天使の図書館ブログ

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花子とアン-第54話-

2014-05-31 | 花子とアン
【桜並木】(オールポスターズの商品ページよりm(_ _)m)


 ええと、今回はなるべくこぴっと真面目に!!(・ω・)ゝ

 う゛~んでも甲府のグリンゲイブルス、花子サイドに関してはあんまり書くことないかも……なんて思ったり(^^;)

「赤毛のアン」の世界はわたしにとって崇高な聖域ともいうべき場所なので、そこに関してあまり黒い意見とか感想を書きたくないっていう思いが、わたしの中には常にあります

 でも来週の予告に関していえば、「そこ、まだ引っ張るのね……☆」という感じで、話がなかなか進まないことに流石にじれったくなったりorz

 いえ、のちのちの布石としてのエピソードということもありますし、「アンのゆりかご」を読んだ時点で、「この本を原案にして150話もお話を作るのは大変だな」とは思ってました。

 なので、これまでもエピソード的に「このへんは薄いなあ」と思っても、ある程度は「仕方ないよね。やっぱり<史実>っていう制約があるわけだし☆」と思ってきたのです。。。

 でも、肝心要の主人公である花子のエピソードが薄味で、対照的に蓮子嬢のほうのそれがめっちゃ濃いというこのアンバランスさは……これもう、タイトル間違いなく「花子とアン」じゃなくて、「花子と蓮子」、さもなくば「蓮子と花子」ですよ(笑)

 ええと、なんといっても<花子>はわたしの敬愛する村岡先生がモデルであるわけですし、それがゆえにわたしも批判めいたこととかあんまり書きたくないんですけど(泣)、まあこれも「ドラマと原作はあくまで別物」ということで、しょうがないと割り切ろうと思ってます(それにまた「ここの回はすごくいい!」っていうエピソードが必ず巡ってくるとも思うので

 兄やんの入営に対するお見送り、兄と父との、不器用ながらの和解、おとうが地主さんとこに花子の縁談のことで怒鳴りこんでいったことは(感想として)省き、次週の「花子とアン」のあらすじをば(それにしてもカンニング地主さんはいい人らよ!笑)


 >>「乙女よ、大志を抱け!」

 4年の月日が経った。
 はな(吉高由里子)はすっかり小学校の教師らしくなり、緑川(相島一之)の嫌味も、生徒たちのいたずらも余裕で受け流すほどになっていた。
 ある日、行商から戻って来た吉平(伊原剛志)が、見合い話を持ってくる。
 はなは「見合いはもうこりごり」と言うが、今度はなんと妹・もも(土屋太鳳)への見合い話。
 相手は、一家をあげて北海道へ移住しようとしている青年だと言う。
 吉平は熱心に勧めるが、ふじ(室井滋)や周造(石橋蓮司)は遠く離れた土地に嫁がせることに否定的で、肝心のもももあまり乗り気でない様子。
 はなはももの言動から、ももは実は朝市(窪田正孝)のことが好きなのではと思い当たる。
 はなは徳丸(カンニング竹山)の知恵を借り、はな・もも・朝市・武(矢本悠馬)で合同の茶飲み会を開き、ももと朝市を何とか仲良くさせようと画策する。
 だがふじは、ももについて何かしら思うところがあるようで、はなや吉平に「そっとしといてやれ」と伝えるのだった。
 そんなある日、小学校にはな宛ての小包が届き、差出人の名前にはなは大いに驚く。
 ――「嘉納蓮子」。
 九年間も絶交していた、あの蓮子(仲間由紀恵)からだった。
 はなが小包を開けると……。


 一学期にほんのちょっとだけ交流を持った(ようにしかわたしには見えない・笑)子供たちがその後すぐ卒業したと思ったら……もう4年後ですか

 ももも、もちろんわかってはいるんですよ。花子と蓮子嬢は再会を果たすまでに「史実として」十年かかってるわけですから、そこを無視していいんだったら三~四年後には和解するという方向になるんじゃないかなっていうことは

 でもそうはできないからこそ、色々と空きのある(?)エピソードをそれこそ想像のツバサでもって脚本家さんは埋めなきゃならないわけで……でもとりあえずわたしが来週楽しみなのは、蓮子嬢が歌集を出してそれを花子に送ってくるエピソードでしょうか(^^;)

 ももちんの北海道移住については……「おとう、また何を馬鹿なこと言ってるら!」でわたしの中では終わりです(笑)ここも<史実>を無視できない観点から入れなければならないエピソードなのはわかるんですけど、でもこのエピソードを消化するのに一週間もかかるのけ??とかつい思ったり(いえ、予想に反して面白かったらそれでいいんですけど

 さて、甲府のグリンゲイブルスについてはこのくらいにしておいて、「福岡~地獄の結婚・蓮子編」にお話を移したいと思います

 蓮子嬢はもしかして、「この地獄から自分を救ってくれる誰か☆」を待っていたりするのでしょうか。あの黒沢さんという新聞記者に対するすり寄り(?)はそうとしか見えないのですけれど、


 誰か似る 鳴けようたへと あやさるる 緋房の籠の 美しき鳥


 と、蓮子嬢が自分の心を歌った短歌を手渡すと、黒沢氏のほうでは「あなたはご自分のことしか愛せない方だということがよくわかりました」というお返事が。。。

「ええ。わたし、可哀想な自分がどわーい好きなの!!」……蓮子嬢はもう、自暴自棄の頂点を通りこした先まで登っていってるんでしょうね、きっと(おいたわしや☆^^;)

 そして(視聴者的には)とても楽しい伝助氏との夫婦漫才じゃなくて、喧嘩のやりとり


 伝助氏:「また、短歌っちゅうやつか?こげな腹の足しにもならんもんに金出す奴の気が知れん」

 蓮子嬢:「じゃあ、もし私の歌集を出して、それが売れに売れたらどうなさいます?」

 伝助氏:「おう。博多の町をすっぽんぽんで逆立ちして歩いちゃる!!」

 蓮子嬢:「どこまで下品な人なの……」(ケーベツの眼差し☆

 伝助氏:「おまえが作る本やき、さぞかし上品ぶった本が出来るっちゃろうね。ハハハ!!」

 蓮子嬢:「じゃあ、作りますよ。お金、出して下さるんですよね?

 伝助氏:「おう! この嘉納伝助の、嫁が作る本ばい。やるなら金に糸目はつけんでよか。とびっきり豪勢なもん作っちゃれ!!」

 蓮子嬢:「もちろん、そのつもりです


 ――こうして、お兄たま同様、金利ゼロ円の金貸しとしてしか、その利用価値がないといったように夫のことを蔑む蓮子嬢。でも蓮子嬢的に「やったわ!ここでの地獄の日々を綴った歌集が出せるなんて!蓮子、うれP!!」みたいな気持ちもちょっとだけありそうですよね(笑)

 そして伝助氏はそんな妻のことが可愛くてたまらない……とかだったらいいんですけど、この夫婦はそうじゃないからなあ
  
 なんにしても、来週の「蓮子と花子」じゃなくて、「花子とアン」で一番楽しみなのは、蓮子嬢が花子に自分の本を自慢気(?)に送ってくるエピソードだったりします(^^;)

 それではまた~!!





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2 コメント

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Unknown (べの)
2014-06-01 13:27:07
 手紙のやり取りの再開は、白蓮さんの結婚後3,4年してからみたいですね。アンのゆりかご読んでると。神経衰弱のような般若心経のような文面ですね。鬱屈したものがたまってるような。でも、白蓮さんとしては、華族女学校も結婚の為に中途退学、離婚後英和に編入して和歌や勉強をやり直すつもりが、光明が見えたとおもったら、再度結婚で退学。一気に、その世界とは遠い場所と相手にとなったら、花子への手紙だけが、叫びをそのまま出せる場所だったと。
 ドラマの方の蓮子さんと伝助さんは、本当に夫婦げんか漫才みたいな感じに…。まあ、伝助さんが蓮子さんの感情的な部分を、一つ一つ受け止めてはいるんだけど、表現の仕方がアレで、お金に対する意識が水と油なものだから、どこまでいっても平行線。蓮子さんの今の生活は、伝助さんによって成り立っているんだけど、結納金やら兄の絡んだ結婚の経緯の為に、お金憎し!の状態?こうなりゃとことん、使ってやるわというところでしょうか。それで、歌集が出ても満足感は得られないだろうけど。 花子パートは、山梨英和コースを止めたせいで、本当は、この期間に出逢えた人達のエピソードも使えない。文芸雑誌に何度も創作童話というか少女小説みたいな話を寄稿して、採用されているエピも端折る。そして、第一次大戦が始まった頃で、同僚のカナダ人教師達がどうしてたかを、「アンの娘リラ」のあとがきで語っている大事な部分、それを削除…これでは、薄くなって当然な結末のような気がします。エピソードの吟味の仕方が、ちょっとおかしいんですよね。
 それと、一番の問題は、主人公を一人に絞ってない事だと。「花子とアン」なんだから、15分丸々花子で当たり前なんですけど、もはや蓮子さんに魅了された人多数…。というか伝助さんの登場で、伊藤伝右衛門さんの見直しが、始まっちゃった感じがします。
 村岡花子さんが悪いわけじゃないのに、制作側の姿勢のおかげで、誤解されてしまうかもしれないのが、悔しいし悲しいです。いや、生き方の部分では、褒められた行動でない事もされてますが、変な改変したりせずに、原作のように淡々とそのままというのは、難しいにしても、描いて欲しいです。そうしないと、村岡理恵さんが、病床のお父様とケンカしてまで書いた、村岡花子さんの真実が無駄になる…どんな言葉がぴったりくるのか分かりませんが、意味が無い状態になる気がします。
 地主さんに対するおとうの態度は、あそこだけみてると、「世渡り上手の罰当たり」という言葉がピッタリくるかと。安東家は、なんだかんだで、かなり地主さんに迷惑かけてますよ。小作料が上がった仕返しか?地主さん同士のつながりと会があったら、絶対「どういうことだらか」と問題になると思いますが。
 私は、兄と弟に挟まれてました。それだけが理由でも無いと思いますが、特撮・アニメが、盛んだった時期に子ども時代が重なったせいかと。ちょうど、設定集なんかが、書店に出始めた時代だからか、全部購入なんてしなくても、立ち読みですまして得た情報もあります。ウルトラQは、何故かこちらでは、再放送が無く、本でしか見たことが無いんです。白黒だからですかね。ウルトラシリーズも仮面ライダーシリーズも、第二次ブームが75,6年頃に下火になって、80年前後に復活したような気がします。平成版は、さすがにどちらも、見るところまでいきませんでした。
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Unknown (ルシア)
2014-06-01 19:01:00
 手紙のやりとりの再開は3、4年後くらいからですか(^^)ヾということは、ドラマのほうでは本当にその間音信不通だったっていう設定なんですね(^^;)

 蓮子さんの手紙は、花子との手紙だけがなんていうか……今の自分にとっての生きる糧みたいな、そんな感じが表れていて。本当の心情を吐露できるし、そこを打ち明けてわかってくれるのは花子だけ、みたいに読めるというか

 そうですよね。べのさんの言うとおり<心の叫び>を訴えることが出来るのは、蓮子さんにとっては腹心の友である花子だけだったんだろうなって思います

 お金で愛は買えない……というのは陳腐な物言いなんですけど(^^;)、もしかして伝助氏には学問的なことに対してコンプレックスみたいなものがあるのかなって時々思ったり。そこで男として蓮子さんに大きく出れるのは<お金>の部分だけで……でもそこを前面に出せば出すほど蓮子さんの心は離れていき、というか

 とりあえずドラマの中の伝助氏と蓮子さんはどちらが悪いというより……歩み寄り意識ナッスィンの蓮子さんも悪いし、伝助氏も芸術的なことに関して努力して理解する気がまるでないように見えるところが……いや、そのへんの「なんとも言えない感じ☆」が見てる側の視聴者としては表現としてすごく「うまい!」と思ったり(^^;)

 ただ、脚本家さん的に、もしかして花子パートを書くよりも蓮子さんパートを書かれてる時のほうが楽しいのでは??と思ったりするんですよね=蓮子さんには難なく感情移入できるけど、実は花子に関しては……だったりするのだろうか、なんて

 山梨英和の箇所のあたりは、わたしも流石に端折りすぎだと思ってます。そのせいでエピソードをアンのものを織り交ぜたオリジナルとして描くことになり……たえちゃんのことはわたしも大好きですが、全体のエピソードとしてやっぱり軽いし薄い感が拭えない気がするんですよね(^^;)

 その、モンゴメリも「赤毛のアン」が世に出るまで相当苦労してる方ですし、村岡先生自身もそのあたりが似てると思うというか。同じように学校の先生をしながらコツコツ物を書き続け……っていう、その部分があまり深く描かれず、たまたま投稿したら採用されちゃったとか、<ミミズの女王>みたいなお話ってそもそも、そういう「苦労した」経緯の積み重ねがあったからこそ生まれたお話なんじゃないのかな……とか、少し描き方に疑問を持ってしまったり

 そうそう!エピソードの吟味の仕方が、ちょっと「大衆受け」を狙いすぎかな、とかたまに思います(^^;)このままのノリでいくとしたら、あのへんのエピソードもこのへんのエピソードももしかして全削除されるのでは……と、見ていて不安になることが。この間何気に「花子とアン」で検索したら、「花子とアン」の視聴率好調の理由は、花子にではなく蓮子に対する視聴者の支持が大きい、と書いてありました(^^;)

 自分的に、一体なんのための「花子とアン」??とか、ちょっと悲しくなったり。いえ、蓮子さんも仲間由紀恵さんもわたし、大好きなんですけど

 村岡先生のお孫さんである恵理さん、お父さまと喧嘩されてたんですかわたしも読んでて、「ゆりかご」を書くのは容易でない作業だし、よくぞここまで細かく色々なことを調べて書いてくださった……と思ってるんですけど、恵理さんが描きたかった「村岡先生像」の大部分が削除された結果、なんかドラマの花子って今は特に英語も使ってないせいか魅力がどんどん低下してる気がします(^^;)

 そして対照的に蓮子さんのそれがどんどん上がっていってるという……わたしも「何故ここの肝心な花子のエピソードを入れないんだろう☆」と、時々不思議で仕方なかったり

 普通は地主さんにあんな口は聞けませんよね相手の善意に甘えて最後は商品までただでもらい……「これ以上もないいい縁談」を持ってきてくれた地主さんなのに、地主さんだって「今回のことはほんとにすまなんだ☆」的に先方にあやまらなきゃいけないわけだし……そう考えるとほんと、カンニング地主さんは本当にいい人すぎですよ(^^;)

 べのさんはお兄さんと弟さんがいらっしゃるんですね(^^)だったら嫌でも詳しくなる気がします(笑)わたしも今では記憶が相当あやしいにしても、兄が持ってたウルトラマンの怪獣図鑑とかは、何度も繰り返し見てました。あとは「ウルトラマンのひ・み・つ」みたいな雑誌の付録とかww兄がいるだけでも、兄が読んでる漫画系のものとかはほぼ全部わたしも読んでたので、他に弟さんがいるとなったら尚更だと思います。平成版も興味がないわけじゃなくむしろあるんですけど……でも流石にこの年になってしまうと、仕事で疲れて帰ってきた癒しをウルトラマンには求めないかなとか、そういう部分が(わたしの場合)あったのかなと思ったり(^^;)

 べのさん、コメントどうもありがとう~!!

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