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南の島で幼稚園の先生になろう!

活動から19年。現在も現地の教え子や家族から連絡があり、素敵な人と出会えた青年海外協力隊生活に感謝しかない。

たくさんの家族愛

2006年09月07日 | ミクロネシアの家族
最近、幼稚園や学校のことばかりで、なかなか家のことを書いていないので今日は家族について。

私たちはそれぞれ職業をもってこの任国(ミクロネシア)に赴いています。
その仕事を通して、カウンターパート(職場の同僚)に自分の持っている仕事のノウハウを伝える、つまり技術移転が目的とされています。

しかし、今お世話になっているホストファミリー(ホームステイ)も同じくらい大切な意義があると私は感じています。

馴れない職場での仕事の後、「一人になりたい、好きなものを食べたい、お湯の出るシャワーを浴びたい」とそれぞれいろいろな思いがあるのだと思います。

ですので、赴任後3ヶ月のホームステイ後は、一人暮らしを続けるか否かは自由です。

でも、一人暮らしでは味わえない、このポンペイ島でしか感じられないものは、ホームステイつまり現地の家族との暮らしの中にあるのだと信じています。

今日も昼食を食べに家に帰ると、突然のスコール。私は洗濯物を干していたので、急いで取り込もうと庭に出ると、おじいさんのお孫さんのお嫁さんが家から走ってきて、私の洗濯物を取り込んでくれました。
雨が降るなり、私の洗濯物のことに気づいて、走ってきてくれるなんて、私はなんて温かい人たちに囲まれているのだと思います。

また、先週車のタイヤのホイール(タイヤの中にある鉄の部分)を寝かして真ん中に棒がさしてある物体が2つ家においてありました。
それは、実は物干し竿。
お孫さんが「この間からhiroがエレクトリックコードの上に洗濯物を干していたから危ないと思ったんだ」この方が便利だよといって、地面にコンクリートを流して固めて作ってくれている途中です。

一緒に暮らすおじいさんは大のDVD好き。DVDのある部屋は僕の部屋の隣で壁だけで仕切られているのではなく、一部分ガラスの窓で仕切られています。

なのでDVDの音はとてもはっきり聞こえます。それにおじいさんは耳が遠いので、大きな音量にしないとDVDを楽しめません。
おじいさんは、DVDを見るとき「hiro、今からDVDみても大丈夫?うるさくない?」と心配して聞いてくれます。
もちろん、静かとは言いがたいですが、おじいさんに「ここはおじいさんの家ですし、僕が部屋を借りて住まわせてもらっているので、遠慮せずに見てください」と話しました。

自分がしていることを自分から書くなんておこがましいですが、ささやかながら僕もできるだけ家族のため、家のためになること、自分のせいで迷惑をかけないようにしたいと思っています。

自分の部屋の掃除はもちろん、廊下・隣のDVDを見る部屋(20畳くらい)・トイレ・食堂(30畳くらい)を自分が空いている時間に掃き掃除をして、ワックスがけをする。

庭のごみをこまめに拾う(子どもたちや近所の人はすぐにごみを捨てていきます)

毎日できるだけするようにしていることは、
朝は早起きをして、ミネラルウォーターのないときは、ボトルの中に雨水を入れて冷蔵庫で冷やす、食卓を片付ける、食堂を掃除する

そして、この家で重要なことは教会に行くこと。
おじいさんは助祭さんですから。

食事を取るときはお祈りをする。日曜日は必ず教会に行く。(このために土曜日にコロニアで友達と過ごすと、朝早起きして急いで日曜の朝の礼拝に間に合うように帰ります)

今週末はいろいろポンペイに住む他団体の海外の方と会う予定があるので、日曜日に教会にいけません。今日の朝、代わりに行ってきました。

ほかの人に「大丈夫、無理をして」「そんなことできないわ」「頑張りすぎていない」といわれたこともありますが、
いつまで続くか分かりませんが、感謝の気持ちは忘れないようにしたいです。

「ホームステイの家族を甘やかしてはだめ」という言葉を耳にしたことがあるのですが、少し僕の考えは違います。


ホストファリミーは、好意で僕たちを受け入れてくださっているのです。
逆に僕としては「勘違いをしてはだめ」と言いたいです。

僕たちが赴くのは開発途上国と呼ばれている国です。自分の国より経済的な面だけですが優位に立つ国の人をホームステイに受け入れることは正直自分にはなかなか真似ができないことだと思います。反対でももちろん、なかなか真似ができませんが。

自分ができないことを自分のためにしてくれている、そんな相手の気持ちをこれからも持ち続けられたらいいなあと思います。

そのためには互いに思いやる気持ち、それを行動として表すことだと思います。

カウンティング大成功?でも伝えるのは難しい

2006年09月07日 | ミクロネシアの幼稚園
今日のメインは、数のカウンティング。
現地の先生に自分の教え方がいいと思ってもらうには、時にはこういう現地の先生がうまくいかないことをこうやったらうまくいくという成果としてあらわす意気込みが必要です。

昨日1-5までのポンペイ語のカウントを数字の紙を使いながらしたので、今日は1-8まで。
そして指導上の留意点は、まずゆっくりすること、くりかえし、同じ部分をなぞりながら新たな数字を増やしていくこと、途中で何度も子どもと確認していくこと。
一番大切なことは、子どもが楽しく、自信を持って答えること。

こちらでは教えることにそしてできるようになってほしいという気持ちから、子どもに対して詰問するようになってしまい、子どもが答えを言うことに不安を覚えるという場面があります。それを自分の時間には払拭したかったのです。

一人ずつ聞いていくときには、言えないときには口の形で伝え、1-8の間にひとつでも答えがいえたら「ララコング(えらい)」と認めると子どもは安心したようで、今までなかなか答えるのが難しかった子どもも答えることができました。

また1-10の数字の書いた紙を地面に置き、教師が言った数を子どもが一人ずつ見つけるという遊びもしました。全く分からない子どもには10枚のカードを5枚や3枚にして選びやすくしたり、子どもが当たっているカードを見つけるとみんなでそのカードをみて数を言ったりと単純なことですが、子どもを試すではなく子どもがもっとやってみたい、次には数字を覚えようと思えるように。

最後はカウンターパートのシニータの出番。
自分の名前を一文字ずつ点線で書いてある紙を配りました。
いつもは、無造作にぽんと投げてしまうところを、一人ずつ名前を呼んで鉛筆まで渡してあげるところはとてもよかったです。
惜しかったのは、紙を渡すと「さあしましょう」と何の説明もなく子どもにさせてしまったこと。
「その部分が大事です」子どもは、自分の頭文字ばかりを先に書いてしまうなど、ひとも字ずつ書く目的が分かりません。
そこで一度ストップして、黒板を使って自分の名前をんひとつずつ書いていくこと。
(例えばKIMOだったら最初はk、次はki その次はKIM そしてKIMOという順番に点線の文字をなぞっていく)

そして、今日したかったので子どもによって指導法をかえるということ。

一枚目は今説明した名前を点線で一文字ずつ書いていくのですが、自分で名前がすでに書ける子どもは、次には紙の一番上に名前を書いてあるだけの紙を渡して自分で名前を書く。でもまだうまくかけない子どもは、もう一度一枚目と同じ紙を渡して、繰り返し練習する。

昨日の打ち合わせでは伝えたつもりでしたが、違う紙を子どもに渡すと「これはもう終わったから違う紙を渡して」と同僚に言われてしまいました。

文字の理解力によって2枚目の紙は異なるようにして指導しようと話していたのですが、
語学力不足と理解の違いでうまくいきませんでした。

「うーん」やはり、難しいですが、それは急な変化を私が求めているから。
もっともっと子どもに指導するとき同様にゆっくり進みましょう。
子どももカウターパートも確実に分かってもらうことが大切なのですから。

カウンティング大成功?でも伝えるのは難しい

2006年09月07日 | ミクロネシアの幼稚園
今日のメインの保育は、数のカウンティング。
現地の先生に自分の教え方がいいと思ってもらうには、時にはこういう現地の先生がうまくいかないことをこうやったらうまくいくという成果としてあらわす意気込みが必要です。

昨日1-5までのポンペイ語のカウントを数字の紙を使いながらしたので、今日は1-8まで。
そして指導上の留意点は、まずゆっくりすること、くりかえし、同じ部分をなぞりながら新たな数字を増やしていくこと、途中で何度も子どもと確認していくこと。
一番大切なことは、子どもが楽しく、自信を持って答えること。

こちらでは教えることにそしてできるようになってほしいという気持ちから、子どもに対して詰問するようになってしまい、子どもが答えを言うことに不安を覚えるという場面があります。それを自分の時間には払拭したかったのです。

一人ずつ聞いていくときには、言えないときには口の形で伝え、1-8の間にひとつでも答えがいえたら「ララコング(えらい)」と認めると子どもは安心したようで、今までなかなか答えるのが難しかった子どもも答えることができました。

また1-10の数字の書いた紙を地面に置き、教師が言った数を子どもが一人ずつ見つけるという遊びもしました。全く分からない子どもには10枚のカードを5枚や3枚にして選びやすくしたり、子どもが当たっているカードを見つけるとみんなでそのカードをみて数を言ったりと単純なことですが、子どもを試すではなく子どもがもっとやってみたい、次には数字を覚えようと思えるように。

最後はカウンターパートのシニータの出番。
自分の名前を一文字ずつ点線で書いてある紙を配りました。
いつもは、無造作にぽんと投げてしまうところを、一人ずつ名前を呼んで鉛筆まで渡してあげるところはとてもよかったです。
惜しかったのは、紙を渡すと「さあしましょう」と何の説明もなく子どもにさせてしまったこと。
「その部分が大事です」子どもは、自分の頭文字ばかりを先に書いてしまうなど、ひとも字ずつ書く目的が分かりません。
そこで一度ストップして、黒板を使って自分の名前をんひとつずつ書いていくこと。
(例えばKIMOだったら最初はk、次はki その次はKIM そしてKIMOという順番に点線の文字をなぞっていく)

そして、今日したかったので子どもによって指導法をかえるということ。

一枚目は今説明した名前を点線で一文字ずつ書いていくのですが、自分で名前がすでに書ける子どもは、次には紙の一番上に名前を書いてあるだけの紙を渡して自分で名前を書く。でもまだうまくかけない子どもは、もう一度一枚目と同じ紙を渡して、繰り返し練習する。

昨日の打ち合わせでは伝えたつもりでしたが、違う紙を子どもに渡すと「これはもう終わったから違う紙を渡して」と同僚に言われてしまいました。

文字の理解力によって2枚目の紙は異なるようにして指導しようと話していたのですが、
語学力不足と理解の違いでうまくいきませんでした。

「うーん」やはり、難しいですが、それは急な変化を私が求めているから。
もっともっと子どもに指導するとき同様にゆっくり進みましょう。
子どももカウターパートも確実に分かってもらうことが大切なのですから。