昭和歌謡曲史に燦然と輝く歌姫・ちあきなおみ。1992年に活動を休止して以来、今もなお、復帰を望む声は根強い。やはり、これだけ「心に響く歌」を聴かせてくれる歌手はなかなか出てこない、という現実を反映しているのだろう。
その彼女が、1980年代のビクター在籍時代にリリースした4枚のオリジナル・アルバムが、3月21日に復刻発売される。いずれも紙ジャケ仕様の限定版で、帯・歌詞カード等も発売当時のLP盤の仕様で再現されるようだ(VICL 62347~62350)。
それぞれのテーブル(1981年)→フランスのシャンソンをカバー。
THREE HUNDRED CLUB(1982年)→アメリカのジャズ・スタンダードをカバー。
待夢(1983年)→ポルトガル民謡ファドをカバー。
港が見える丘(1985年)→戦前から戦後にかけての日本の流行歌をカバー。
この4枚は、1978年の結婚を機に、人気歌手としての活動を一時休業した後、レコード会社を移籍してリリースした企画アルバムだった。ヒット曲を追うのではなく、日本の歌を見直すために、あえて、さまざまなジャンルの外国曲に取り組んで、歌唱力の幅を広げた時期。ちあきなおみにとっては、言わば「第2期」の遺産と言えるものである。本田美奈子で言えば、ミュージカル時代に相当するだろうか。
いずれも限定版ということなので、確実に入手するには、販売サイトもしくは最寄のレコード店で、予約しておいたほうがいいだろう。リリース後は、この「音楽玉手箱」でも、あらためて一枚づつ紹介していく予定である。
その彼女が、1980年代のビクター在籍時代にリリースした4枚のオリジナル・アルバムが、3月21日に復刻発売される。いずれも紙ジャケ仕様の限定版で、帯・歌詞カード等も発売当時のLP盤の仕様で再現されるようだ(VICL 62347~62350)。
それぞれのテーブル(1981年)→フランスのシャンソンをカバー。
THREE HUNDRED CLUB(1982年)→アメリカのジャズ・スタンダードをカバー。
待夢(1983年)→ポルトガル民謡ファドをカバー。
港が見える丘(1985年)→戦前から戦後にかけての日本の流行歌をカバー。
この4枚は、1978年の結婚を機に、人気歌手としての活動を一時休業した後、レコード会社を移籍してリリースした企画アルバムだった。ヒット曲を追うのではなく、日本の歌を見直すために、あえて、さまざまなジャンルの外国曲に取り組んで、歌唱力の幅を広げた時期。ちあきなおみにとっては、言わば「第2期」の遺産と言えるものである。本田美奈子で言えば、ミュージカル時代に相当するだろうか。
いずれも限定版ということなので、確実に入手するには、販売サイトもしくは最寄のレコード店で、予約しておいたほうがいいだろう。リリース後は、この「音楽玉手箱」でも、あらためて一枚づつ紹介していく予定である。
ちあきなおみのことを最近の特集番組で見て非常に興味を持ち、元々好きだった本田美奈子.さんと共に最近良く聞いています。
ちあきなおみの情報はリンク先のサイトの情報量が半端じゃないですね。ビクター盤復刻のことも載っていましたよ。ミナコヴィッチさんが上記記事でお書きの情報もすべてそこに書かれていました。
このファンサイトは、すごいですね。以前も見たことはありましたが、早速ブックマートに加えておきます。