルファレックスという馬の名前があった。ロック好きのぼくはその馬名にT・レックスを連想させ、まったく人気がなかったことから複勝馬券を買ってみた。
この菊花賞は武豊が初めてGⅠを勝ったレースで、勝馬はのちに名馬となるスーパークリーク。このレースでは確か6番人気だった。ぼくの買ったアルファレックスは3着に入り、複勝は2500円近くついた。何番人気か忘れたが、複勝でこの額なのだからかなりの人気薄だったのだろう。買いにいった立川ウインズは当時500円単位の発売だったので、1万円ちょっと儲かったのだった。
さっそく河瀬の家に電話をし、その晩呑むことにした。つなちゃんも誘うかという話になり、同じ団地の同じ号棟に住んでいる河瀬は階段を降りて誘いにいった。
ぼくは一旦家に戻って、11月のことなので一枚多く着込んで家を出た。そして河瀬の家に行き、2人で階段を降りてつなちゃんを呼びに行くと、つなちゃんはワンカップを手に、玄関に出てきた。そしてクイッと一気に呑み干すと、奥さんに行ってくるよと軽く手を上げ、通路に出てきたのだった。特に明確な理由はないが、すげぇなあと思った。
その晩も日付けが変わる頃まで痛飲した。翌日二日酔いがちょっとキツいなと思いながらぼくは出勤し、つなちゃんがいるのを見つけて何故かホッとしたのだった。