夕方のテレビで上宮高校の書道パフォーマンス部の
実況放送を見ました。
8m×4m巨大半紙に描かれた言葉の数々。
来年に向けて私の指針となる言葉が沢山書かれていました。
今年は私にとって思いがけない病気との戦いでした。
この言葉に励まされ生きていく力を貰いました。
今年一年ブログを見て下さり励ましや優しい言葉に救われた日々でした。
ありがとうございました。
皆様にも沢山の福が来ますようにお祈りします。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。
夕方のテレビで上宮高校の書道パフォーマンス部の
実況放送を見ました。
8m×4m巨大半紙に描かれた言葉の数々。
来年に向けて私の指針となる言葉が沢山書かれていました。
今年は私にとって思いがけない病気との戦いでした。
この言葉に励まされ生きていく力を貰いました。
今年一年ブログを見て下さり励ましや優しい言葉に救われた日々でした。
ありがとうございました。
皆様にも沢山の福が来ますようにお祈りします。
どうぞ良いお年をお迎え下さい。
思いがけず花束のプレゼントが届きました。
殺風景な我が家がいっぺんに華やかになり
心まで晴れやかになりました。
花には癒しの効果もあるんですね!
良いお正月が迎えられそうです。
「ぼっかけうどん」を頂きました。
「ぼっかけ」とは
味付けした牛肉をうどんの上に「ぶっかけ(ぼっかけ)」ることから、「ぼっかけ」
という名前で呼ばれるようになったそうです。
神戸のソールフード?なんでしょうね。
ぼっかけは聞いたことがありましたが食べるのは初めてでした。
寒い冬にはもってこいの食べ物です。ご馳走様でした
私にとっての今年一年は
11月が飛んでしまった年でした。
いまだにわたしのなかでは12月がピント来ない日々です。
11月の手術入院生活は別世界の出来事でした。
しかし確実に時間は過ぎていて
今日はクリスマスです。
入院する前から決まっていたクリスマスの日の誕生会。
親戚の83歳の誕生日がクリスマスの日
美味しいお料理が沢山並んでいました。
ピザもありましたが食べるのが先で写真
撮るの忘れてしまいました。
皆でわいわいと楽しい時間を過ごした。
今日は二十四節気のひとつ冬至です。
ゆず湯に入りかぼちゃを食べると良いとか
肺腺がん手術後21日目に入ったお風呂は天国でした。
肺の管が取れたらまずシャワーの許可が出ます。
私は管が取れたのが4日目でした。
病院で私は手術後テープにかぶれ水ぶくれになり
それが破れてしまいシャワーしか許可が出ませんでした。
結果、病院でお風呂に入って退院にはなりませんでした。
ほとんどの人は退院前に病院でお風呂に入って退院します。
退院後1週間目に家で
やっとお風呂に入ることが出来ました。
21日ぶりのお風呂はとても気持のいいものでした
それまでは数日ごとにシャワーしかできなかった身には
久々の心地よい1日になりました。
日本人にとってのお風呂は格別なものですね。
12月13日は
退院して(11月28日)初めての外来診察日でした。
レントゲンと血液検査そして肺機能検査。
レントゲンと血液検査は異常なし。ホッとしました。
肺機能検査は以前に比べて2~3割り落ちています。
これからの治療の話をされました。
選択肢は二通り
2年間毎日抗がん剤を飲み続けるか?
3か月に1回経過観察するか?
結果として3か月に1回の経過観察することにしました。
レントゲンと血液検査。
血液検査の項目で腫瘍マーカーの値で癌の再発が解るとのこと。
抗がん剤も遺伝子医療、遺伝子治療と進んでいることを今回の診察で知らされました。
遺伝子検査の結果、私に合う抗がん剤の薬もあることが解りました。
まだまだこれから病気と上手に付き合っていかなければならないようです。
手術後常に先生や看護師さんに言われたことが
「痛みは我慢しないで言って下さい」でした。
術後の痛みはほとんどありませんでしたが
思うように身体が動かせず
テレビも見る気になれず人の話にも集中出来ない有様でした。
ベッドから起き上がることも、寝ている事も辛い日々が続きました。
普段何でもなく出来ていることが億劫で出来ない。
やる気のない日々。
そんな私を家族は黙って見守り続けてくれました。
家族の存在をこの時ほど有難く感じた事はありませんでした。
病人にとっては
ただ側にいてくれるだけで安心するのが家族の存在です。
言葉では言い尽くせないくらい有難いことでした。
今、近くに病人がいるならどうぞ優しく見守ってあげて下さい。
一般病棟の看護師さんは毎日担当が変わります。
調子悪い時は声だけ聞いていました。
術後食事が食べられなかったとき
「無理して食べなくて良いのよ!食べれるものだけ食べれば!」
と言われた言葉がどんなに有難かったことか
食べないと元気になれないと
思って無理していた自分に本当に有難い言葉でした
術後10日目の朝9時過ぎと昼食後眠たくなりました。
お昼寝は夜眠れないのでしなかったのですがこの日に限って寝てしまいました。
その時看護師さんに
「身体が求めているんだから眠たいときは寝たらいいんですよ」と。
その日の夜は心配することなくぐっすり眠れました
退院が決まったある日の事。
口の中に口内炎が出来ている事に気が付きました。
「病気は全部、病院に置いて帰って下さいよ」
なるほどと感心しました。
言葉の力を感じた入院生活でした。
12月に入り一段と寒くなりました。
12月2回目の大鏡寺さんの言葉です。
何かと忙しい年末、段取りよく過ごしたいものです。
手術後一日目は全粥とおかず。
二日目は五分粥とおかず。
三日目からは普通食でした。
消化器疾患でないので食べるものの制限はありませんでしたので
食いしん坊の私にとっては有難いことでした。
手術後すぐは魚の臭いが鼻について食べれませんでしたが
回復するにつれ食べられるようになりました。
魚で驚いたのは骨がすべて取り除かれていたことです。
さんまの塩焼きはすべて骨がなく内臓も綺麗に取り除かれていました。
大根おろしでとても美味しく頂きました。
朝はパンと和食のメニューから選びます。
私はパン食を選びました。パンは日替わりで色んなパンが出ました。
朝のパンは90グラム。
野菜スープ(日替わり) 牛乳 バナナ パンにマーガリンとジャムが付きます。
昼も2種類のメニューから選べ昼食は麺類がありました。
鶏肉そばが入院して食べる初めての麺で美味しく頂きました
鶏そば 肉じゃが ゆず大根 リンゴ。
果物は主に昼に出ました。
夜のメニューで嬉しかったのがチラシ寿司でした。
ご飯は昼夜100グラム。
今回の入院で学んだことは塩分を控える工夫でした。
わさびやかんきつ類の皮やジュースをくわえる事で塩分を少なく出来る事。
そして野菜も生野菜でなく湯がいて食べると沢山採れる事
学びました。
家に帰って来て学んだ事を少しずつ取り入れています。
手術後24時間経った次の日
RICU(呼吸器疾患集中治療室)のベッドで起きて
うがい歯磨きを済ませ、第一回目のレントゲン撮影
そして、RICUの医師の診察を受けました。
医師に「痛みは我慢せずに言って下さい」と言われましたが
痛みはほとんど感じませんでした。
その後看護師さん二人に身体拭いて頂き手伝ってもらい手術着から
パジャマに着替え一般病棟に移りました。
もちろんベッドごと移動しました。
一般病棟に帰る途中、ガラス越しの太陽がまぶしく感じました。
まぶしい太陽が暗闇から出てきた私を
明るく照らして、励ましてくれているように感じました。
一般病棟で一日目はナースステーション近くの個室でした。
移ってすぐに尿の管を外していただき
自力で歩いてトイレに行きました。
早い時期から歩くとは聞いていましたが、手術の翌日に
歩ける自分にびっくりしました。
まだまだたくさんの管に繋がれた状態です。
肺には管が入っています。
肺からの要らないものを出して貯める器具を付けてトイレや散歩に行きます。
両手は点滴のためあまり動かせませんでした。
一日に止血剤、抗生物質の点滴と数回あり
1時間以上、繋がれている事が辛く感じました。
食事は一日目は全粥(どんぶりで)これを見ただけで食欲はなくなり
胸いっぱいになりました。
お粥は二口ぐらいしか食べられず、なぜがこの時、
魚の臭いが
鼻につき暫くは魚を食べられませんでした。
そんな状態で、一日目の味噌汁は今まで食べたもので一番美味しく全部食べられました。
日本人にとって味噌汁は懐かしい母の味がすると思いました。
二日目、五分粥でした。
三日目からはご飯も普通食になり少しずつ食欲も出て来ました。
肺腺がんの手術日は結婚記念日でした
これから毎年結婚記念日になると思い出すことでしょう。
16日朝9時に手術室に入ったところまでは覚えていますが
執刀医の先生に「〇〇さん手術終わりましたよ」と声をかけて頂くまで
それまでの事、何も覚えていません
”手術を受けた方が、手術室に入って先生に声をかけられるまで気を失っていたよ” と聞いてはいましたが
本当にその通りでした。
目が覚めて執刀医の先生と、心配そうな家族が目に入りましたが
再び眠りの世界に入りました。
その後RICU(呼吸器疾患集中治療室)に24時間入りました。
両手には点滴、身体には心電図、血圧系等などが付けられていました。
(手術室の前で心配そうに待つ娘です)
痛みはほとんど感じませんでしたが、起き上がることの出来ない
寝ていなければならない辛さはありました。
何と贅沢な辛さなんでしょう!
元気な時、病気になって好きなだけベッド寝てみたいと思った事が
なんと罰当たりな事であったか!知らされました。
常に2人の女の看護師さんが付きっ切りで看護して下さいました。
途中何回かもどしたり、血圧が急に下がったりとアクシデントはありましたが
その都度適切な処置をして頂いたお蔭で、今があると感謝しています。
何回ももどしそうになり苦しい時、男の看護師さんに
「大丈夫ですよ、貴方だけではない、よくある事ですから」と
背中をさすって頂き安心しました。
初めての優しい男の看護師さんとの出会いでした。
朝9時に始まった手術は12時20分終了 手術時間は3時間20分
私の戦いは終わりました。
12月3日6時過ぎベランダからの景色です。
10月31日に肺腺がんと告げられ
11月10日に入院、16日に手術を受けて11月28日にお蔭様で退院できました。
入院生活の事
これから少しずつ書いていきます。
もうしばらくは病院と付き合いが続きそうです。
お見舞いに頂いたクリスマスバージョンのお菓子箱。
あまりに綺麗だったので薬箱として使うことにしました。
朝、昼、夜と薬を分けて入れました。
もう少し薬のお世話になりそうです。