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南英世の 「くろねこ日記」

人新世の時代

ソ連崩壊後、マルクスはすっかり見放されてきた。しかし、資本主義の暴走がもたらしたのは経済格差だけではなかった。地球温暖化もまた資本主義による際限なき利潤追求の結果である。著者は温暖化を食い止めるヒントを、これまで150年間見逃されてきた晩年のマルクスの思想「脱成長」に求める。久しぶりにスケール大きな本に出会った。

 本を紹介する前に、地球の歴史を簡単に復習しておく。今から6600万年前、ユカタン半島に直径10㎞ほどの隕石が落ちた。舞い上がった岩石の粉は太陽光を遮り、植物は光合成ができなくなった。その結果、植物をはじめアンモナイト・恐竜など多くの動物が絶滅した。こうして中生代が終わり、新生代が始まった。

 地球上に人類(猿人)が現れたのは約700万年前である。やがて原人、旧人を経て今から約25万年前に現代の我々の直接の祖先であるホモ・サピエンス(新人)が出現した。その後、長い狩猟生活から農耕社会を経て、産業革命以降人類は活発な経済活動を行なうようになった。

しかし、人類が地球に与える影響はあまりにも大きい。ビル、工場、道路、農地、ダムなど人類の活動の痕跡が地表を埋め尽くし、地球温暖化が進んでいる。ノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンは、地球は新たな時代に突入したとして、現代を地質学的な一つの時代区分として「人新世(ひとしんせい)」と名付けた。

 現在のような温暖化が進めば、豪雨の被害、台風の巨大化、農作物や漁業への影響、サンゴの死滅、南極の氷が解けることによる海面上昇、シベリアの永久凍土の溶解(=大量のメタンガス放出)、新たな細菌やウィルスの感染リスクなど、危機は連鎖反応を起こす。そして「時限爆弾」に点火してしまえば、もはや人間の手には負えなくなる。



この破局を避けるためにはどうすべきか。レジ袋削減のためにマイバッグを持参したり、ペットボトル入りの飲料を買わないようにしたり、車をハイブリッドにしたりしても、無意味だ。SDGs(持続可能な開発目標)でさえ気候変動は止められない。ではどうすべきか。

著者は、晩年のマルクスの思想の中にその解決策を見出す。いま、MEGAとよばれる全100巻を超える新しい「マスクス・エンゲルス全集」の刊行が進められ、マルクスを再評価しようという動きがある。この全集には今まで注目されることのなかった新資料が網羅されている。そして、この新資料を読み解くことによってマルクスに新しい光を当て、地球温暖化問題に立ち向かう武器を得ようというのだ。

マルクスが本当に実現したかった社会とは、ソ連や中国のような共産主義国家ではなかった。ソ連や中国は生産手段を「コモン」として共同管理した。これに対して新しいマルクス解釈では、彼の晩年の著作に注目する。じつはマルクスは晩年には生産手段だけではなく、地球をも「コモン」として管理する社会を構想していたとする。そしてマルクスの真意は脱成長の思想であったと解釈する。

かつて宇沢弘文は「社会的共通資本」という概念を打ち出し、豊かな社会を実現するためには、水や土壌、電力、交通機関、教育、医療など(=社会的共通資本)は市場原理に任せず、社会全体の共通財産として管理・運営していくべきだと主張した。マルクスのいうコモン(したがってコミュニズム)もこれに近い考え方だったと解釈するのである。



資本主義という仕組みの中でもはや地球温暖化を食い止めることはできない。人新世の時代には、マルクスが晩年に到達した「脱成長型のコミュニズム」(下図の④)を目指すべきだと著者は主張する。そして、もし3.5%の人が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると社会が大きく変わると説く。



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