見出し画像

南英世の 「くろねこ日記」

ドル覇権は崩壊するか?

『コールダー・ウォー』は2015年に第1刷が発行された。今から7年前である。タイトルは”Cold War”ではなく、”Colder War”(新冷戦、超冷戦)である。戦後の冷戦がイデオロギー対立であったのに対して、今回プーチンが仕掛けてくるのは「もっとひどい冷戦」だというのである。どういうことか?

今から50年ほど前「金・ドル交換停止」がなされた(1971年)。それまではドルは、金1オンス=35ドル(金1グラム≒1ドル)で金との交換が約束されていた。しかし、金・ドル交換停止によりドル紙幣は単なる紙切れになった。それにもかかわらず、ドルは世界通貨の地位を失わなかった。なぜか? ずっと不思議に思っていた。大学の先生に聞いたこともあるが明確な答えは得られなかった。

ところが、『コールダー・ウォー』を読んでいてようやくその謎が解けた。アメリカは金の代わりに石油とリンクさせることを思いついたのである。1974年、ニクソンはキッシンジャーをサウジアラビアに派遣して国王と交渉させた。今後アメリカはサウード家を永久に守るから、次のことを約束してほしい。

① 石油販売をドル建てにすること

② サウジアラビアは受け取ったドルで米国債を購入すること

サウジアラビアはこれを受け入れた。米国債から入ってくる利子を近代化に回すこともできる。サウジアラビアに続いてOPECのほかのメンバーもこれに従った。こうして世界の石油取引はドルを持っていないとできなくなった。ドルに対する需要は急速に拡大した。

このことは、アメリカはドルさえ印刷すれば「ただ同然」で石油を購入できることを意味する。著者はこれを「ペトロダラーシステム」と呼ぶ。石油だけではない。アメリカは全世界からあらゆるものを「ただ同然」で輸入できる地位を手に入れたのである。わかりやすく言えば、米国はドルという紙を輸出して、世界中からモノやサービスを買っているのだ。そして支払ったドルをアメリカに還流させてアメリカ国債を購入させる。アメリカにとって極めて都合のいいシステムができ上った。

これまで、このシステムに異を唱えるものは徹底して叩き潰されてきた。サダム・フセインはユーロを使おうとしたため殺された。リビアのカダフィ大佐は新通貨ゴールド・ディナールを使用することを提唱して殺された。そして7年前に、このペトロダラーシステムに挑戦しようとしているのがロシアだと予言したのが本書である。

2022年、ウクライナ戦争をきっかけにアメリカはロシアをSWIFTと呼ばれる国際的な決済ネットワークから締め出した。これに対してロシアは、石油・天然ガスの代金をルーブルで支払うことを求めた。ルーブルがあれば石油が手に入る。ペトロダラーシステムへの挑戦の第一歩である。これに対してアメリカはロシア産原油の全面禁輸を西側諸国に求めた。対立はどんどんエスカレートしていく。

ロシアはSWIFTから締め出されたことを幸いに、ペトロダラーシステムの崩壊を目論んでいる。いやロシアだけではない。中国もドルが覇権を持っていることを快く思っていないはずである。実際、国際貿易における脱ドル化は少しずつ進みつつある。アメリカがロシアをSWIFTから追放したことは、結果的に自分の首を絞めることにつながるかもしれない。

マスコミは連日ウクライナ情勢について報道している。しかし、どこで戦闘が行われたとか、何人死んだとかといった表面的なニュースばかりである。その背後に国際通貨をめぐる壮絶な戦いが展開されていることを一切報じていない。ウクライナ戦争をきっかけにドル覇権は崩壊するのか?

ロシアは世界最大の産油国であり、天然ガスの埋蔵量も世界最大である。EU域内には石油はほとんどとれない。唯一北海油田があるが、埋蔵量は減少しつつある。ヨーロッパは石油の30%、天然ガスの30%をロシアに依存している。プーチンは知っている。資源をロシアに依存させれば、その国はロシアの影響から逃れられない。プーチンの資源を使った戦略はアメリカが考えるほどヤワなものではない。

 

アメリカはペトロダラーシステムに胡坐をかきすぎた。アメリカの国債発行残高は30億ドル(4000兆円)、GDPの130%にも上っている。そのうちの2割はアメリカ以外の国が保有している(1位日本、2位中国)。もしこれらの資金の一部がアメリカから逃げ出せば、ドルは大暴落する。ニュースでは円安ばかりが報じられているが、一気に1ドル=70円くらいになるリスクも考えておく必要がある。本書の最終章では「ペトロダラーシステム崩壊後の世界」が描かれている。

 

 
  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「日常の風景」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事