きもブログ

 「いやどみ☆こ~せい」のブログ。
後悔と、
希望。
これまでも、これからも、今を刻むブログです。

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2010年02月18日 00時24分15秒 | Weblog
いよいよ学年末テスト。
もう日付がかわった。
勉強してるのかなぁ。


お前ら!勉強していますか!?

まあ、やってたら読むヒマないよな。


俺の高校時代、先生たちはかなりのスパルタ方式で指導にあたっていた。
「勉強して、平均点で◯◯高校を抜きなさい。」
「ライバルは他県の進学校だ!」
と、なんだか先生たちの目標をそのまま自分たちに持ってこられて、ちょっと嫌な感じのまま過ごしていた記憶がある。
部活動の団体戦ならわかったけどね。

「一日六時間以上は勉強しなさい。」
とも言われていた。
テスト前は確かに八時間以上はやってたなあ。
四時とか五時に寝ていた。
しかし直前の詰め込み学習って、翌日マデは覚えていても、すぐに忘れてしまうらしい。
まさに、「継続は力なり」かね。
なかなか難しいことだ。

高校一年の学年末。

そっか。
もう高校の定期考査の3分の1を受けたのか。

早いもんだな。

「こいつら一年後、どうなるんやろか。」
などと、思っているうちに、その「一年後」は
もう目の前まで来ているのだ。

未来の予想は難しい。
というより、予想する前にその未来がやって来てしまう。



「どんなお年寄りになりたい?」
と聞かれたら、意外と答え易いかもしれない。

人間、遠い未来には無責任になれるからだ。
ましてや自分の死後の未来なんかにはもっと無責任だ。だから環境破壊が止まらない。


「将来、何になりたい?」

その「将来」がまだ遠くにあった小学生時代は簡単に答えられていた質問が、今の彼らには想像も絶する重みをもって襲いかかってくる。



「将来」が近くなり、
「予想」が「予定」になり、
突如、「未定」になったりする。


近い未来ほど、無責任は許されない。

だから、突っ込むか、逃げるかしかできないのだ。

近い未来の極限に、「いま」は、ある。

いま、なにしてる?
おれは、何ものなんだ?

重すぎて、
感覚がつかめない。


一年生最後の定期考査、前夜。
逃げられない朝日を目の前にして、
「いま」彼らはどうしているんだろう。

imperfect world.

2010年02月15日 00時58分29秒 | Weblog
最近、携帯電話を変えてから、更新がめっきり途絶えてしまいました。
いや、他にも理由はあったのですが、ごめんなさい。「そろそろかな」と、愛想尽かさずに来てくれてた方々。毎日たくさんのアクセスを頂いてて、申し訳なく思ってました。

いかんなあ。


そういえば、二年半前のブログに書いていたあの人のお父様から連絡があり、彼女の遺稿を出版したいとのことでした。生前、たくさんの文章をのこしていたみたいでしたから。

それに伴い、僕にも何か書いてほしい、とのことでした。しっかりと、実名で。

ありがたいことです。

精神的な成長はできなかったかもしれないけど、二歳だけ歳を追い越してしまったぶんだけの、何かを伝えられたらな、と思います。


最近思うこと。
それは、全てが不完全の中で成り立っているなってことです。
もちろん、そんな中で完全は求められるわけで。だから時折、取り合えず仕上がった不完全な完成品を、どこかしら人々は暗黙の了解の上で、終ったねと褒めてくれる。労ってくれる。

もちろん、僕だってそうする。

世界が本当に完全なものを求めないからこそ、笑って幸せに生きていける部分もあるのかなあって。


人生の節目、
「転機」のようなものは、
人並に、
いや、人より少しだけたくさん経験したつもりでいるけど、いまだに変われない、中途半端な自分がいる。

だめだなあ。

最近、そんな独り言が多い。

不完全だが、その狭間で幸せに過ごせる、世界。


それに甘えずに生きていくこと、自分に科せなければならない厳しさが、
今はきっと、必要なんだって、
よく思うようになりました。

このままじゃいけないってことでしょうね。
背筋を伸ばした生き方が、そんなに似合う人間ではないのですが。