モーツァルト:交響曲第40番、ブラームス:交響曲第2番
ヨゼフ・カイルベルト指揮バイエルン放送交響楽団
(1966年12月8日 ミュンヘン、ヘラクレスザール:ステレオライヴ録音) ORFEOR 553011
往年の巨匠が残した歴史的名盤を紹介する新シリーズの第2回目は、ドイツの名指揮者ヨゼフ・カイルベルト。地味で通好みというイメージで語られることが多いが、よく聴いてみると、底知れない実力を感じさせる指揮者だ。最も得意としたのはワーグナー、リヒャルト・シュトラウスなどのドイツ・オペラであり、51歳でバイエルン国立歌劇場の常任指揮者に就任、次の時代を担う巨匠として期待された。しかし1968年7月、『トリスタンとイゾルデ』の指揮中に心臓発作を起こし、わずか60歳で急死してしまう。せめてあと10年長生きしていればステレオ録音の全盛時代と重なり、生前の評価と人気はまったく違ったものとなっていたはずだった。
もちろん、現在残されている録音だけでも、大指揮者と呼ばれる価値は十分ある。死後38年も経過した2006年になって、長らくお蔵入りになっていた『ニーベルングの指輪』の1955年バイロイト・ライヴ全曲盤が登場。あらゆるクラシック音楽ファンを称賛と驚きの渦に巻き込んだこのCDは同年のレコード・アカデミー賞を受賞し、遅まきながら、その実力にふさわしいメジャー・タイトルを獲得することになったのである。
その『ニーベルングの指輪』は未聴なので、ここでは21世紀に再燃するカイルベルト・ルネッサンスのきっかけとなったバイエルン放送交響楽団とのライヴ録音、モーツァルトの交響曲第40番とブラームスの交響曲第2番のカップリングを紹介しておこう。どちらの曲も従来よく言われていた実直、堅実というイメージを覆す白熱の名演であり、ライヴでこそ真価を発揮する「実演で燃える指揮者」としての姿を浮き彫りにするものである。録音も1966年というのが信じられないほど高音質だ。
まずはモーツァルトの交響曲第40番。第1楽章冒頭の哀愁あふれる名旋律は、世の中で知らない人がいないほどポピュラリティが高いもので、これほど親しみやすい印象を持ったクラシック音楽も珍しいだろう。ところがどっこい「本当は恐ろしいモーツァルトの音楽」。展開部に入ってからの激烈な転調の嵐は、18世紀当時の人々にとってはもちろんのこと、現代人の耳にもかなり斬新な響きを持つのではないだろうか。
この激烈な音楽を、カイルベルトはあるがままに表現する。優美さを強調したり、ロマンティックに歌ったりなどしない。一気呵成なストレート勝負! それでいて決して冷たすぎることはなく、晩年のモーツァルトならではの奥深い情感が迫ってくる。いっさいの虚飾を排した辛口な味わいが素晴らしい。
脇目も振らず、毅然と歩み続ける第2楽章アンダンテ。心の慟哭がダイレクトに伝わる第3楽章メヌエットを経て、またしても生死を賭けた激烈な転調の嵐が連続する第4楽章に至るまで、これほど中味の濃い充実した音楽を聴かせてくれる演奏は、そうざらにあるものではない。甘さを封じた男の音楽とでもいおうか。自分にとっては文句なく同曲1位に挙げたい名演だ。
そして、ブラームスの交響曲第2番。実をいえば、完成までに21年を要したという重厚な第1番に比べると、わずかひと夏の短期間で完成した第2番は、平和で穏やかな曲想を持つこともあって、やや軽く見ていたというのが正直なところだった。その観念を覆したのがカイルベルトの演奏。ベートーヴェンの場合と同じく、偶数番号の交響曲だからといって情け容赦はしない。直球主体にどんどんストライクを投げ込んでくるのである。
第1楽章の息の長い旋律。ゆっくりと穏やかに開始されたかと思いきや、突然厚みのあるオーケストラの奔流が襲いかかってくる。ロマンティックな雰囲気の漂う第2楽章と快活に動き回る第3楽章も、甘さを封じつつ、本当の優しさがこぼれるような味が際立つ。内声部の楽器がよく聴こえるので、ブラームスのポリフォニックな書法も満喫できるし、常に適度なテンポで音楽が前進しているので、もたれたり、重くなったりすることが全くない。音楽そのものに安心して浸ることができる。
そして第4楽章のフィナーレでは、力強く踏み込んだ猛烈な加速と、嵐のようなティンパニが炸裂! 燃える火の玉のような迫力を現出する。本物のドイツ音楽に内在する、とてつもない情熱のエネルギー。それを最大限に思い起こさせてくれるのが、ドイツ正統派の巨匠カイルベルトの演奏と言えるだろう。
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このモーツァルトとブラームスのカップリングは、まさに「目から鱗」の名演でした。クラシック音楽のウルトラマラソンといわれる『ニーベルングの指輪』も、ぜひこの指揮者の演奏で挑戦してみたいと思います。