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伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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コンパクトシティ 中心市街地活性化は失敗

2018-06-27 16:18:46 | 政治・政策・経済
6月27日日経新聞「やさしい経済学」から。
詳しくは紙面をご確認ください。



「コンパクトシティを考える⑤ 中心市街地活性化は失敗」
              京都大学教授 諸富徹

・日本のコンパクトシティの始まりは、1998年の
 中心市街地活性化法。補助金で中心市街地活性化事業を
 推進。
・2016年、総務省行政評価局は上記事業は失敗と指摘。

・98に改正都市計画法ができて郊外に大型店が進出し、
 00年に大規模小売店舗立地法が廃止され、市町村は
 郊外大型店への規制権限を失った。
・国が全く逆の政策を同時に進めたことが失敗の原因。

・「退縮政策」の本質は、郊外の開発抑制と、
 中心部への人口誘導により、時間をかけて
 都市を集約する点にある。
・しかし成果を焦るためか、中心部の大型開発事業が
 目玉にされ、幾多の事業が破たん事業として消えて行った。
・青森市は駅前に185億円かけて商業施設を建設したが
 巨額の債務超過を抱えて破たん。

・これらの反省を踏まえ14年に「改正都市再生特別措置法」
 が施行された。日本の都市政策ではじめて「特定区域」
 を指定し、都市機能と居住地の集約を促す画期的な法律。
・市町村は将来人口予測や財政状況を基に「まちづくり
 マスタープラン(立地適正化計画)」を策定する。
・設定区域外の開発は届け出が必要になる一方、
 区域内で整備する場合は優遇措置がある。
 日本の都市の縮退化の成否は、この法律の活用にある。


(多田コメント)

・都市の中心部にあった商店街の衰退に関して、
 郊外に次々と大型商業施設ができて、お客がそちらへ
 ながれたことも大きな要因の一つです。
・1998年当時、中心市街地の活性化のために補助金を
 投入する一方で、郊外に大型商業施設が進出するための
 法律が作られていたのです。

・すべてのお店が衰退したのではなく、
 とても繁盛しているお店もありますので、
 個々のお店がいかに魅力的かというのが一番大事です。
・「商店街はなぜ滅びるのか」新雅史(光文社新書)によれば、
 多くの「商店街」は20世紀になって人為的に作られました。

・諸富教授によれば、立地適正化計画は縮退化の成否のカギ
 なので、そういう目で注視していきたいと思います。



(参考ブログ)
・「商店街はなぜ滅びるのか(光文社新書)」2012-07-07
・「商店街の構造的な分析」2013-03-06


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