375's MUSIC BOX/魅惑のひとときを求めて

想い出の歌謡曲と国内・海外のPOPS、そしてJAZZ・クラシックに至るまで、未来へ伝えたい名盤を紹介していきます。

歴史的名盤を聴く(4) オイゲン・ヨッフム @1983 Munchen Live

2010年01月25日 | クラシックの歴史的名盤


ブルックナー:交響曲第9番
オイゲン・ヨッフム指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
(1983年7月20日 ミュンヘン、ヘラクレスザール:ステレオ・ライヴ録音) WEITBLICK SSS0071-2

孤高の天才ブルックナーが書き残した最後の交響曲『第9番』。この音楽が奏でる圧倒的な響きは、ことによると、ダンテの『神曲』やミケランジェロの『最後の審判』にも比肩しうる途方もない深さを秘めているのではないだろうか。フィナーレにあたる第4楽章が未完のまま残されたとはいえ、完成された第3楽章までの内容だけを見ても、人類が残した最高芸術の一つであることは間違いないだろう。この大傑作を完成することは、もはやブルックナーのような天才にもできなかった。文字通り、人間と神との境界線を踏み越えるしかなかったのかもしれない。

ブルックナーは熱心なカトリック教徒だった。当然のことながら、彼の作曲する音楽にはカトリック教会の慣習や儀式や神学が色濃く反映されている。もちろん、そのような宗教的背景を度外視しても、音楽の素晴らしさは心の琴線に直接伝わってくるし、音楽そのものが魂に訴えかけるメッセージに虚心になって耳を傾けるのが最も大切であることは言うまでもない。とはいえ、その根底にブルックナー自身の信仰告白が横たわっているのは、否定できない事実でもある。

そのカトリック教会音楽家としてのブルックナーの魅力を余すところなく伝えてくれる指揮者を一人あげるとすれば、自分なら南ドイツ、バイエルン州出身の名指揮者オイゲン・ヨッフムを選ぶだろう。ヨッフムは弱冠24歳でミュンヘン・フィルを振ってデビューし、戦後設立されたバイエルン放送交響楽団の初代指揮者に就任した経歴からもわかるように、典型的な南ドイツの土壌を背景に持った指揮者だ。北ドイツ風の厳しさよりも、南ドイツ風のおおらかさを身上とした音楽作りが、ブルックナーの宗教的法悦を表現するのにぴったりなのである。

そう考えてみれば、ヨッフムとミュンヘン・フィルの顔合わせというのは、これ以上望むことができないほど理想的であるはずだが、どういうわけか両者が共演したレコードはほとんどなかった。それは前回も書いたように、ミュンヘン・フィルがレコード録音に積極的でなかった時代が長く続いたことが原因の一つなのだが、ようやくヨッフムの死後20年を経過した2007年になって、長らく待ち望まれた「夢の顔合わせ」によるブルックナーの交響曲第9番のライヴ音源が日の目を見たのである。

この演奏が行なわれたのは1983年7月。ヨッフムはすでに80歳になっていた。4年後に世を去ることも無意識のうちに予感していたのか、聴こえてくる音楽は、惜別のメッセージに満ちた、万感あふれるものになっている。まさに老境に達した指揮者でなければできない至芸と言えるだろう。

第1楽章。混沌の中から原初の地球が忽然と姿を現わすような、荘厳なオープニングで始まる。荒涼とした岩山。人足未踏の大自然。天界の御使いたちが神の創造の偉大さを讃えるようなテーマを、一点の曇りもなく朗々と表現していくさまが圧巻だ。豊潤な弦の合奏が決して派手に響かないのも好ましい。金管は絶えず意味深く、木管のさえずりは味があり、細部のすみずみまで見通しの効いた指揮者の統率力とオーケストラのアンサンブルの妙に陶酔するばかり。その調和の取れた美しさは、カトリック教会の礼拝堂で目にする色彩豊かなフレスコ画にも例えることができようか。天地開闢の夜明けを告げる激変のコーダも素晴らしい。

第2楽章。テンポの速いトリオを挟んだスケルツォ。20世紀音楽を先取りするような無調の響きも垣間見える。前作の交響曲『第8番』までに聴く民族舞踊的なスケルツォの特徴はもはや姿を消し、まるで新約聖書『ヨハネの黙示録』に描かれた最終戦争を思わせるような、異様に激しいリズムに彩られている。最終戦争とは言っても、ヨッフムとミュンヘン・フィルの演奏は、外面的な迫力だけのスペクタクルに走ることは決してない。あくまで宗教絵画のような格調の高さを維持しながら、決めるべきところは渾身の力で決めていくのである。

第3楽章。全曲の核心部分となる壮大なアダージョ。戦乱の世が終わり、人と神が出会う時代。カトリック神学で言うところの救済の終着点「ベアティフィック・ヴィジョン(至福直感)」を音楽で表現したのが、この楽章だ。ヨッフムの指揮はオーケストラに必要以上の緊張を強いることなく、ゆったりとした呼吸で音楽を奏でていく。あくまで透明な明るさが基調。ミュンヘン・フィルの明るい音色が、その特色を助長する。それはまさに『ヨハネの黙示録』の終局場面、天から降りてきた新しい都、永遠のエルサレムを思わせるような絶美の音楽。この交響曲を「愛する神」に捧げたブルックナーの信仰告白の総決算がここにある。

ブログ・ランキングに参加しています。
ONE CLICKで順位が上がります。
 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿