しるしのないカレンダー

定年退職した自由人のBLOGです。庶民の目線であんなこと、こんなこと、きままに思ったことを書いてみたい。

年度末と月初め

2014年03月31日 | Weblog
昨日は一日雨だった。    日曜日ということもあり、どこへも行かなかった。
年度末、消費税アップ直前ということでやりたいこともあった。
車のタイヤ交換もスタンドに頼む場合は今日(31日)が安いだろう。年度末の決算も大切だ。

残高証明等、4月に入って通帳記帳も必要だ。決算書類であるべき数字に合わせた帳票整理も必要だ。
あれだけカレンダーに予定が入っていた月例行事がなぜか4月は少ない。

人事異動の大混乱期ということで4月の上旬は会議日程が入ってこない。机の移動、事務引き継ぎで余裕が無いのが実情だ。

4月に集中する町内会総会。5月、6月は、各種団体の総会時期だ。先日も時代の波に呑まれた「酒屋」さんが営業を終えた。

大手の安売り店に勝てないという。自分の店の仕入れ値より安く売っている。
顧客も安売り店に流れている。営業努力で続けられる時代でない。4月以降営業を続けると税法上難しい面もあり、60年続けた店で残念だが閉めることにした。と言ってきた。

年数回出張宴会を頼んでいた店だ。酒、ビールの手配を簡単に頼めていた。これができなくなる。
別の店に頼まざるを得ない。付払いができなくなる。品定め、購入資金の準備、購入、運搬、残酒処分と従来以上に面倒になる。

店が変わるということは地域にとって不幸な事だ。顔馴染みの人情付き合いができなくなる。コンビニ店員に親しく日常会話が出来ない理由と同じだ。地域の八百屋さん、酒屋さん、乾物屋さんでダべリングして買い物を楽しむ時代でなくなった。
出向いて営業している零細店がいつまで続けられるか、規制緩和、経済環境の変化が影響している。

向う三軒両隣の関係を懐かしむ運動もあるが、大正・昭和は遠くなつてゆく。
高齢者の意識は付いて来ない。玄関は鍵をかけ、電話にも出ない。デイサービス、配食サービス、買い物支援は頼むが地域に
顔を出す訳ではない。

地域の茶の間がまだまだ少ない。1コミ協地域に1つか2つしかない。
100メートルが遠い高齢者は出かけてくれない。地域コミ協に期待する行政は地域コミ協の3大苦がわかっていない。
拠点不足、資金不足、人材不足、だ。この3点の解決なくして又も新年度を迎える。

駆け込み需要

2014年03月30日 | Weblog
4月1日から消費税が上がる。5%から8%へ。わずか3%だが、庶民には大きな負担。
いつもお世話になっているラーメン屋さんも4月からの改定メニュー、改定価格表を貼りだしている。

自動車も駆け込み需要がすごいらしい。4月は異動の時期だ。車の買い替えも前倒しで値段が上がる前ということで例年以上に好調だ。

春物衣料ということでユニクロに出かけたら混んでいた。土日が得に安い価格設定である。レジの前には長蛇の列が出来ていた。
牛丼チエーンもすき屋を除いて値上げの様子。すき屋だけ値下げが出来る。この業界でトップを維持できている強みを見せている。
ここも混んでいた。

ユニクロも安売り店と思いきや、外国では高級品を扱っている評価の様で外国に大量密輸されている。
窃盗団が大挙して外国航路の搭乗員を使って密輸している。商売になるほど盗まれたらユニクロも大被害だ。
ツタヤもCD等大量盗難で棚卸損がすごいらしい。従業員のボーナスが皆無となった。
やってられねーと大勢の従業員が退職する事態ともなっている。

横行する窃盗被害の防止が出来ないと企業の存続も難しい。日本はこれまで公共道徳心が高く、窃盗事件も減少していた。
戦後、外国人の研修生の増加等で公共道徳教育の異なる文化人が増えた。

家の外にプランターを出しておくと球根を盗まれる。玄関を開けておくと靴を盗まれる等の被害も聞く。
すべてが外国人とは思わないが、PM2・5の影響か目出し帽、大型マスクで目しか出ていない不審人物が多く徘徊するようになった。
街中で聞きなれぬ外国語を多く聞くようになった。東南アジア、中国系だ。

ワンパターンの接客用語で済む業界に多くアルバイトで入り込んでいる。ラーメン店、スーパー銭湯、居酒屋、清掃業、等だ。
専門用語が必要な介護業界は試験で落ちている。ここのハードルを下げることは日本人の利用者の安全上危険な面もある。

「規制緩和」で業界地図が変わっている。スーパー、コンビニの増加で従来の日本型「~屋」さんが激減淘汰されている。
八百屋、酒屋、米屋、たばこや、クリーニング屋、魚屋、多くが廃業してゆく。
溢れた先は外国人が流れていく業界と競合する。安給与体系の業界だ。

外国人の導入は急がない方が良い。淘汰されてゆく業界の日本人の再就職先がより厳しい環境になりがちだ。
従来なかった犯罪の温床ともなっている。

外国人にも日本の生活保護制度が安易に適用されることにも反対だ。
長期在住者が母国から大量に家族を呼び寄せ「生活保護受給申請」している。日本人と同じ給付水準が魅力なのだ。
裏銀行送金で日本の国費が外国に流れてゆく。駆け込み需要は日本の法制度の盲点をついている。

顔が見えない

2014年03月29日 | Weblog
地域で顔の見えない人が増えて来ている。
ゴミ出しも民政委員、近所の知人に頼んでいる。食事は業者の宅配、買い出しも同様だ。

週数回のデイサービスでの送迎時に顔を見る場合もある。家人がすべて世話をしていて全く外に顔を出さない人もある。
先般、葬儀があり、通夜式に参列した。ようやく普段、顔の見なかった人の顔を確認できた。亡くなった方はその人の姉であった。

その方も施設に入り長かった。遺影はかなり若く見える。美人だ。結婚しないで生涯を送った。妹の家に身を寄せていた。
長期間、年1回の敬老会の敬老祝い金、祝い菓子の対象者だった。

喪主の言葉に死因の話はなかった。姉妹仲の良かったこと、楽しそうな旅行先の写真の話などがあった。90歳にあと少しだった。
少数の親族、少数の町内会の隣人に葬られてこの世を終えた。6人兄弟だった。遺族の方とお話をした。あと2人となった。とポツリ。

高齢者の一人暮らしが増えている。多くは親族に支えられている。頼りになるのは?のアンケートに多くは家族、親族、であり、
民政委員、町内会長の名はない。向う三軒両隣の時代に生きた人でさえこの実態だ。

町内旗を供え、哀悼の意を示した。遺影に深く一礼してこの地域で生きてこられた住民とお別れした。

袴田事件再審決定

2014年03月28日 | ニュース
元被告、48年ぶり釈放。証拠の服、捏造の疑い。読売新聞の見出しだ。
死刑囚が独房から48年ぶりで釈放された。

DNA鑑定で被害者、袴田被告のものでない血痕が犯行着衣として確認された。
この犯行着衣が袴田死刑囚の犯行時着用したものとして
証拠とされ、死刑判決を受けている。
証拠の根底が崩れた。近代科学の進歩。鑑定技術の向上でこの日を迎えた。証拠品が残っていてよかった。

最後まで無実を主張し続けてよかった。執行されていたら誰が責任を取るのか。

「正義」はどこにあるのか。「捏造」した犯人はだれか。特別検察は行われないのか。
検察Gメンの導入を求め、徹底調査をしてもらいたい。「正義」こそ国家の基本。捏造は諸悪の根源。
袴田死刑囚のこうむった冤罪の深さ、無念さは想像に絶する。

友人葬

2014年03月27日 | Weblog
先日「友人葬」なる葬儀に参列した。
創価学会会員の葬儀である。小生の居住する地域の住民の葬儀であった。


町内会の旗を供えさせていただいた。友人葬は基本として戒名を付けずに亡くなる前の氏名を「俗名」とする。
僧侶へのお布施が発生しない。学会の儀典長と数名の会員が読経お導師としてお経を唱え故人を見送る。
儀典長の読経後の法話が丁寧な印象だ。普通の法話の数倍の時間をかけている印象だ。一斉に「南無妙法連華経」を唱える。
葬儀会場が読経の声で包まれる。ここが通常の葬儀と異なる印象だ。

町内会の代表として参列させていただいた。亡くなった方は長いこと施設で暮らしておられた方だった。顔の記憶もない。
町内会の参列者も同じ班の住民中心で10名に満たなかった。家族葬もこの程度の規模だろうと思えるほど質素だった。

通夜振る舞いの会場も質素だった。3つのテーブルで小人数の席が用意されていた。近所の住民同志で故人の印象を語った。
買い物、ゴミ出し等町内会の住民と普段顔馴染みの関係があった方ではなかった。

顔のわかる喪主の家から出た葬儀対象者(叔母さん)の葬儀だった。喪主の世話になっていた方であった。
一人暮らしの住民が増えている。
昨年も亡くなっても町内会に連絡がなかった葬儀が2件あった。
縁者が極く内輪の葬儀で済ます例が増えて来た印象だ。献体で葬儀無し。家族葬で済ませた。等の例である。
少子高齢化で葬儀は増えている。安定商売と思ったこの業界も内実、規模の縮小で厳しい環境らしい。

毎朝葬儀社の従業員とわんこの散歩で会釈する環境にある。
納棺士とも挨拶を交わす。
この人の世話にはなりたくない。
そんな考えがぽつりと浮かんでしまった。

やっぱり失望

2014年03月26日 | Weblog
昨日の会議は危惧していた通りだった。
失望した。形ばかりの会議だった。新潟市の8つの区から新潟市長が委嘱する15人以内の委員で構成する協議会組織。
学識経験者、住民の意見を代表する者、関係団体を代表する者、防犯活動団体を代表する者、その他市長g必要と認める者、から選ばれる。新潟市条例「新潟市犯罪のない安心・安全なまちづくり推進協議会」という組織の運営について協議する場だ。

年3回程度会議があります。と言って各地の自治協組織に任期2年の委員の推薦を求めてくる。
女性委員の登用ということで「男女参画」ということを求め、毎回委員の入れ替えを求めてくる。今回も大半の委員が入れ替わっていた。

会長をはじめ、大多数がそうだった。変わらないのは事務方ばかり。45日前に100ページほどの分厚い資料を送ってくる。
2週間前に会議メンバーを書いた紙と会場案内が届く。会議が始まる。会長、副会長、の選任から始める。自己紹介が15分、事務局説明が15分、残る30分が委員の出身母体の実情報告だ。
会議の資料は項目だけで具体例に乏しい。委員の資料理解が届かない。結局資料の中身に触れた質問は皆無だ。

世間で話題の振込詐欺、ベビーシッター事件、地元白根の凧揚げ合戦で出た話題、ドカベンジャンパーの著作権切れ廃止提案と反対意見。
個々の内容について掘り下げて話を聞ける雰囲気ではない。
会議資料とは合致しない世間話で推移する。

会長の「忌憚のない意見をいただきたい」これだけが救いだった。
ワークショップを開ける会議ではない。
組織を作ったので年1回会議を開き、活動しました。という実績がほしい。
事務局サイドの都合だけの会議だ。3月末という年度末ぎりぎりに開催して取り繕う。

1期2年やってわかった。こんな形だけの会議なら委員としての責任を果たせない。
新年度もこのような会議を続けるなら私は委員を辞任すると言って会の運営方向を批判した。
来月、自治協の定例会がある。そこで会議内容の報告を地域課から求められている。委員としての印象を述べようと思う。
いつも任期途中で辞任する委員が多い印象があったが、理由がはっきりしたことを述べるつもりだ。
形ばかりで中身の無い会議など時間と経費の無駄使いだ。
市民の安心・安全なまちづくりに寄与する会となっていない。そう述べるつもりだ。

会議準備

2014年03月25日 | Weblog
会議の準備に一日かけた。警察関連の会議に出席する。年3回程度会議があります。との話だった
。昨年もそうだったが結局1回だった。

協議会組織があり、協議会規則がある。それによると協議会の会議は会長が招集し、委員の半数以上の出席をもって議事運営を図るとある。委員は15名以内。学識経験者、住人の代表、関係団体代表、防犯活動代表、その他市長が必要と認める者、とそれなりの重要人物?
と思いそうな会則である。
なぜか小生もその1委員だ。

会議の45日前に50ページを超える会議資料が届く。2週間前に会議メンバーの資料と会議会場の案内が届く。
資料を読んで会議に臨むことになる。
普段、委員として自覚して活動しているかが問われると思うが小生は1市民という意識だ。8区ある新潟市の代表は皆自治協委員だ。
年1回この会議に呼ばれ、意見を述べることになる。

昨年もそうだったが、年1回の会議というのは、会議メンバーの自己紹介から始まり、会長、事務局の説明という本来の目的に即入れない事柄に時間を取られ中身の薄い会議になりがちだ。
昨年もそうだった。事務局が40分も会議資料を朗朗と説明して参加委員が所感、地域状況を報告して終わっている。会議予定時間もわずか1時間だ。

昨年も言ったが、年3回は開いてもらいたい。そうでなければ実のある会議とならない。自治協でそう報告していた。
今年もそう言う報告をせねばならないかもだ。

タイムスリップ

2014年03月24日 | Weblog
一村が千石船産業の基地として整備され繁栄した当時の集落形態が今日見られる宿根木の町並み。村を流れる弥光寺川と平行して数本の小路が海へ向かいそれに面して家屋が建っている。


約1ヘクタールの土地に百十棟の建造物を配置する高密度である。宿根木集落の特徴は家屋の密集性にある。主家のみならず納谷、土蔵が林立する様は廻船による繁栄とその衰退。出稼ぎと農林漁業への転換という歴史を映し建物の変化をみせてくれる。

忘れかけていた集落の機能、捨てようとしても捨てきれない文化の重み、いつまでも持ち続けたい家族との絆、そんなことを静かに語りかけてくれる。


JR東日本のタイムスリップした集落訪問のTVコマーシャルの一場面だ。
主演は「吉永小百合」宿根木の「三角家」の前で佇み、「世捨て小路」を散策して大正ロマン溢れる街並みを紹介している。
TVCMのお陰で2割観光客が増えたと地元の喫茶室の主人の弁もあった。

地元の白山神社にちなんで「幸栄丸」という千石船を「白山丸」という船名で実物大に復元した。3億円かかっている。
全長23・75メートル、幅7・24メートル。大きい。
512石船である。千石船はこの倍の大きさだ。
この大きさの舟が江戸時代日本海航路で全国を結んだ。


廻船業を営む者が移住し、佐渡の富の3分の一を集めたと言われるほど栄えた「宿根木浦」千石船産業の基地として整備され栄えた宿根木集落。


今、新潟市にもこの当時の繁栄を伝える街並みの復元を目指した取り組みが進められている。
新潟と佐渡との廻船歴史、資料館、観光物産館の建設。気運の醸成。シンポを通じた市民運動。
そんな計画だ。本年8月のシンポ開催に向けた調査旅行に行って来ました。

要望書の提出

2014年03月23日 | Weblog
今月末、新潟市立二葉中学校と新潟市立舟栄中学校は閉校する。新たに「新潟市立柳都中学校」が開校する。
新潟柳都中学校は舟栄中学校の校舎を使用する。二葉中学校は校舎もグランドも空くことになる。
ここに来てようやく「要望書」が出た。

4つのコミ協会長、2つの中学校PTA会長の連名での要望である。
宛先は教育委員会、新潟市である。

閉校する学校施設について、後の利用方法が決まるまでの間、その継続使用について次の様に要望します。という内容。

1・平成26年3月に閉校する二葉中学校について、その体育館とグラウンドを地元のコミュニテイ協議会やスポーツ団体、統合校である新潟柳都中学校の部活動など地域住民が使用できるようにしてください。なお、その管理についての方法や経費については別途協議することにします。

2・平成27年3月に閉校する豊照小学校、湊小学校、及び平成29年3月に使用されなくなることが予定されている現在の入舟小学校の体育館とグラウンド使用については協議の場を設け、平成26年度中に結論を得るようにしてください。

だいぶ遅い要望ではある。閉校準備に追われ、閉校後の施設について検討が遅れていた。
今、地域では小学校の統合の時期、平成27年3月に向けた地域要望をまとめている。

本年6月頃までにまとめたいと思っている。
スピード感が問われている。
案内、集約、協議、再集約、協議、承認提案、合意提出。ざっと1年かかる。

行政はもっとかかる。地元の懸案だった「早川堀通りの整備」この3月に完成する。
思い起こせば20年かかっている。

途中の挫折、再協議、計画の変更、実に数多くの勉強会、地元説明会を経験した。
途中で寿命を迎えた自治会長、行政戦士の顔も浮かぶ。
要は継続性の必要性と熱意が持続するかということ。
組織が途絶えると、運動も停滞する。人と熱意が引き継がれること。行政との連携が続くこと、信頼関係を築けるかが
重要だった。

堀の町にいがたを創ろう

2014年03月22日 | Weblog
NPO法人掘割再生まちづくり新潟の主催するシンポジュウムに参加した。
ホテルイタリア軒の一室。ほぼ埋まっていた。

かって新潟の市街地には「掘割」が縦横に走り、生活物資を積んだ舟が柳のそよぐ水辺を行き交っていました。やがて、舟は車に、
堀は道路に変わり、暮らしは便利で快適になりmしたが、町は無機質で無表情にんり、新潟は大切な顔を失ってしまったのです。
21世紀、政令市になった新潟が目指す「田園交響都市」とは、町と在郷とが互いの役割を補完していた堀のある暮らしの頃、既に
完成していたのではないでしょうか。新たなる循環型社会を築き、世界一の環境都市に育んでいくために、私たちは「堀の町にいがた」
を創ります。 NPO法人掘割再生まちづくり新潟 

という団体のシンポでした。


下町にほぼ完成した「早川堀通り」、完成に関わった関係者、古町60飲食街が参加し、つまみとお酒を楽しめる「古町花街ぶらり酒」の関係者がパネラーとして参加し、主催者がコーデイネーターとして話を盛り上げた。
フリーアナウンサーの上手な司会進行、コーヒータイムもあり、長時間に渡る講演会も退席者が出なかった。

20年に及ぶ構想と中断、一度埋められた堀の復活がほとんど世界でも例がないこと。300回に及ぶ地元住民の声を大切にした勉強会を続けたこと。古町に暮らし、営業している誇り、横の連携の大切さ。自分の店にないおすすめの味、他店紹介が地域活性に結びつく不思議。
道路に昼寝する猫が居る早川堀。車線を減らしても交通の疎外とならないこと。地元住民の希望を極力取り入れて工事を進めたこと、
行政の方針に左右され、挫折も味わった事。多くのエピソードが聴衆の共感と笑いを誘った。
良い会でした。

8月に開催を予定している「地域活性のシンポ」の準備に大いに参考となった。


第120回卒業式

2014年03月21日 | Weblog
新制となって120回、旧を含めると141回目の卒業式となった「新潟市立豊照小学校」


送ってまいりました。
わずか「15名の卒業生でした」先日の二葉中学の卒業生も15名と奇しくも一致しました。

生憎小雨まじりの天候でしたが、それほど寒くなく、体育館での行事は凛とした厳粛な空気に包まれておりました。
卒業生の言葉、在校生の贈る言葉。

6年間の思い出、とても大きく見えた机、椅子が卒業する今、とても小さく見えた。とても頼りになった先輩が今、送られる先輩としてこの場にいること。
数々の思い出、スポーツフエスタ、マラソン大会、文化祭、餅つき大会、敬老会での演舞、がんばった勉強、皆大きな力になりました。大きく成長させてくれた皆様の笑顔を忘れません、中学では多くの友達をつくります。サッカーに勉強にがんばるつもりです。
ありがとう豊照小学校、ありがとう先生、ありがとう地域の皆さん。


こんな小さな子供達がここまで立派に成長してくれたこと。
感動の涙と拍手は体育館を包み、卒業生が退場を終えるまで止むことはありませんでした。

何度言っても

2014年03月20日 | Weblog
諦めの境地と言うか、何度言っても変わらない。その思いでまたも終わってしまった。

現場の実態を知らぬ人が会を運営している。
主催者が一人も会場に現れぬ。市会議員を交えた意見交換会でも指摘された担当者の不在、責任者の不在がここでもあった。
コミ協の責任者ばかりを集めた重要なワークショップだった筈だ。

決まった事を審議する場として自治協が位置づけられている。議会で決まった事、審議中といっても方向性の修正を図れない事案ばかりを
お知らせする場ばかりのコミ協役員を集めた会議。そこでお知らせして形ばかりの「審議と承認」を図り、市民代表のお墨付きを得たとしたい行政の手法は少しも変っていない。

「議案の骨子が出来る段階での自治協委員の参画、予算審議がなければ何の意味もない」
いくらこんな会議をやっても時間の無駄だ。7年前と何ら変わっていない。コミ協を作る以前の「連合自治会」時代の方がよほど
やりがいがあった。

普段地域活動をしない大学の寄せ集めがコミ協意見をまとめた本を出したが、あれは全くの無駄使いだった。
憤懣沸騰、「人材不足」「拠点不足」「資金不足」の問題が全く理解されていない。
コミ協の規模、体制、活動資金、全くまちまちである。

そもそもコミ協の定義、組織、位置づけが定義されていない。行政との協同など全く絵に描いた餅だ。地域コミ協の人材不足は深刻だ。
年間100件を超える会議案内がコミ協会長に届くが対応するコミ協には人材がいない。昼間の会議に出れる役員は限られる。
同じ役員ばかり出る。その役員が担当するとは限らない。人材がいないからしかたなく極く限られたメンバーに過度な負担がゆく。
行政は実態を知らないまま過度な負担をコミ協に求めている。

これではコミ協は「赤字注文を大量発注受けた中小企業の社長の悲哀を味わうだけだ」「赤字倒産しかない」
体力のあるコミ協と同じ発想で多くの零細コミ協に過度の要求はやめてもらいたい。
協同課という名前が体をなしていない。実に辛辣な意見が続いた。

あんたたちは報酬をもらってここで会を取り仕切っている。呼ばれた我々は皆「無償ボランテイアの面々だ」
「毎日が活動日だが、人材不足、過度な要請に疲れ果てている」「後継者が出てこない」「高齢化が進む」
潤沢な資金、機材、拠点が提供されてこそ、展望も開ける。

そこが何ら改善されないままこんな会議ばかり延々と続けても
何の進歩も無い。

多くのコミ協会長の怒りの声、体を震わせた悲痛な声が随所で上がった。
又も、最後の締めの言葉は人事異動で動く担当課長のとりなしの言葉だった。
「お声は引き継ぎます」と。

人物評価

2014年03月19日 | Weblog
人物評価は難しい。多くの異なる評価が出る。昨日も懇談の席で思った事だ。
地元の為に活躍している「市議会議員」
多くの会議で傍聴に来たり、話合に加わったり、行政との仲介役として活動が見えていた。

昨日は地元で20年来の地域活性を求める声が生かされた企画「早川堀通り」が整備・開通する祝いの会があった。
企画に構想の段階から加わった地元有志、行政、企業の戦士が集結した。
多くの熱意と努力、地元住民の連帯、300回に及ぶ会合を重ねた成果だ。という
話もあった。協力してくれた「市議会議員」「市長」という段になって「評価」が異なっていた。
「あの議員」「この市長」の評価が異なっていた。

立場の違う行政戦士、地元、歴代関係者、正反対の評価をする人がけっこう存在した。
「人物評価」とは難しいものだ。
それぞれ立派な肩書を持ち、斯界で活躍の面々だ。それなりの評価も得ている。
その人たちの評価が一様でないのだ。
スタンスの微妙に異なる立場で活躍している。その微妙な立場が評価を分けているようだ。

なかなか話の溝は埋まらなかった。それでもそうゆう評価をする人がいるということ。
そのことは参考になった。自身で判断する材料になった。
私自身の評価も問題とされた。

ブログに書きすぎる。
影響を受ける人がいる。書かない方が良い。削除すべきだ。

そう思う面もあるが、自身が思う日記に何をかいわんや!の気持ちもある。
公開日記というものは正体が解っている人にとっては批判の対象だ。
自身のつぶやきがつぶやきに聞こえない。批判に聞こえる。そうゆうことだ。
批判は立場の異なる人には重荷になるということ。立場が異なれば、励ましとなるが、
そのように取らない人もいるということ。

老害と評すれば自身が高齢な人はそうでないと言う。
やり手だと評すれば「でしゃばりだ」と評す人もいる。
「人物評価はむずかしい」鳩山、菅の低評価もかっては日本中の有権者が選んだ人物ではなかったのか。
今、活躍している人がいつ低評価の人物となるのか誰もわからない。
自身のみが信頼に値するとして最後まで守る伴侶としての立場を守りきれるかにかかっている。

人の評価は気にしない。自分の評価を信じて堅持する。自身のスタンスは守る。それしかないと思っている。

千石船の古里へ

2014年03月18日 | Weblog
佐渡の宿根木集落を訪れて参りました。
朝7時55分のジェットフォイル。1時間で佐渡へ。佐渡市役所で説明を受け、
1時間ほどで小木にある宿根木集落へ。


江戸時代北前船や西廻り航路の寄港地として栄えた港町です。
現在はたらい舟や竹細工が有名です。歴史的な街並みが今
も残っている町として全国的にも貴重です。


吉永小百合が佇んだポスターが有名な「三角家」の前で記念写真。
千石船の復元「白山丸」の見学。白山神社を参拝。小木民族博物館を見学してまいりました。
往復ジェットで日帰り視察。4人で行ってまいりました。


パワーポイントで視察報告会も予定しています。
観光地佐渡と新潟の下町地区の千石船航路のコラボ。新たな町づくりの企画が進行中です。

まちづくりシンポ

2014年03月17日 | Weblog
「住み慣れた地域で安心して暮らせるまちづくり」という副題のついた「まちづくりシンポジュウム」に参加した。

大学の大講堂が会場だ。
大学教授の基調講演の後、パネルディスカッションがあった。
「パネラー」は地域で実践経験を持つ代表ということだったが、いささか問題もあった。

地域の老害である。地域の代表は高齢者が多く、名前だけの代表は実務経験が話せない人がいる。
シンポというスタイルの会議に慣れていない。パネラーとしてパワーポイントを駆使した説明が出来ない。
操作も人任せでは適切な場面での説明とならない。
多くの話の中断があり、会場が白けてしまった。

4人のパネラーのうち2人が高齢であった。1人は地元大学の学生。この大学生の話も活動効果と展望評価の無い話だった。
大学の先生は簡単な話をことさら難しくする。そんな笑いから始まる切り口で出足は良かったが、あとに続く企画が不十分だった。

大学の先生は普段地域のことは実践できていない。家庭の相方にお願いしている。これでリタイア後にすんなり、地域に入れるのか?
そんな提起もあった。コーデイネーターは土日を使って実践しているというが、地域の活動家は本来「毎日」が活動日なのだ。
最も活動している人が主役としてパネラーとして、コーデイネーターとして人選されたが問われている。
多くの先駆事例を聞く機会があったが、今回の会議はこの点で人選ミスがあったようだ。

補助金を与えて活動してもらったから、資料はこちらで作るから、と年度末実績として開催することだけを目的とした会だった印象だ。
大勢の人手をかけて準備したシンポジュウムだった筈だ。多くの地域団体代表、民生委員児童委員、行政スタッフの多くが残念に思ったはずだ。自分ならもっと上手く話せた。と思っているに違いない。

ブログランキング

人気ブログランキングへ