「おつかれさまでした」と、私は思わずなじみの居酒屋店主をねぎらいました。時短営業期間が終了した直後に、久しぶりに訪れて帰る時のことです。客がほぼいなくなった店で、店主はこう言って苦笑しました。「十年分休みましたからね。やる事がないから、おかげで家中がきれいに片付きましたよ。」
お店を始めて20年。家族経営の小さな店は、ほぼ年中無休でした。しかし、店を開けても客が来ない、そうなると仕入れが難しいと、店を閉めることにしたのです。店主は疲れた目でこう続けました。「休業の補償金はもらったけど、仕事ができないことがこんなにしんどいとは思わなかった。」と。
内閣府の「国民生活に関する世論調査」によると、働く目的の一番は、「お金を得るため」です。次に大きいのが「生きがいを見つけるため」となっています。仕事や働き方に対する思いや考え方は人それぞれです。仕事内容や職場環境、年齢や経験年数等によっても違います。
私は、この店主にとって仕事は生きがいで、お金を得て家族と生きて行くためだけではなく、仕事を通じて自分を活かすために働いているのだろうと感じました。
この春から新しい環境の中で仕事をスタートする人、心機一転して仕事探しを始める方。そのような方々は、この機会に「何のために働くのか」ということに思いをはせてみましょう。もし働く目的が分からなければ、やりたい仕事を探すより、できる仕事を始めてできるだけ続けてみましょう。困難や不安なことがあっても、そうする事で働く目的や自分が活かせる仕事が見えてくることもあるのです。仕事のやりがいや生きがいは、与えられるものではなく自分で見つけるか、時間をかけて気づくものだろうと思います。
その後再びその店を訪れた時の帰り際です。座敷からお会計を頼むと、8席ほどのカウンターに並ぶお客さんに出す料理を作る手を止めて店主が言いました。「20年この仕事が続いたのは、若い時たまたまこの業界に入って修行して、これしかできないと思って独立して店持ってやっているうちに、好きな仕事になったからなんでしょうね。」勘定を渡す時、マスクの上の店主の目には力が戻っていました。私はいつものように「ごちそうさま」と、店を出ました。「ありがとございましたー。」と、大きな声が背中に響きました。
多くの人は、生きるために働くだけでなく、働くために生きているのだろうと感じ、胸が熱くなりました。
在宅ワークの長い友人が言いました。「人と会うストレスよりも、人に会わないストレスの方が大きくなった。」と。
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