【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

「政治家としての勇気の差かな」 

2009年11月26日 15時54分09秒 | 岡田克也、旅の途中

【衆院安全保障委員会 2009-11-26】

 朝の8時40分という極めて早い時間から、岡田克也外相・北澤俊美防衛相に対する一般質疑がありました。

 不正常国会での安保委の運営について、安住淳委員長が反省を述べてからスタートしました。

 公明党の佐藤茂樹さんの質問。米海兵隊普天間飛行場の米空軍嘉手納基地への統合案について。

 北澤防衛相は岡田外相が検証を続ける「統合案」について、就任直後の沖縄訪問では、「厳しい道のりだ」と感じたとの心情を吐露しました。その上で、

 「岡田大臣が(嘉手納統合案に)挑戦しているのは、政治家としての勇気の差かなあ、と思っておりまして。私は少し難しい話かと思っていましたが。岡田外務大臣は難しいから探求してみたいと。同僚が言うのも何ですが、その勇気は称賛に値する」と述べました。

 そのうえで、「新しい政権を担った責任者として、(外相が)探求すべき問題だ」として、岡田さんの検証作業を見守りたいと明言しました。

 ◇

 北澤大臣の報道での発言のブレが指摘されました。北澤大臣は次のような答弁をしました。

 「(防衛相と外相の)両極を作ると報道がしやすいということで、私はロマンチストだと思っていますが、世間でみると、(私は)リアリストのような感じがするらしい。私が辺野古案を容認しているように報じられていますが、これはまったくの間違いであります。私と岡田外務大臣は何度も協議する中で、まったく同じ姿勢でやっております」
 「私は辺野古のへの字も言ったことはない」「報道の諸君とはあまり会話をしないようにしている」

 佐藤議員が北沢さんが

 ①「野党時代に地元紙に県連代表として寄せたコメント」
     と
 ②「大臣として述べた認識」


 
が違う、と指摘しました。

 この質問について、北澤大臣は次のように答弁しました。

 「政治には、与野党がありまして、野党の立場で、政治的に発言し、行動することは政権獲得への一つの段階であるということでご理解ください」。

 岡田外相、安住委員長が苦笑い。

 佐藤さんは念を押します。「当時の認識と防衛大臣の認識は変わったのか?」

 「防衛大臣の重い任務を背負った中で、佐藤議員の質問に誠実に答えたものです」とマジメにこたえ、安住委員長は笑いをこらえているようにみえました。

 佐藤議員はこれ以上、追及できませんでした。

 ふざけているように思うかも知れません。が、このような胆力のある答弁はなかなかできるものではありません。北澤さんは議員室の執務机に「大辞林」と「字源」を常に平積みに置いている「日本語のプロ」です。だから、こうやって流れにそって国会答弁を乗り切れるのです。

 北澤防衛大臣を手強いと感じたのか、自民党の岩屋毅元外務副大臣(大分3区比例)が、質問の冒頭で、「濱田和彦・防衛大臣秘書官」が大分県別府市出身だ、と持ち上げる場面もあり、裏方さんの名が2009年11月26日の衆院安全保障委員会の会議録に永久に残ってよかったと思います。

 岡田・北澤コンビは必ず沖縄の負担軽減に向けてソフトランディングできます。信なくんば立たず。私は政治家以前に人間として二人を尊敬しています。私が保証します。岡田・北澤コンビは1994年6月30日、あの羽田内閣を倒された日から、15年2ヶ月間野党ひとすじに耐えてきた人です。沖縄のみなさん、大丈夫です、安心してください。

tags Okada,Katsuya(1953-),Kitazawa,Toshimi(1938-) 



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