天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第二部】-32-

2014-04-07 | 創作ノート
【麦刈る男】フィンセント・ファン・ゴッホ


 今回本文短めなので……たまには前文で真面目な話でもしようかなと思います(^^;)

 本当はあとがき☆とかで書こうかな~と思ってたことなんですけど、綾瀬真治くんのことについて。。。

 作中ですでに亡くなってるので、犯人探しとか、そういうことに彼はそんなに絡んでこない気がするので、書いてもあまり問題ないかな~なんて

 いじめのひとつの型として、自分がどこかから受けた嫌なエネルギーを自分よりも弱い人間に投影してやっつける……ということが、時にあるかと思います。

 日本の場合はたぶん、これよりもいわゆるスケープゴート型、ひとりの人間にみんなの嫌なものをおっつけて犠牲の生贄にするパターンが多いと思うんですけど、綾瀬くんの取った手法というのは、その心理を巧みに利用したタイプのものだったというか。

 まあこれ、十代の子供の世界の出来事というのではなく、家庭内や職場内でも同じようなことがよくあると思うんですよね。

 たとえば、父親が実際は気の小さい人で、外でいい顔して溜まったストレスを自分の女房を殴ることで晴らすとか、学校だけじゃなく職場の中でもスケープゴート現象的なことはよく起きてるかと思います。

 んで、はっきり相手が暴力的なものをふるったとしたら、「そんな男は最低だ」とか「△△さんが絶対悪い」というふうになると思うんですけど……大体問題になるのは<精神的な暴力>についての曖昧さっていうんでしょうか(^^;)

 よくいう「いじめられるほうにも問題がある」という議論は長くなるので、ここでは取り上げないことにしたいんですけど、あくまでも綾瀬真治くんの場合、彼はクラスの中で「いじめられてもしょうがない」人間を見分ける嗅覚に優れていたんだと思います。

 そしてそういう人間が見当たらない時には、「いじめられてもしょうがない」人間を作る材料作りが非常に上手かったというか。

 まあ作者が先にこういうことを書くのはちょっとどうかな……と思わなくもないんですけど(話まだ終わってないので)、彼の場合は「人間として非常に欠陥があった」ことが、たぶん問題だったんだと思います。

 つまり、親御さんからとても質の高い教育を授けられ、物質的には何ひとつ不自由のない環境で育てられたことによって――逆にいうと「この条件下でいい人間にならないとしたら、それは親の責任でもなんでもなく、おまえ自身が100%悪いんだぞ」というプレッシャーに苦しんでいたというんでしょうか。

「ここまでのことをすればもう、あとは本人の問題であって、親の責任じゃない」……一日三食以上の食事も与えたし、服もブランド物のを買ってあげた、本人がスノーボードをしたいと言えば板も買ってやったし、他に一体どんな不自由なことがある?――もちろんこれでも、十分いいとは言えますよね。親子間に一方的でない対等な会話があって、時々喧嘩したりとか、そういう愛情的なスキンシップがあったとすれば。

 でも、綾瀬くんの場合はたぶん、そのへんがちょっとおかしかったんだろうなという気がします。

 最近、朝の連ドラで花子とアンを見ていて思いだしたんですけど、アンって何もないところから想像力を働かせて色々なものを作る天才ですよね。

 人によっては「ただの池」のような場所かもしれないところを「Shining water(輝く湖水)」と呼んでいたり、綾瀬くんにはたぶん、そうした<想像の余地>みたいなものがなかったのかなあ……と思ったり(^^;)

 そうしたところから、他者への共感性の薄い子になってしまったとか、そういうところがあったんじゃないかなという気がします。

 そのかわり、幼稚園にあがる前から英語がペラペラだったり、掛け算の九九が言えたりして、親御さんはさぞや鼻が高かったこととは思うんですけど……べつにそうした英才教育が悪いわけではなく、同時並行的に子供が吸収すべき養分を与えなかった結果として、綾瀬くんはちょっと違っちゃったんだろうなと思ったというか。

 それがよくいう「原体験」っていうものですよね。動物や昆虫といった、自然と触れ合った時のなんともいえない<生>の感触、これを大体小学四年生くらいまでにどれくらい蓄えているかでその後の人生が決まってしまうところがあると思います。

 今の日本は一時間に3~4人が死んでいるという、恐ろしい自殺社会だそうですが、わたしが思うにこの「原体験」が濃い人ほど生き残りやすく、薄い人は案外折れやすい傾向があるんじゃないか……みたいに思うところがあります。

 なんていうか、これは理屈ではなく、自然から断ち切られたようにコンクリートの建物内でずっと仕事してたとしても――ちょっとした緑なんかは目に入ってきて、<そちらの世界>とも呼ぶべき世界と精神性が深く豊かにリンク出来る人と、そう出来ない人ではすごく差が出るっていうんでしょうか。

 こうしたことは誰かが「おまえもこういう感じ方しろよ」とか、上から教えてどうなるってものでもないので、とにかく川で魚釣ったりとか、馬に乗ったり、牛の乳搾りしたりとか……そういう時に感じた自然の匂いを含めた<全体>が、どのくらい魂に豊かに浸透しているかっていうようなことだと思うんですよね。

 まあ、わたし自身は小学四年過ぎてからでもチャンスはあると思うものの、綾瀬くんの場合は不幸にも、誰もそうしたことを教えてくれなかったのかなという気がします。

 こうした、<自分が持ってないものを別の誰かが持ってる>と感じた時に出る、綾瀬くんの嫉妬の情っていうのはたぶん半端ないものがあったと思うんですよね。

 他の人から見れば、何故特定の子をいじめるのか理由がよく見えなくても、彼にとっては理由はある。ただ、自分でも言葉ではうまく説明できないというだけで……他人にひどいことをして良心が痛まないのか、と言われれば、ある一定のところまでは彼は良心が痛まなかっただろうと思います。

 何故といって、自分が家の中で受けている名状しがたい<なんか嫌なもの>を他人におっつけて退治してるだけなので、時と場合によってはむしろ気分がスッキリするくらいだったかもしれません。

 そしてそんな彼も、死人が出た時には流石に初めて「ヤバイ」と思った。おそらくはそのくらいの認識だったろうと思います。

 もちろん、綾瀬くんのような感じの子がお医者さんになるっていうことは、現実にはまずないんじゃないかなとわたしも思うんですけど……病院って結構死者が出るので、そういうものを何度も見てるうちに、彼の良心は麻痺しきってしまったところがあるのかなと思ったりもします(^^;)

 なんにしても、次回が犯人がわかる回その2という感じかもしれません(その1はもう捕まってるので・笑)

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第二部】-32-

 翼は唯と一緒に関口医師がパトカーに乗せられるのを見送ると、隣の彼女が妙に上機嫌であることに気づいていた。

「良かったわね、関口先生。きっとこれで今日からぐっすり眠れるわ。結城先生のお陰ね」

(そんな単純な話でもねーんだけどな)と、翼は内心溜息を着いたが、唯が何故機嫌がいいのかわかっていたため、そこに水を差そうとは思わない。

「おまえこそ、オペ室のみんなとカラオケ大会に行かなくて良かったのか?手術が終わって休憩室に行ったら、十八番の曲は何かとか、そんな話で盛り上がってたろ?」

「うん。ほんとはね、これまで手術室のナースたちとあんなふうに盛り上がって話したことなんてなかったから……この機会に仲良くできればと思ったけど、もうほんと、ここまで来れば大丈夫っていう感じよ。辰巳さんたちも変な当てこすりとか言わないようになったし、大抵のナースや中材の看護助手さんとは、顔を合わせれば和やかにしゃべるような感じ」

「そっか。ま、これもいわゆる<善>の勝利って奴なのかな」

 翼はここで、冷たい二月の夜気の中に白い吐息を洩らした。もちろん、彼は皮肉を言いたいわけではない。ただひとつだけ、どうしても気になることがあったのである。

 死んだ水口篤志という患者に対する、関口医師の悔恨の表情……あれは少し、何やら演技がかってはいなかったろうか?いや、もし自分が仮に彼の立場であったとしても、担当して間もない植物状態の患者に、そう深い情を抱くことは出来なかったに違いない。だが、もし……。

「なあ、唯。関口先生は左利きだから、右利きの医師の機械出しをする時よりも、最初はなかなかテンポが掴めなかったって言ってたよな?」

「ええ。テンポっていうか、リズムみたいなものがちょっと、右利きの先生で慣れてると最初は戸惑っちゃうの。でも関口先生もそこのところはわかってらして、器械出しの看護師にも気を使ってくださるし、そういう意味でも先生は人間の出来た方だなあ、なんて思ったり……」

 病院の入口から駐車場へ向かう途中、白い手のひらに息を吐きかけてあたためながら、唯はそんなふうに言った。

「唯、おまえ、俺がやった手袋どうした?」

「ああ、そうだった。いつも鞄に入れてるのを忘れちゃうの。ブランド物の手袋なんてはいたことないし、なんだかもったいなくて」

 翼は唯がヴィヴィアンウエストウッドの山羊皮の手袋を出す前に、彼女の手をとって自分のコートの中へ入れた。この寒さだと、天気予報で言っていたとおり、夜半にはおそらく雪が降ってくるだろう。

「俺、たぶんちょっと今日、疲れてんだな。だから物事をつい悪いほうに悪いほうに考えちまうっていうか……」

 駐車場までの坂道を歩く途中で、翼が独り言のようにそう呟く。

「じゃあ、わたしが結城先生を慰めてあげよっか」

 唯のほうからこの手のことを言ってくるのは少ないため、翼はこの時になってようやく少しだけテンションが上がった。いつもはこの逆のパターンが非常に多く、翼のほうがハイテンションで、唯のほうは仕事にまつわるあれやこれやをずるずる引きずっていることが多い。

「俺、おまえがいて良かった」と、翼はまだ寒い車内で暖をとっている時に言った。「去年の冬とかもさ、仕事で疲れきって、こんなふうにひとり寂しく車の中で暖まってると、なんか意味もなく死にたくなったからな。一時的な気分障害みたいなもんだっていうのは自分でもわかってるんだけどさ、こんなに熱心に仕事して、あとに一体何が残るんだとか、たまーに思うわけ。ま、ほんのたまーにってことなんだけど、そういう時に人ってのは魔が差すのかなって思ったりさ。もっと金があればとか、適当な女がいればとか、そんなふうに」

「でももう、わたしがいるからいいでしょ?」

 いつになく唯のほうからポジティヴな返答が返ってきて、翼はここでも驚いた。

「まあな。今じゃ俺にとっておまえは、可愛こちゃんどころか、癒しの天使ちゃんといったとこだからな。ところでさ、唯。オペ室の連中が次にカラオケに行くって時は是非俺も呼んでくれ」

「うん。みんなが結城先生のカラオケの十八番を知りたがったから、思わず教えちゃった。左とん平のヘイユーブルースだって言ったら、なんかすごく受けちゃって……世代的に知らない子のほうが多いはずなんだけど」

「とん平の威力、ハンパねえな」

 そう言って笑うと、翼はエンジンの暖まった車を発進させた。この時にはもう、翼のほうでも唯と同じくらい上機嫌だった。そこで一連の事件にまつわる不吉な印象と、そこから生じる複雑に絡みあった影のことは一時忘れ――今目の前にあること、自分にとって心の底から大切にしたいと思う存在のことだけを心に留めることにする。

 もちろん翼は、自分の目の前にいるのがもし時司要という画家の親友であったとすれば、この時自分の心にあったことをすべてぶちまけ、「そんでおまえ、これどう思うよ?」とでも率直に聞いていたに違いない。だが翼はそうしなかった。唯は心の底から関口医師を尊敬しているようであったし、翼自身もまたいくらいじめようと同じ<尊敬の眼差し>で見上げられればこそ、救われた部分があったからである。

(だからさ、関口先生。こいつのことも裏切らないでやってくれよな)

 関口五郎を乗せたパトカーが向かった国道と同じ道沿いを走りながら、翼は夜の闇の中に点在する街明かりを眺めつつ、そんなふうに思っていた。隣で唯が今日一日あったことを話すのを聞く、その傍らで……。



 >>続く。





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