熊本レポート

文字の裏に事件あり

信義なき野田毅事務所 第6回

2020-01-25 | ブログ
広い部屋に通されて、二畳の広さ程のテーブルに立つと、同行した二人の若い方の眼鏡を掛けた男が、先に伝えて有った図面番号順の20枚程の中から、その2、3枚を取り出して、一部は重なるような形で、そこに広げた。
手持ちした図面の中から、その番号図だけを取り出して広げると、二人は照合して確認に入った。
当初、この作業には抵抗を見せた設計会社も「第三者の公的機関に提出する」、「そもそも貴社には何の問題もない」という話で渋々、それに応じた。
第三者とは公正取引委員会を相手は推察しただろうが、そこまでの想定はなかった。その前に照合には応ずるという読みがあった。それに事案において責任のないことも確か。
やがて二人は顔を上げると、「同一の図面です」と、一人が応えた。
そこを出て、次の訪問先に向かう事にしたが、二人に「本当に有り難うございました」と、腰を折って深々とお礼を述べて、ゆっくり顔を上げたので、二人は笑顔で再び礼を返した。
「コンプライアンス部…」
受付に、そう告げると、返事を待った。
朝、1番に電話を入れていた。
東京の友人から同社の別事案の話を聞いた際、新たにコンプライアンス部が設けられた事も知らされた。
やがて応答があったと見え、受付の女性社員が指定の階を教えて、その階へエレベーターで昇ると、そこには、また女性社員が待機していた。応接室に通されると、案内した彼女と入れ替わる形で直ぐ二人の男が入って来た。
名刺を交換すると、一人は部長ではなく課長で、もう一人はその部下。
二人は緊張してか、気のせいもあろうが顔は強張っていた。
「難しく考えないで下さい。田舎の人間が、田舎での仕事を確認に来ただけの話です…」
若い方の男からは笑みも伺えたが、課長の方も少し腰を折った。
簡単な話の内容は、彼らの部署にも届いていたはずである。
「先ほど図面は、委託の設計会社で確認しましたが、それがルールを外れて、何で先に地元の下請け業者に流れたか、即ち発注の仕事が入札以前に進められたか、それがお尋ねしたい点です」
「それは、これから調査してみなければ判りません」
当然な返答である。
時間の無駄と判断し、そこでコンプライアンス部の核心に入った。
「2009年に3億円、また昨年も大阪の支店長が詐欺絡みで6億4000万円の横領と、警視庁に逮捕されていますが、今回の事案は、これに絡んだ事件ではなかったのか、そういう疑問を持ったのです…」
二人の表情が大きく変わった。
「いや、昨年の事件は11月の逮捕だから、少し早いかな…しかし同類の別件事案とも想定されるし、発注者が早々と図面と、その仕様書を出すとなると、失礼ながら役員の不正行為も否定出来ないし、支店長は逮捕されても、役員の不正は隠蔽という仮定の話になると、お二人にも不納得の話でしょう…もちろん、仮定の話で、真実を明らかにし、それを公表するのが仕事なんで、その疑問点をお尋ねしたいのです」
二人は、約束でもしたかのように沈黙に入った。
「事業には農協という準公的機関も関係していて、また資産には公金もあって、私の質問の趣旨には無理などないと思うのです。また、今まで5回程、この事案での情報は公開していて、報道姿勢にも何ら問題はないと信じていますが、何か質問する私の側に無理がありますかね…」
課長の顔を見ながら、ゆっくりした口調で尋ねると、
「問題は有りません」
意外にも断言した。
実は、謎は簡単である。一社員では無理な不正行為というのは、これだけは双方、内心で一致している。
「初耳の話ですし、これから調査致します」
この課長はどうあれ、同社の何人かは、少なくとも誰かは、私の4月頃からの動きを知っていたはずだ。
「そこで、お願いですが、お持ちの図面等を参考に頂けませんか。また調査のために疑問点を簡単に書類で提出して頂けませんか…」
勝手な申し出というか、不可解な話を口にする課長である。
「そんな事は無理です」
「…では、その資料は、どうされるおつもりですか…」
応える必要のない話だが、
「いま表に出せば業務妨害、名誉毀損と面倒な事になるので、公正な入札か否かに関係なく、大成建設が落札した結果で、これらを公開とします。問題は謎の不当なルートだけは残るので、過去の詐欺、横領事件から調べさせて貰います」
過去5回も公表していて業務妨害に注意してとは、矛盾した話だが、結果次第という点に山場を持たせたのである。
先の設計会社とは、一変した別れ方になるので、敢えて「突然、お伺いしたにも関わらず、本当にお世話になりました」と挨拶し、彼らを振り返ることもなく表へ出た。


「昔と変わらず、えらい面倒なネタを追っかけているようだな」
100メートルほど歩いて、地下街の奥の広い喫茶店で、相変わらず文庫本を片手にして、待っていた友人が、そう言った。
「おい、菊枝って覚えていないか、ほら青山の店にいた。いま東中野の路地裏で小綺麗な小料理屋をやってるんだが、其処へでも行くか…あいつも婆になったぞ…」
運ばれて来た香りの濃いコーヒーを口元に持ってきたまま、彼の話など耳に入らず考えていた。
『ひょっとすると、賭けに勝てるかも、いや120%の敗北が、8割の勝ちに転じた』
感触を思い出しながら、再びコーヒーカップを下ろした…。(第7回に続く)