「歩くZ旗」みね姉のひとりごと ~矜持 国を護るということ~

私たちを護ってくれている自衛隊を、私が護りたい!そんな気持ちで書いてきました。今は、自衛隊との日々の大切な記録です

西部方面隊創設隊59周年記念行事に行きました! ~式典編~

2014年10月07日 | 陸上自衛隊

皆様、長らくお待たせいたしました!!!!


久しぶりの更新となります。


今月は、珍しく、


「陸上自衛隊強化月間」ということで、


プロフ画像も、こんな感じにしてみました(笑)


もちろん、言うまでもなくコスプレです。


っていうか、制服姿の違和感のなさに、私自身が一番驚いたよね、もう(笑)


よく自衛官と間違われる理由の一つに、


「こんな人(←私ね)、いますもん!」


と言われるのですが、なんか、そう言われる理由がよく分かりました…。






さて、本題に入ります。


前回の、しばらくお休み宣言の時に、





この招待状をUPしましたが、


はい、この


西部方面隊創設隊59周年記念行事に参加すべく、熊本まで行ってきました!


この日は…そう、折しも台風接近中…。


私は、暑いよりはマシくらいに思って気にせずに行きましたとも。


さて、


無事について、正門をくぐると、


「招待状をお持ちのお客様はこちらです」


との声が。


見れば、一般入場者は手荷物検査場があり、そこを通過するのだけど、


来賓は、手荷物検査はパス。


へぇ~、と思いながら、どう見ても来賓に見えない小娘が、


先ほどの招待状を手に、受付に向かい、


祝賀会食の参加費5000円の支払いを済ますと、


WACさんが、来賓用のリボンを胸につけてくれます。


この、ちゃんと、WACがつけてくれるのは、


本当に陸上自衛隊ならではですね。

(海自のパーティではリボンを付けたことがないので分かりません…)


普通の民間のパーティだと、


受付で「はい」ってリボン渡されて自分でつけるでしょう?


こういうところは、いつも感服します


そして、今回さらにさらに、私が感激したのは、コチラ





受け取ったのは、パンフレットが入った封筒と…


レインコートですよ


実は、事前にコンビニで買っていこうかな~と思いつつ、


買い忘れていたので、このお心遣いには本当に感激しました


さすがですさすがのおもてなしです


そして、これが後ほど、どれほど役に立ったことか…。


もう、受付からなんとも幸せな気持ちにさせてくれたのですが、


そのまま正面に向かうと…


そこでは、来場者たちのテンションをスタート時から盛り上げるべく、


2台の戦車が皆さんをお出迎えしているではありませんか。


ん?2台?と思って近づくと…。




奥のは、おなじみ(な感じが私はするのですが)の74式で、


手前は、なんとその前の61式でしたよ


し、渋いわ~~~


実はこの前、ある往年(?)の現役陸上自衛官とお話した時に、


「私、61式戦車に乗っていました」


と仰ってらしたので、


これのことかぁぁぁぁぁと一人でしみじみと見入ってました


私、戦車等には、明るくございませんが、


見た目は74式より渋くて好きですね、えぇ。


(そんなわけで、写真は61式メイン(笑))






さて、雲行きもかなり怪しい中、


祈念式典が行われる場所に向かって、てくてく移動


…すると、


もう、始まる直前っぽい感じで皆様集結されていました。



始まってる雰囲気満載…。


なのに、のんきに、



こんな写真や





こんな写真を、観閲台付近で撮っていたので、


側にいた自衛官が、


「お席はおわかりですか?」


と若干焦り気味で声をかけてくれました。


「え~っと、「こ」か「さ」のようです・・・」

(席があいうえおで分けられていました)


と紙を見ながら答えると、


「あ、それでは、こちらですね」


と優しく促してくれたので、そちらに向かい、


テントの中の椅子に腰かけると、


ほぼすぐに、


「国旗が入場します」


のアナウンスが。


ほんっとにギリギリでした~。


そして、そう、陸上自衛隊の記念行事では必ずある、


この国旗の入場。



(↑実は写真は退場時のものです)


車に乗って、国旗がご登場。


もちろん、この時は全員起立し、国旗に正対します。


やっぱり、こういう儀式好きだなぁ


こんな風に、国旗を人のように大事に扱う光景って、


現代ではそうそうお目にかからないと思うのです。


万感の想いでいると、


次は、そう


西部方面第35代総監 番匠幸一郎陸将の御登壇です


私、この日は、この方ただお一人にお会いするために、


熊本まで行ったといっても過言ではありません


ずっとずっと、お会いしたかったんですよ~~~


どんな方か、ご存じない方のために説明いたしますと、


2004年からの自衛隊イラク派遣では第一次復興支援群長(当時一等陸佐)を務められ、


あの、髭の隊長こと佐藤正久 元一等陸佐(現参議院議員)と共に、


自衛隊のPKO派遣の基礎を築きあげられた方です


ご存じの方も多いとは思いますが、


サマワにて前代未聞の「自衛隊帰らないでデモ」が


起こるほど、現地住民から篤い支持と感謝をされた程の支援をされた背景には、


  「我々はあなた方の友人として、日本からサマーワに来た。

  我々日本も、60年前の先の大戦で敗れ、国土は焦土と化

した。すべてが無に帰し、食料にも困る日々が続いた。そ

んな廃墟のなかから、私たちの祖父母、父母の世代は立ち

   上がり、大変な努力をして、日本を復興させた。そして、

   その結果、いまや経済力世界第二位という日本を築き上げ

   ることができた。

メソポタミア文明という人類にとって偉大な歴史を有す

   るあなたたちイラク人は偉大な国民だ。あなた方に同じこ

   とができないはずはない。我々は友人として、あなた方が

   立ち上がるお手伝いに来たのだ。」



と、繰り返し語って、理解を求められたという事があります。


また、この時、一緒にPKOに派遣されていた陸上自衛官の方から、


伺ったのですが、番匠一佐(当時)は、イスラム教の教えに従って、


3年間、1滴のお酒も口にされなかったそうです。

(もちろん、普段はお酒は飲まれる方です)


マスメディアには、佐藤隊長がよく出ていらしたので、


知っている方も多いと思いますが、実は、表に出ていらっしゃらない方で、


このような方も、自衛隊にはいらっしゃるのだという事を、


ご存じなかった方には、ぜひ、知って頂きたいです。






この時は、私の席からは遠いので、


ほとんどお姿を確認できなかったのですが


それでも、


番匠陸将から、この時語られた言葉は、


その場にいた全ての方の胸を熱くしたであろうことは疑いないでしょう。


曰く、


「戦わずにすむ知恵と、

 戦うにあたっては必ず勝つという真の力を持つ」



と。


「戦わずにすむ知恵」とは、


かの孫子の


「百戦して百勝するは、善の善なるものに非ず」


という言葉の引用であることは間違いないでしょう。


単に、自衛隊が憲法上の制約があることだけを言ったのではないということは、


この後の


「戦うにあたっては必ず勝つという真の力を持つ」


という言葉からもわかると思います。


このブログでも何度も書きましたが、


いくらこちらが戦いたくないと思っていても、


攻めて来られたら戦うしかないのです。


それは、いわゆる最悪のシナリオですが、


自衛隊というのは、その性質上、


最悪のシナリオを想定しておかなければならないという事は、


言うまでもないです。


こういう言葉を聞くと、


護憲派は「好戦的」とか言うのでしょうけどね。


大きな勘違いですね。


「戦うからには必ず勝つ」


というのは、好戦的なのではなく、


何としても護りたいものがあるからこそ、そう思えるのです」


スポーツのトーナメント戦は、負ければそこで終わり。


でも「来年」があります。


ですが、戦争だと…?


じゃあ、次はがんばろう


なんてないのです。


だからこそ、外交努力によって戦争は避けねばなりませんし、


その外交は、軍事力に裏付けられます。


強大な軍事力があると、外交は有利に運びます。


そんなものです。


だからこそ、使わないのを承知で、どの国も


核兵器を持ちたがるのですから。


カードゲームの時、誰だって強いカードが欲しいのと同じです。


小学生でもわかる話ですよ。






必死に国を護ろうとしている人達がいる。


それを、改めて強く感じました。



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