信濃大町あなログる生活

大町に移住で「便利」より「アナログ」へ。薪切り出し、薪割り、薪ストーブ利用、圧力釜、地産地消を目指す生活の記録。

終戦の日

2024年08月15日 13時03分39秒 | 日記
写真のようにお祭りができたり、スポーツできたりするのは。
79年前の今日、終戦を迎えその後「平和」が守られているからだ。
ずっと一緒に生活したわけではないので、朧気ではあるけど。

大正15年生まれの父親は、学生で赤紙を受け国内で訓練をしていた。
徳島から高知県へ集められた「兵士達」は。
本土決戦に向け「爆弾三銃士」の猛練習をしていたという。
向かってくる戦車に兵士3人で爆弾を抱え突っ込む練習。
特攻隊は一機の飛行機に兵士が一人乗って、軍艦に突っ込む。
陸上では3人の若き兵士が、戦車を攻撃するという。
なんとも人命の無駄使い。
どこまで本気で訓練していたのか、分からない。
どんな気持ちで訓練に参加していたのか。
それも想像するしかない。
現実として父親は外地に送られなかったので。
国内で終戦を迎えることができ、帰宅も可能だった。
終戦が遅れて、外地に送られていたら。
終戦の知らせも遅れただろうし。
帰国が叶わなかった可能性もある。
とすれば、その後の人生も変わっただろうし。
私自身が生まれる事もなかった可能性がある。

幸い帰宅し学生に戻り、就職し・・・。
これは「運」でしかなかった。
この「分水嶺」を体験し父親は「平和活動」に邁進する。
「争い」や「差別」と闘い、「平和」と「平等」を目指した。
私生活では決して褒められた人ではないが。
「仕事上の業績」では立派な人だった、と思う。

戦後生まれは、それが普通のように学校へ行き。
勉強半分でもスポーツには懸命に取り組み。
大学にも行かせてもらい、就職も競技生活も満喫。
今でもスポーツやトレーニングに関わって楽しんでいる。
それもこれも、戦後79年間何とか保った平和のお陰。
それが今、なんともきな臭い世界に変わりつつある。

国が個人所有のようになって、他国に侵略したり。
経済的優位に乗じて、借金させて他国の港や土地を取り上げたり。
「先制攻撃」を理由に、一般民間人と施設をボコボコに攻撃したり。
「ルール無用」とばかりにやりたい放題。
武器製造企業が焚きつけているのか。
トップが「殺人狂」なのか。
戦争になるほうが「得」な事でもあるのか?

今回のパリ五輪で明白なように「他国人差別」は戦争の発端だ。
「奴らは我々より下で劣る」。
だから何をやってもいい、と言う理論になる。
つぎのロス五輪も時の大統領によって、変わるだろう。
こんな歪な世界を見るために、我々は生かされているのか?
なんともざらついた気持ちで今日を迎えた。

お盆には「殺生をしない」「作業をしない」。
そういう時期らしいので「トレ以外、何にもしない」。
そう決めて過ごしている。
3週間ほど雨がなかったので、芝生も伸びないし。
と思ったら、ここ3日間、夕方からの雷雨。
昨日なんか警報まで出たりして。
台風7号が明日早朝以降、関東東北に接近中。
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