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国鉄 キハ181系特急用気動車

2010-10-25 23:10:09 | 電車図鑑・国鉄型特急用車両
非電化区間への特急列車の運用拡大のため、既に運用中だったキハ80系特急用気動車を
ベースに、その出力増強型として登場したものである。
昭和43年~昭和47年までに158両が製造された。
製造メーカーは日本車輛、新潟鉄工所、富士重工である。
編成は列車によって異なるため、構成形式と簡単な解説を以下に挙げる。

・キハ181形
本形式の先頭車で普通車。客室と乗務員室の間に電源室がある。エンジンは1基。
・キハ181形100番台
列車の短編成化に伴う先頭車不足のため、中間車のキハ180形に181形相当の
運転台と電源室を設けたもの。電源室すぐ後の客室の小さい窓がないのが特徴。
普通車でデッキにトイレと洗面所がある。平成16年消滅。
エンジンは1基。後年、6両が同じ理由で乗務員室付に改造されている(現存せず)。
・キハ180形
本形式の中間車で普通車。デッキにトイレと洗面所を有する。エンジンは1基。
・キロ180形
本形式の中間車でグリーン車。デッキに乗務員室、トイレは車両両端に和洋2つ、
洗面所も同じく2つ有する。エンジンは1基。乗務員室にはラジオ受信機があった。
・キロ180形100番台
キロ180形のデッキ側のトイレと洗面所を車内販売準備室にしたもの。
・キロ180形150番台
キロ180形のデッキ側のトイレと洗面所を改造して車内販売準備室を設けたもの。
・キロ180形200番台
乗務員室付きのキハ180形からグリーン車に改造されたもの。側面窓など外観は
全く変化が無い。
・キロハ180形
キロ180形100番台、150番台、200番台の全車を半室グリーン車に改造されたもの。
JR四国オリジナルの改造。平成5年に消滅。
・キサシ180形
本形式の食堂車。大容量の水タンクを積む必要があったため、機関は装備していない。
食堂設備の他、待合室、車内販売準備室、業務用トイレがある。
民営化を待たず、昭和57年に特急「やくも」を最後に営業休止。昭和60年全廃。

車体はキハ80系のものを踏襲した普通鋼鉄製であるが、流麗なスタイルを誇る
キハ80系と比べ、中間車屋根上の放熱器やライトケースが四角くなった
正面スタイルなど全体にパワータイプとわかるような力強いものとなった。
先頭部分はキハ82形と、ほぼ同じ貫通型スタイルであるが整備性を考慮して
上部・下部とも角型のケースを採用している。
ヘッドマークと特急シンボルマークは貫通扉に設置された。
行き先表示は側面に方向幕を装備している。
塗装はクリームにエンジ色の国鉄特急色で正面のエンジの羽飾り塗装に
独自の意匠を有していた。
民営化後も長く国鉄色を維持していたが、JR四国所属車はアイボリーに
水色の帯、JR西日本所属車は上半分がグレー、下半分がクリームにブルーの
帯が入るものに変更されている。

車内はグリーン車が回転リクライニングシートでフットレスト付きである。
肘掛にはテーブルが付く。
普通車は回転クロスシートで座席背面に小さなテーブルが付いている。
なお、後年の改造で普通車についても回転リクライニングシートに改造されたものも
存在する。
食堂車は同時期に製造されていた581系寝台特急用電車のサシ581形と同等のもので
テーブルは固定式、座席はFRP製のものを設置した。
側面窓は食堂車厨房部分を除いて固定式でカーテンはベネシアンブラインドを
採用している。
ドアは片側1箇所で内折り戸を採用している。
食堂車には客用ドアは無く、業務用の外吊り戸を設置している。
この他に緊急脱出用の外開き扉を客室内に1箇所設置している。

機関はDML-30HSC型水平対向12気筒・予燃焼室式水冷4ストロークディーゼルエンジン・
ターボチャージャー付き(連続定格出力500PS/1600rpm、最大590PS/2000rpm)で
キサシ180形以外の各車両に1基搭載している。
変速機は1段3要素形液体変速機で大出力エンジンによる空転を防ぐため、
1台車2軸駆動とされた。
冷却装置は中間車は屋根上に装備した放熱器による自然通風方式を採用したが、
熱効率の最も悪い低速度域での冷却能力不足とエンジン自体が熱効率の悪い
予燃焼室式であったため、オーバーヒートを頻発させた。
先頭のキハ181形は走行用エンジンの他に発電エンジンを乗務員室と客室の
間に装備したため、構造とコストは簡単なものの重量の嵩む自然通風式を
採用できず、屋根上に設置した換気ファンによる強制冷却式を採用した。
こちらは大きなトラブルは発生しなかった。
なお、中間車についてはオーバーヒート対策として換気ファンを取り付ける
改造を実施している。
台車は軸箱支持をウイングバネ+延長リンク複合式とした仮想心皿式空気バネ台車を
採用した。
この台車は片側2軸駆動のために開発された台車で、トランサム中央を推進軸が
貫いている。
このため、ボルスタ(揺れ枕)を無くして推進軸との干渉を避け、荷重は左右側枠にある
タイヤフラム式空気バネで受け止め、首振りと牽引力の伝達についてはZ式リンクと
空気バネの横剛性によるもので代替している。
なお、台車軸箱と台車枠を結ぶ延長リンクが原因の不具合が発生したため、後に
軸バネはコイルバネに統一されている。
ブレーキは機関ブレーキ付き電磁式空気自動ブレーキを採用した。
運転台は前後動作式のデスク型ツーハンドルマスコンである。

当初は中央西線の特急「しなの」(名古屋・大阪~長野)に投入された。
最高速度は急行列車と同じながら大出力エンジンによる加速性の向上などで
急行時代よりも所要時間の短縮を図った。
しかし、未成熟な技術を用いたのと、夏の暑さでオーバーヒートによる故障が
相次いだ。
その後、特急「つばさ」(上野~奥羽線経由~秋田間)にも投入されたが、効率優先の
ダイヤ構成による酷使に勾配区間での冷却不足という悪循環で、予備車さえ
出せず、列車そのものの運行すら維持するのに手一杯という状況に陥った。
この特急「つばさ」では奥羽本線の板谷峠でEF71形電気機関車の後押し不要という
ふれ込みで本形式が導入されたが、これらが原因で連結されるようになった。
逆に平坦線では出力を生かした高速性能を遺憾なく発揮していた。

昭和50年代には伯備線特急「やくも」に投入された他は電化の進展に伴い、
山陰・四国地方に転属していった。
四国では「しおかぜ」と「南風」で使用された。
特に特急「やくも」はキサシ180形最後の営業列車となり、昭和57年の伯備線電化まで
活躍を続けた。
伯備線の電化後は老朽化の進んでいた山陰線特急「おき」、「はまかぜ」などの
キハ80系の置き換えに転用されている。
この頃になると、同等のエンジンを積んだキハ65系やキハ66・67系の整備の経験が
生かされ、定格以上の出力を出さないように整備が進められるようになり、
機関の故障は、ほぼなくなった。

民営化後はJR西日本とJR四国に引き継がれた。
JR四国では「しおかぜ」、「南風」など主力特急に用いられ、本四備讃連絡橋(瀬戸大橋)
開通後も新車のキハ185系を伍して運用された。
しかし、後継の振り子式特急用気動車2000形の投入に伴い、廃車が開始され、
平成5年に全車廃車となった。

JR西日本では「はまかぜ」、「おき」、「あさしお」のほか、智頭急行線経由の
特急「はくと」や「いなば」にも用いられ、山陰地方を中心に幅広く運用された。
しかし、運転系統の整理や後継車両への置き換えが進み、特急「はまかぜ」が
最後の定期運用列車となっている。
これについても平成22年の秋を最後に後継車両への置き換えが決定しており、
定期運用からは全て撤退することになる。

廃車は昭和55年より不要になった食堂車から開始され、民営化後も後継車両の登場や
列車の統廃合で進められた。
この他に昭和50年9月4日に奥羽本線秋田~四ツ小屋間で猛暑による線路狂いが
原因で発生した脱線事故で損傷の著しかった3両が廃車となっている。
平成14年の時点で32両が残るが、これらの活躍も既述の通り、あとわずかである。
廃車となったもののうち、キハ181-1とキハ180-1はJR四国での廃車後、古巣である
JR東海が引き取り、キハ181-1は国鉄色に塗りなおされ、佐久間レールパークにて
展示された。
レールパーク閉園後はJR東海が金城埠頭にて建設中の鉄道・リニア館にて引き続き
展示される予定である。


○普通車車内。後年の改造で回転リクライニングシートに改造されている。


○運転台。独自のものを採用している。


○旧餘部鉄橋を渡る特急「はまかぜ」。中間車の屋根に乗ってる黒いのが放熱器。
 この風景も過去のものになった。


○大阪駅で寝台特急「日本海」と並ぶ「はまかぜ」。
 この頃、「日本海」は2往復体制だった。


○大阪駅旧11番線に到着した「はまかぜ」。見ての通り、他の乗客が去った後、
 ホームに残り列車を見送ったのは私一人だった。
 


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