『風になった少年』 その1 ミクシィ「まこりん」さんの日記より
一年くらい前、小学生高学年向けに、こんな物語を書いてみました。
よかったら、親子で、そしてみなさんに読んでいただけたら嬉しいです。
風になった少年
転校生
「キリーツ! レイ! おはようございまーす!」
「おはようございます」
俊一の号令により、いつものように、元気な朝のあいさつが交わされました。
「新しいお友だちを紹介します」
山野先生はニコニコ笑いながら、教室の入り口のほうを見ました。
みんなはびっくりしたような顔をして、いっせいにその子を見ました。
転校生だって? 今ごろ? 勇太も隆志も舞も不思議そうな顔しています。
そうです。こんな小さな村の小さな小学校に、転校生などめったにありません。それもゴールデンウィークが明けた、こんな時期に…。
理香も賢治も良介も好奇心いっぱいです。
クラスのみんなは青白く痩せたその子に視線を向けたままでした。
手足がヒョロッとして、何だか生気のない顔。髪はくせっ毛でウェーブしています。目は茶色く透明がかって見えました。
薄いブルーのポロシャツにベージュのコットンパンツ。
別に変わったところはないのですが、何となく都会的な雰囲気が漂っています。
先生に促されて、その子はペコリと頭を下げました。
「遊川哲(ゆうかわさとる)です。よろしくお願いします」
大人っぽい口調のあいさつ。
「それでは」やっぱり先生はニコニコ笑いながら、「あそこの席に座ってください」と一番後ろの窓側の席を指しました。
淳平の斜め後ろの席です。
哲はゆっくりと席に着きました。動作が緩慢で、子どもらしくないように感じられました。
席に座った哲は淳平の顔を見てホッとした様子。
そうなんです。哲にとって、ここでは淳平だけが頼りなのでした。
哲はゴールデンウィークが始まる少し前にこの村に引っ越して来ました。
それまでは東京で暮らしていました。
淳平ちの隣の柿田さんちは哲のお母さんの実家。
毎年夏休みになると哲とお母さんは里帰りしてきます。
同い年ということもあって、淳平は自然に哲と仲良く遊ぶようになりました。
二人はなぜだかとても気が合いました。
そんなわけで、今年も淳平は夏休みが来るのをとても楽しみにしていたのです。
その哲が、まさか、引っ越して来るなんて…。夢にも思いませんでした。
淳平はびっくりしました。
でも理由はどうあれ、嬉しくて仕方ありません。
「これからは毎日遊べるな」
「うん」
「あれ? 哲くん、痩せた?」
「ううん。……いや、やっぱりちょっと痩せたかな(?)」
哲ははにかみながら答えました。
「淳平くん。これからも哲のこと、よろしくね」
哲のお母さんは微笑みながら言いました。気のせいか、淳平には、その声がどことなく弱々しく、元気がないように聞こえたのでした。
「キリーツ! レイ! さようなら!」
俊一の勇ましい声につられて、みんなは元気よく終わりのあいさつをしました。
クラスのみんなは哲に興味津々です。
早速、俊一が尋ねます。
「どこから来たん?」
「東京」
「へえ? すごい! 都会っ子なんや。哲君って」
「……」
哲は何と答えたらいいか戸惑いました。
「わあ、ええなあ。東京って何でもあるんやろ。でっかいビルやら遊園地やら…」
俊一は少し興奮しています。
「なんで引っ越して来たん?」理香がききました。
「…………」
「そんなことより、あんまり遅くまで教室に残ってたら、せんせに叱られるから、帰りながら話そうや」
淳平はかばんを肩にかけて、みんなに言いました。
校門のところで、勇太と健と良介が待ち構えていました。
「や~い、やせっぽっち!」
「青びょうたん!」
「都会もんは違うなあ。何すましてんだよう」
口々にはやしたてています。
みんなはめいめい顔を見合わせました。まるで腫れ物にでも触るような顔つきをしています。そして知らん顔をして、さっさと通り過ぎて行ってしまいました。
淳平はカッとして、何か言いかえそうとしました。が、その時、哲が淳平の腕をそうっとつかみました。
「いいんだ」という顔をして淳平をじっと見つめています。
「あいつら……」
淳平は腹が立ってたまりません。
「哲のこと、なんも知らんくせに…。それに俊一たちも知らん顔して、なんやねん」
「ねえ、淳平」
哲は何事もなかったような顔をして言いました。
「君のおじいさんの田んぼに寄って帰ろうよ」
五月晴れの心地よい風を切りながら、二人は山のほうに向かって走りました。
淳平は走るのが得意です。いい気になって土手を思いっきり駆けました。
振り返ると、後ろのほうで、哲が苦しそうにフーフー言っています。
「ごめんごめん。だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶ。淳平は相変わらず風のように速いなあ。うらやましいよ」
哲は真っ赤な顔をして、息をきらしています。
「お帰り。どこ行くんや?」
見ると、畑で淳平のおじいさんが手を振っています。
「じいちゃんの田んぼに寄って、ついでに山で遊ぶんや」
「田んぼはもう水張ったから、入られへんで。来週は田植えやからな」
おじいさんは、山のほうを見ながら孫に言いました。
麦わら帽子をかぶり、首にタオルを巻いています。
浅黒く日焼けした顔。人なつっこそうな目。優しく微笑んでいます。
「淳平はおじいさん似なんだ。笑った顔がそっくり」
哲は、淳平がおじいさんになったときのことを想像して、思わず苦笑していました。
きゅうりやトマトの苗がすくすく伸びています。おじいさんは竹で添え木をしたり、雑草をぬいたり忙しそうです。
「ちょっと一服するか」たばこに火をつけて、「淳平、哲くんも、まあ座らんかい」と言って、草の上に腰をおろしました。
おいしそうにたばこを吸っています。
「そや、にぎり飯が2個残っとる」
おじいさんは、おにぎりを包みから取り出しました。
梅干の入った素朴なおにぎりです。水筒にはお茶もたっぷり入っていました。
「おいしい!」
哲は口いっぱい頬張りながら、つぶやきました。そうなんです。
淳平のおじいさんの作ったお米は本当においしいんです。
「うまいか? そりゃそうやろ。わしが心を込めて一生懸命作った米やからな」
自信たっぷりです。目じりにしわを寄せて満足そうに笑っています。
「ここいらはまだまだ水もきれいし、自然に恵まれとるから、ええ米がとれる」
「それに、有機農法で栽培してるから、おいしいんですね」
哲は米粒を一粒ずつ噛みしめながら、大人っぽい口調で相づちを打ちました。
「ほう。哲くんはむつかしいことを知っとるんやな」
おじいさんは半ば呆れた顔をして、哲の顔を見つめました。
「哲は何でも知っとるんよ。いろんなこと詳しいで」
淳平は自分のことのように鼻高々です。
「そんなことないよ。ただ…」
哲はてれくさそうに言いながら、言葉をつまらせました。
「ただ? 何なん?」
淳平は尋ねました。
「ただ、農家の人に教えてもらったから…それで知ってるだけ。
じつは去年、総合学習で田植えの行事があったんだ」
「えっ? 田植え?!」
おじいさんも淳平も、同時にすっとんきょうな声をあげました。
「東京に田んぼなんかあるんか?」
「バスで2時間くらい行ったとこだけど…」
「そうか。そこで有機農法をやっとるっちゅうわけやな」
おじいさんは、さもありなんという顔をして、嬉しそうに笑っています。
「もしかして、哲も田んぼに入ったんか?」
淳平は泥の感触を思い出したように、くすぐったそうな顔をしてききました。
「いや、風邪をひいて参加できなかった」
哲はちょっぴり沈んだ声で答えました。
「でも秋の稲刈りには行けたよ。とっても楽しかった」
哲はそのときのことを思い出してニコッと笑いました。
「都会から田舎に移った人たちが、有機農法を学びながら農業をやっているって聞きました。農薬を使わずにお米を作るって、ものすごく大変らしいけど、みんなニコニコ楽しそうでした。それに、田植えのあと、田んぼに鴨を放すらしいんです。ちょっとびっくりしました」
哲は一生懸命おじいさんに説明しています。
「合鴨農法か…。それにしても、哲くんはすばらしい体験をしたんやな」
おじいさんはニッコリ笑って頷きました。
太陽はすっかり西のほうに移動しています。空は水色からオレンジ色に変わりかけていました。
「田んぼはこんどにする?」
淳平は水筒のお茶をゴクリとおいしそうに飲み干しながらききました。
「うん。……」
哲はもじもじしながら、おじいさんのほうを見ています。
おじいさんはせっせと雑草を鎌で刈っていました。
「おいしく育つんやで。今年も哲くんに食べてもらおうな」
きゅうりやトマトに話しかけています。
「あのう…」
「なんや?」
「僕も手伝います」
哲は雑草を引き抜きました。
「無理に根っこまで抜かんでもええよ。根っこには根っこの役割があるさかい」
「はい」
哲は不思議に思いましたが、おじいさんの言うとおりにしました。
いつの間にか、淳平もそばに来て、慣れた手つきで手伝っています。
「あのう」哲は恥ずかしそうに、「来週、田植え手伝ってもいいですか?」と思いきって言いました。
「エッ? ああ、ええよ。……せやけど、きついで」
「そうやで。田植えはそばで見てるより、はるかに重労働なんや。哲には無理やと思う」
淳平は心配そうに哲の体を見ました。
「だいじょうぶだよ」
「そうやな。裸足で田んぼに入るだけでもええか」
淳平の言葉に哲は少しムッとした様子です。
「いや、ちゃんと苗を植える!」
意外な返事に淳平は驚きました。いつもの穏やかな哲にしては、めずらしく強い口調だったからです。
「わしが、うまく植えるコツを教えたる。だいじょうぶや、哲くんにもできる」
「ホント?! ホントにいいんですか?」
突然、哲の顔に赤みが差して、パッと輝いて見えました。何だか淳平も嬉しくなってきました。
今年は哲が一緒だと思うと、何だか楽しくてワクワクしてきました。
一年くらい前、小学生高学年向けに、こんな物語を書いてみました。
よかったら、親子で、そしてみなさんに読んでいただけたら嬉しいです。
風になった少年
転校生
「キリーツ! レイ! おはようございまーす!」
「おはようございます」
俊一の号令により、いつものように、元気な朝のあいさつが交わされました。
「新しいお友だちを紹介します」
山野先生はニコニコ笑いながら、教室の入り口のほうを見ました。
みんなはびっくりしたような顔をして、いっせいにその子を見ました。
転校生だって? 今ごろ? 勇太も隆志も舞も不思議そうな顔しています。
そうです。こんな小さな村の小さな小学校に、転校生などめったにありません。それもゴールデンウィークが明けた、こんな時期に…。
理香も賢治も良介も好奇心いっぱいです。
クラスのみんなは青白く痩せたその子に視線を向けたままでした。
手足がヒョロッとして、何だか生気のない顔。髪はくせっ毛でウェーブしています。目は茶色く透明がかって見えました。
薄いブルーのポロシャツにベージュのコットンパンツ。
別に変わったところはないのですが、何となく都会的な雰囲気が漂っています。
先生に促されて、その子はペコリと頭を下げました。
「遊川哲(ゆうかわさとる)です。よろしくお願いします」
大人っぽい口調のあいさつ。
「それでは」やっぱり先生はニコニコ笑いながら、「あそこの席に座ってください」と一番後ろの窓側の席を指しました。
淳平の斜め後ろの席です。
哲はゆっくりと席に着きました。動作が緩慢で、子どもらしくないように感じられました。
席に座った哲は淳平の顔を見てホッとした様子。
そうなんです。哲にとって、ここでは淳平だけが頼りなのでした。
哲はゴールデンウィークが始まる少し前にこの村に引っ越して来ました。
それまでは東京で暮らしていました。
淳平ちの隣の柿田さんちは哲のお母さんの実家。
毎年夏休みになると哲とお母さんは里帰りしてきます。
同い年ということもあって、淳平は自然に哲と仲良く遊ぶようになりました。
二人はなぜだかとても気が合いました。
そんなわけで、今年も淳平は夏休みが来るのをとても楽しみにしていたのです。
その哲が、まさか、引っ越して来るなんて…。夢にも思いませんでした。
淳平はびっくりしました。
でも理由はどうあれ、嬉しくて仕方ありません。
「これからは毎日遊べるな」
「うん」
「あれ? 哲くん、痩せた?」
「ううん。……いや、やっぱりちょっと痩せたかな(?)」
哲ははにかみながら答えました。
「淳平くん。これからも哲のこと、よろしくね」
哲のお母さんは微笑みながら言いました。気のせいか、淳平には、その声がどことなく弱々しく、元気がないように聞こえたのでした。
「キリーツ! レイ! さようなら!」
俊一の勇ましい声につられて、みんなは元気よく終わりのあいさつをしました。
クラスのみんなは哲に興味津々です。
早速、俊一が尋ねます。
「どこから来たん?」
「東京」
「へえ? すごい! 都会っ子なんや。哲君って」
「……」
哲は何と答えたらいいか戸惑いました。
「わあ、ええなあ。東京って何でもあるんやろ。でっかいビルやら遊園地やら…」
俊一は少し興奮しています。
「なんで引っ越して来たん?」理香がききました。
「…………」
「そんなことより、あんまり遅くまで教室に残ってたら、せんせに叱られるから、帰りながら話そうや」
淳平はかばんを肩にかけて、みんなに言いました。
校門のところで、勇太と健と良介が待ち構えていました。
「や~い、やせっぽっち!」
「青びょうたん!」
「都会もんは違うなあ。何すましてんだよう」
口々にはやしたてています。
みんなはめいめい顔を見合わせました。まるで腫れ物にでも触るような顔つきをしています。そして知らん顔をして、さっさと通り過ぎて行ってしまいました。
淳平はカッとして、何か言いかえそうとしました。が、その時、哲が淳平の腕をそうっとつかみました。
「いいんだ」という顔をして淳平をじっと見つめています。
「あいつら……」
淳平は腹が立ってたまりません。
「哲のこと、なんも知らんくせに…。それに俊一たちも知らん顔して、なんやねん」
「ねえ、淳平」
哲は何事もなかったような顔をして言いました。
「君のおじいさんの田んぼに寄って帰ろうよ」
五月晴れの心地よい風を切りながら、二人は山のほうに向かって走りました。
淳平は走るのが得意です。いい気になって土手を思いっきり駆けました。
振り返ると、後ろのほうで、哲が苦しそうにフーフー言っています。
「ごめんごめん。だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶ。淳平は相変わらず風のように速いなあ。うらやましいよ」
哲は真っ赤な顔をして、息をきらしています。
「お帰り。どこ行くんや?」
見ると、畑で淳平のおじいさんが手を振っています。
「じいちゃんの田んぼに寄って、ついでに山で遊ぶんや」
「田んぼはもう水張ったから、入られへんで。来週は田植えやからな」
おじいさんは、山のほうを見ながら孫に言いました。
麦わら帽子をかぶり、首にタオルを巻いています。
浅黒く日焼けした顔。人なつっこそうな目。優しく微笑んでいます。
「淳平はおじいさん似なんだ。笑った顔がそっくり」
哲は、淳平がおじいさんになったときのことを想像して、思わず苦笑していました。
きゅうりやトマトの苗がすくすく伸びています。おじいさんは竹で添え木をしたり、雑草をぬいたり忙しそうです。
「ちょっと一服するか」たばこに火をつけて、「淳平、哲くんも、まあ座らんかい」と言って、草の上に腰をおろしました。
おいしそうにたばこを吸っています。
「そや、にぎり飯が2個残っとる」
おじいさんは、おにぎりを包みから取り出しました。
梅干の入った素朴なおにぎりです。水筒にはお茶もたっぷり入っていました。
「おいしい!」
哲は口いっぱい頬張りながら、つぶやきました。そうなんです。
淳平のおじいさんの作ったお米は本当においしいんです。
「うまいか? そりゃそうやろ。わしが心を込めて一生懸命作った米やからな」
自信たっぷりです。目じりにしわを寄せて満足そうに笑っています。
「ここいらはまだまだ水もきれいし、自然に恵まれとるから、ええ米がとれる」
「それに、有機農法で栽培してるから、おいしいんですね」
哲は米粒を一粒ずつ噛みしめながら、大人っぽい口調で相づちを打ちました。
「ほう。哲くんはむつかしいことを知っとるんやな」
おじいさんは半ば呆れた顔をして、哲の顔を見つめました。
「哲は何でも知っとるんよ。いろんなこと詳しいで」
淳平は自分のことのように鼻高々です。
「そんなことないよ。ただ…」
哲はてれくさそうに言いながら、言葉をつまらせました。
「ただ? 何なん?」
淳平は尋ねました。
「ただ、農家の人に教えてもらったから…それで知ってるだけ。
じつは去年、総合学習で田植えの行事があったんだ」
「えっ? 田植え?!」
おじいさんも淳平も、同時にすっとんきょうな声をあげました。
「東京に田んぼなんかあるんか?」
「バスで2時間くらい行ったとこだけど…」
「そうか。そこで有機農法をやっとるっちゅうわけやな」
おじいさんは、さもありなんという顔をして、嬉しそうに笑っています。
「もしかして、哲も田んぼに入ったんか?」
淳平は泥の感触を思い出したように、くすぐったそうな顔をしてききました。
「いや、風邪をひいて参加できなかった」
哲はちょっぴり沈んだ声で答えました。
「でも秋の稲刈りには行けたよ。とっても楽しかった」
哲はそのときのことを思い出してニコッと笑いました。
「都会から田舎に移った人たちが、有機農法を学びながら農業をやっているって聞きました。農薬を使わずにお米を作るって、ものすごく大変らしいけど、みんなニコニコ楽しそうでした。それに、田植えのあと、田んぼに鴨を放すらしいんです。ちょっとびっくりしました」
哲は一生懸命おじいさんに説明しています。
「合鴨農法か…。それにしても、哲くんはすばらしい体験をしたんやな」
おじいさんはニッコリ笑って頷きました。
太陽はすっかり西のほうに移動しています。空は水色からオレンジ色に変わりかけていました。
「田んぼはこんどにする?」
淳平は水筒のお茶をゴクリとおいしそうに飲み干しながらききました。
「うん。……」
哲はもじもじしながら、おじいさんのほうを見ています。
おじいさんはせっせと雑草を鎌で刈っていました。
「おいしく育つんやで。今年も哲くんに食べてもらおうな」
きゅうりやトマトに話しかけています。
「あのう…」
「なんや?」
「僕も手伝います」
哲は雑草を引き抜きました。
「無理に根っこまで抜かんでもええよ。根っこには根っこの役割があるさかい」
「はい」
哲は不思議に思いましたが、おじいさんの言うとおりにしました。
いつの間にか、淳平もそばに来て、慣れた手つきで手伝っています。
「あのう」哲は恥ずかしそうに、「来週、田植え手伝ってもいいですか?」と思いきって言いました。
「エッ? ああ、ええよ。……せやけど、きついで」
「そうやで。田植えはそばで見てるより、はるかに重労働なんや。哲には無理やと思う」
淳平は心配そうに哲の体を見ました。
「だいじょうぶだよ」
「そうやな。裸足で田んぼに入るだけでもええか」
淳平の言葉に哲は少しムッとした様子です。
「いや、ちゃんと苗を植える!」
意外な返事に淳平は驚きました。いつもの穏やかな哲にしては、めずらしく強い口調だったからです。
「わしが、うまく植えるコツを教えたる。だいじょうぶや、哲くんにもできる」
「ホント?! ホントにいいんですか?」
突然、哲の顔に赤みが差して、パッと輝いて見えました。何だか淳平も嬉しくなってきました。
今年は哲が一緒だと思うと、何だか楽しくてワクワクしてきました。