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南英世の 「くろねこ日記」

学び舎の中学校歴史教科書

数年前、私立灘中学校がこの教科書を採用したところ、右寄りの思想を持ったOBから「なぜこんな教科書を採用したのか」との批判が多数寄せられた。その時の和田校長の言葉が忘れられない。「この教科書は歴史を考えさせるのにふさわしい教材である。内容に文句があるなら文科省に言え。この教科書は文科省の検定に合格している。」

 

それ以来、学び舎の教科書のことはすっかり忘れていた。しかし、先日の新聞でこの教科書の売れ行きが芳しくなく(採択数は30校余りで5600冊)、資金的に苦しいので市民からのカンパを呼びかけていた。この記事を見て俄然読みたくなった。市販本を2140円で購入した。

 

確かに、これまでの教科書と全く異なる。

第一に、冒頭の記事がショッキングである。いきなり沖縄戦の記述があり、しかも今も沖縄のあちこちで土に埋まっている遺骨の収集に子どもたちが参加している写真が掲載されている。歴史を学ぶ意義は何かを問いかける著者たちの強烈なメッセージが伝わってくる。

 

第二に、本文中にゴシックの記述が全くない。標準的な教科書では重要語句はゴシックで示され、試験では(たとえその言葉の意味が分からなくても)ゴシックさえ覚えれば満点が取れる。ところがこの教科書はそうした「覚える」ということを意識的に排除するため、ゴシックが一切ない。そのかわり時代の「息吹」みたいなものを感じさせる資料や写真が豊富に盛り込まれている。

 

第三に、考えさせるための工夫にも見るべきものがある。例えば福沢諭吉の『学問ノススメ』を使って討論させる、日本の産業革命を製糸工場の絵ハガキから考えさせる、山本宣治について調べる、新聞記事から日本の軍国主義への歩み(五・一五事件、二・二六事件)を考えさせるなどなど・・・。

 

また、赤紙を掲載し、戦死者の6割以上が餓死であった事実や、第二次世界大戦での戦死者数の概数を国別で載せるなど、戦争の実態をリアルに伝えている。これらも従来の教科書には見られなかった点である。

 

以上みてきたように、この教科書は歴史を学ぶこととはどういうことかを根本から問いかける内容になっている。その点では学習指導要領に忠実に作られた教科書であり高く評価できる。

ただ、現在の日本の歴史教育が「入試で点を取ることを目的」としており、教科書も現場のそうしたニーズに沿った形で作られている。したがって、もし学び舎の教科書を採択すれば、生徒や保護者からクレームの山が来ることは目に見えている。

その結果、学び舎の教科書を使いこなせるのは、受験などという低次元のものを低く見る一部のトップ校に限られてくる。残念なことである。本当の歴史教育を日本に定着させたいならば、入試問題のあり方から根本的に考え直す必要がある。

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