賀茂川と高野川の合流点にある糺の森は、鬱蒼と樹木が茂っていて下鴨神社への参道が続く。『方丈記』の著者鴨長明は、この森の中にある河合神社の禰宜の二男として生まれたが、跡継ぎに関わる一族内の確執によったか、50歳を過ぎたころ大原に隠棲したとされる。
森の外を行き交う車の喧騒などまったくない、神さびた雰囲気すら漂わす別天地に近い糺の森に朱色はよく映えている。昨日の激しい雨あがり、ジメッと籠もった空気がちょっとした原生林の趣を高めているような…。
まだ午前10時半過ぎだというのに、既に古本まつりの会場は多くの人であふれ返っていた。そして、なにやら感じる気ぜわしさは空模様との相談だったのか、降る前にお宝を探そう!とでもするかのようだ。
でもちょっとひどい、殺気だってるんじゃない? … 気付けばそこは100円コーナーだった。胸の前に高々と積み上げた本を両腕で捧げ持った人、お手伝いしましょうか?と声を掛けるようなおせっかいはやめたけれど、前が見えるのかしら。
こんなに本好きがいるのか!?と 嬉しいような笑いたくもなるようなだ。そうした人の様子を腰を下ろして眺めている楽しさ、これもなかなか捨てがたい。そして80万冊という書物の数に手を伸ばす、人の趣味思考は実に様々だ。
「日本人の本好きは寺子屋教育がなかったら到底成り立たなかっただろう」と、誠心堂書店のご主人は言われている。日本の教育の広まりに一役果たした民間の“学校”・寺子屋の存在意義は大きいようだ。
それなら、我が所のご先祖様の努力にも感謝のナンマイダ~、というところかな。
ちょっとお手伝いして上げられたらよかったのに(笑)
それにしても80万冊という古書の陳列、一度は見てみたいものですね。
ところでお気に入りがゲットできましたか。
様々な人の趣味思考をチラッと・・・だけではないですよね(笑)
寺子屋教育が今の日本人の教育の広がりの原点に・・・分かるような気がします。
教職を経験され、今も本が手放せないkeiさんにとっては益々その感を強くされたことでしょう。
雨などに邪魔されず、殺気立つほどの賑わいで三日間が終えられるといいですね。
外人の青年が「いくらですか」と日本語で聞いたところ、即座に「千円」と返事がありましたが、慌てて?「one thousand yen」と言い換えてました。千円でいいのに~、なんて思ってました。(笑)また違う外人さん、菊池寛の全集を手に取ってみていました。あれこれ開いているのですが、日本語を理解する方なのでしょうか、すごいなあと思って見ていました。美術書などはよく捜している人はいますが。
『子ども日本風土記』の中から「山口・徳島」の巻を開いてみました。S51に岩国東中学校3年生の文章が載っていました。「このまま岩国を基地にしておくことはできないと思った」とありました。爆音の後のあの煙はまさにファントム戦闘機だ。誰も空を見上げる人はいない、うるさいなという人もいない、日常化していると綴ってありました。
立ち読みばかりしてきました。
本を読めるようになりたい! こう思った多くの庶民がいたわけです。何事にもいえるのでしょうが、少しハングリーなくらいで追い求める前向きさっていいですよね。
確かに、中学校の中では、一番騒音のひどい学校でした。
その彼も今は大人になって、しっかりした活動をしているのでしょうか。
ちょうどkei先生の教え子に近い年齢??
さすが目の付け所が違いますね。
『子ども日本風土記』このような本も古書ならではの掘り出し物として並べられるのですね。
ここらあたりに、毎年必ず足を運びたくなる魅力があるのでしょうね。
80万冊、ジャンルは網羅されているでしょうか。和綴じの古いものから。
子供向けに地域のお話が納められているのかと思って手に取った「風土記」でした。私も今この子は何歳に?と数えました。活躍されているかもしれませんよ。男子でした。
あの頃から少しは改善されているのでしょうか。錦帯橋を題材にした作品もありました。