「ガラスの心」・・・統合失調症

13歳で統合失調に発病した、現在23歳の娘の闘病日記。母の目線で更新中(since 2005/3/8)

「入院51日目」

2005-04-30 | 入院生活
今日はとてもお天気がいいです。

最近はとても落ち着いてきたみゆなので、そろそろ外泊ができたらいいなぁと思っています。
朝の回診の時、みゆも先生に直接尋ねたようです。
先生からも「もう少ししたらいいよ!」と言われて納得したようです。

午前に親戚が食事の付き添いで来てくれた時、おばあちゃんが来て・・・。
その後、昼まで仕事の私が病院の玄関で私の両親と一緒になったので
みゆの病棟へ向かいました。
私の両親もなかなか、みゆのお見舞いする事が出来ず
とても心配しています。久々に会うみゆを楽しみにしていました。

しかし、いっぺんに大勢の来てしまった事でみゆは少しパニクってしまったようです。
せっかく来た両親に
「お願いだから帰って!みゆとママだけにして!」と言いだしたのです。
みゆと一人だけ・・・二人以上だと、ついみゆを会話に入れず夢中に話してしまう私達。
みゆはその早い会話についてこれないし、疲れてしまうようです。

親戚にも両親にも早く帰ってもらいました。
その後、みゆはぐっすり眠ったのです。
これも一つ、覚えておかないといけない事だと思いました。

「入院50日目」

2005-04-29 | 入院生活
今日で入院50日目・・・早かったです。

今朝のみゆはまた少し落ち着かない感じ・・・
看護師さんに聞くと、さっきまでは普通だし、落ち着いてたようです。
やはり、私が来ると落ち着きがなくなるようです。
休日でも仕事の私は、みゆと離れるのがとても可愛そうでしたが、
早くおばあちゃんと午後から親戚がやって来るので、安心して仕事へ向かいました。

GWだと、外泊をする人が大勢で、半分くらいは、いません。
みゆは「まだ帰れないのかな?早く帰りたいよ」と泣き顔をしています。
可愛そうですが、あせりは禁物だと思って、みゆのは、もう少し先である事を
説明しました。

午前は、おばあちゃんの介助でお風呂に入りました。
午後は、親戚と玄関ロビーまで散歩に行ったそうです。

夕飯前に、少し微熱になったようで・・・その時
「みゆの中に、天然ボケが出てくる!」と騒いでいたようです。
聞いてる親戚は笑うに笑えませんが、みゆが熱が上がると違う人格?が出ると言います。
結局、熱もそんなに上がる事もなく、『天然ボケ』は出る事もなく、良かったです。

明日もいい天気かな?
明日は玄関から少しだけ、外へ散歩に行こうかな。

「入院49日目」

2005-04-28 | 入院生活
昨夜は後ろ髪を引かれる思いで、病院を後にしてきたので、
朝は早くみゆに逢いたくて車を走らせました。

今日は、本当なら「お花見」だったんだけどね・・・
全国的に気温もあがるらしく、お花見には最高にいい天気だったのにね。
それでも、桜のいい時期はもっと先のようです。

朝、病棟に着いて、ガラスから中を覗くとみゆはTVを見ていました。
とても穏やかな顔をしています。
昨夜もグッスリ寝れたようで、安心しました。

お粥の朝食も、おかずを除いてすべて食べる事ができました。
とても調子がいいのか、立ち上がる事もなく、ゆっくりですが、食事が出来ました。

出社前に、担当医から昨日撮影したレントゲンの話しやみゆの経過などを聞きました。
先生も、何度も大変な事故であった事や、スタッフの皆さんの迅速な処理により
みゆは命拾いした事など、細かく説明を受けました。
強引な吸引により、気管が傷を負ってる事で化膿しては大変である事や
肺に胃液が入る事をとても気にかけていたようです。
レントゲンを観てもその心配がない事と、幸い高熱が出なかった事で
峠は越したようです。

その話を聞いただけでも、みゆは危なかっただと痛感させられました。
先生は、おばあちゃんの事も気にかけてくれていて・・・・
「おばあちゃん、相当落ち込んでいられたようですね」と。
実際、おばあちゃんはみゆが意識がなくなり、呼吸が停止してベットで処理を受けてるとこを
遠くから見ていたようです。その時のぐったりしてるみゆが目に焼きついてしまって、
責任を感じて、あの日は眠れなかったみたいでした。

今日も朝早く、おばあちゃんはみゆの付き添いをしてくれて・・・
元気になったみゆを見て、安心していました。
本当に今日のみゆは絶好調です。

先生から病棟からの外出を許可頂きました。
病院の中だけですが、一般外来のロビーに行ったり、売店に行ったり・・・。
午後から、2回ほど私と外出をしました。
みゆは緊張したようで、5分もいる事は出来ませんでしたが、
少しづつ行動範囲が広がり、嬉しそうでした。
病室とディルームと詰所と・・・みゆの行動範囲は限りのあるものです。

2回目に病棟から外出した時に、階段で降りてみました。
みゆの7Fから、4Fまで降りる事が出来ました。
みゆは頑張り屋さんです。階段をゆっくり、一歩づつ足を運んでいました。

あんな事故があった後だし、相当体力は落ちています。
それでも、みゆは「元気になりたい」と希望を常に持っています。
目標だった『お花見』は行けなくなりましたが、次は「外泊」が目標です。

夕方、お花見へ行った患者さんから『綿飴』も少し頂戴しました。
その『綿飴』を、少しづつ美味しそうに口に運んでいました。
みゆが行けたら、もっともっと沢山食べさせたかったのに、
大事に手に持ってた『綿飴』は半分溶けてしまって・・・。
みゆはもっと食べたかったようで、残念がっていました。

夕飯は、ディルームで食事をしました。
お向かえに座ってるおじさんが、花見の話しをみゆにしてくれました。
みゆは「何を食べたの?」と聞いていました。
みゆも、きっと『花より団子』だったんでしょうね。
食べたものを聞いて「いいなぁ。いいなぁ」と連発。少し可愛そうでした。

桜の時期まであるので、少しでも外出出来たらいいなぁ。
その時は、みゆに『綿飴』を食べたいですね。

「入院48日目」

2005-04-27 | 入院生活
みゆと48日ぶりに一緒に寝て朝を迎えるって嬉しいものでした。

幸い、心配した高熱も出る事もなく、私は心配で深い眠りにつく事はありませんでしたが、
みゆは、安心しきった顔でぐっすり眠れていました。
みゆに何があったのか聞いてもその時の記憶がやはりないようです。

朝早く、おばあちゃんが来てくれました。
だいたいの昨日の状況はわかりました。おばあちゃんは申し訳ないと何度も謝ります。
おばあちゃんがみゆに食べさせたくって、買ってきたシュークリームです。
そんなおばあちゃんを責める事など出来ません。
また、大事にも至らなかったので、良かったです。

昨日も事故の後から、絶食で抗生物質の点滴をやっています。
ご飯だけが楽しみなみゆなので、とても可愛そうでした。
夕方と朝のご飯の時間は、私とジッと病室で一歩も外に出ず、いました。
放送で「ご飯の準備が出来ています」を聞かせるのは、可愛そうなので
CDをボリュームたっぷりで聴かせていたり・・・。
「ご飯が食べたい!お腹がすいた」と何度も言い出し泣いています。
本当に可愛そうでした。でも、ばい菌が入って化膿しては大変です。

朝一番で、昨日の『救急救命士』の先生がみゆの診に来てくれました。
聴診器を当てて、胸の音を聞いていました。
その先生からも、処置の時、あまりにみゆが細かったので、骨が折れれしまわないか
心配してた事や、付き添った看護師さんが、言ってたのですが
やはり、その救命士の方がみゆの命を救ったのだそうです。
頭を何度も下げて、お礼を言いました。
この先生は、5Fの「青年期ディケア」にいらっしゃるようで
みゆがもう少し元気になれば、治療のカリキュラムでその先生にはまたお世話になるそうです。

今日は来る看護師さんに、みゆのその事故状況について聞く事ができました。
皆さん、誠心誠意、「みゆを助けたい」一心だったようで、涙が出てしまいました。

残念な事に、明日のお花見は不参加になりました。
今日の昼からお粥にはなりましたが、体力がまたなくなってしまって・・・。
歩くのもふらふらなのです。楽しみにしてたので、可愛そうになりました。


みゆのその後の状況ですが、高熱も出る事もなく
レントゲンを昨夜と朝、取りましたが、異物は残ってないそうです。
一安心です。

明日仕事なので、今晩は帰宅しました。
みゆが帰る私をドアの前まで見送ってくれました。
とても淋しそうで、可愛そうになりました。

「入院47日目」

2005-04-26 | 入院生活
今日は、大事件がありました。

お昼におばあちゃんが差し入れてシュークリームを喉に詰まらせてしまって、
みゆは呼吸が一時停止して、倒れてしまったのです。

幸い、お昼だった事や、看護師さんが大勢詰所に居た事、
みゆが倒れた時、たまたま廊下を通りかかった患者さんがすぐ通報してくれた事。

皆さんの即急な処置のおかげで、大事に至らず、今は落ち着いています。

2時少し前に、公衆電話から私の携帯に電話がありました。
出てみると、おばあちゃんです。
どうしたの?と話しを聞いてるうちに、大変な事故があった事を知り、
そのまま、仕事途中で病院に駆けつけました。

詰所では、大勢の看護師さんがみゆを囲んでいます。
何があったか、説明を聞いてる事もなく、泣いて怯えてるみゆを落ち着かせる事が
一番でした。看護師さん達は、安堵の表情で・・・。
それでも、手には、手袋をして、まわりに何から機械があります。
詰所は緊張の雰囲気で、その場では何があったのか、聞くすべもなく、
そのまま、車椅子のみゆを連れて、レントゲン撮影に行くと言うので、
私も同行しました。
その時、大変だった事を聞き。。。それでも、詳しい説明は担当医からとの事。
一体、どうしてしまったの?

レントゲンを終え、そのまま車椅子で、病室へ帰る時、初めて見る男性が?
この人?ドクターなのか?と思えたくらい、事故の説明をして下さりました。
後で、聞いたら、その人は『救急救命士』である事。
その人の的確な判断で、みゆは一命を取りとめた事など聞きました。

その場にいなかった私には、あまりピンとはきませんでしたが、
でも、看護師さん達は、落ち着いたみゆの病室へゾクゾクと集まり
「みゆちゃん、怖かったでしょ?もう、大丈夫?落ちついたかな?」と来てくれるのです。

その夕方、担当医から詳しい説明がありました。
みゆが、シュークリームを喉に詰まらせた時、呼吸が停止して、チアノーゼで唇が
紫だったそうです。倒れた時、食べたシュークリームを飲み込む事が出来ず
苦しくなって、詰所に急いで走った時、悪い事に、気管をふさいでしまって
呼吸が出来ず、倒れ込んだみたいです。

応急処置として、食べたものを吐かせたようですが、
その後、意識を失ってしまい、とても危険だったようです。
男の看護師さんが大勢で、みゆを抱きかかえ逆さまにしたり、
なんとか、気管をふさいでる異物(シュークリーム)と取り除く事に懸命だったようです。
それでも、異物は出てこず、その間もずっと意識はなく、吸引の機械を口に突っ込み
やっと、異物は取り除けたそうです。

その吸引を強引に処置した為、かなりの出血があったようで・・・。
先生は、その出血に伴う、傷を心配したようでした。
そこが化膿して、高熱が出たら、命取りにもない話しでないとおっしゃるのです。

今は、落ち着いて眠ってるみゆでしたが、
先生の強い要望もあり、その晩は、私も病院へ泊まる事になったのです。

「入院46日目」

2005-04-25 | 入院生活
今日は、甘えん坊のみゆでした。

昨夜も泣き虫のみゆだったので、今朝は早く病院へ行きました。
閉鎖病棟のドアのガラスを覗くと、みゆはちゃんと座ってじーっとニュースを観ています。
おや?長い時間、座って居られるって、今日は落ち着いてる?と思ったり。

私を見つけると、「ママーママー」と甘えてきました。
それでも、昨夜よりは落ち着いています。
看護師さんに尋ねると、みゆはグッスリ寝れたようで、良かったです。

最近みゆは、トイレの後、パンツをあげる事も、ズボンをあげる事も出来ないと訴えます。
それが甘えているのか、本当に出来なくなってしまったのか・・・。
便秘がひどくなり、お腹がぷっくりしている為、ズボンのゴムがきつくなってるようです。
ゴムを入れ替えて、ゆるくはしましたが、少しは楽になったみたいですが
それでも、後ろに手が廻らないみたいで・・・。

運動不足もあり、ベットで横になってる事も多いし、筋肉が弱くなってしまったのかな?
なるべく手を貸さず、見守りで頑張らせてはいますが、
お花見ももうすぐだし、廊下をどんどん歩いて、体力はつけて欲しいです。

今日はスポーツで『バドミントン』に参加したようです。
試合には出なかったようでしたが、それでも最後まで参加できたようで良かったです。

看護師さんから日中のみゆの様子を伺うと、やはり淋しがって、
詰所に長くお邪魔していたようです。
また、他の患者さんが公衆電話で電話してるのを見て
「ママに電話したい!テレホンカード貸して下さい」と訴えたそうです。
テレホンカードは、私が管理していて、病室へは置いていません。
以前、勝手におばあちゃん宅で電話した事がありました。
まさか、みゆが電話するなんて、思ってみませんでしたが、お友達へ掛けたり
また、間違い電話をしたらご迷惑にもなってしまいます。

今日は、みゆの中学校へ行って、初めて学担と会う約束をしたので、
その事をみゆにも伝えました。
「みゆから先生に何か言う事ある?」と聞くと
「じゃ、先生に、宜しくお願いしますって言ってね」と、みゆは言いました。

夕飯の後、学校へ行くので、早く帰る事を伝えると、「行かないで!」と言い出し
泣いてしましました。こんなみゆを残して帰るのは、心苦しい気持ちでいっぱいでした。
でも、担任と会う事・学校へ足を運ぶ事はみゆにはとても大事な事です。
初めてお会いする学担は、優しいお兄さんのようなイメージを持ちました。
学年主任も同席して、いろいろアドバイスも頂きました。

人生長いんだし、躓きは誰でも、一度や二度はあるもの。
その躓きは『人生の休暇の時』だと考えて、のんびり行きましょう、そう言われました。
教師経験の長いベテラン先生なので、みゆと同じ病気の子もいたそうです。
その時の話しなどしてくれる事は、とても私には心強いものではあります。

みゆの入院は、恐らく、3ヶ月以上かかりそうです。
まだ外泊の許可も出ていません。今週木曜には、初めての外出(お花見)です。
今は、その事がとても楽しみです。

「入院45日目」

2005-04-24 | 入院生活
今日はとてもいい天気でした。
みゆのベットの頭の位置を変えて、お日様を浴びてお昼寝をさせました。

週末は実家で泊まってるので、朝少し遅めに病院へ着きました。
みゆは、また泣いています。
一体、どうしたんでしょうか?
先週も遅かったけど、泣く事もなく、一人で食事も出来てたり、
顔を洗ったし、身支度も出来ていたのに・・・。
看護師さんの手助けで朝ご飯をディルームで食べたそうです。

私に抱きつきて泣いていて、昨日より、不安定な感じがします。
聞くと、まだ顔も洗っていない・・・。こんな事は初めてです。

食事の時、最初に2口までは自分で食べますが、「あとはママがして!」と甘えます。
私の手助けが度を越して、わがままになってしまったのか?
見ていても、手が震えています。喉も飲み込みずらい状況です。

おやつの時間に親戚が来てくれて、シェークを差し入れてくれました。
暑かったし、冷たい食べ物は嬉しいものです。
ミスドーもリクエストしたので、みゆは美味しそうに食べていました。

夕方、少し調子が悪い感じになった途端、鼻血が出てしまいました。
熱も37.5まで上がっています。
みゆがその時「また、違う人格が出ちゃう。怖いよ」と言い出しました。
みゆは二重人格ではありません。きっと自分でそうだと決め付けてるようです。
こんな発言も、妄想の一種です。
みゆの言う、『違う人格』とは・・・「ネアカな人間」だそうです。
「ネクラ」の反対です。みゆに「それじゃ、いいじゃん、その人格」と言うと、
みゆはネクラなので、全く正反対の人間は出るのは、非常に苦しいそうです。
でも、その「ネアカなみゆ」は出た事がありません。

不安定なみゆは、益々落ち着きがなく、詰所の看護師さんにいろいろ話しを聞いてもらっています。
そうする事で、一つづつ、みゆ不安はなくなって行くのです。
でも、また消えたはずの不安が出てきたり、新しい不安があったら、詰所に行きます。
それを何度も繰り返します。
これが『心のリハビリ』ではないでしょうか?
その時は、私はずっと病室でみゆの帰りを待っています。
みゆがママに気兼ねなく、担当の看護師さんに甘えて、本音を言える環境が大事です。

安心したみゆは、夕飯を終わって、ぐっすり眠りました。
また、明日の朝は、早く病院へ行くからね・・・・オヤスミみゆ。

「入院44日目」

2005-04-23 | 入院生活
今日は、土曜日で仕事はお休みを頂いたので、朝からずっとみゆと一緒でした。
毎朝早いので、お休みの朝は、少し遅く病院へ向かいます。
時々は、みゆの朝食の時間には間に合わなくても
さほど泣く事も最近はなくなりましたが、今朝は泣いてそうです。

私が病院へ着いたのは、8時半くらいでした。
8時からの朝食なので、当然終わっていて、看護師さんが付き添って食べさせたそうです。
私がみゆの様子を詰所で聞いていると、
「ママーママーーー」大声で泣きながらみゆが走り寄ってきました。
謝ってるはいけないと、前でも学習してる私は
「みゆ、おはよ!ご飯は食べたの?」と聞くと、看護師さんと食べた事を教えてくれました。
病室へ行くと、私に抱きついて泣いています。
ここのところ、また泣き虫に戻ってしました。

今日は、土曜で何もレクもなく、2人で風船で遊びましたが、みゆは
「つまらない」と言って、飽きてしまったようです。
お昼に、おばあちゃんがお見舞いに来てくれて、ディルームで
『中学生日記』を観ました。
みゆは以前、『中学生日記』を毎週欠かさず観ていたのです。
入院してからはじめて観ました。30分間の番組をジッと観ています。

内容は、女子中学生がクラスに居ずらくなり、保健室で勉強してる話しでした。
みゆと、とても似てる気がして・・・・。
こんな内容で、観て辛くないかな?と心配でしたが、みゆが
「みゆも気持ち分かるなぁ。みゆと同じ」とポツリと言い出しました。

みゆは、入院前、保健室へ逃げ込むようになって行ってました。
クラスには長く居れない状況だったのです。
そんなみゆに、主人公は似ていたのです。

今日は、朝からですが、時々泣いて、少しバランスが壊れかけてる?と感じました。

「入院43日目」

2005-04-22 | 入院生活
今日も早く病院へ行きました。

みゆは、朝4時に一旦目が覚めましたが、またベットに入って6時半に起きたそうです。
京子さんの病室へ行く事もなくなったようで安心しています。
それでも、みゆはきっと淋しいのだと思いました。

朝珍しく、おばあちゃんに電話をしました。
「今日、来て欲しい」と言いたかったようでしたが、おばあちゃんは不在。
その後、私の実家に電話をして、来て欲しいとお願いしていました。
その事を聞いて、午後私の妹が病院へ来てくれました。

「せっかく、来たのに、みゆ寝てるぞ!」と妹からメールがありました。
結局、以前のみゆに戻ってしまったようです。
病室へ引きこもって、あまりディルームへも行かなくなったし、
淋しがって、誰かを呼びたがるし・・・可愛そうです。
病室に居ても、音楽を聴く事もしなくなりました。
ほとんど寝ています。本人曰く眠いそうなのです。
寝たいだけ、寝せてあげますが、レクへの参加が出来なくなりました。
今日も、スポーツで「ゲートボール」だったのに・・・
参加しなかったみたいです。

最近は体力がないのか、ベットに寝て、寝返りもしずらそうです。
トイレの後、下着のシャツをズボンに入れるのが面倒なのか?
出来ないのか?看護師さんへやってもらってるようです。
薬の副作用で筋肉も硬くなってるように思われます。

「このままでは、来週のお花見も行けなくなるよ。体力つけようね」と
みゆを励ましつつ、一緒に廊下を歩いています。
お花見は、会社の方の心優しい配慮で、一緒に私が行ける事になりました。
みゆとお花見って・・・とても嬉しくって、楽しみです♪
海のある公園へ行くので、寒くない格好で行かないと駄目かも。
約2ヶ月ぶりに、初めての外出で、お日様の下を桜で春を感じながら歩く。
お天気でありますように、今からお祈りしたいです。

昼間、ずっと寝ていたみゆだったので、いつもは夕飯後にすぐ寝てしまうのですが
今晩は珍しく寝ませんでした。
7時から『ドラえもん』観て、声優が変わった事を話題にして
「ドラえもんが若くなった!」と笑っていました。
もう、消灯時間近くになって、私が帰ろうとした時、仲良しの看護師さんを呼び止めて
「お願いがあります。ママを泊めてもいいですか?」といきなり聞いたのです。
看護師さんからは、ここでは無理なのよ、と諭されて、しょんぼりしていました。
こんな事を言い出すなんて・・・やはり、淋しいのでしょうね。

明日は、仕事も休みだし、朝からずっとみゆと一緒に過ごせます。

明日またね!オヤスミ・・・みゆ

「入院42日目」

2005-04-21 | 入院生活
やはり、みゆが心配で早く病院へ着きました。

看護師さんから、みゆの様子を伺うと、昨夜はぐっすり寝れて
起きても、京子さんの病室へは行かず、詰所に来たそうです。

朝、ディルームで京子さんに逢ったので、挨拶しました。
私はみゆが大好きなハッサクを持って行ったら
みゆが京子さんへ1つあげたいと言うので、京子さんへ届けたら
「もう、そんな事はしないで下さい」と断られてしました。
仕方ないので、みゆは諦めましたが、どうも、こちらを避けてるようです。

朝もお部屋で2人で食べました。
朝と夕飯の時は私がいますが、昼の時間・・・みゆはどこで食事をするのでしょう?
一人でここ(病室)は淋し過ぎます。
でも、ディルームには、みゆの居場所がないのです。

朝ご飯が終わって、歯磨きをして手伝ってあげて、朝礼に参加しました。
今日は「買い物」の日です。みゆのお財布に1000円入れて、会社へ向かいました。

夕方病院へ着いて、みゆの様子を伺いました。
看護師さんが「みゆちゃん、今日は随分落ち着いてましたよ。大丈夫でしたよ」と言いました。
京子さんの後を追う事もなく、一人でいたり、詰所に来たり、そんな風に過ごしてるようです。
お昼は、みゆに聞いたら、やはり病室で食べたようです。
アユミちゃんがいたので、淋しくなかったようです。良かったです。
買い物は、みんなと行く時間にみゆは寝ていたので、看護師さんに起こされて、
後で買い物へ行ったようです。お菓子を490円分買いました。
これが『3時のおやつ』の時間に食べるので、詰所に預かってるようです。

京子さんの問題は、彼女も病気だし、いちいち私が腹を立てても仕方ないし、
今は、距離を置く事が懸命だと思っています。
みゆは看護師さんからも、京子さんのとこへ行かないようにと言われたようで、
近くにも寄らなくなりました。みゆにとっても、淋しい事ですが仕方ありません。
みゆには、「京子さんは今、具合が悪いから、我慢してね」と伝えました。
みゆは、「知ってるよ。京子さんのとこへ行かないよ」と言っていました。

私があまり、ナーバスに考え過ぎなのかも知れません。

最近、夕飯の後、みゆをベットに寝かせて足のマッサージをしてあげます。
足のかかとにクリームを塗ってあげて、足の指や足の裏を指で揉んであげます。
次に、ふくらはぎから太ももと揉んであげます。これを30分くらいします。
そうしてると、みゆは気持ちよさそうに、寝てしまうのです。
みゆは歩行が少し以前とは違っています。
お年寄りのように、小幅を小さく歩くのです。これも薬の副作用だと思われます。
前のめりにも歩くので、腰にも負担があるようで、痛がります。
シップを張っていますが、この歩行が直らなければ、辛いと思います。

みゆのリクエストで、中学の中ズックを持って行きました。
「懐かしい」と喜んで履いていましたが、やはりスリッパの方がいいのか
しまってしまいました。

みゆはいつ学校へ通えるのかな?
早く、学校へ行きたいだろうなぁ・・・・。