白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

tristano

2006-10-04 | 音について、思うこと
http://www.youtube.com/watch?v=gb1ZGyTPyVs



youtubeにとうとうアップロードされた
レニー・トリスターノの映像。
大学時代、彼の奏法の研究をしていた
僕にとっては、
特別の感慨がある。




盲目であり、その求道的な取り組みから
録音をほとんど残さなかった彼のセッションには
1949年、史上初のフリー・ジャズ、
1955年、ピアノ多重録音・回転数変移、
といった実験的なものが多いのだけれど、
ここに聴かれるトリスターノは
純粋にジャズを楽しんでいるようにみえる。
しかし、その旋律線、拍節の位置操作、和声感覚、
そのどれもが、異常なのだけれど。




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以前リー・コニッツと話したとき、
トリスターノのことを当然話してみたのだが、
彼は好々爺の笑みを浮かべながら、
彼からは色々なものを学んだ、と
言うだけで、見事に空かされてしまった。
コニッツの音はトリスターノとは異質でありながら
凄みにおいては同質を感じさせた。
トリスターノが分厚い氷壁のそれであるなら、
コニッツは不敗の居合の老師のそれのようだった。
彼の演奏においては、マイナーキーでありながら
長三度が用いられる例が珍しくない。




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トリスターノの音は基本的にビ・バップの延長に
ありながら、
ドミナント進行におけるディミニッシュを多用し、
減5度の音をピボット・ポイントとして
多調的進行へと旋律線を移行させる。
旋律と和声を1小節ほどずらして進行させもするし、
マイナーキーにおけるトニックにおいては
メジャーセブンスやディミニッシュを用いることにより
調性の不安定感を強調する。





また、あるいは旋律線そのものを小節、時には
コーラスをまたぐ形で引き伸ばし、
強迫の位置、トップノートの位置等を操作して、
ホリズンタルな旋律線の流れから微妙な起伏を生み、
リズムを音列の伸縮の中から生成する。
これに沿うようにして和声を構築し、
代理コード等の機械的操作によっては到底成しえない、
リハーモナイズの枠内に納まらぬ、全く独自の進行を
生み出していく。






これは、機能和声と代理コードに対して音列を落し込む
アヴェイラブル・ノートに基づいたバークリー理論では
説明できない事象の発生を当然喚起する。





調性音楽にのみ有益なバークリー理論に対し、
トリスターノの音楽は、あきらかな12音音楽への志向を
示している。
その旋律線の動きには明確な対位法の影響も見られる。
これは何も近現代に始まったことではなく、
例えばバッハのイギリス組曲第6番のジーグなど、
ニ短調の旋律線から開始されるとはいえ、
半音階的旋律線をそのめまぐるしい展開のなかに対位させ、
これを駆使することで中途、調性感を完全に喪失するという
例もある。




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こうして12音音楽に限りなく近づいたトリスターノと
ジョージ・ラッセルのリディアン・クロマティックには
一見すると関連性があるようにも見えるが、
調性重力という概念とトリスターノの理論には
その根幹において大きな差異がある。
トーナリティの確立を第一義におくことと、
旋律線の脱構築を第一義におくこと、
そもそもの志向する先が全く異なる。




トリスターノはシェーンベルクやストラヴィンスキーを
研究していたといわれている。
高柳昌行はシェーンベルクの「対位法入門」を
トリスターノ研究の必読書に挙げている。
しかし、トリスターノは盲目であった。




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ともあれ、この12音グルーブ、
語法の解体をお楽しみいただきたい。

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