さて、大森駅の前の天祖神社があり、かつては八景園があった高台には、木原山と呼ばれていた。これは江戸時代に、この辺りが旗本木原氏の領地であったことからの様だ。そして、今は住宅地として家々が建ち並ぶ町になっているのだが、それでも山の名前の通り、その地形には起伏が多い。

緩く蛇行しながら下っていく道。かつてはどんな景色が周囲に広がっていたのだろうか。

その木原山を下っていったところに、弁天池があり、山王厳島神社があった。境内は区立公園になっている。

創建年代や由来など、不詳。池の中に島があって、そこに神社がある。ただ、施錠されて閉鎖されているので、中には入れない。

湧き水や池があると、そこに厳島神社をというのは定番と云うべきなのか。鮫洲八幡神社境内の厳島神社は人工的な池だったが、ここは湧き水の池なのだろうか?

それ程大きな池というわけではないが、噴水も設けられている。やはり、高台の縁には水が湧き出しやすいのだろう。

そこから池上道へ戻る為に歩いていると、小さな神社を見つけた。高稲荷神社という。ここも高台の縁に当たるところ。

台地の縁で、裏は崖になっている。その下の道は弁天池からの流れがかつては通っていたのではないかという感じの道だった。

小さな稲荷社だが、石板の扁額が掛けられていた。

そして、境内には手水舎もある。

社殿用い差くても、立派なもの。装飾的ではないが、屋根の瓦葺きが重厚だ。

装飾的ではないといっても、細かいところまで丁寧に造られているのは伝わってくる。

狛犬の台座には、大正四年十一月の銘があった。

この稲荷社も詳細は不明なのだが、この石には大正二年六月新築と刻まれている。恐らくは、この周辺がその時期に宅地化して、それにあわせて稲荷社が創建されたのではないだろうか。八景園の料亭が閉店したのが大正2年のことで、宅地分譲されたのが11から13年に掛けてというから、それに少し先立っている時期である。

緩く蛇行しながら下っていく道。かつてはどんな景色が周囲に広がっていたのだろうか。

その木原山を下っていったところに、弁天池があり、山王厳島神社があった。境内は区立公園になっている。

創建年代や由来など、不詳。池の中に島があって、そこに神社がある。ただ、施錠されて閉鎖されているので、中には入れない。

湧き水や池があると、そこに厳島神社をというのは定番と云うべきなのか。鮫洲八幡神社境内の厳島神社は人工的な池だったが、ここは湧き水の池なのだろうか?

それ程大きな池というわけではないが、噴水も設けられている。やはり、高台の縁には水が湧き出しやすいのだろう。

そこから池上道へ戻る為に歩いていると、小さな神社を見つけた。高稲荷神社という。ここも高台の縁に当たるところ。

台地の縁で、裏は崖になっている。その下の道は弁天池からの流れがかつては通っていたのではないかという感じの道だった。

小さな稲荷社だが、石板の扁額が掛けられていた。

そして、境内には手水舎もある。

社殿用い差くても、立派なもの。装飾的ではないが、屋根の瓦葺きが重厚だ。

装飾的ではないといっても、細かいところまで丁寧に造られているのは伝わってくる。

狛犬の台座には、大正四年十一月の銘があった。

この稲荷社も詳細は不明なのだが、この石には大正二年六月新築と刻まれている。恐らくは、この周辺がその時期に宅地化して、それにあわせて稲荷社が創建されたのではないだろうか。八景園の料亭が閉店したのが大正2年のことで、宅地分譲されたのが11から13年に掛けてというから、それに少し先立っている時期である。

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