日本人に生まれて

前期高齢者の仲間入りをしました。昭和、平成、令和を振り返りながら、日常の出来事を綴ります。

大腸ボリ―プ摘出後の食事

2018-02-13 15:24:17 | 日記
 2月9日午前中に入院手続き終わり910号に入室しました。看護士から入院時の注意事項の説明を受け、仕上げにビデオを鑑賞しました。印象に残ったのは転倒場面で、きちんとインプットしました。
 「転倒して骨折でもしたら入院期間の延長しなければいけない。気を付けよう。」
肝に命じながらバジャマに着替えをしました。余談ですが、ゆかた、ガウン、甚平の三種類があり自分は甚平を選びました。

 翌日の手術に向けて準備にとりかかります。まずは異と腸をきれいにするために2リットルの下剤入りのお水を一杯180ccを10分から15分かけて飲みます。1リットル過ぎるころからトイレに分刻みでかけこみます。便が透明な水になればおしまいです。その状態を看護士に確認してもらい「OK」がでるまで駆け込みは継続します。

 無事に自分も終了しました。お腹は空っぽになりました。点滴二種類セットされ、尿道に管を差し小水をビニールに入れるように準備万端、正真正銘の入院患者に変身しました。後はベッドに横たわるだけです。食物は口に入れることははできませんが空腹感はありません。点滴のお陰のようです。手術終わるまでは現状維持てす。
午後10時就寝、明日に備えて眠ります。

 2月10日夕方から手術開始しました。
時間が三時間の予定が倍の六時間かかりました。脂肪が患部にまつわりついていてはがす過程が大変だったようです。とにもかくにもベッドに無事生還できひと安心でした。麻酔が徐々にきかなくなりジワリ傷口が痛みだしました。こらえながら安静にす以外になす術がありませんでした。

 翌朝から大腸が癒着しないように点滴棒を杖がわりに廊下を往復します。三日間食事していなかったので回収された朝食のトレーの上に食べ残しがかなり残っていました。歩きながらおもわず手がでそうになりました。我慢です。夕方も往復します。夕食のトレーも朝と同じでした。少し朝より豪勢です。ここも我慢でした。

 手術してから六日目の夕方に食事が出されました。下記のメニューです。

生まれて初めて三分粥をたべました。三分とは、お湯十に対して、米が三の割合しかはいっていないということです。確かにお湯の中に米つぶが浮いている状態でした。始めにさじに粥をのせて口に運びました。胃の中は空、腸はしぼんでいますので、久しぶりの感触に五臓六腑も喜んでくれました。ゆっくりと味わいながら副菜と交互にいただきました。仕上げはヨ―グルトです。満腹感はまったくえられません。腸を摘出したので、消化に負担をかけないように配慮した献立と頭では理解できましたが
気持ちは真逆です。いつ銀シャリがでるのかと楽しみに待つことにしました。

 翌日の朝昼夕食、次の日の朝食まで三分粥でした。昼から全粥300に昇格しまた。
米がぎっしり詰まっているお粥です。前の粥に比べれば食べごたえ充分です。この日のおやつがでました。びっくりしました。懐かしいたまごポ―ロと200ccの牛乳でした。おいしくいただきました。そして最後の食事は退院する日の朝食です。またも全粥300でついに白米はお預けとなりました。

 入院した十日間最大の自慢は約10キログラム減量できたことです。恐ろしくて、現在ヘルスメ―タ―にのることは避けています。晩酌はお湯割り一杯、食事は腹八分で栄養日々過ごしていくつもりです。