【元日経新聞記者】宮崎信行の国会傍聴記

政治ジャーナリスト宮崎信行、50代はドンドン書いていきます。

国会の爆弾男・楢崎弥之助さん(89歳)が元気な姿を見せる

2009年04月11日 07時13分31秒 | その他


【追記 2011年7月21日 午後8時半】

 次のエントリーを追加しました。

楢崎弥之助さん、「菅君、直ちに辞めなさい」 91歳・国会の爆弾男



【追記終わり】

 おはようございます。

 民主党ニュース(http://www.dpj.or.jp/news/?num=15707)をみたら、懐かしい顔を発見しました。

 国会の爆弾男こと元衆院議員の楢崎弥之助さんです。

 楢崎さんはあけてきょう(11日)、89歳になりました。当選11回・勤続34年、勲一等旭日大授章。

 民主党副幹事長の当選2回生、楠田大蔵さん(福岡5区)が初めて開催した政治資金パーティーで、東京から入った菅直人さんと楢崎さんの元社民連(社会民主連合)の懐かしいツーショット。「社民連」という政党は、江田五月・現参院議長が代表を務めていて、衆議院3人・参議院1人という少数政党でしたが、細川連立内閣の“接着剤”として重要な役割を果たしました。

 少数政党のため、質問回数は多いのですが一度の時間が短いので、楢崎さんは一発ホームラン狙いの質問が多く、国会の爆弾男と呼ばれ、自民党の腹黒い連中は楢崎さんに悪さを暴かれるのではないかと、ビビリまくっていました。

 国家公務員法100条(公務員の機密漏洩)をそそのかして逮捕された毎日新聞の西山太吉記者事件のときは、横路孝弘さんと楢崎さんが脚光を浴びました。

 私がよく覚えているのはリクルート事件で、かんぽの宿でも社名が出ているリクルートコスモスの社長室長が「お願いだから、国会で質問しないでください」と議員会館に現金を持ってくる姿を事前に示し合わせた日本テレビ放送網の隠しカメラが撮影したことです。ドッキリカメラさながらでしたが、夕方の「ニュースプラス1」で放送したことが大反響を呼び、この世論の風が竹下登内閣を倒すことになりました。ただ、調子に乗った日テレが視聴率稼ぎのために未公開映像の中から、「社長室長が土下座する姿」を追加で放送したら、「やりすぎ」と世論の風が一時的に逆転するなど、テレビと世論に関するおもしろい実例となりました。

 このビデオテープは、法務省の東京地検特捜部がマスターテープを押収しました。日テレは「憲法違反だ」と最高裁に特別抗告しましたが、日テレは敗訴しています。これは憲法の教科書に「日テレ事件」として翌年の「TBS事件」とともに載っています。

 楢崎弥之助さんが国会の爆弾男の面目躍如をし、竹下内閣を倒したわけですが、ご存じのように「竹下派(経世会)」からは、小沢さん、羽田さん、恒三さん、ピンさん、藤井さんらが民主党に参加しているし、綿貫民輔・国民新党代表も世直し3党の仲間入りをしています。この人たちが楢崎さんをどう思っているかは分かりませんが、つくづく日本の現代史は民主党メンバーを中心につくられていることを実感します。

 楢崎さんは1度も大臣をやっていませんが、国会議員というのはやんちゃ坊主が愛されるんだなあと感じます。



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