飛び石の連休中で今日は「 昭和の日 」 お休みの人も多いだろう
カラリとした4月の青空が 昨日は午前中からくすみ始めて夕方にはパラリとにわか雨も・・
碓氷バイパスを西に向かい借宿のラウンドアバウト直前の左側道路脇に道路工事の現場があって
「日の出学園・・云々」とか書かれた、真新しい立札が出ている
そーゆー道だろうと通過してしまいそうだけれど この道 数百年の歴史を秘めた道(街道)の1部だと
聞いたことがあるんだな
江戸時代の中山道よりも古いかも知れないと、仲良しだった地元の古老から聞いたり
連れ歩いたりしてもらった事があるんだ
国道18号線の「借宿東」の信号から借宿集落に入って行くとすぐに中山道と交差する
これをほぼ直進するのが通称「女街道」とも呼ばれる古道で 中之嶽(現群馬県下仁田町)に向かう
それを刻んだ大きな如意輪観音石碑が左手に遺されている
その石碑左下にもうひとつ「左入山道」と読み取れるんじゃないかな
どちらの古道も石碑の続きルートは多分、今のしなの鉄道によって分断されてしまっているけれど
下仁田道は線路南側の遺され、直進してから油井方面に続いていて今は車の往来も激しい
そして、線路の南側に線路と並行して走る細道が恐らく入山峠へと向かう入山道の1部で
これまでは知る人ぞ知る小径だったけれど、どうやら**山荘へ出入りする延長で
車1台がやっとの幅員だけれど道らしく姿を見せた格好だ
この入山道、ここではしなの鉄道(旧信越線)、碓氷バイパス、塩沢集落や南ヶ丘周辺の別荘地
ゴルフ場の中などに痕跡が分断されたり
見え隠れしながら かつては大昔の軽井沢の歩き易い辺りを
出来るだけなだらかな峠越えを目指していた古道の道筋・・と言われている
驚くほど数が減っているけれど、今は亡き古老たちから教えられた辺りには
古い石碑や道しるべが有ったけれど 今日その 多くが姿を消している
どれくらいかの歳月の後、**山荘・・へ出入りをきっかけに 再出現したかも の この道が
それらしいと 語り継がれて行くんだろうか・・
いろいろ昔話を聞いているボクが ただの イノシシなのが残念な気もするんだな・・
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