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週刊! 朝水日記

-weekly! asami's diary-

005.マラソン必勝法

2008年08月15日 | サイエンスマニアックス

-Science Maniax #02-


 皆さんこんにちはごきげんよう。
 asayanことasami hiroakiでっす!(・ω・)ノ
 連日熱戦が伝えられる第29回オリンピック、北京2008。日本選手は、柔道、競泳、そして体操で快進撃を続けております。
 しかし、それにも増して凄まじいのは競泳のアメリカのエース、マイケル・フェルプス! 何なんスか! あの金メダルの数!
 8月13日現在で、リレーを含む5冠! しかもその全てが世界新記録!
 また、この段階で陸上のカール・ルイスらが持つ個人でのオリンピック合計メダル獲得数の世界記録、9個を超えて10個獲得の新記録を達成!
 このままいけば、自身の持つオリンピック同一大会での最多金メダル獲得数の世界記録6個を抜いて7個。あるいは目標に掲げている8個も夢じゃない!
 いや~、ココまでいくとまさに“異次元”ですわ。
 ちなみに、フェルプスは前回お伝えしたLRユーザーです。


 ところで、今回の北京2008でメダリスト達に授与される金、銀、銅の各メダル。皆さんはご覧になった事ありますか?
 もちろん、授賞式のTV中継や新聞の報道写真などで見た事はあるでしょうが、表裏両面をしっかり見た事がある人は少ないかもしれません。
 そこで、こんな画像を用意しました。
Blog0026
 
(月刊『ニュートン』2008年9月号より転載)
 
 これが今回のメダルです。
 上が裏、下が表になります。
 表面には、ギリシャ語で“第29回オリンピック 北京2008”の文字が入り、5大陸を表すオリンピックの五輪マークがあしらわれています。
 また、中央には“真実の女神オリンピア”がマントを翻す威風堂々たる姿が描かれています。(オリンピア、すなわちオリュンポスは、本来は古代オリンピックが開催されていたとされる都市の名前だが、IOC――国際オリンピック委員会――などの関係機関はこれを女神として神格化している)
 注目してもらいたいのは、背景大きく描かれたスタジアム。これは、ギリシャにある『パナシナイコ・スタジアム(パナシナイコ競技場)』というスタジアムです。
 これは、紀元前329年に建築され、紀元前250年に改築。さらに紀元前131年には大理石によって再建され、古代オリンピックなどの競技が行われたとされるスタジアムです。
 現在のスタジアムとは根本的に異なり、楕円形ではなく馬蹄形のトラック――いわゆる3、4コーナーがない――になっており、1周は330メートル程度。(現在は1周400メートル) レーンの数も6レーンしかありません。(現在は8+1レーン)
 1895年に修復され、翌1896年には、フランス貴族のクーベルタン男爵の提唱により開催が決定した第1回近代オリンピックのメインスタジアムに使用されました。
 近年では、1997年に開催された世界陸上アテネ大会と、2004年に108年ぶりにアテネに帰ってきた21世紀最初のオリンピック、アテネ2004においてマラソン競技のゴールに使用されています。
 ちなみに、このスタジアムはアテネ市内にありますが、マラソン発祥の地とされる“マラトンの丘”が近くにあり、アテネオリンピックでは、選手たちはこの丘を駆け抜けるマラソンコースを走りました。(選手たちはさぞや気持ち良かった事でしょうね!)
 また、スタジアムの奥にはパルテノン神殿も見え、オリンピック発祥の地ギリシャを全面にフィーチャーしたデザインですね。
 裏側には、中央に今大会のシンボルロゴが描かれ、それを取り囲むようにドーナッツ状の“翡翠”が埋め込まれています。
 中国では、古来より貴重品としてヒスイが珍重されており、現在でもアクセサリーに使われる宝石として人気があります。
 このあたりが中国らしいですね。
 オリンピックや世界陸上などのメダルデザインは、どれもお国柄や時代が感じられるモノばかりで素晴らしいです。
 余談ですが、今回の金メダルは純金ではなく銀に6グラムの金メッキを施したモノらしいです。授賞式でメダルを噛んでる選手もいましたが、中の人は銀なので歯形は付きませんよ?(笑)
 雑誌からの転載になるのでホントはマズいんですが、4年に1度の事なので思い切って載せちゃいました。(笑)
 ニュートン編集部の皆さん、本当にゴメンなさい。(謝)


 さて、今回は上記でも話題に上ったオリンピック日程後半の注目競技、マラソンのスポーツ科学解説。オリンピック関連ネタ第2弾です。
 オリンピックに限らず、マラソン競技では多くの国際大会において日本人選手は常に中心的存在として注目され、常に世界を相手に優勝を争ってきました。
 オリンピックに関して言えば、前々回のシドニー2000ではQちゃんこと高橋尚子が。前回のアテネ2004で野口みずきが共に金メダルを獲得し、日本選手は2大会連続で金メダルを獲得。今大会は、3大会連続金メダルの期待がかかる重要なレースとなります。
 陸上競技は、日本は世界の厚い壁に阻まれ、あまりメダルとは縁のない競技ですが、マラソンだけは別。
 日本のお家芸とまで言われるマラソン。しかし、そもそもマラソンとはどういった競技なのか? そして、マラソンで勝つには一体何が必要なのかを徹底解析!
 スポーツは、裏側を知れば100倍面白くなる!
 これを読んで、皆さんがオリンピックをより楽しく観る事ができれば幸いです。


 それでは早速参りませう。
 マラソンは、42.195kmという陸上競技の中でも2番目に長い距離を走る、スタジアム外の公道を使用して行われる長距離種目の一つである。
 陸上の長距離種目には、これ以外に20kmと50kmの競歩がある。
 また、陸上の国際大会――グランプリシリーズ、ゴールデンリーグ、世界室内など――では、世界陸上やオリンピックを除き、マラソン競技が行われない事が多く、代わりに各国の都市で国際都市マラソンが毎年開催されている。
 ちなみに、トラック競技では100m~800mまでのスターティングブロックを使用し、セパレートレーンのみの種目を短距離。1500m~10000mのスターティングブロックを使用せず、オープンレーンがある種目を中距離と呼ぶ。


・歴史と起源

 知ってる人も多いかもしれないが、マラソンの起源は紀元前450年――紀元前490年という説もある――の『マラトンの戦い』の故事に由来する。
 ペルシャ軍は、アテナイ――現在のアテナ――侵攻のためにマラトンに上陸した。これを迎撃するためにアテナイの名将ミルティアデスは奇策を以って見事これを撃退。この吉報をアテナイに伝えるため、フェイディピデス――エウクレスとも呼ばれる――という兵士は、伝令としてマラトンの丘からアテナイまでの長い距離を走った。そして、アテナイの城門で勝利の吉報を告げた直後、力尽きて息を引き取ったという。
 1896年の第1回近代オリンピックにおいて、言語学者のミシェル・ブレアルの提案により、この故事に基くマラトンからアテナ競技場――前出のパナシナイコ競技場――までの長距離走が競技に加えられ、これが世界初のマラソンレースとなった。
 ちなみに、1982年からはこれにちなんで『アテネクラシックマラソン』というレースが開催されるようになり、マラトンの丘からパナシナイコ競技場までの42.195kmを走るコースが使用されている。またこのコースは、アテネ2004でも使用された。
 ところで、マラソンのレースディスタンスである42.195kmという距離。これも有名な話だが、最初からこの距離だったワケではない。
 第1回オリンピックを始め、最初は“約40km”という曖昧な規定だったため、距離が一定しなかった。
 しかし、1908年の第4回のロンドン大会において、ウィンザー城からシェファードブッシュ競技場までの約40kmのコースが使用される予定だったが、時のイギリス王妃、アレクサンドラ王妃が、「スタート地点を宮殿の庭に。ゴール地点は競技場のボックス席の前にせよ。」とワガママを言い出した要請したため、40km以上の中途半端な距離になってしまった。この距離が、42.195kmだった。
 その後も、大会毎に距離は一定しなかったが、1924年の第8回のパリ大会において、ロンドン大会と同じ42.195kmのコースが使用され、以後マラソン競技はこの距離――市街地コース42km+200m弱の競技場のトラック――が定着した。
 現在では、一般向けのスポーツ大会などでこれよりも距離の短い『ハーフマラソン(21.0975km)』や『クォーターマラソン(10.54875km)』も頻繁に開催され、これに対して42.195kmのマラソンを『フルマラソン』と呼ぶ。
 ちなみに、マラソン競技にはこれよりも長い100km(!)を走る『ウルトラマラソン』や、さらに長い150km~200km(!?)を走る『スパルタスロン』という競技もある。
 ところで、今でこそマラソンは男女ともに行われているが、元々は「女性には困難」という理由で女子マラソンは行われないのが普通で、オリンピックでも男子マラソンのみが行われていた。
 しかし、歴史的には第1回のアテネ大会の時、既に非公認だがメルポメネという女性が男子に混ざって勝手に同じコースを走り、世界初のマラソンレースで世界初の女性ランナーが走っているという、何とも奇妙な記録が残っている。
 1966年のボストンマラソン――現在も続いている国際都市マラソンの一つ。オリンピックではない――において、主催者に隠れて非公認ながらレースに参加する女性が出現。その後も、非公認で勝手に出場する女性ランナーが続出したため、同大会では1972年から女性の参加が公式に認められ、これが正式な最初の女子マラソンとなった。
 その傾向はオリンピックにも影響を与え、1984年のロサンゼルス大会から女子マラソンが正式種目に加わり、その後多くの名女性ランナーが活躍するようになったのは、皆さんも記憶に新しいところだろう。
 現在日本では、低迷が続く男子マラソンよりも、まさに黄金期を迎えつつある女子マラソンの方が人気が高いほどである。


・規定と記録

 現在、マラソンは42km程度の市街地コースと、195m程度のトラックコースが組み合わされて42.195kmのレースディスタンスになっているが、この市街地コースにはIAAF――国際陸上競技連盟――が定めるコース規定がある。
 主な規定は以下の4つ。

1.コースの長さは競技距離より短くてはならず、かつ誤差は競技距離の1000分の1以下でなければならない。(マラソンでは42m以下)
2.上記の条件を満たすため、距離の測定では1001mを1000m=1kmとする。
3.スタート地点からゴール地点までの標高の高低差は競技距離の1000分の1以下でなければならない。(マラソンでは42m以下)
4.スタート地点とゴール地点は、直線距離で競技距離の2分の1以下でなければならない。(マラソンでは21.0975km以下)

 主にこの4つの規定を満たしていれば、IAAF公認のマラソンコースとして認定され、そのコースを使用したレースはIAAF公認レースとして公式記録に残る。
 逆に言えば、この条件を満たしていればコースレイアウトは何でも構わない。そのため、世界陸上やオリンピックでも、数キロ程度の短いコースを何周か走る周回コースが使用されることも少なくない。
 マラソンではないが、昨年の世界陸上、大阪2007では、競歩で大阪万博記念公園内にあるジョギングコースの一部を使い、2キロのコースを回る周回コースが使用された。(注:競歩では周回コースが使用される事が多い。そのため、これによるトラブルも多い。詳細は次回)
 だがこれは、同時に他の陸上競技とは異なり、コースによってレース条件が大会によって異なる事を示している。そのため、かつてはマラソンのタイムは計測はされていたが、いわゆる『世界記録』としては認定されておらず、飽くまでも『世界最高記録』と呼ばれていた。
 しかし、2004年のオリンピックアテネ大会を機に、IAAFはマラソン競技におけるコース規定を含む記録公認条件を整備し、マラソンや競歩など、公道を使用するロードレースの計測タイムも公認記録として認定出来るようになり、現在は『世界記録』が存在する。
 ちなみに、この条件を満たす過去のレースの記録も公認記録として認定されており、歴代記録ランキングの中には2004年以前の記録もランキングされている。
 2008年8月13日現在の世界記録は、男子は2007年のベルリンマラソンでエチオピアのハイレ・ゲブレセラシェがマークした2:04:26が歴代トップ。日本記録は、2002年のシカゴマラソンで高岡寿成が記録した2:06:16で、これは世界歴代9位の記録である。
 女子は2003年のロンドンマラソンで、地元イギリスのポーラ・ラドクリフがマークした2:15:25が世界記録。日本記録は、2005年のベルリンマラソンで野口みずきが記録した2:19:12。世界歴代3位の記録である。
 ちなみ、歴代ランキングトップ10では、男子は高岡。女子は野口を始め、渋井陽子、高橋尚子の3人がランクされている。
 ところで、認定記録ではないが、マラソンには『世界最“長”記録』なるモノがあるのをご存知だろうか?
 これは、距離ではなく完走した時間の事で、その記録保持者はなんと日本人である。
 時は1912年。オリンピック第5回大会のストックホルム大会に出場した日本の金栗四三は、レース中に体調を崩し棄権した。これだけなら、過酷なマラソンレースではよくある事だが、体調を崩した金栗は、棄権後その場で倒れてしまい、近所の農家の住民に助けられる。意識を回復したのは、レースの翌日のことだった。
 金栗はそのまま帰国したが、金栗の途中棄権が主催者側に上手く伝わっておらず、この時の記録は、完走でも棄権でもなく『競技中に失踪、行方不明』として公式に記録された。
 時は流れ1967年。ストックホルム市がストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典を開催する事になり、式典主催者が当時の記録を調べていたところ、金栗の『行方不明』の記録を発見した。
 そこで主催者側は、金栗をこの式典に招待し、式典の中で当時のコース――実際には、競技場内の100メートルのコース。残りの距離は特例として消化した扱い――を走って見事完走! この瞬間、マラソンの世界最長記録、54年8ヶ月6日5時間32分20秒30が記録された。
 金栗は、ゴール後のスピーチで、
「長い道のりでした。この間に孫が5人できました。」
 と語ったとか。
 ちなみに、日本マラソン会では金栗はこれ以外でも有名で、短距離の三島弥彦と共にこのストックホルム大会出場で日本人初のオリンピック出場選手となった人物で、1920年から毎年数多くの名勝負を繰り広げている箱根駅伝の第1回開催に尽力した人物でもある。
 そのため、2004年からは箱根駅伝の最優秀選手賞として『金栗四三杯』が贈呈されている。
 また、件のストックホルム大会のマラソン競技は、摂氏30度という――当時としては――記録的な猛暑の中行われ、出場68名中のおよそ半分が途中棄権。内一人は翌日死亡するという稀に見るサバイバルレースだった。


・スプリントマラソン(?)

 近年のマラソンは、ハイペース化、ハイスピード化が目覚しく、先に記した歴代ランキングトップ10では、男女ともにそのほとんどが今世紀に入ってから記録された、比較的新しい記録ばかりである。
 それまで、マラソンはレース中の選手同士の“駆け引き”が重要視されていた。
 スタミナを温存し、レース終盤でスパートをかけて一気に抜き去る。というレース展開が多く見られ、集団の中にいる他の選手より先に仕掛けるか? それとも後に仕掛けるか? 残りの距離を意識して仕掛けるタイミングを測る。
 もちろん、現在でも基本的なスタンスに変化はないが、スピードよりもこの駆け引きの方が重要視される傾向があり、男子でも優勝タイムが2時間半近くになる事も稀ではなかった。
 対して現在は、駆け引きもさる事ながら、レース全体が高速化され、トップ選手のハイペースに付いて行けず、レース序盤で他の選手が脱落し、比較的早い段階で単独トップになるという展開も珍しくなくなった。
 こうした傾向に拍車をかけたのが、エチオピアやケニアといった高地国の選手の台頭である。
 ファティマ・ロバ、キャサリン・ヌデレバ、エバンス・ルト、そしてハイレ・ゲブレセラシェ。
 空気の薄い高地国で生まれ育ち、先天的に高い心肺機能を有するこれらの選手が、国際大会で常にトップ争いに加わり、マラソンではないが、中距離の3000mや5000m、10000m、3000m障害などでは金、銀、銅を独占する事も珍しくない。
 これに対抗するため、日本はもちろん、欧米でもオリンピックや世界陸上といった大きな国際大会に備えて高地での直前合宿を行う例も、もはや珍しくなくなった。
 特に、日本の女子マラソンでは、代表選手が全員揃って中国の昆明で直前合宿を行うのが通例となっているほどである。
 ちなみに、近年のマラソンがどれだけ速いかというと、……ちょっと計算してみよう。
 2006年に文部科学省が行った『体力・運動能力調査』によると、18歳女子の50m走の平均タイムは、9秒62だそうだ。
 小学校で算数の時間に習った公式、“速度=距離÷時間”を使って計算すると、18歳女子の足の速さは、秒速5.4m/sになる。(100分の1以下四捨五入)
 これを時速に直すと、19.44km/h(5.4×60×60÷1000)。……うん、悪くない数字だ。
 では、比較として男子マラソンの世界記録、ハイレ・ゲブレセラシェのタイムから、彼の世界記録達成時の平均時速を割り出してみよう。
 まず、タイム(2:04:26)を秒表記に直すと7466秒になる。距離も同様にメートル表記に直し、42195mとして計算すると、ゲブレセラシェの秒速は5.7m/sとなる。これを時速に直すと、20.52km/hという数字になる。
 なんと、男子マラソンは日本の平均的な18歳の女子高生が全力疾走した速度よりも1.08km/hも速いスピードで42.195kmを走っているのである。
 ちなみに、これは平均的な自転車の走行速度とほぼ同じか、ややもすると速いぐらいのスピードである。
 また、この速度で走っている車に轢かれると、間違いなく大怪我。打ち所が悪ければ死に至る大事故になる。
 なんということでしょう! マラソン選手に轢かれると死んでしまうのだ。(笑)
 それはともかく、この様なハイスピードで展開するレースなので、これに勝つには並大抵の事ではないのがお分かり頂けるだろう。
 最早マラソンは、持久力重視の耐久レースではなく、スピード重視のスプリントレースの様相を呈してきているのである。
 ならば問題は、このハイスピードレースに勝つ方法、すなわち必勝法はあるのだろうか?
 ここからは、スポーツ科学の観点から、この難題を考察してみよう。


・走法と位置取り

 マラソン中継をご覧になった事がある人なら、『ピッチ走法』と『ストライド走法』という言葉をお聞きになった事があるだろう。
 これは、どちらもマラソンにおける走り方、すなわちマラソン走法の事で、現在は大きくこの2種類の走法に分けられる。
 ピッチ走法とは、短い歩幅で足を速く回転させる走法の事で、メリットとしては、足にかかる衝撃が小さくて済み、足の筋肉や骨格に負担がかかりにくい。また、体格的に欧米人に劣るモンゴロイド系民族――日本や中国、韓国などの東アジア民族――でも速い速度で走る事ができるといったメリットがあり、日本人や中国人に適した走法と言える。
 そのため、日本や中国など、小柄な選手はこの走法を採用している事が多いが、足を速く回転させる必要があるため、必然的に足の運動量は多くなり、スタミナ消費が激しく、また心肺機能にも負担がかかるため、筋力トレーニングはもちろんの事、心肺機能の強化を目的としたトレーニング――高地トレーニングなど。このトレーニングにより、高橋尚子の脈拍数は平均的な成人の半分しかない、いわゆる『スポーツ心臓』になったという――を取り入れたり、普段からの食事にも気をつけなければならないなどのデメリットもある。
 対してストライド走法とは、歩幅を大きくし、1歩あたりの走行距離を長くする事で、足の運動量を減らし、スタミナ消費や心肺機能への負担を低減するというメリットがある走法である。
 そのため、長身の欧米人に適しており、アメリカやヨーロッパの選手は、ほとんどがこの走法である。
 ただし、足にかかる衝撃が大きく、筋肉や骨格に負担がかかりやすいため、練習のし過ぎで疲労骨折や肉離れを起こし易いというデメリットがある。
 どちらにも一長一短があり、どちらが優れているのかは一概には言えないが、理想を言えば、少しでもストライド――歩幅――の大きなピッチ走法が可能ならば、より速く走る事ができるだろうが、体格的にストライドを伸ばしにくいアジア人には不向きで、先天的に心肺機能が劣る欧米人にも不向きだが、これに近い走法を可能にしているのが、先に記したエチオピアやケニアといった高地国出身のアフリカ系民族の選手である。
 先天的に優れた心肺機能と、欧米人並の恵まれた体格により、ストライド走法に近いピッチ走法、あるいはピッチ走法に近いストライド走法を可能にしているのである。
 だから彼らは速いワケだが、マラソンは、複数の選手が同時に走る“レース”である。同じ陸上でも、オープンレーンがある中距離はともかく、セパレートレーンのみの短距離とは全く異なるレースになる。そこで必要になってくるのが、走る場所、すなわち『位置取り』である。
 短距離の場合、セパレートレーンで走るため、前や横を気にする事なく、とにかく誰よりも速くゴールラインに飛び込む事が重要であり、位置取りとか駆け引きなんて考えていられない。(てゆーか考えてるヒマもない。考えている間にレースが終わる)
 しかし、オープンレーンがある中距離やマラソンともなると、位置取りが重要になる。(注:中距離とマラソンでは位置取りの意味合いが異なる。ここでは、マラソンの位置取りについてのみ考察する)
 マラソン中継を見ていると、レースが進むにつれ、次第に選手が数人から10人程度の集団に分かれて走る展開になるのに気付く。
 これは、何も走行スピードが似通った選手が固まっているのではなく、それぞれの選手がペースを一定に保ち、スタミナの消費を抑えながら仕掛けるタイミングを測って意図的に集団になっているためである。
 その意味においては、集団に加わっていればいいワケで、『位置取り』は必要ない。が、これがスポーツ科学的見地から見ると、『位置取り』に無視できないほど重要な“ある要素”が存在している事が見えてくる。
 それが、『空気抵抗』である。
 流体力学を用いた模型を使った実験によると、ランナーが単独で走行する場合を基準とし、複数のランナーが集団で走る場合とを比較すると、前に一人のランナーがいる場合で24.7%。前に3人、後ろに1人のランナーがいる場合では、実に41.2%もの空気抵抗の低減が見られた。
 この事から、少なくとも集団の中で“風除け”になるランナーの後ろを走る事で、自分にかかる空気抵抗を低減し、より少ない力で走る事が可能になるのである。
 モータースポーツの必須テクニック、『スリップストリーム』である。
 これによって、終盤で余力を残しておいて、ラストで一気にスパート! という戦略が可能になる。選手同士の力量が拮抗していればするほど、これは無視できない重要な要素となり、そのための『位置取り』が重要になってくるのである。
 とは言え、そのラストスパートに残せるほどの余力が、スパート前になくなってしまってはどうしようもない。
 では、“余力”を残しておくには、どうすればよいのだろうか?


・ガス欠防止策

 そもそも、運動によって消費される、いわゆる“スタミナ”の正体とは、一体何なのだろうか?
 スタミナとは、筋肉が伸縮する時に消費されるエネルギーの事で、ATP――アデノシン3リン酸――という物質が、その正体である。
 ATPは、運動によって消費されるとADP――アデノシン2リン酸――とリン酸に分解されるのだが、ATPは筋肉中に極わずかしか存在しないため、分解されたADPとリン酸を化学反応によって再結合し、再びATPとして利用する事になる。
 筋肉中のATPの量を増やす事は不可能だが、この再結合の効率を上げることは可能だ。
 ATPに再結合させる経路は、大きく分けて3通りある。
 一つ目は、筋肉中に蓄えられたクレアチンリン酸とADTを化学反応させる経路で、短時間に大量の再結合を行えるため、短距離走などのいわゆる無酸素運動で主に使われる経路である。
 ただし、ATPと同じくクレアチンリン酸の貯蔵量にも限界があるため、極めて短時間――大体40秒~42秒程度。世界記録が43秒18(マイケル・ジョンソン/USA)と、クレアチンリン酸による再結合の限界時間を越える競技である400m走が、『究極の無酸素運動』と呼ばれるのはこのため――のため、すぐに枯渇してしまう。そのため、無酸素運動の限界を超える運動が必要な場合に利用される経路が、グリコーゲンを使う再結合である。
 グリコーゲンも、ATPやクレアチンリン酸と同じく筋肉中や肝臓に蓄えられており、その貯蔵量はクレアチンリン酸よりも多く、より長く継続して再結合ができる。ただし、単位時間当たりの運動量、すなわち“出力”が落ちる上、グリコーゲンが消費されて分解する過程で乳酸ができ、これが次の分解を阻害するため、いずれ再結合もできなくなる。いわゆる“老廃物”である。
 そこで、酸素と脂肪を一緒に燃焼し、再結合をうながす経路が使われる。
 この経路だと、出力は極端に劣るものの、脂肪は筋肉中はもちろん、血中や皮下組織など、人体のあらゆる場所にほぼ無尽蔵に貯蔵できるため、マラソンや遠泳による運動に利用される。いわゆる“有酸素運動”である。
 しかし、脂肪によるATP再結合は、単位時間当たりの結合量が少なく、出力が劣るため、現在の“スプリントマラソン”ではほとんど意味を持っていない。出力が小さ過ぎるため、レースに勝つために必要なスピードが得られないからだ。
 かと言って、クレアチンリン酸を使う経路だと、スピードは出るが持久力が皆無に等しいため、マラソンのようなロングディスタンスではその真価を発揮できない。
 そこで、現在のスポーツ科学では、マラソンで主に利用されるのはグリコーゲンによるATP再結合だと言われている。
 平均的な成人――飽くまでも年齢的なモノ。トレーニング量などは関係ない――のグリコーゲンの貯蔵量は、筋肉中に1500キロカロリー。肝臓に300キロカロリー程度が蓄えられており、運動によって消費される。
 しかし、マラソンに必要なエネルギーは、平均的な体格――体重60キログラム程度で算出――で2530キロカロリーと言われている。
 つまり、グリコーゲンの貯蔵量は、マラソンでは730キロカロリー足りないという計算になる。
 マラソン中継を見ていると、レース序盤から中盤で好位置につけていた選手が終盤失速し、ズルズルと後退していくのは、何も疲労によるモノではない。貯蔵していたグリコーゲンが消費され、“ガス欠”したからである。
 これが起こるのが、距離にして大体30km~35km地点。よく、「マラソンは30km地点が山場」と言われるのはこのためである。
 と、するならば、最初に記した“余力を残す”とは、レース序盤から中盤にかけて消費されるグリコーゲンの消費を抑え、終盤の30km以降まで残しておく事。という事になり、そのために、戦略としての走法の選択と位置取りが重要になるワケだ。
 また、マラソンなどの長距離競技では、レース中に水分補給が行える。(国際大会では、大会公式スポンサーから提供されるスポーツドリンクで全ての選手が水分補給できるようになっている。これは、脱水症状防止などの医学的見地からも重要な事である)
 また、各選手のサポートスタッフが各自で用意したグルコースなどの糖分やアミノ酸を配合した、いわゆるスペシャルドリンクを利用する事も認められており、これを確実に摂取する事で、消費したグリコーゲンを補うのも、今や必須と言える戦略である。
 ちなみに、給水所はコース上5km毎に設置されている。
 さらに言うなら、万が一グリコーゲンが枯渇した時に備え、酸素と脂肪による再結合の効率を上げるトレーニングも重要である。
 この効率を上げるため、グリコーゲンが消費された状態――ある程度走った状態――でさらに長距離を走り込むトレーニングを取り入れたり、普段から栄養バランスを考えた食事を取り、レーススタート時にグリコーゲンをフルタンク状態にしておく事や、筋肉量とバランスの取れた脂肪量を維持――すなわちダイエット――する事など、栄養学的な要素を考慮したトレーニングを行う事が必要なのである。


・気候とレーススパン

 以上のように、マラソン競技は複数の要素が複雑に絡み合い、見た目とは裏腹にエキサイティングなレースが展開される競技であるが、上記の要素は、全て選手側がトレーニングなどを通じて行える要素である。
 しかし、マラソンにはもう一つ、選手にはどうしようもできない極めて重要な要素がある。
 それが、レースが開催される土地の気候や天候といった気象状態である。
 そもそも、マラソンは夏に行う競技ではない。
 オリンピックや世界陸上の選考レースとして重要視されている日本国内の国際都市レース――東京国際や大阪国際、名古屋国際や福岡国際など――は、全て冬に開催される。
 大学駅伝の最高峰として、毎年数々のドラマを生んでいる箱根駅伝も、新年2日と3日という冬に開催される。
 日本国内以外の国際都市マラソン――ベルリンやロンドン、ロッテルダムやシカゴなど――も、秋や春に開催される。
 常夏の島ハワイで毎年開催される、世界最大の一般参加マラソンであるホノルルマラソンも、開催されるのはやはり冬である。
 こうしてマラソンが冬に開催される事が多いワケだが、その理由はいたって単純。
 夏だと暑過ぎるから。
 ただそれだけ。
 気温の低い冬季ならば、マラソンのようなロングディスタンスのレースでも、発汗量を低く抑える事ができるため、脱水症状などを防止する意味でも、夏にマラソンを走るのは過酷過ぎるのだ。
 前回大会のアテネ2004では、優勝候補の大本命と見られていたイギリスのポーラ・ラドクリフが、レース中盤でなんと嘔吐。途中棄権するという大波乱が起きた。
 1997年の世界陸上アテネ大会では、前年のアトランタオリンピックの覇者、ファティマ・ロバが、ギリシャ特有の地中海性気候の猛暑――ギリシャの夏は平均40度と言われるほど暑いが、湿度が低いので日本のようなジメジメした暑さではない――に勝てず、やはり途中棄権している。
 オリンピックのマラソン競技の最大の敵は、実は“夏”という季節なのだ。
 では、今大会が行われている北京の気候はどうか?
 北京は、中国国内でも比較的北に位置し、冬は寒過ぎるぐらいに寒い。冬の平均気温は氷点下。ややもすると、最高気温がプラスになる事がないと言われるほどであるのだが、降雪量は少ないそうだ。
 対して、夏は比較的高温多湿。日本の夏とほぼ同じで、夏の平均気温は摂氏20~22度。最高気温の平均は、摂氏29~30度程度となるが、雨は日本ほどは降らないそうだ。
 ちなみに、春は乾燥した強い風が吹き、黄砂によって視界深度が1メートル程度になる日も少なくないそうだ。
 日本に似た気候という事は、日本人には有利と考える人もいるかもしれないが、決してそんな事はない。先にも記したように、そもそも夏にマラソンを行う事自体にムリがあるので、気候的なマイナス要素は全ての出場選手に対してイーブンと考える方が妥当である。
 歴代の世界記録ランキングにランクされている記録が、全て冬に開催される国際都市マラソンでレコードされた記録なのはそのためで、オリンピックでは記録は全く期待できない。
 それと同時に、各選手のレーススパンも重要である。
 マラソン選手は、何も年がら年中マラソンで走っているワケではない。
 野口みずきや土佐礼子、尾方剛といった今大会の代表選手のマラソン出場歴を見てみると、全ての選手が年間1レース、多くても2レースしか走っていない。
 もちろん、トレーニングでは50kmとか、時には100kmもの走り込みを行う事があるが、走るペースは桁違いに遅く、ほとんどジョギング程度のペースである。
 フルマラソンをレースペースで走ると言うのは、肉体的疲労が大きく、年間1~2レース程度しかできないほどなのだ。
 日本では、オリンピックや世界陸上の選考レースの中でも最終選考レースと位置付けられている名古屋国際は、毎年3月に開催されているが、本番に当たるオリンピックや世界陸上が開催されるのは8月なので、その間は5ヶ月“しか”ない。
 そのため、名古屋国際で代表権を獲得した選手は、疲労が回復できずに本番で好成績を残せない場合が多い。
 今大会では、今年の名古屋国際で優勝し、今回が大きな国際レース初参戦となる中村友梨香がこれに当たる。(オリンピック、世界陸上を通して、中村は今回が初代表だが、実は名古屋国際が初マラソン。初マラソンでいきなり優勝と言うと、シドニーの金メダリスト高橋尚子と同じ。なので、個人的に中村は注目している選手である)
 しかし、中村以外の選手は、昨年の段階で既に代表権を獲得しており、年明けからオリンピックに照準を合わせてトレーニングを重ねてきた。
 男子代表は尾方剛、大崎悟史、佐藤敦之。
 女子代表は野口みずき、土佐礼子、中村友梨香。(注:野口は、直前合宿のスイス合宿で痛めた左足太ももの肉離れが完治せず、8月13日の時点で欠場を決定している。アテネ2004の金メダリストだけに非常に残念)
 シドニー2000の高橋尚子、アテナ2004の野口みずきに続く、日本勢の3大会連続金メダルの期待がかかるマラソンin北京2008。
 女子は8月17日、男子は8月24日、それぞれ日本時間午前8時ごろスタート!
 世界66億分の1誕生の瞬間を目撃せよ!!
 がんばれ! ニッポン!!



 といったトコロで、今週はココまで。
 楽しんで頂けましたか?
 ご意見ご感想、ご質問等があればコメにどうぞ。
 さて来週は、オリンピック関連ネタ第3弾、asami流スポーツ観戦の仕方を解説するフリートークをお届けします。お楽しみに!
 それでは皆さんまた来週。
 お相手は、asayanことasami hiroakiでした。
 SeeYa!(・ω・)ノシ



きょーのはちゅねさん♪


はちゅねさんは北京オリンピック日本代表選手団を応援しています。

Th3006
 
 
 
Thanks for youre reading,
See you next week!



-参考資料-
※今回の記事では、以下の活字メディア、及びウェブサイトの記事を適宜参照しました。


・月刊誌『ニュートン』2008年9月号/ニュートンプレス

・雑誌『NHKウィークリー ステラ臨時増刊9/1号 北京オリンピック放送をぜんぶみる!』/NHKサービスセンター

・NHKオンライン特設ページ『NHK北京オリンピックオンライン』

・フリーウェブ百科事典『Wikipedia日本語版』
 検索ワード:マラソンオリンピック世界陸上北京

 

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004.LZR RACERは本当に速いのか?

2008年08月08日 | サイエンスマニアックス

-Science Maniax #01-


 皆さんこんにちはごきげんよう。
 asayanことasami hiroakiでっす!(・ω・)ノ
 スゴいニュースが入ってきました!
 科学雑誌『ニュートン』の2008年9月号が伝えたところによると、去る2008年6月15日、NASA――アメリカ航空宇宙局――の無人火星探査機『フェニックス』が、ついに火星の地表からわずか数センチの地下に、“水氷”と思われる物質の存在を“目撃”したというのです!
 無人火星探査機『フェニックス』は、火星の地表面での鉱物の採取、及び分析などを目的として2007年8月3日に打ち上げられ、今年5月25日に火星の『ヘイムダルクレーター』付近に予定通りに着陸。搭載された採取装置と分析器を使い、火星地表の鉱物の採取と分析を開始。
 そして、約1ヵ月後の6月15日に、シャベルで地表を掘ったところ、地表から僅か数センチのところに鉱物とは明らかに異なる“白い物質”を確認。探査機より送られてきた画像を検討した結果、「水の氷ではないか?」と疑われたが、決定的な確証が得られなかった。
 ところがその数日後、再度それを確認したところ、例の“白い物質”に変化が見られたのである。
 そう! “融けていた”のである!
 この事実から、NASAはこれを「氷だと断定してよいだろう」という公式発表を行った。
 氷の存在が確認された事により、火星にはかつて、地球のように豊かな水が存在していた可能性が益々高くなった。
 もちろん、今回確認された氷が、この僅かな量だけなのか、それとも地下には膨大な量の氷が眠っているのかは、今後の調査結果を待たなければならないが、いずれにせよ、将来の火星テラフォーミング計画――地球より太陽から遠い火星を温暖化し、地球環境に近づける計画。既に、前世紀末からNASAや日本企業が計画の検討に入っている――や、火星植民地化計画――火星移住化計画とも言う。テラフォーミングにより、火星を第2の地球にする計画。これも、上記同様に既に検討が始まっている――の大きな足がかりとなるのは間違いない。
 大企業の社長の皆さん! これからは火星っスよ火星! 儲かりまっせ!


 それはさて置き、ついに始まりましたね! 4年に一度のスポーツの祭典、『2008北京オリンピック』!!
 いや~、開会式からいきなり感動ですわ~。特にあの光と音の演出がまた……。
 ……ゴメンなさい。ウソです。まだ観てません。
 てゆーか観れません。これを書いてる時点では、まだ始まってません。
 いや、これをうpるのも8月8日の早朝なので、僕が今の段階で観れる道理がありません。(サッカーは男女共に始まってるケドね)
 そんなワケで(?)、今週は先週先送りになってしまった『サイエンスマニアックス』の第一弾をお届けします。
 今回は、オリンピックでもメダルラッシュの期待がかかる競泳界に、文字通りの“革命”をもたらした新型スイムウェア、『LZR RACER(レーザー・レーサー。以下LR)』のテクノロジーを完全解析!
 LRは本当に速いのか? そして、その効果による日本選手の成績は、どう変化するのかを徹底検証!
 スポーツは、裏側を知れば100倍面白い!
 これを読んで、皆さんがオリンピックをより楽しく観る事ができれば幸いです。


 それでは、早速参りませう。
 LRは、2008年2月にイギリスのSPEEDO社(以下スピード社)から発表された最新の競泳用スイムウェアで、開発責任者のジェイソン・ランス指揮の下、自社研究所であるアクアラボが中心となり、アメリカのNASAやニュージーランドのオタゴ大学、ANSYS社、AIS――オーストラリア国立スポーツ研究所――など、多くの研究施設、あるいは専門家の協力を得て開発された、まさに『究極のスイムウェア』と呼べる製品である。


・構造

 LRの特徴はいくつかあるが、まず筆頭に挙げなければならないのは、ウェア全体に使用されている新素材、『LZR PULSE(レーザープラス。以下LP)』だろう。
 これは、伸縮性の少ないナイロンと、伸縮性の高いスパンデックス――レオタードや全身タイツに使われる繊維素材――という、性質の全く異なる2種類の素材――てゆーかむしろ真逆――を組み合わせて作られた“織物”である。
 比較として、従来型の『FAST SKIN(ファーストスキン。詳細は後述。以下FS)』を例に挙げると、FSは繊維で輪を作り、そこに次の繊維を引っ掛ける“編み物”構造である。
 対してLPは、縦糸と横糸を交互に折り重ねる“織物”である。
 丁度、前者はセーターと。後者はTシャツとそれぞれ同じ構造であるというワケだ。(注:飽くまでも構造的なイメージとして。繊維1本当りの太さは桁違いで、LPやFSの繊維はミクロン単位)
 セーターとTシャツがそうであるように、FSとLPもまた、生地の厚みに相当な違いがある。
 編み物であるセーターは、繊維の束が重なるため、どうしても厚くなってしまう。FSの場合、その厚みは0.45ミリほどである。
 対してLPは、織物であるTシャツ同様、繊維が重ならないため、薄くする事ができ、その厚みは0.33ミリと、FSの約3分の2にまで薄くする事ができた。
 生地が薄いという事は、必然的に濡れてしまうスイムウェアには極めて重要な要素で、薄い分全体の重量――乾燥重量――が軽くなるだけでなく、水に入った時に生地が吸収する水分量を減らす事ができ、濡れても軽い状態を維持できる。またこれは、繊維と繊維の間隔が広い編み物構造だと、毛細管現象――間隔の狭い隙間に水分が触れると、水の表面張力によって隙間の奥へと水分が浸透する現象――が起きやすく、吸収する水分量が増えてしまう。
 しかし、繊維と繊維の間隔が狭い織物構造だと、この毛細管現象が起きにくく、吸収する水分量を抑える事ができる。
 ちなみに、LPの乾燥重量は116.7g/㎡で、FSと比較して51.4%軽く、水中重量では、125.9g/㎡で、実に68.8%もの軽量化に成功している。
 先に記したように、このLPにはナイロンとスパンデックスという、性質の全く異なる繊維が同時に使用されているが、これにも大きな理由がある。
 それこそが、LPの最大の特徴と言ってもよい、『締め付け効果』である。


・締め付け効果とは?

 締め付け効果とは、文字通り体を衣類で締め付けて筋肉や脂肪、皮膚の“たるみ”を低減するためのモノである。
 身近なところでは、女性用の矯正下着やパンティストッキング――CMでよく見る「25段階着圧」とか、そんなの――、男性用下着であるボクサーブリーフなどがあるが、どれも目的は同じで、身体、もしくはその特定の部位を衣類によって締め付け、外部から強制的に変形させる事である。
 LPにもこれと同様の効果が組み込まれており、伸縮性の低いナイロン繊維で身体をガッチリと締め付け、運動によって発生する筋肉や脂肪のたるみ――女性は嫌がるかもしれないが、腕を真横に広げた状態で手首から先をブラブラと揺らしてみて欲しい。二の腕の下側がプルプルと震えるのが観察できるハズだ。これと同様に、人体の筋肉や脂肪は、弛緩した状態だと他の部位の運動によって皮膚が引っ張られて、連動してプルプルと震えてしまう。体脂肪率や筋肉量、運動部位によっても多少の差異はあるものの、体全体で同様の現象が起こる。……って、そこ! 「あ、乳揺れか」とか言わない!――を低減させているのである。
 しかし、それだとヨロイのように運動機能そのモノを阻害してしまうため、伸縮性の高いスパンデックス繊維を複合させ、ある程度の伸縮性を確保しているワケだ。
 では、何故水着に締め付け効果が必要なのだろうか? それでは、間接や筋肉が固まってしまい、全身運動である水泳には不向きなのではないか?
 そう考える方もいるだろう。
 しかし、これは全く逆である。
 先ほど記したように、人体というのは運動によって運動している部位に連動して別の部位の筋肉、あるいは脂肪が震えてしまう。全身運動である水泳ならば、その震えは全身で起こっていると考えてよい。
 この震えこそが、速く泳ぐためにはの最大のマイナス要素となるのである。
 つまりこうだ。


 水泳は全身運動である。
   ↓
 全身運動によって体全体の筋肉、あるいは脂肪が震える。
   ↓
 震えは、本来は不必要な無駄な運動である。
   ↓
 無駄な運動は、流体抵抗を生じる。
   ↓
 抵抗は、ブレーキ効果を発生させる。
   ↓
 結果、泳ぐスピードは遅くなる。


 すなわち、震えによる『無駄な運動』を締め付け効果で低減する事で、流体抵抗を低減し、ひいてはブレーキ効果も低減させ、結果、泳ぐスピードが速くなるというワケだ。
 また、この締め付け効果にはもう一つメリットがある。
 それが、『断面積の縮小化』である。
 断面積とは、文字通り断面の面積の事で、この場合は人体をCTスキャンのように輪切りにした時の面積の事を言う。
 水中での流体抵抗は、断面積が小さければ小さいほど低くなる。例えば、野球のボールをプールに思いっきり投げつけると、――深さにもよるが――プールの底に付く前に浮き上がってきてしまう。
 しかし、裁縫針を――物理的には不可能だが、理論上可能であるなら――同じように投げつけると、プールの底に突き刺さる。
 これと同様に、締め付け効果によって断面積を縮小すれば、流体抵抗は低減され、泳ぐスピードは速くなるのだ。
 FSと比較して、締め付け効果は15%も、増し増し。
 増し増しだーッ! 増し増しだーッ!
 イメージとしては、『超極薄のコルセット』といったところか。
 しかし、それだけでは、LRはLRたり得なかった。
 この最新スイムウェアには、もう一つ必要な最新テクノロジーがあった。
 それが、『LZR PANELS(レーザーパネル。以下パネル)』である。


・摩擦抵抗は金属並み

 LRには、表面にレーザーパネルと呼ばれるパネルが貼り付けられている。丁度、水着のグレイがかった模様のような部分がそれである。
 このパネルは、ポリウレタン素材――発泡樹脂の一種――を使った、“全く伸縮しない素材”で、これを段差を無くす加工――シームレス加工。“シーム”とは“継ぎ目”の事であり、この場合はパネルの端とLP生地との段差を面取り加工して無くす事を言う――を施した上で、超音波を使って分子レベルで接着――縫い付けると縫い糸が抵抗になり、接着剤だと生地が固まってただでさえ少ない伸縮性がさらに失われるため。LP生地の縫い目にも同様の技術が施されており、こちらはさらに裏面からテープで補強してあるが、いずれも段差はミクロン単位。ちなみに、LP生地の縫い目を極力減らすため、LRは全身タイプのモノでも3ピースにしか分割していない――する。
 これにより、水着の摩擦抵抗をテストしたNASA――大気圏突入を経験する宇宙船の表面素材の摩擦抵抗を検査するため、NASAは表面摩擦を測定する実験施設を所有している――の職員に、「これ以上摩擦抵抗の少ない素材を探すのは難しい」と言わしめたらしい。
 数値的には、研磨加工した金属と同じだそうだ。
 また、水中での使用を考慮して、LPとパネルには撥水加工が施されており、これも、水との摩擦抵抗を低減するのに貢献している。


 このように、新開発の最新テクノロジーを駆使したLRだが、その真価は水中、すなわち飛び込みやターン時の“けのび姿勢――両手両足をピンと伸ばして潜水した時の姿勢。スピードが最も速くなる状態――”の時に現れると言う。
 ある実験では、一般的な競泳用水着とLRとで、それぞれ5回ずつけのび姿勢での潜水距離を比較したところ、一般的な競泳用水着では、5回の平均距離が14.1メートルであったのに対し、LRは平均15.5メートルという、驚異的な伸びを見せた。
 バタ足や腕のストロークによるスピードは、水着だけでは実はどうにもならない。何故なら、それは選手の筋力や泳法、その熟練度と技術によるところが大きいからだ。
 しかし、けのび姿勢による潜水は、水着が違うだけでこれほどまでに劇的に伸ばす事ができるのである。
 それは、2月のLR発表以来、6月現在までに実に47(!)もの世界記録更新が成されている事実が、これを証明していると言えるだろう。
 では、もう従来型の水着では、競泳で勝つのは不可能なのだろうか?


・なぜLRなのか?

 LR以前、前々回の20世紀最後のオリンピック、シドニー2000で注目されたFSは、生地の表面に微細な突起を無数に配置する事で水の摩擦抵抗を低減しようと試みられた画期的な競泳用スイムウェアであった。
 俗に言う、『サメ肌水着』である。(競泳で泳ぐスピードを遅くするブレーキ効果を発生させる要因として、水面を波立たせてしまう『造波抵抗』、バタ足や腕のストロークによって発生する水しぶきを作る『飛沫抵抗』、断面積などの水中を進む物体の形状による『形状抵抗』、水との摩擦によって発生する『粘性抵抗』の4つがあるが、表面をサメ肌加工し、水着の表面を流れる水に極小さな波を意図的に発生させる事で、造波抵抗や粘性抵抗を低減する。海洋生物であるサメの表皮と同じ原理のため、このように呼ばれるようになった。)
 それまで、競泳界では『水着は邪魔者』が常識だった。何故なら、水着の繊維素材は、人体の皮膚と比較して極端に摩擦抵抗が高く、しかも締め付け効果は皆無だったため、水着そのモノがたわんで流体抵抗を発生させてしまっていたほどで、それこそ極端な話し、ハダカで泳いだ方が速いと考えられていたぐらいである。
 そのため、競泳用水着は被服面積の極端に小さい水着が好まれ、事実、その方がタイムも伸びる傾向にあった。
 この常識を覆し、全身を覆うほど被服面積の大きな水着によって、締め付け効果と摩擦抵抗軽減による水中速度の向上は、(当時の)最新の科学技術によって、FSという一つの形になった。
 それは、スポーツテクノロジーが、まさに21世紀に向けて飛躍的に進歩した瞬間だった。
 しかし、前回大会のである21世紀最初のオリンピックであるアテネ2004の後、国際水泳連盟のレギュレーション改正により、この革命的なサメ肌水着は使用禁止になり、事実上の製造中止となってしまった。
 そこでスピード社は、前出の様々な組織、人材の協力を得て、さらに400人もの競泳選手の身体データを記録し、4年の歳月をかけて完成させたのが、新素材のFPである。
 同社は、2007年のシーズンに向けて、この新素材を使用した最初の製品、『FS-Pro』をリリース。当時はあまり注目されなかったが、シーズン終了までに、実に21の世界記録更新を記録。スピード社の新型水着に一気に注目が集まった。
 そして、オリンピックイヤーである今年2月、FS-Proの経験を生かして完成されたのが、件のLRである。
 以上のように、LRは2000年のシドニー大会以降、実に8年もの歳月を費やして完成された、競泳用水着の最新進化形であり、現在の最新テクノロジーを結集した、まさに“科学がスポーツを変える”事を証明する存在である。
 確かに、スポーツとはヒトの限界を超えるのが最大の目的である。
 で、あるなら、科学の力でこれを超える事は、スポーツ本来の目的と真逆にある、ある意味スポーツを冒涜するようなドーピングにも似た行為であると言わざるを得ない。(注:LRを使っていない選手と使っている選手との間で、タイムに極端な差が生じるため。ゲームに喩えるなら、RPGでレベル1で最強装備をしているようなモノ。キャラクターではなく装備が戦っている状態。チート行為。)
 ならばLRは、かつてFSがそうであったように、いずれは改正されたレギュレーションによって消える存在なのだろうか?
 ……残念ながら、その可能性は否定できない。
 しかし、僕は同時にこうも思う。

その技術を生み出したのは?

 そう――。
 科学とは、ヒトの生活を豊かで便利にするためのモノであり、ヒトの役に立つためにヒトが生み出すモノである。
 たとえ、それが本来の目的を離れ、多少なりともズレたベクトルへと進化したとしても、それは『スポーツ科学進化論』という系統樹の一部であり、末端ではない。
 全ては進化の過程にあり、まだ最終進化形ではない以上、それはカンブリア紀に爆発的に生まれては消えていった生物進化と同じく、進化の過程にある『可能性』に過ぎないのだ。
 ならば、『スポーツ科学進化論』という系統樹を、今まさに形成しているFS→FS-Pro→LRという進化形態は、もしかしたら、恐竜のように絶滅してしまう運命にあるのかもしれないが、その後に恐竜が鳥類に進化したように。あるいは別の系統樹から哺乳類が生まれ、そしてヒトへと進化したように、『可能性としての過程』を形成している存在なのではないだろうか?
 あるいは、科学を超越した身体能力を有する新人選手が現れて、「LRで完全武装だぜイェイ!\(^o^)/」なんて言ってる選手を尻目に、金メダルを掻っ攫う大波乱が起きるかもしれない。
 仮定を言い出したらキリがないが、とにもかくにも、5月に開催されたジャパンオープンにおいて、世界記録を連発したLRの実力を受け、日本水泳競技連盟は、本来の公式スポンサーであるミズノやデサントといったメーカーとの契約があるにも関わらず、メーカーを説得してLRの使用を許可した。
 これにより、少なくとも日本代表選手は、水着だけは世界のトップレベルと肩を並べる事ができた。
 あとは、選手一人一人の技術と技量と経験が、タイムとなって現れる事になるだろう。
 ある試算では、LRの使用によって、今後はさらに好タイムが期待できると言う。
 ぜひとも、日本代表選手の皆さんには、その試算タイムに近い実力を発揮できるレースになる事を祈る。
 日本選手のメダルラッシュ、そして世界記録ラッシュの期待がかかる北京オリンピック競泳競技は、8月9日よりスタート! 世界66億分の1誕生の瞬間を見逃すな!
 がんばれ! ニッポン!!



 といったトコロで、今週はココまで。
 楽しんで頂けましたか?
 ご意見ご感想、ご質問等があればコメにどうぞ。
 さて来週は、オリンピック関連ネタ第2弾、大会日程後半の注目、陸上競技のスポーツ科学解説をお届けします。お楽しみに!
 それでは皆さんまた来週。
 お相手は、asayanことasami hiroakiでした。
 SeeYa!(・ω・)ノシ



きょーのはちゅねさん♪


ピンズで気分を盛り上げる。

Th3005
 
Thanks for youre reading,
See you next week!



-参考資料-
※今回の記事では、以下の活字メディア、及びウェブサイトの記事を適宜参照しました。


・月刊誌『ニュートン』2008年9月号
ニュートンプレス公式ウェブサイト

・『中日新聞』2008年8月4日号
中日新聞社公式ウェブサイト

・フリーウェブ百科事典『Wikipedia日本語版』
検索ワード:レーザーレーサー

 

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