天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第一部】-8-

2014-01-23 | 創作ノート
【万能壺】(村中医療器さんのHPよりm(_ _)m)


 今回は本文のほうが長めなので、前文のほうは短めに、と思います

 まあ、こんなことを書くのも今更なんですけど、この小説は以前にわたしが病院内で見た心象風景的なものが元になっています。なので、記述としてこれで書き方が正しいかどうかとか、実際よくわかりません(^^;)

 でも、「そーいやこんなことあったっけ」、「あんなことあったっけ」……ということが元になってるといえば元になってるので、正確さを欠きつつも雰囲気としては「なんかこんな感じ☆」っていうのはわかる、ような気がする的な??(笑)

<脳死>について、わたしの書き方だと誤解される方がいると困るので、そちらも補足が必要と思ってるんですけど、そのあたりは第二部ともテーマとして繋がるところがあるので、また別のところで何か書きますね(^^;)

 そして今日の言い訳事項は何かというと、なんとイソプロパノール!!(笑)

 あの~、もう相当記憶あやしくなってるので、サクション瓶に最後に垂らしてた液体の名称がわからないんですよね

 わたし的な記憶としては「イソプロパノールだったよな~☆」ということだったんですけど、ネットでちょっと検索しても出てこなくって(汗)

 いえ、イソプロパノールについては当然出てくるんですけど、わたしがその昔見たことがあるのって無色透明じゃなくてピンク色のなんですよ。んで、タンク型の大きいのにイソプロパノールってマジックで書いてあった気がする。

 こういう記憶のあやしいところは、「消毒液を垂らして……」で誤魔化そうかと思ったんですけど、とりあえず軽くググってみた限りにおいては「サクション瓶(吸引瓶)」は患者さんに直接触れる物ではないから水洗いだけでいい」って書いてあるのを見たり(^^;)

 確かにそうですよね。サクションチューブのほうは一回の手順で使い終わったあとは、滅菌万能つぼに入れたり、消毒液の入ったバケツに入れたりするんだと思います。んで、一日に使った山のようなサクションチューブを洗って乾かし、毎日中材に持っていってた記憶があったり(笑)


シースターショッピングさんのHPよりm(_ _)m
(このサクションチューブで患者さんの痰を取ったりします。んで、サクション瓶のほうに取った痰が溜まる感じというか……看護師さんには説明する必要ないにしても、病院に縁遠い健康な方が読んだ場合、この人何言ってんの☆と思われそうなので^^;)


 んで、このサクションチューブを洗ったあと、チューブの中に水気が残ってるってことで、中材から文句が来たことがあり……「水気が残ってるとそのまま滅菌の機械に入れられないでしょ。絶対に完全に乾かしたものを持ってきてね」と言われ、「そんなこといったってよー、管の中まで乾くのに時間かかるんだからしょうがないべよー☆」とかブツブツ言ったのち、介護士さんのひとりがいい方法を思いつきました

 つまり、洗って拭いたあとのサクションチューブをサクション瓶から出ているカテーテルに繋ぎ、中の水気を飛ばすことにしたんです。これで水気を一本一本すぽすぽ抜いて、完全に乾いたものを中材に持っていくことが可能になったというか(笑)

 いえ、気管切開してる人ばかりのいる病棟だったので、一日にでるこのサクションチューブの量っていうのがほんと半端なかったんですよね(^^;)

 なんつーこともまあどうでもよく、イソプロパノールの名称については間違ってるかもってことでよろしくお願いしますm(_ _)m(何ヲ?´・ω・`)

 んーと、あと、↓に出てくる話としては、万能つぼの交換日ですか。。。

 これも交換する日には、詰所の消毒用バケツが万能つぼの山で満たされてましたっけ。あとはカートの上のものだと、万能つぼに適当に綿球突っ込んでイソジンぶっかけたりとか、なんかそんなこともしてたような記憶が。

 まあ実際そんなくだらんことより、もっと医学的な別のことで間違ってんじゃねーかとか考えろよって話なんですけどね(笑)
 
 んで、次回もまたこうしたどーでもいいことについて、お話が続きます(^^:) 

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第一部】-8-

「一体あの女はなんなんだ!?救急部の師長のくせして、夜勤はしない、それどころか採血する気すらないとは、頭おかしいんじゃねえのか!?」

 ナースステーションで翼がそう怒り心頭に発していても、特段誰も同意する者はなかった。おのおのそれぞれの仕事で忙しかったせいもあるし、極端な話、そこまで仕事をする気のない人間に対し、何か言おうとするだけ労力の無駄と思っていたのである。

 それでも翼が怒ったままズカズカ廊下を歩いていくと、ナースステーションにいた看護師たちは一様にくすくす笑いだした。

「結城先生って面白いわよねえ。時々、わたしたちが言いたくてもはっきり言えないことをかわりに言ってくれるから、むしろそれでわたしたちが不満を黙っていられることがあるものね」

 藤森奈々枝と仲のいい中堅の看護師、三枝美穂子が言った。ふたりはともに二十七歳であり、救急部に配属されたのが五年前の春という同時期でもあった。

「確かにね。救急部ってさ、他の科と違ってナースステーションが医務室を兼ねてるから……嫌でも看護師たちの動静が目についちゃうっていうか。これが他の科だったら医局と医務室、それに患者のいる病棟だけを往復してナースステーションの前はただ通り過ぎるだけ――みたいにもなるけど、結城先生は自分の領域に気に入らない人がいると攻撃しはじめるから、救急部はこれから一体どうなるやらってところ」

 藤森が短い首を竦める姿を見て、唯は彼女と一緒に点滴薬を詰めながら、胸がざわつくものを感じた。ここのところ、唯と結城医師の関係は比較的良好さを保っている。新しく入ってきた三人の看護師たちの前で恥をかかすべくこき下ろされたりもないし、ひとりの看護師としてある意味「普通」に扱ってもらっている感じである。けれど、ここでまた一難去ってまた一難といった空気を、唯は病棟の中に感じていた。

「あ、ごめん、唯ちゃん。気に入らない人だなんて、自分も前までそうだったなあなんて、思い出させちゃった?」

「ううん、全然大丈夫。それより、新しい師長の堀田さん、このままいくとなんだか心配だなあ、なんて思って……」

「だよねえ」

 点滴を詰め終わり、ダブルチェックを済ませると、唯は藤森と一緒に病室を順番に巡回しはじめた。点滴ののったカートを押して廊下を歩きながら、ふたりは会話を続ける。

「きのうの月曜日の朝の挨拶からして、おかしかったよね。『わたしは一年という契約でこちらに参りました。また、夜勤は一切しないという約束を総師長と交わしておりますし、土曜・日曜・祝日は必ずお休みをいただくつもりでおります。ではそういうことでひとつよろしく』……聞き終わった途端、みんな一瞬口をあんぐり開けちゃった感じ。しかも急患がやって来たら、『まあ、どうしましょう。みなさん頑張って!』だって。あの人、何考えてるのって感じ」

「たぶん、一年間だけどうにか救急部の仕事をやり過ごしたいと思ってるんじゃないかしら」

 藤森奈々枝と唯は順番に点滴薬を患者に刺していきながら、その合間にも新しく着任した堀田早苗師長の話をし続けた。

「そうよねえ。あの人、どう見ても四十は過ぎてるものね。で、定年するまで働いて退職金やら何やら欲しいっていうことだとすると、その内の一年くらいは救急部にいても仕方ない、この突然の人事の嵐をどうにかやり過ごそうってことなのかしら。わたし、それは絶対無理だと思うんだけど」

「えっと、どうして?」

「だって、うちには結城先生がいるもん」

 ここで藤森は少しばかり小悪魔的な笑みを顔に張りつかせた。唯が思うには――藤森奈々枝だけでなく、他の看護師たちもその部分を期待をもって見守っているのではないかという気がした。つまり、最初からあそこまで仕事をする気のない師長に対し、みな不満を持っているものの、その不満を結城先生がなんらかの形で払拭してくれるのではないかということだった。

 101号室から120号室までまわり点滴の交換を終えると、唯は点滴バッグを医療ゴミの中に捨て、一杯になったそれを専用のゴミ置場に捨てにいった。するとすぐそばの汚物庫から、堀田師長と真田美紀恵看護助手、それに結城医師の三人が言い争う声が聞こえてきたのだった。

「この汚物庫はもっと整理整頓されるべきですっ!!わたしは自分の言ってることが間違ってるとは絶対に思いませんよっ」

「うっせえ、このババア。俺はなあ、ろくに仕事もしねえくせに、看護助手のひとりを取っ捕まえてああでもねえこうでもねえって説教してるてめえの態度が気に入らねえんだ。救急部じゃ上から下までどんな人間も働き蜂の如く毎日体力消耗してんだからな。そんな綺麗好きに掃除がしたいってんなら、おまえがひとりでやれ。そのかわり、他の奴らに絶対迷惑かけんじゃねえぞ」

「ゆ、結城先生。わたしのことならいいですから……」

「あなたのことは吉良総師長から聞いてますよっ。救急部の問題児で、お山の大将だってね。大体あなたは医者でしょう!?だったら看護部の問題に首を突っ込まないでくださいなっ」

「お山の大将で結構。けど、おまえには先に一言いっとくぞ。看護師もその下で働いてる助手も全部、言ってみりゃ俺の部下だ。これ以上あーでもねえこーでもねえって小言ばっか言って余計な雑用増やしやがったら終いには張っ倒すからな。それだけは覚えとけ!!」

「な、なんですって!?あなた、仮にも看護師長に向かってそんな口の聞き方……今回のことは上のほうに報告させていただきますからねっ。のちに然るべき処分が下るでしょうよ」

「ああ、まったくそう願いたいね」

 翼は吐き捨てるようにそう言い残し、廊下をずんずん大股に歩いてICUのほうへ向かった。最後に誰にともなく、「まったく、信じられねえババアだ」などと呟きながら……。

「あの、どうかしたんですか?」

 真田が口を開きかけると、彼女の機先を制するように堀田が早口でまくしたてる。

「わたしはね、ただ汚物庫が整理整頓されてないって注意してただけなんですよ。そしたらあの結城って医師がやってきて、「そんなに掃除がしたけりゃてめえがやれ」とかなんとか言い出して……あの先生、頭がどうかしてるんじゃないかしら」

「じゃあ、わたしが真田さんを手伝います。それでいいですよね?」

 とりあえず事を穏便に済ませたいと思った唯は、堀田師長にそう提案した。途端、堀田師長の顔が明るく輝きだす。

「まあ羽生さん、そうしてくれる?近いうちに院内査察が入る予定なのよ。特に汚物庫や台所まわりなんかは綺麗に整理整頓しとかないと……じゃないと、わたしが師長としての管理能力を問われてしまいますからね」

(これじゃあ、結城先生が怒るのも無理ないわ)

 唯はそう思ったが、何分時間が惜しいので、さっさと堀田師長をこの場から追いだし、助手の真田と汚物庫の掃除に取りかかりはじめる。

「いいですよ、羽生さん。ここはわたしひとりでなんとかやりますから」

「だって今日、真田さんは詰所担当じゃない。しかも今日は万能つぼの交換日だから、洗い物が山のように出るわ。ようするに、結城先生が言いたかったのはそういうことよね。みんな秒単位で動いてるくらい忙しいのに、そこに横からぽんと余計な雑用を押しつけられても、そんなことをしてる暇なんてあるわけないもの」

 その反面、確かに堀田師長の言い分も正しいことには正しかった。汚物庫はその名の通り、とても汚くて異臭すら放っている。何故といって血のついたシーツや、体液・便のついた病衣などがバケツに漬けてあったり、交換したオムツがポリバケツに詰まっていたり、さらには溜まった患者の尿を捨てる場所でもあったからである。

「まあ確かに、院内査察の入る前くらいになると、徳川師長でも少しナーバスになってましたよ。でもあの方は、詰所でもどこでも自分で綺麗に掃除するくらいの人でしたからね」

 真田美紀恵は現在五十二歳で、R医大病院救急部には二十年以上勤続しているシングルマザーの女性である。子供がふたりおり、そのふたりともがR医大病院の昔の薬局長との間に出来た子供だった。

「徳川師長らしい」と言って、唯は笑った。「わたしも前まではここでよく泣いてたから、この場所にはなんだか恩があるわ。あのね、真田さん。わたし、真田さんが言ってた言葉の意味、最近になってようやくわかったの。結城先生は性格も悪いし口も悪いけど、心のあったかいいい人なんだなあって、今は本当にそう思う」

「そうでしょう?実際結城先生のファンは多いんですよ。わたしも年甲斐もなくそのひとりなんですけどね、実はわたし以前、ここの看護助手の職を首になりそうになったことがあって」

「えっ、どうして!?」

 真田は人当たりのいい、おっとりとした性格の女性で、人をほのぼのと和ませてくれるような人柄をしている。女手ひとりで子供ふたりを育てた苦労人でもあるため、夜勤の休憩時に彼女に人生相談している看護師は意外に多い。

「まあ、阿部さんなんかは介護士の資格を持ってるわけですけど、わたしは特にこれといって何も資格を持ってませんでしたからねえ。で、そのことが突然病院の人事部で問題になったらしくて……そんな無資格者が救急部をうろついていて、もし何かあって患者に訴えられたどうするんだっていうことだったんですけどね。そしたら結城先生が事務局長に言って、「絶対に首になんかさせるな」って掛け合ってくださったんです。それからホームヘルパーの資格を夜間に取りにいくことになって、まあどうにか今ここにいるってわけですよ」

「…………………」

 オムツの便や尿の量を測る秤を拭き、各種薬品類などを所定の場所に整え、最後に消毒薬をあたりに吹きかけていると、阿部美希が汚い痰の詰まったサクション瓶を洗いにきた。

「うえーっ。真田さんと羽生さん、一体何してるんですか!?こんなところどんなに綺麗に掃除したって、どうせ半月後には元の木阿弥ですよ」

 真田が院内査察の件について話すと、阿部もようやく納得する。

「ああ、なーるほど!!それじゃ仕方ないかあ。毎年査察が入るって時だけ、徹底的にあちこち整理整頓したり、綺麗に掃除しますもんね。もっともその一週間後にはすべてが元の状態に戻ってるんだけど」

 そう言って阿部はからから笑うと、洗ったサクション瓶にイソプロパノールを少量垂らし、汚物庫から出ていった。

「ありがとうございました、羽生さん。お忙しいのに、時間を取らせてしまって……」

「ううん、こういうことはお互いさまだもの。それに、新しく看護師さんが三人入ってきたから、今日なんて普段より1.5人くらい人が多い感じなのよ。だからわたしも少し時間に余裕があるの。まあ、考えようによっては師長の言うとおり、こういう時にこそ普段できない場所の掃除なんかをすべきなのかもしれないわね」

 ここで唯は、107号室から出てきた新人の看護師、時田麻里に声をかけられた。

「あの、すみません。ちょっとわからないことがあって……」

 107号室の今日の担当は鈴村だったのだが、鈴村が難しい顔をしてナースステーションでカルテを見ていたため、唯は自分がそちらへ向かうことにした。

「どうしたの?」

「採血できる場所がどこにもなくって、それでどうしようと思って……」

 時田が目で指し示したのは、高見章三という名の、七十九歳になるおじいさんだった。クモ膜下出血で救急搬送され、どうにか一命だけは取り留めたものの、そのまま長く昏睡状態が続いていた。

「そうねえ。高見さん、どうしようっか。しかも右手は点滴がいってるし」

 毎日ある採血や点滴のせいで、高見章三氏の腕は両方とも血管が腫れていた。しかも高見さんの場合、体格がいい割に血管が細いため、なんとも針を通しにくいのである。

「ん~と、足のこのへんなんてどう?高見さんの意識があったらきっと痛がるだろうけど、むしろこの場合はこれが刺激になって目覚めてくれればって感じよね。時田さん、翼状針持ってる?」

「えっと、あれ?さっきまでこのへんに置いといたのに……」

 時田は制服のポケットなども探ったが、詰所から持ってきたはずのものがないので、再びナースステーションのほうへ引き返していった。

「すみません。鈴村主任に「じゃ、あとやっておいて」って言われたんですけど、採血も出来ないなんてどうなってるのって怒鳴られるような気がして。ここだけの話、結構厳しいですよね、主任って」

「ううん、そんなことないわ。一見厳しそうに見えて、本当はすごく心の温かい人よ。わたしたち新人が四人くらいドーンとぶつかっていっても、平気で受け止めてくれるくらい器の大きい人だもの」

(そうかしら?)と、時田が顔の表情を曇らせるのを見て、唯は思わずおかしくなった。何故といって、自分も以前はまったく同じように感じていたからだ。

 新しく入ってきた時田麻里と田村舞子、それに北島悠子とは、三人とも二十四歳でR医大病院付属の看護大学を出ている。その後一年半ほど手術室や小児病棟、産婦人科病棟にいたのち、今回救急部へ異動になったのだった。

 三人は三人とも、唯が自分たちよりも年が下なのに仕事が出来ることに驚いていた。しかも看護学校を卒業後、まだこちらで働きはじめて半年にしかならないということにも。

 そして唯のほうが年下であるにも関わらず、時田と田村と北島は、やがて唯のことを「先輩」と呼ぶようになった。何故といって唯には他の看護師よりも話しかけやすい雰囲気があったし、どんなに忙しい時でも質問には必ず答えてくれ、しなければならないことを順序立てて説明してくれたり、困った時にはさり気なく助けてくれたからである。

「あーあ、わたし今日も結城先生に叱られちゃった」

「わたしなんて、いつもそうよ。『おい、そこのポニーテール』ってしょっちゅう注意されるから、ポニーテールにするのやめたの。そしたら、『おい、そこの前までポニーテールだった奴』ですって。だからわたしとうとう言ってやったわ。勇気を振り絞ってね。『わたしの名前はポニーテールじゃありません』って。そしたら、『俺に名前を覚えて欲しければもっと仕事が出来るようになれ』ですって」

 北島はぷんぷんと怒りながら制服を脱ぎ、それをロッカーのハンガーにかけた。いいところのお嬢さまなのだろうか、ブランド物の私服に着替えて、同じようにブランド物のバッグを持っている。

「北島さんと時田さんなんてまだいいわよ。わたしなんて、『おまえ手術室にいたんだろ?だったらこのくらいわかるよな』とか、過剰に期待されちゃって……にも関わらずただのドジっ子だってことがわかって以来、『田村、マイマイって知ってるか?まあ簡単に言えばかたつむりのことだけどな、忌々しいくらいノロくさいところがおまえにそっくりだ』とか言うのよ。で、その横で大河内先生が『忌々しいマイマイ。ムヒョムヒョ』とか、気持ち悪く笑うの。救急部のお医者さんって、どっかおかしい人が多すぎない?」

 三人は着替えながら大笑いすると、これからカフェで軽く食事をしようと話していた。流石に女子のロッカーで先輩看護師たちの噂話までするわけにはいかなかったのだろう。唯も一緒にどうかと誘われたが、今日は断ることにした。

「いいなあ、先輩。もしかして彼氏さんとデートなんじゃないですか?」

「うん、まあそんなところ」

「じゃあ、お疲れさまでした。明日もよろしくお願いします!!」

 唯は会話の流れから適当に誤魔化しておいたが、彼氏と会う予定はとりあえずなかった。実際にはアパートの自室に戻り次第、看護のことで勉強したいことがあったのである。

(きっと、あの子たちくらいの年だったら、ああいうのが普通よね。お洒落をしたり、流行りのレストランでお食事したりとか……わたしも四月にここへ来た時には、少しだけそんなふうに思ってたかも。誰かひとりかふたり、仲のいい看護師仲間を見つけて、職場の愚痴をこぼしあったりとか、そんなことが出来たら普段の仕事の疲れなんか吹っ飛んじゃうだろうなって)

 もちろん、唯は藤森奈々枝や三枝美穂子と休日があった時などにカラオケに行ったりはしている。藤森の彼氏と唯の彼氏の四人でデートしたこともあるし、その他、救急部の看護師たちとはそれなりに交流があった。

 そして救急部へ入ったばかりの頃、唯が真っ先に一番仲良くしたいと感じたのが蜷川だった。何分同期で同い年なのだし、仕事のことでも互いに協力しあえればと思ったのだ。

(でも、わたしたちはきっとこれで良かったのよね、蜷川さん)と、唯は今はそんなふうに感じていた。蜷川幸恵が教えられたことに対し、並以上の吸収力と実行力を見せたことが、唯には良い刺激となることだったし、何より結城医師が求めるレベルに自分も到達してみたいと、唯は今では密かにそう思うようになっていたからである。

「あの子は異常よ。きっとちょっと頭がおかしいのよ」――他の看護師たちは口々にそう言い、むしろ唯のほうこそが「普通」なのだと慰めてくれた。「羽生さんみたいに少しおっちょこちょいなほうが、むしろ可愛げがある」とか、「新人のくせに最初からそんなになんでも出来たら、あたしたち先輩の立場は一体どうなるのよ」といったように。

 けれど、結城医師が自分をもう「お嬢ちゃん」とは呼ばず、「唯」と名前で呼び、それなりに標準の扱いをしてくれるようになった時から、唯の中で何かが変わった。もちろん唯は、蜷川のように心電図の異常を一早く読み取ったり、論理立てて素早く患者の急性症状を説明したりも出来ない。それでも、毎日自分のアパートへ戻ってきてから看護の勉強をするのがさほど苦でないのは、結城医師に認められたいと願う、その一念がなせる業に違いなかった。

 そしてこの日、『月間救急ナース』の症例ケースを検討しているうちに、唯は紅茶を飲みながらふと思いだし笑いをしていた。

「俺も、おまえがもし救急部に来て半年にもなるのに、『はにゃ~、心筋虚血ってなあに?唯、よくわかんな~い』みたいな感じだったら、今もおまえを追いだそうとすることに変わりはなかっただろうな」

「先生、ちょっと話盛りすぎですよ。羽生さんはそこまでひどくなかったですってば」

 三枝美穂子が電子カルテを打ちこむ手を止め、そう言って笑う。

「んー、でもハニュウ、ハナワ、ハニワ……ハニュウってのはなんとも呼びずれえもんだな。ニャニュニョの行は、最初のニャ以外どっちも発音しずれえ。それで提案だけど、おまえの仇名はこれからハニワにするってのはどうだ?」

「唯ちゃん、『はにゃ~、しょんにゃのいや~』とでも言って、すぐ断ったほうがいいよ。じゃないとこれから永久に結城先生、唯ちゃんのことをハニワさんって呼び続けるだろうから。ううん、それどころか今度は『おい、そこのハニワ!ハニワみたいにぼーっと突っ立ってんじゃねえ』とか言う気満々なんだろうし」

「よくわかったな、藤森。けど、羽生の場合はハニワっていうよりもどっちかっつーと土偶に似てる感じだよな」

「ハニワと土偶って、どう違うんですか?」

 唯がここで真面目くさってそう聞くと、ナースステーションのテーブルにいた全員が大笑いした。

「は、羽生さんっ!土偶って言ったらあんた……ねえ藤森、この違い、どう説明すればいいの?」

 ツボに嵌まったらしい鈴村が、テーブルをばんばん叩いて笑う。

「いやいや、そんなことはお嬢ちゃんが家に帰ってからネットででも検索すればいいってだけの話だろ。つーか唯、おまえはハニワらしく、土偶とでも結婚してろ」

 ――そう言って結城医師は、唯の頭をぽんと叩き、そのままICUのほうへ行ってしまった。そしてこの日以来、翼は唯のことをお嬢ちゃんとは呼ばず、常に「唯」と下の名前で呼ぶようになったのだった。

 今なら、唯にもよくわかる。結城医師がこんなふうに誰彼となく冗談を言うことが、みんなのストレス解消に役立っているということが。また患者に対し、「百貫デブのジジイ」とか「植物人間A・B・C」など、不謹慎な呼び名で呼ぶのが多いのを聞くにつけ、「医は仁術」の仁の部分がまるでないように唯は感じたものだった。けれど、翼は当然患者家族の前でそんなことを言うわけではないし、影の呼び名はどうあれ、彼がひとりひとりの患者と真摯に向き合っているということだけは確かだった。

(みんな結城先生のことを気の短いイラチだって言うけど、裏を返していえば結城先生はそれだけ責任感が強くて完璧主義だっていうことなのよね。でもあれだけ毎日長時間拘束されて、非番の時にも呼びだされたりしてたら……ちょっとしたことでもイライラしないほうが無理なんじゃないかしら。もし結城先生がもっとストレスの少ない現場で働いて、睡眠時間もしっかり確保できたとしたら、結城先生はよく冗談を言ってまわりを笑わせる、今以上に優しい感じの人になる気がするんだけど……)

 もちろん藤森奈々枝あたりならば「人間としてマトモで、優しい結城先生!?やっだー、おぞ気立っちゃう!」とでも言い、鳥肌を手で静めようとしたことだろう。けれど唯はこのことを、少し前から割と真面目に考えるようになっていた。何故といって、彼から徹底して嫌われている間はわからなかったものの、結城医師の今の立場というのは誰がどう見ても損なポジションであるようにしか見えなかったからである。

 救急部の最高責任者は、救急部部長である及川道隆だったが、彼は当然夜勤もこなせば回診もするし、何より人間として懐の深い人だったので、唯は最初の頃も今も及川部長が部長室に在室しているというだけで、とても心強いものを感じていた。そしてその下に葛城健輔主任が上司として存在するのだが、彼は部下をまとめるという役目を結城医師にほとんど丸投げしているようにしか見えなかった。

 つまり、新米医師や研修医の育成といったことについて、さして熱心であるように見えないのである。整形外科医として仕事は出来るとはいえ、普段はいるのかいないのか、唯には影の薄い印象しかなかった。といっても、翼自身が「葛城先生は酒が入るとすげえぞう」とよく言っているとおり――酒類が入ると百八十度性格が変わるらしく、唯も飲み会で隣になった時「羽生さん、ぼかあね、サンフランシスコで棒を振っていたんだよ。サンフランシスコ・フィルハーモニーのね」と言われた時には驚いた。そして割り箸をパキリと折ると、両手にそれを持って指揮者の真似をするのである。しかも頭の振り方が何やら凄い。「ダダダダーン、ダ・ダ・ダ・ダーン。あ、患者が死んじゃった。あのよろし、はまやらわ、あっちょんぶりけっていうのはこういうことだと僕は思うんだよね。ところで最近君は調子どう?」……と、まあこういった具合の、何やらいい加減な人物なのである。

 なんにしても、救急部における実質的な責任の多くを結城医師は負っているものの、それは彼がやる気なく放棄したとしても、結城医師自身の責任ではないように、唯は時々思うようになっていた。もちろんこれが人の命を預かるという仕事でさえなかったら、「そんなに完璧主義に頑張らず、もう少し気を抜いたほうがいいよ」と安易に言えるのだろうが、そういうわけにもいかないゆえに、唯としては少しでも彼の助けになることをしたいと思うようになっていた。

 といっても、唯の感じているものは恋愛感情とは異なる別の種類のものではあった。何より、割合最近あった飲み会で三次会までつきあわされ、結城医師の男としての本性というのだろうか、そうしたものを唯は初めて知っていたからである。

「結構前の話になるんだけど、酔ってクラブの階段で踏み台昇降運動してたら、結構可愛い女が近づいて来て、『ふたりきりになりたい』って言うんだよな。で、トイレにいってやったんだけど、女ってのは何考えてんのかさっぱりわかんねえなあ。俺はただでやれてラッキーだったけど」といった話や、「外人の女ってのはあえぎ声がすげえな。アメコミによく「Oh、Oh」とか「Ah、Ah」とかって表現してんのがあるだろ?まさにあんな感じなんだよな。で、なんか最後のほうで「オージーザス!」とか言われた日には若干引いた。あんなの、洋ものポルノの世界にしかないと思ってたからな」……唯は少し離れた席にいたので良かったが、そういった結城医師の恋愛武勇伝を聞いているうちに、徳川師長が彼を評して「男性として軽薄」といった言葉の意味がつくづくわかるような気がしていた。

(えっと、別にわたしは結城先生のことを恋愛的に好きっていうわけじゃなくて、あくまでもお医者さんとして尊敬してるのよね。そういう個人のプライヴェートなことと、仕事っていうのはまた別っていうか……)

 それでも唯はその時以来、看護師たちが休憩室で何故あんなにもよく「結城先生になら一晩だけでも抱かれてみた~い」と言って大笑いするのかを理解していた。唯はその言葉を聞くたび内心ドキッとしていたけれど、その言葉の言外にはおそらく「一体誰がそんな男と」という意味が込められていたに違いない。

 唯は今では、そんなふうに人間の清も濁もすべてを含めた意味で、救急患者が運ばれてくるたびにカオスと化す救急処置室含め、救急部のすべてが好きになっていた。看護師としての仕事にもやり甲斐と充実感を覚えるようになっていたし、徳川師長が<人と人との繋がり>と言っていたように、救急部のみんなが好きだった。

 けれどこの時はまさか――堀田看護師長の処遇を巡って、一度は関係性が良くなった結城医師と、再び不協和音が生じるようになるとは思ってもみなかったのである。



 >>続く。





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