花咲あさひ の 心神とともに。古神道と和の仕組の復活への道

感謝・反省・謙虚・奉仕・素直・勇気・結び・歓び・怒りあと1つの心柱は?
観世音菩薩は裸足で山を飛び出して行きました。

自分の良心こそ祈りの対象です。1

2018年01月02日 08時07分08秒 | 素直の心柱

上の写真は,上賀茂神社ならの小川です。御神体(神山)から流れて来ます。

こんにちは。

昨日から大祓詞の後に,自作の祝詞「こころのみはしら」祝詞を神棚の神さまへ奏上させて頂いております。

まだ何となくぎこちない感じですが,毎日繰り返し奏上して行く内に安定して来ると思います。

ちょっぴり,照れくさい感じもしますが,祝詞は本来,神さまを讃え,神さまの御心を言葉に変えて素直な気持ちで感謝を以てひとり一人が奏上するものです。特別な御利益など一切求めず,祈願や祈祷に用いることなく素直に気持ちよく奏上することがとても大切です。そのに純粋で無垢なる祝詞は,天津神,国津神の神々さま,そして八百万の神々(精霊)さまに届いています。

そのことは,大祓詞にも書かれていることですが,たとえば祝詞や御経と聞くと何か宗教の勧誘的に感じ,身を構えてしまうところがあると思います。しかし,その想いや感覚はどうしてなのか?どこから来るものなのか?を掘り下げて考える人はあまり見掛けません。逆に,言われた言葉をそのまま受け入れ,すべてを信じ込み祈祷や祈願で日々過ごす人は結構,多いように思います。

私も仕事を通じて,そういった人に会うことがありますので多少は判るつもりであります。

私は,こう言った祈願や祈祷がどうしても理解出来ず,違和感があって出来ないのです。例えば,お金を払って神社やお寺で身体健康のお願い事をする。現代社会においては普通のことかも知れません,誰も疑うことも違和感すら感じないかもしれません。しかし,本当に身体の健康を気遣うのであれば日々の生活態度を改めることがなければいくら祈願や祈祷をしても意味がないのではないでしょうか。自動車祈願も交通安全も同じで,本当に神社で自動車のお祓いを受ければ交通事故に遭遇しないのか?

そんなことは無く,交通安全に一番効果をもたらすには安全運転が一番効果があります。神社やお寺にお金を払って自分の想いや願望を叶える行為は祈りではなく単なる取引です。祈りとは全く違います。この世の中には,自分のものと云うものは一切なく,すべて借りているものであるから大切に扱うことを神さまに祈り,又,使わせて頂けることにただ感謝をするだけ良い訳であります。

私たちの肉体ですら仮の姿で,誰であっても最後には返さなければなりません。

話がいつもの様に変わりますが,下の動画をご覧ください。

今,富士山では1つのことがとても深刻な問題として議論されているようです。それは,ゴミ問題です。不法投棄や一部の心ない登山者によるポイ捨てが原因であるようです。しかし,その人たちも初日の出を拝んだり,神社に行ってお願い事をする訳です。何だか不思議な感じがしませんか?自然を穢して神社で何をお願いするのか?神社でゴミを捨てる人はそんなにいませんが,富士山にゴミを捨てることが何故できるのか?山を汚せば,水が汚れて行きます。水が汚れると私たちの人体に悪い方へ影響が出来て来ます。

明日もまた続きを書きたいと思います。拝

過去記事でも少し書きましたが一部抜粋して。

※これは余計な事だとお叱りを受けるかもしれませんが,とても重要な事柄だと感じますので少し書かせて頂きます。近年,パワースポットやスピリチュアルなどの影響もあって,御神体(山)に入山(登る)される方がとても多いです。しかしながら,太古の昔から山は神そのものとして崇められ,畏れられ,立ち入ることの出来ないものでした。山を遥拝することが精一杯で入山するというのは山を管理している人と祈りを捧げることができる祭祀者だけでした。そうして出来たのが山の麓に建立された神社です。

つまり,私たちの祖先が,後世の子孫が山に入らずにでも祈りを捧げる事が出来るようにと神社群を建てたのです。

奈良県の桜井市と云う地域には,三輪山を御神体とする大神神社が御座います。

大神神社には御本殿がありません。三輪山を遥拝する拝殿しかないのです。日本最古の神社としても有名で,古神道系の神社です。

したがいまして,どうしても富士山や太古から信仰の対象とされて来た山(御神体)に入山する場合には,山そのものを敬い,感謝して入山されることがとても重要であり大切であります。それをせずに不幸になってしまう人が近年,多数いるようです。これは現実的な話です。決して,ピクニック気分で登る山ではありません。たとえ,神社が許可しても私はお進めしません。

御神体に入山すれば「運が開ける」「人生が好転する」「幸せになれる」などは全くの偽りであり違います。御神体などの山は入山するのではなく,遥拝するのが本来の本当の信仰です。繰り返しになりますが,御神体に入山できるのは現代では「神社関係者」と「清掃者」だけであります。不幸になって頂きたくないので本当の事を遠慮せずにどんどん私は書きます。神社関係者の方も御神体を開放するのであれば,襷だけ手渡すだけでは足りません。小さなゴミ袋を持参させるべきです。何も知らない,ただ興味本位で且つ,自分の願望を叶える目的の為だけに入山する人のことを真剣に考えるべきであると私は考えます。拝


 

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こころのみはしら「心柱」祝詞 (作)花咲 あさひ

互いに支え,助け合い,足りないところを補い続け,

共に手を取り,手を握り,互いの違いを認め合い,互いの違いを尊重し合い,

如何なることにも先ずは感謝を。

謙虚さ忘れず頭を垂れて,自ら手を挙げ名乗り出る,真の勇気素直

時には省み反省し,人への奉仕を忘れずに,歓びもちて結びとすれば,怒りの心も鎮められん。

高天原(自分の心)にそびえる柱に,降ろせよ しかと神の音(波動)を。

神の音を柱に降ろし,言葉に変えて,実地に移し,日々の努力を忘れずに,人を活せど手柄になし。

たとえ独りになろうとも,神に仕えし喜びと,己を尊び誇りをもちて,こころのみはしら種を蒔き。

たとえ困難苦難に出会えども,ただ只管に自分を信じ,こころのみはしら(心柱)成長させん。

この御霊の奥の奥,神を宿す人の努めよ。

2017.12.31 前段部 完成

補足:前々日に富士山へ行った際に富士山の神さまの御心を自分の心にそびえる九つの柱に音(波動)を降ろして観ました。

そして,富士山の神さまの御心をブログのテーマに沿って未だ前段部ですが,祝詞を作成してみました。

後段部は,虹色「七色」の輝きを放つ白山の神さまのところで作成したいと思っています。いつになるか・・・。

大自然と観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝


北斗七星と迎春 ~祝福と門出~

2018年01月01日 08時19分02秒 | 素直の心柱

新年,あけましておめでとうございます。

本年も,宜しくお願い申し上げます。

みなさんは,このお正月をどのように迎え,又,過ごされる予定でしょうか?

私は,家の近所の除夜の鐘を聴きながら,北斗七星に祈りを捧げ新年を無事に迎えることが出来ました。最近は,特に北斗七星の輝きがよりいっそう増しているように感じることが多くなって来ています。昨夜も今朝の明け方もそうでした。お正月中も仕事がありますので,お正月と言っても特別なにも変わりなく普段の日と同じであります。仕事も私生活も充実した1年にしたいと思います。

お正月の期間中は,年に数回ある祖霊感謝祭の祭祀もあります。私が個人的に実践している祖霊感謝祭はお正月と春の彼岸,夏のお盆,そして秋の彼岸です。この期間中は,御先祖さまへのお供えもの「献立」をいろいろと考えながら楽しく供養させて頂いております。普段は,御線香に御水と御茶と白湯のみを捧げる単純な祭祀ですが,祖霊感謝祭期間中は御先祖さまが私たちの元へ一時的に還ることが許される時期です。その大切な期間だけでも少しでも良いので,贅沢をさせてあげたいと想いながらしています。

又,今年は,政治で云えば憲法の改正が本格的に議論されて行きます。

憲法を改正しても我々,国民の生活にはあまり関係のない話と考えている方やマスメディアに出演されている方も稀におりますが,決してそんなことはなく,憲法はすべての法律の上位法でありますし,すべての法律は憲法が要求する範囲内でしか存続することは出来ません。したがいまして,憲法が改正され,新憲法となった場合,当然わたしたちの暮らしに関わる法律も変わり,私たちの暮らし方も良くも悪くも変わって行きます。そのとても大切な憲法の改正は,厳正なる適正手続きに沿って改正されなければならず,その適正手続きには国民投票が必要となります。つまり,私たちが直接,憲法の改正が必要かどうか審判を下すのであります。

今年は,憲法についてもたくさん記事にして行き少しでも誤った解釈論を正して行きたいと思います。

本年が皆様にとって,心も財布も豊かに平穏であることを祈っております。

大自然と観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝


 

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こころのみはしら「心柱」祝詞 (作)花咲 あさひ

互いに支え,助け合い,足りないところを補い続け,

共に手を取り,手を握り,互いの違いを認め合い,互いの違いを尊重し合い,

如何なることにも先ずは感謝を。

謙虚さ忘れず頭を垂れて,自ら手を挙げ名乗り出る,真の勇気素直

時には省み反省し,人への奉仕を忘れずに,歓びもちて結びとすれば,怒りの心も鎮められん。

高天原(自分の心)にそびえる柱に,降ろせよ しかと神の音(波動)を。

神の音を柱に降ろし,言葉に変えて,実地に移し,日々の努力を忘れずに,人を活せど手柄になし。

たとえ独りになろうとも,神に仕えし喜びと,己を尊び誇りをもちて,こころのみはしら種を蒔き。

たとえ困難苦難に出会えども,ただ只管に自分を信じ,こころのみはしら(心柱)成長させん。

この御霊の奥の奥,神を宿す人の努めよ。

2017.12.31 前段部 完成

補足:前々日に富士山へ行った際に富士山の神さまの御心を自分の心にそびえる九つの柱に音(波動)を降ろして観ました。

   そして,富士山の神さまの御心をブログのテーマに沿って未だ前段部ですが,祝詞を作成してみました。

   後段部は,虹色「七色」の輝きを放つ白山の神さまのところで作成したいと思っています。いつになるか・・・。

大自然と観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝


神の御子の素直さと精霊たちの活躍。

2017年12月26日 07時30分46秒 | 素直の心柱

こんにちは。

今日は,ひとりの女性が神社を参拝した時の様子をマンガ風に書かせて頂いた過去記事「2016.7.15」に掲載した「あなたが神社に参拝する日 神社は大忙しです。」を再度,紹介させて頂きます。氏神神社や太古から続く神社(数千年以上も前の古神道系の神社)では,参拝に来る人々のことが事前に判っているようで,その参拝した人々の日常生活に対する姿勢や態度,心の持ち方次第によって感じ方や神社に参拝した時の想いが違うようです。つまり,神さまはすべてをご覧になっているということであります。

以下に再掲載します。

まずは,上の写真をご覧ください。先日も記事にさせて頂いた霊峰白山をお祀りする平泉寺白山神社に2躰の精霊が現れました。明らかに男女ですね。女の子の方は,どこかカバに似ているようにも観えます。ハートの絵柄のスカートも少し短いようですね。となりの男の子は牙が少し出ていて,水色の半ズボンはちょっと下げた方が良いかな。見えそうです。

先日の記事「平泉寺白山神社 霊峰白山の隠れた秘境」宜しければご覧ください。この白山平泉寺は秘境ですよ。本当に。                                                                               

そしてなんと今日は,この2躰の精霊からの波動つまり,音を心柱に降ろし言葉に変換することにして観ましたので,その内容を記事にしてみたいと思います。皆さまも神社やお寺で掃除をされている様子を見かけたことがあると思います。でも,どうして掃除しているかはあまり深く考えたことがないとも思います。私もそこまで考えたことはありません。掃除は毎日するもので日課ですから。まして,神様の神域は常に清潔に保つことは当然であると誰もが考えると思います。しかしながら,その他にも別の理由が存在していたのです。私もそんな理由が掃除にはあったのかと感心致しました。ちなみに,この2躰の精霊には,すでに名前が付いているようで男の子は「チャマゴン」女の子は「チャマリン」と云うらしいです。 

実は,私たちが神社へ参拝する早朝,神社ではこんな出来事が起きているのです。

それではひとつ小話風(マンガ)にてご紹介させて頂きます。

精霊 チャマリン:

今日は,あなたが太神さまに会われるので,私たちは大忙しなのです。朝から総出で掃除をしています。

今日の朝礼で,眷属さんからあなたが来るって聞いたから皆で掃除をしているのですよ。神社で働く神職さんたちにも手伝ったもらってるけど,塵ひとつ残すこと許さんと言われているから大変なのれす。眷属さん恐いし。すぐ怒るし。

精霊 チャマゴン:

そうだよ!そうだよ!眷属さんすぐに怒るんだよな!言い訳するなとかさ。怠けるなとかさ!

眷属さんだって,木の上とかで座っているだけなのにさ。僕なりに一生懸命やっているんだけどさ。休む暇もありゃしないよ。今日も眷属さんが観ていらっしゃるし,さぼる訳にもいかないしね。ボーナス出なくなっちゃうしな。でも,きちんとお掃除が出来たらご褒美に今日は直会(なおらい)だってさ!また伊勢の太御神様の下へお参りに連れて行ってもらえるかもしれないしさ。

精霊 チャマリン:

昨日の夜に,あなたが明日は,久しぶりに平泉寺白山神社に参拝しようと言う思いの波動が太神さまに届いたのですよ。そうしたらもう太神さまは大喜びで,喜んで,喜んで凄かったのれす。だからあなたも昨日の夜,寝るとき楽しみで仕方がなかったでしょう。そりゃそうなのですよ,太神さまの歓喜の波動が届いてるんだから。楽しいに決まってます。

精霊 チャマゴン:

そうだよ。この間なんてさ,あなたが泣いているから太神さまも心配で心配で,僕に「ちょっと,そなた行って見て御座れ」って言うからあなたの部屋にどうして泣いているか見に行ったんだ。知らないの?太神さまは,なんでもあなたのことを知っているから泣いている理由もすべてわかっているけど,僕たちには悲しみの波動しか伝わらないんだ。ほら,まだ牙がそんなに大きくないだろう。眷属さんと比べると全然ちがうの分かるでしょう。もう少し修行が進めば大きくなるんだ。

精霊 チャマリン:

あなたが生まれて来てくれてから,ずっと,ずっとそうなのです。あなたが,子供の時も学校の行きも帰りもちゃんと学校に行けるように,交通安全で家に帰れるようにって太神さまが眷属さんへ御守護の命令をするのです。だからちゃんと家に帰れてたでしょう。最近,人間界では車や自転車が危ないれすからね。あなたが大きくなって,仕事が決まった時なんて凄かったのですよ。

太神さまが眷属さんや私たちのみんなを集めて,ここの境内で大宴会をしたのれす。

精霊 チャマリン,チャマゴン:

あっ!眷属さんだ!それじゃね。バイバイ・・・。怒られちゃう~・・・。

眷属さん:

みなの者。整列じゃ。もうそろそろ御子様が参られる頃じゃ。参道に一列に並び御子様をお迎えじゃ。

御子様が参道をお進みなされている間は,太鼓を叩け。笛を吹かれよ。祝詞を捧げよ。よいか!

精霊 チャマリン,チャマゴン:

はっ!はい! みなの者って,二人しかいないんだけどな~・・・? あっ!眷属さま。御子様ご到着です!

眷属さま:

うむ。そのようじゃな。立派になられた御様子。先に太神さまにご報告申し上げて参る。

申し上げます!ただいま御子様,御到着され,参道を進んでおられまする。

白山ひめ太神:

そうか。参ったか。

 参拝するあなた:今日も綺麗な参道だな・・・。天気も良いし,清々しくて気持ちが良いな・・・。

精霊 チャマリン:

そりゃそうだよ。わたしたち二人で一生懸命,掃除したのですから。ねっ!チャマゴン。

精霊 チャマゴン:

そうだよね~・・・。

 参拝するあなた:パン!パン!(柏手)神様いつもありがとうございます。これからも一生懸命頑張ります。

白山ひめ太神:

よう参ってくれました。待っていましたよ。大きくなりましたね。そして,立派になりました。(涙)

生まれた時分は,少し心配であったが,すくすくと育ち。人にも優しく,たくましく育ちましたね。善きかな,善きかな。

もう少し近くで顔をよく見せておくれ。可愛い御子よ。愛しい御子よ。これからも父様,母様のことお願いしますよ。

大きく育ててくれた御恩を決して忘れてはなりませんよ。大切に。大切に。神の御子よ・・・。こんなに立派になられて。

精霊 チャマゴン:

あっ! 太神さま,嬉し泣きしてる。ほら。

精霊 チャマリン:

ほんとうだ! 嬉し泣きしてる・・・。よっぽど太神さま嬉しいのですね。

精霊 チャマゴン:

池の鯉なんて嬉しくて,御子ジャンプしてるし! ぼくもなんだか涙が出てきちゃうよ。

眷属さん:

太神さまも御子様に逢われて嬉しいのであろう。最近,御子様も仕事やら何られで来られることが少なかったからのう。

 参拝するあなた:なんだろう・・・? 今日は,自然に涙が出ちゃうな。

白山ひめ太神:

さぁ,もう下がりなさい。そして,また訪ねて来なさい。

心に宮柱太しき立て,五つの心柱に千木高しりて。己を信じ,神の御子であることに誇りを以て,自信を以て種をまきなさい。

そなたが蒔く種です。きっと大きく生るでしょう。さぁ,早く帰らねば雪が降ります。今日は,少しばかり多く降らせると祓戸大神から言の葉が届きました。

 参拝するあなた:それじゃ帰ります。また参拝しに来ます。今日は,いつもと違う感じだったな~。。。

白山ひめ太神:

神の御子よ。愛しい御子・・・・(涙)真っ直ぐ,父様,母様の下へ帰るのですよ。

御眷属。御子を無事に家まで御守護するように。道中の雪が心配です。

眷属さん:

心得ました。しかと御守護致します。

精霊 チャマゴン:

ぼくは,明日お休みだよ。この間の七夕に休日出勤したからさ。だから隣町の永平寺と大和の玉置神社に遊びに行くんだ~。

精霊 チャマリン:

えっ!ほんと!いいな~・・・。私も行きたいな。明日はどこの御子様かな?・・・。ひとりぽっちでお掃除か。。。

 

おしまい。

信じるか,信じないかは皆さま次第です。                                                                            神社へ御参拝の折には,神様へ感謝を捧げてみて下さい。必ずやその想いは届きます。                                                                そして,神社を守護してくださっている御眷属様にも精霊さんにも感謝を捧げると喜んで頂けると思います。                                    その喜びの波動が,現実的に暮らす私たちへ別の形として出現していると私は考えております。時と場所と事柄を変えて伝わってくるから私たちはなかなか理解できないのでいるかもしれませんが,省みたときに全て判るように思います。

神さま,祖先の加護を得ていたことが判るとも思うのです。

上の写真は,福井県勝山市白山平泉寺さんからお借りしたもので,私が撮影したものではありません。                                              平泉寺白山神社 http://heisenji.jp/ とても素晴らしい神社です。是非,一度は参る聖地だと思います。


 

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太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。

又,人はそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

そしてまた日本人の本当の性質を勇気を以て再び伝え広めて行きたいです。

そのことが日本を取り戻し,日本人としての誇りを取り戻す真の意味だと考えます。

観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝


いのちをつたえつづけた宮司さん。

2017年12月17日 00時00分00秒 | 素直の心柱

こんにちは。このブログでも何度も登場しております春日大社の前宮司であった葉室頼昭先生が生前に書かれた本の中には,私たちが日々暮らす日常生活でも大変に参考になる内容が多く書かれています。宗教と聞くだけでアレルギーの人にも一般の社会人の方々にも現在でもとても人気のある正に良本であります。宗教家でありながら宗教臭くない所が読まれ続ける理由ではないでしょうか。

生前,10冊程の著書を残されています。どれも素直の心柱に降ろせる本です。

以下は「2016.9.11」に掲載した春日大社 前宮司 葉室頼昭先生記事です。

こんにちは。今日は,私の好きな神道家で春日大社の前宮司さんでいらした葉室頼昭先生の御本とその御本の中に書かれている一部を紹介させて頂きたいと思います。神道と日本人と云うタイトル本ですが,この御本は多くの人に読んで頂きたいと感じる超優良本だと思います。私は元々,本が苦手でほとんど読みませんと云うか本が読めないのです。なんだか変な話をしておりますが,実はこのかたマンガ本も読んだことがなく,本を読むのに人の何倍も時間が掛ってしまい苦手なのです。以前,こんなので本当に大丈夫かと心配になってしまいいろいろ調べたら失読症と云うものあるのを知ってテストしてみましたがほとんど当て嵌まってしまい納得致しました。もちろん学校の成績は・・・?ご想像にお任せします。(笑)そんな私でもすんなりと読める本ですから普通に本が読める人にはおすすめです。葉室先生は生前に確か10冊前後の本を書かれていて,その内,数冊は過去にこのブログでも紹介させて頂きました。こちら「宇宙の構造と心の病 神道と現代医学」です。補足,葉室先生は神職になる前は形成外科のお医者さんでした。

それでは,以下が葉室先生が書かれた「神道と日本人」と云う御本の「おわりに」からです。

現代の日本人のなかには「この科学の時代に,神など信じない」という人も多いし,また「この世には,科学では分からないことがまだまだたくさんあるから,私は神を信じる」と云う人もいます。また「目に見えないものは信じない」「神がいるならどうして,この世に不幸だとか悩みだとか病気などがなくならないのだろうか。だから私は神を信じない」と考える人もいます。「神がいるならなぜ,悪いやつが金を儲けて幸福な生活をし,あんな善い人が不幸な生活をするのだろうか。だから神を信じない」「自分の人生は自分の力で築くものであるから,何ごとも神の導きに従うというような神頼みの人生は真実の人生ではない」などと思っている人もいます。また私に対して「お医者さんのくせに,なぜ神さま,神さまというのか」と聞く人もいます。

しかしこれらは,神とはどんな存在なのかということを知らないで,ただ神を信じるとか信じないとか言っているだけなのです。私はこういう態度こそ,科学の発達した現代の中で,非科学的なことだと思っています。神さまは,信じるか否かということではなくて,神の世界を見ることができるかどうか,なのです。

神の世界と,我々の世界は,別々に存在しているように思われていますが,本当はそうではありません。ちょうど夜の世界と昼の世界が別世界ではないように,宇宙の真実,神の世界は夜の世界であって,その中に我々のいる現世,昼の世界が一緒に存在します。昼の世界は,ただ日光の明るさで夜が見えなくなっただけです。だから昼でも日光を完全に遮断したら,闇,すなわち夜の世界がそこに現れるでしょう。でも夜の世界を知るためには,夜ばかりでは分かりません。反対の明るい昼の世界がなければ分からない。この宇宙の仕組みが本当に分かることが我々の役目なのです。つまり,神さまは,神の真実の世界を認めさせるために,わざと逆の世界を人間に与えておられるのでしょう。逆があるから真が見えるのです。それなのに人間は,病気だとか,不幸だとか悩みというようなものが,実在の世界であると思ってしまったところに過ちが現われ,現在のような乱れた世の中になってしまったのです。

古来より,日本人はそのすばらしい知恵で,病気だとか,不幸だとか,悩みなどは,神さまが本来神の姿に作られた人体を包み隠す(罪),また我々を生かしてくださる気を枯らす(穢)ことが原因であるから,これらを祓い除くことで神の真実の姿が現われることを知っていました。この罪・穢はすべて我欲であるから,その我欲を祓い除いたとき,神の姿を見ることができるのです。つまり神は外に求めるものではなくて,心の中の我欲をなくしたとき,はじめて神の世界が現われてくるのです。

私は子供のときから,いつも何かに導かれているという感じがして「これは神さまや祖先に導かれているのか,あるいは自分の心の錯覚なのか」と大いに迷い,中学時代から神社,仏閣をはじめ,いろいろな宗教から「神さまとは何か」ということを勉強してきました。それが大学医学部在学中に肺結核となり,悪化してついに死が目の前に近づいたとき,なぜか私からすべての我欲が消え,目の前に神の世界を見せられて,ただありがたさに涙が止まらず,気がついたら病気が消えていた,という体験をしました。その時の感動が忘れず,もう一度神の世界を見たいと思いましたが,恥ずかしながらまだまだ我欲があるために,現在まで二度と神の世界を見ることができていません。しかしながら,人生を振り返ってみると,いろいろと奇跡と思われるようなことや,厳しい状態もあり,それらを含めて神の導きと知らされ,それに順応して耐え抜く人生を歩まされてきました。そして,この年になってふと,私は進化させられ,神の世界に近づかされていることに気がつきました。

とくに春日大社の宮司に就任してからは,自分でも不思議なくらい我欲がなくなり,常に神の導きを感じるようになり,そのとおりに生活させていただいています。神を見るには理屈はいりません。日本人の祖先が伝えてきたように,すべては神の恵みと祖先の恩の導きですから,それに従って全力をあげて努力し,決して我欲を出さないことです。これは非常に厳しい人生ですが,神さまは厳しさの極限を耐えぬいたときに現われてこられます。

今までいろいろなことを述べてきましたが,すべては1人でも多くの方々に,神の真実の世界を伝えたいと考えたからです。私の申し上げたことが少しでも,皆さまの何かのお役に立てれば,幸いに思います。

以上が,葉室先生の「神道と日本人」と云う御本のおわりに書かれている内容の全文であります。冒頭でも少し書かせて頂きましたが,本を読まない私でも葉室先生の本は読みやすく,特別な宗教用語は使用していません。今でも人気のある本ですので,是非,読んでみて下さい。私がはじめて葉室先生の本を読んだとき,自分の考えていることと葉室先生の本の中に書かれている内容が一致する箇所が多く驚きと嬉しさを感じた覚えがあります。我々の祖先がいかに子孫を守ろうと命懸けて生きていてくれたことや日本語の意味や様々なことを勉強できる一冊であると思っています。今日は,おすすめの一冊からでした。拝


  

2つクリック応援宜しくお願いします。 

太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。

又,人はそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

そしてまた日本人の本当の性質を勇気を以て再び伝え広めて行きたいです。

そのことが日本を取り戻し,日本人としての誇りを取り戻す真の意味だと考えます。

観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝 


祖霊祭祀と遺伝子の働き。

2017年12月02日 00時00分01秒 | 素直の心柱

 

以下は「2017.3.19」に掲載したhttp://blog.goo.ne.jp/kanzeon123/e/c592c09b5ce26b5b8eeda7aa45371a21記事です。

こんにちは。

昨日18日は観音様の縁日の日でもありました。そして春の祖霊感謝祭が23日の彼岸明けまで続きます。

そこで今日は,私の好きな神道家でもあった春日大社の前宮司「葉室頼昭」先生が生前に書かれた「御力」と云う本の中から一部抜粋し,ご紹介させて頂きたいと思います。これまでもブログで葉室先生の著書や内容の一部についてはご紹介をさせて頂いて来ましたが,神道の奥義は日常生活の中にこそ存在し,且つ与えられた環境の中で努力することで誰でも神様との縁を結ぶことが出来ると私は感じております。さらに,互いに足りないところを補い,支え合い,助け合うことが神様の御心そのものだと想っています。

神恩感謝に心音感謝。毎朝毎夕祖霊に感謝。

以下,葉室頼昭先生の著書「御力」より一部抜粋です。

第5章 神を敬い祖先を尊ぶ。祖先を祀ることの大切さ。

今,我々が言うところの祖先というのは,何代か前に初めて今の商売を始めた人だとか,

今住んでいるこの地方に住みついた人とか,何かを始めた人を指しています。

もとろんそれより先に続いている祖先がいるはずなのですが,

祖先というと何か現代につながる生活というか,生き方をしてきた人を祖先と感じているのではないでしょうか。

例えば日本人の祖先と言ったら,日本人の共生という,自然と一つになるという生き方を始めた人たち。そして,いわゆる我々が喋っている日本語という言葉を通して,お互い心が通じ合うようになった人たち。だから祖先というのは物質的なものではなくて,我々と共通の生活習慣というか,そういうことを始めた人を日本人の祖先というのではないかと思います。

遺伝子学的に言うと,そういう祖先の記憶が我々の遺伝子にも入っているのですから,

それをフルに活用していくということが「いのち」を伝えるということであって,

これが民族が栄えていく本当の道ではないかと思います。世界には,いろいろな民族が暮らしていますが,日本人のように祖先の祀りを常に行う民族というのは,数少ないのではないかと思います。

それにはさまざまな理由があると思いますが,一つには,やはりこの日本列島というところに長年住んでいるうちに生まれた自然と共生するという生き方があります。この共生というのは一緒に生きようというのではなくて,一つになろうという,そういう世界でも稀なる生き方です。

これが原点になって,そこから神様や祖先に生かされていることに感謝するという生活が育まれてきたと思うのです。

外国の宗教,例えばキリスト教であれば,天に神様がいらっしゃって,その神様が天地のすべてのものを造られたという考えで,神様は人間とはまったく別の世界におられ,その神様に人間はいろいろなことを願うというのが一般的な宗教の形だと人々は思っています。

しかし日本人はそういう考え方ではなく,この章の初めにも申したように「古事記」の一番最初「神代編」に,神様が生って生まれると記されているように,神様もある実在の世界から生まれていらっしゃる。最初に,天御中主神様の御心というか,知恵というものがまず現れてきて,そこにムスビの神様が現れ,その知恵が結ばれて次から次へといろいろな神様が現れ,そしてイザナギ・イザナミの命ご夫妻の神様が誕生され,そしてたくさんの神様をお産みになった。

この考えは,神様の御心からすべてのものが生まれ,そして神様と人間は全部つながっているということです。

こういうところから神様とも祖先ともつながっているという考えが生まれてきたと思うのです。

すべてがつながっているのですから,あの世で祖先が幸せになってくれなければ,我々もまた幸せにはならない。当たり前のことですが,そういう考えで昔から日本人というのは祖先の祀りを行って来たのです。

神社で行われているお祭りについても,祖先のお祭りに関わるものが数多く行われています。

神社にはいろいろな神様がお祀りされています。過去に実在していた方もおられるし,また高天原におられた天の神様もいらっしゃる。こういう神々もすべてつながっている。要するに神様と人間は別個のものではないという考えで,そして常に神様をお悦ばせすることを行い,神様と一つになろうということでずっとやっているのが神社の祭りなのです。

これを医学的に見るならば,祖先からの遺伝子というものが我々の体の中に入っている。

お父さん,お母さんと同じ遺伝子がこの体の中に伝わってきているわけです。

考えたらこれは非常に不思議なことで,この遺伝子というものの中には,何もしなくても働く遺伝子もありますが,中にはこちらから働きかけなければ活動しない遺伝子もあります。

ですから,こちらから祖先に感謝するとか,そういうことをしないと働かない遺伝子もあるわけです。

つまり,常に祖先の祀りをする。

そうすれば医学的に祖先から受け継いだ遺伝子が目覚め,その働きによって我々も健康で幸せな生活を送ることができる。

こういう遺伝子という観点から見れば,祖先のお蔭で生かされているということは事実であり,

その恩に感謝するということは当たり前のことです。

以 上


  

2つクリック応援宜しくお願いします。

太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。

又,人はそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

そしてまた日本人の本当の性質を勇気を以て再び伝え広めて行きたいです。

そのことが日本を取り戻し,日本人としての誇りを取り戻す真の意味だと考えます。

観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝 


互いに支え,助け合い,足りないところを補う。~あの世も同じ~

2017年11月25日 00時00分00秒 | 素直の心柱
 

以下は「2016.7.14」に掲載したhttp://blog.goo.ne.jp/kanzeon123/e/c7efe19de88c661770241c447f0bc1f1記事です。

地球は丸いと思っていた花咲です。(おっ!今日は地球のはなしか?と思われた父上様,母上様,ぜんぜん違います)

最近は,あの世での仕事の御役について考えることが多いです。先日も記事にさせて頂きましたが,私は「あの世」にも仕事があって,あの世に帰ると誰でも仕事をすることになるのだと思っています。その仕事の御役は「相互扶助」と「奉仕」に基づくもので,この世での行いや「経験」に従って決まるものではないかと思います。ここで,経験と書きましたが,この「経験」がもの凄く重要な判断基準とするようです。よく失敗も財産だとか失敗も経験の内。などと励ましの言葉として耳にしますが,実はこの励ましの言葉は真理ではないかと思うのです。この世では「真理」あの世では「審理」と云う意味で使われているかもしれません。つまり,本人の「経験」を基準に「審理」されるのです。閻魔さまにです。だたし,この世で成功した「経験」だとか失敗した「経験」とかではなく,純粋に経験です。そしてその「経験から自分は何を学んで来たのか?その経験から人のために何を奉仕できて来たかの?が最も重要だと考えています。

私は,あの世で,保護司さんに成りたいと心の片隅でひっそりと思っています。もちろん,この世でも臨終を迎える寸前まで保護司としての御役が出来たら最高だろうなと想いに耽っています。しかし,保護司になるには様々な面で環境を得なければ現制度下では無理です。保護司さんは無償で奉仕する特別国家公務員です。国家公務員に特別が付くのですからすごいですね。特に,少年・少女の保護司さんを希望します。また機会があれば,保護司さんと云う仕事のことを記事にしたいと思います。

仕事柄,本当にいろいろな業種,職種の方々と出会い,毎日勉強をさせて頂いております。先日の記事「三菱財閥創始者が愛した禅寺 大本山永平寺」でも少し書きましたが,私が生まれる前に,名付け親の禅師さまが,生まれて来る私の守り本尊として聖観世音菩薩を父親に授けて下さいました。その聖観世音菩薩のことをいろいろと調べて勉強すると観音様には主に六種類の観音様がいらして,その内,聖観世音菩薩は地獄で御魂を救う御役をされているようです。つまり,あの世で地獄にいる御魂の保護司の御役をされていると勉強した結果わかりました。なんてことか!偶然にも偶然で,仕事まで縁があるとは思ってもいませんでした。

人としてもっといろんなことを学び,経験して人々に奉納して活きたいです。司法試験を勉強しているとき,司法試験の専門予備校の先生が,こんな話をしておりました。例えば,弁護士になって自分は何をしたいのですか?どうせいつかは死ぬんだから,なんで弁護士みたいな仕事に就きたいのですか?たくさん好きなことをやって,たくさんお金儲けして行けば良いのに,どうして弁護士になりたいのですか?と聞きかれたら,あなたはその相手にどのような回答を用意しますか?と云う話でした。私は今の弁護士は弁護士の本分をどこかに忘れて来ていると本気で思っておりますが,予備校の先生の話にも確かにそうだなと思えることもあります。その弁護士業界もとうとう終焉を迎えます。宗教法人も同じです。

そして,新たな時代がやって来ます。これまでの様な紛争や訴訟を仕掛け,裁判で勝った,負けたの時代はようやく終わりを告げます。神社やお寺で自分の願望や欲望を満たすだけの祈祷もいよいよ終わりです。終わり方に容赦はないようです。私のブログの左サイドに「あさひのプチ預言」に弁護士と医者について記載があります。これまでの様に「人の不幸を飯の種にしている職種」は,どの分野であろうと消滅します。その現象の中で,進化出来た者だけが生き残ります。これからの数年間は,とても厳しく,激しい時代になるでしょう。互いに支え合い,励まし合うことが如何に大切なことであるかを思い知ることになるとのかもしれません。その時は,決して慌てず,いつもの様に淡々と執務をこなしていたいと思います。

しかしながら,その厳しく,激しい事象の中で,今を生きる我々が何を学ぶかにかかっているようです。人類覚醒総試験です。学問の様な甘い試験ではなく,命をかけた魂の試験です。その先駆けは日本からで,もうすでに実施されています。このブログを読んで下さっている人も何かの縁です。これまで記事にしてきた観音様との縁ではないですが,縁と云うのは本当に不可思議ですね。

今後も神様の人類覚醒計画は着々と進み,これでもかと云うくらい試されると思います。自分一人では決して生きて行くことは出来ません。そのことは誰しもが判っているのに,自分を軸に,中心に物事の善悪を無意識のうちに決めています。自分を軸に,中心に判断すればするほど,これからは自分の計画は崩れ,さらに悪循環に陥って行く世になっています。それを気付ける人と気付けない人とで別れ,気付いた人から歩みだすことになります。もう既に,時間の短縮現象に気が付いている人もいれば,最近なんか時間が経つのが速くなった様な気がするくらいの人もいます。同じ人でありながら,感じることが全然違う。それは何故なのでしょうか。

いつものように話が逸れますが,今年は,政治家や芸能人の不祥事が多い年ですね。その中でも,薬物使用による刑事事件もありました。有名な野球選手の逮捕は,その世代の人へのメッセージが込められているかのようでした。しかし,あの事件を振り返ると,きっと,本人が現役の時,同じように有名人で薬物に手を出しテレビのニュースになった人がいたと思います。その人を見て「こいつはこれで終わりだな」「バカな奴だな」などと考えていたことでしょう。

ですが,すべての人が,明日は我が身と心得ることが大切だと感じました。テレビで,一昔前,霊能者として華々しく登場した方が,あの野球選手のことを次のようにコメントしておりました「もうこの人には未来はない」そのコメントを聴いた私は,きっと,本人も現役時代に明日は我が身と云うことを感じていれば,このような事にはならなかったのではないかと思います。                                                                    又,そのコメントをした霊能者にも明日は我が身と考えられる様になって頂きたいと感じます。

神様は,どんなことがあっても,決して見捨てたりはしません。私たちが,神様から自ら遠ざかるだけです。


  

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太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。

又,人はそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

そしてまた日本人の本当の性質を勇気を以て再び伝え広めて行きたいです。

そのことが日本を取り戻し,日本人としての誇りを取り戻す真の意味だと考えます。

観世音菩薩とともに。花咲 あさひ 拝


祖先を祀ることの大切さ。

2017年03月19日 15時24分08秒 | 素直の心柱

こんにちは。

昨日18日は観音様の縁日の日でもありました。そして春の祖霊感謝祭が23日の彼岸明けまで続きます。

そこで今日は,私の好きな神道家でもあった春日大社の前宮司「葉室頼昭」先生が生前に書かれた「御力」と云う本の中から一部抜粋し,ご紹介させて頂きたいと思います。これまでもブログで葉室先生の著書や内容の一部についてはご紹介をさせて頂いて来ましたが,神道の奥義は日常生活の中にこそ存在し,且つ与えられた環境の中で努力することで誰でも神様との縁を結ぶことが出来ると私は感じております。さらに,互いに足りないところを補い,支え合い,助け合うことが神様の御心そのものだと想っています。

神恩感謝に心音感謝。毎朝毎夕祖霊に感謝。

以下,葉室頼昭先生の著書「御力」より一部抜粋です。

第5章 神を敬い祖先を尊ぶ。祖先を祀ることの大切さ。

今,我々が言うところの祖先というのは,何代か前に初めて今の商売を始めた人だとか,

今住んでいるこの地方に住みついた人とか,何かを始めた人を指しています。

もとろんそれより先に続いている祖先がいるはずなのですが,

祖先というと何か現代につながる生活というか,生き方をしてきた人を祖先と感じているのではないでしょうか。

例えば日本人の祖先と言ったら,日本人の共生という,自然と一つになるという生き方を始めた人たち。そして,いわゆる我々が喋っている日本語という言葉を通して,お互い心が通じ合うようになった人たち。だから祖先というのは物質的なものではなくて,我々と共通の生活習慣というか,そういうことを始めた人を日本人の祖先というのではないかと思います。

遺伝子学的に言うと,そういう祖先の記憶が我々の遺伝子にも入っているのですから,

それをフルに活用していくということが「いのち」を伝えるということであって,

これが民族が栄えていく本当の道ではないかと思います。世界には,いろいろな民族が暮らしていますが,日本人のように祖先の祀りを常に行う民族というのは,数少ないのではないかと思います。

それにはさまざまな理由があると思いますが,一つには,やはりこの日本列島というところに長年住んでいるうちに生まれた自然と共生するという生き方があります。この共生というのは一緒に生きようというのではなくて,一つになろうという,そういう世界でも稀なる生き方です。

これが原点になって,そこから神様や祖先に生かされていることに感謝するという生活が育まれてきたと思うのです。

外国の宗教,例えばキリスト教であれば,天に神様がいらっしゃって,その神様が天地のすべてのものを造られたという考えで,神様は人間とはまったく別の世界におられ,その神様に人間はいろいろなことを願うというのが一般的な宗教の形だと人々は思っています。

しかし日本人はそういう考え方ではなく,この章の初めにも申したように「古事記」の一番最初「神代編」に,神様が生って生まれると記されているように,神様もある実在の世界から生まれていらっしゃる。最初に,天御中主神様の御心というか,知恵というものがまず現れてきて,そこにムスビの神様が現れ,その知恵が結ばれて次から次へといろいろな神様が現れ,そしてイザナギ・イザナミの命ご夫妻の神様が誕生され,そしてたくさんの神様をお産みになった。

この考えは,神様の御心からすべてのものが生まれ,そして神様と人間は全部つながっているということです。

こういうところから神様とも祖先ともつながっているという考えが生まれてきたと思うのです。

すべてがつながっているのですから,あの世で祖先が幸せになってくれなければ,我々もまた幸せにはならない。当たり前のことですが,そういう考えで昔から日本人というのは祖先の祀りを行って来たのです。

神社で行われているお祭りについても,祖先のお祭りに関わるものが数多く行われています。

神社にはいろいろな神様がお祀りされています。過去に実在していた方もおられるし,また高天原におられた天の神様もいらっしゃる。こういう神々もすべてつながっている。要するに神様と人間は別個のものではないという考えで,そして常に神様をお悦ばせすることを行い,神様と一つになろうということでずっとやっているのが神社の祭りなのです。

これを医学的に見るならば,祖先からの遺伝子というものが我々の体の中に入っている。

お父さん,お母さんと同じ遺伝子がこの体の中に伝わってきているわけです。

考えたらこれは非常に不思議なことで,この遺伝子というものの中には,何もしなくても働く遺伝子もありますが,中にはこちらから働きかけなければ活動しない遺伝子もあります。

ですから,こちらから祖先に感謝するとか,そういうことをしないと働かない遺伝子もあるわけです。

つまり,常に祖先の祀りをする。

そうすれば医学的に祖先から受け継いだ遺伝子が目覚め,その働きによって我々も健康で幸せな生活を送ることができる。

こういう遺伝子という観点から見れば,祖先のお蔭で生かされているということは事実であり,

その恩に感謝するということは当たり前のことです。

以 上

 

毎日,クリック応援ありがとう御座います。

これからも,2つクリック応援宜しくお願いします。 

太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。日本が和の国と呼ばれる所以です。

又,人にはそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

菊の紋章は世界祭祀の継承者としての証であり,世界で唯一,太陽を国旗にする国でもあるのです。

わたし達の心の中には根源神の分魂が内在しています。高天原は,わたし達の心の中に存在します。

観世音菩薩とともに。花咲あさひ 拝


世田谷観音と云う寺院 特攻観音堂

2017年02月01日 20時30分17秒 | 素直の心柱

こんにちは。

今日の日中は良い天気で爽やかな一日で気持ちが良かったです。

今日は,東京都世田谷区に在る聖観世音菩薩をお祀りされている通称:世田谷観音と云う寺院さんへ行って参りました。前にもブログで紹介させて頂いたことがある寺院さんですが,こちらの観音寺さんには,特攻隊として出撃した陸軍2000名,海軍2615名の総計4615名の御霊をお祀りされている特攻観音堂が御座います。そして,毎月18日の観音様の縁日に法要が斎行され,年一回の9月23日には年次法要が執り行われております。参列者は毎年300名を超える云うことでした。約40分前後,院主さんとお話が出来,とても粋で気さくな方で勉強させて頂くことが出来ました。近くにお住まいの方は是非,一度参拝されてみて下さい。本堂は本より不動明王をお祀りされる六角堂,そして何よりも目を引くのが京都の二条城から移築された阿弥陀堂です。

有難う御座いました。合 掌

帰り道に少し時間があったので,代々木公園の近くに御鎮座されます代々木八幡宮へ参拝させて頂こうとしたのですが,車での移動だったため駐車場が確保できず今日の参拝は出来ませんでしたが,この代々木八幡宮は前から不思議な所に感じていました。神域だけではなく周辺一帯の放つ気が凄いのです。代々木公園と代々木八幡宮は超太古「縄文以前」から続く祭祀場であったのではないかと想像しています。神社の境内でも縄文時代の遺跡等が発掘されてもいます。何の学術的な根拠もありませんが,白山菊理媛神様をお祀りしている神社は超太古の祭祀跡に多いようです。ここ代々木八幡宮でも菊理媛神様をお祀りしています。隠されたか・・・?

次に向かった先は,近くの鳩森八幡神社でした。鳩森八幡神社は,あの日月神示で有名な岡本天明さんが臨時宮司を務められていた神社でもあります。日月神示を研究されていたり,勉強している方には御存知の通りだと思います。戦時中は,とても悲しい出来事もあったようですが今では大都会の真ん中でありながら緑が多い神域を護持されておりました。ちなみに,こちらの鳩森八幡神社には都内最古の富士塚があります。私は畏れ多いので登りませんでしたが富士山の形状をした大きな塚でした。拝

代々木八幡宮:超太古から続く祭祀場

公式ホームページ http://www.yoyogihachimangu.or.jp/

鳩森八幡神社:岡本天明さん縁の神社

公式ホームページ http://www.hatonomori-shrine.or.jp/

世田谷山 観音寺:4615名の特攻隊員が眠る寺院

公式ホームページ http://www.setagayakannon.com/


宮柱太如き立て 高天原に千木高しりて 祈り行じて省みる。                                                             感謝反省謙虚奉仕素直の五つの心柱を伝えています。                                            殿の御役 花咲 あさひ 拝                                             ブログ開設234日目 記事数第209記 素直の心柱 編


風の神様へ感謝。

2017年01月05日 18時34分35秒 | 素直の心柱

こんにちは。お正月の祖霊感謝祭も5日目となりました。あと残すところ2日間です。

私の暮らす町では,昨日の夜から今日も風の神様の御活動が激しいです。何か罪と穢れを祓ってくれているようにも感じています。

風の神様へ感謝。拝


宮柱太如き立て 高天原に千木高しりて 祈り行じて省みる。                                                             感謝反省謙虚奉仕素直の五つの心柱を伝えています。                                            殿の御役 花咲 あさひ 拝                      ブログ開設207日目 記事数第197記 素直の心柱 編


どん底の自分を救えるのは「野心」です。

2016年12月09日 22時00分11秒 | 素直の心柱

こんにちは。しなければならないことが山積してしまうと何から手を付けて行って良いのか戸惑うことがあります。私もしょっちゅうあります。まして,それが仕事のことだったりすると他の関係者の方々にも迷惑を掛けてしまうと気持ちが焦り,上手く物事が運ばない時もあります。特に,仕事の場面では限られた時間と限られて予算に基づいて最大限の結果を出すことが求められて行きますし,言い訳も通用しないことも多いです。つまり,良い結果が出せて当然,当たり前と云うプレッシャーとの闘いになります。

今朝,禊ぎをしている時,音霊を変換してみると「方向性」と「道のり」を示す内容のものでした。先程,投稿させて頂いた記事がその一部です。上手く行かないからと云って,方向性そのものを見失ったり,疑ってみたりすることと方向性に辿り着くまでの道のりを混同してしまうと本来の目的すら達成できなくなってしまうようです。私も気を付けなければなりません。道が険しいとどうしてもよそ見をしてしまい,無駄なことに体力や気力を使いすぎてしまう癖をいつの間にか身に着けてしまわぬようにしなければなりません。私はこれを「負け癖」と呼んでいて,一度,この「負け癖」を身に着けてしまうとそこから抜け出すことが容易ではないのです。全てを否定的に捉え,常に人と比較し,羨んでしまう。そうするともすます悪循環に陥ってしまい妬みや僻みを増して行きます。そう言ったネガティブ「負」の感情を乗り越えて行くには,誤解を与えてしまうと思いますが「野心」だと私は感じています。

私の周りの人でも一度,どん底を経験し,再び復活した時の話をお聞きすることもありますが,ほとんどの方が這い上がるだけの野心を以ています。野心と聞くと野蛮で悪いイメージがありますが,私の言う野心はそうではありません。神道で云う一霊四魂の内の「荒御魂」の働きであって「勇気」や「前進」「挑戦」などを指します。つまり,前を見つめ余計なことを考えずに直向きに進む力は荒御魂の働きになります。ただ,物事に対する執着や潔さとは違います。また機会があれば書かせて頂きたいと思いますが,今日は方向性と云う目的と道のりと云う手段の違いを省みることが出来,勉強させて頂きました。ありがとうございました。拝

 

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太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。

私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。日本が和の国と呼ばれる所以です。

又,人にはそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

菊の紋章は世界祭祀の継承者としての証であり,世界で唯一,太陽を国旗にする国でもあるのです。

わたし達の心の中には根源神の分魂が内在しています。高天原は,わたし達の心の中に存在します。

心柱神社 心神とともに。花咲あさひ 拝


授けてあるぞ神の御霊を。

2016年12月09日 20時07分28秒 | 素直の心柱

日々の仕事が祭事と云うこと未だ判らんか。祈り行じて省みると云うこと解らんのか。

自分が進む方向性とそこに辿り着く道のりをごちゃまぜにしてはならん。正解ばかり探すからそうなるのだぞ。

心で想う良きことと頭で考える良きことが一致せんことになるぞ。合点承知になっておらん。心が先だと云うこと忘れたか。

道のり厳しいと,つい自分が進む方向性を見失い,疑い,わけが解らんことになるぞ。

己が正しいと感じることは方向性は合っているのだけれど,遠回りしての道だから息切れして,

あっちの道じゃ,こっちの道じゃ。向こうは良いらしい。そのまた向こうも良いらしいとウロウロすることになるのぞ。

くたびれもうけとはそのことを言うぞ。それでは永遠に目的地には着かん。それでは何一つ役に立てん。

目的地に辿り着く道は何通りもあるぞ。一本であって一本ではないぞ。途中で枝分かれしているだけのこと。

時には,寂しくなる時もあろうが。悲しくなる時もあろう。孤独を感じ,周りが羨ましくなる時もあるぞ。

ならば,突き進め。とことん突き進め。迷わず,疑わず,ただ突き進め。素直になれば判ること。

道に迷いし時こそ,訪ねよ。

己の内に問えよ。授けてあるぞ神の御霊を。

今朝,禊ぎの時の音霊より。拝


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宮柱太如き立て 高天原に千木高しりて 相互扶助立国を目指して。                                                                感謝反省謙虚奉仕素直の五つの心柱を伝えに来ました。                                            仕送りの御役 花咲 あさひ 拝                               ブログ開設180日目 記事数第183記 素直の心柱 編


今日は独り言です。

2016年12月05日 22時04分51秒 | 素直の心柱

こんにちは。今日はとても暖かかった一日でした。年末も近づいていることですし気温から生じる寒暖差の影響で風邪などひいてしまうことのないように体調管理もしっかりと整えておきたいと思います。皆さまも風邪などにはくれぐれもご注意ください。

実体の経済と報道されている経済とでは雲泥の差があるように想っています。大企業はお金を使わない。内部留保が増えて行き,金融機関は優良な貸付先や安全な投資先を見つけるのに疾駆八苦していると思います。お金が余りに余っている状況が続いている様です。一方で,お酒を提供しているような夜の飲食店の廃業がこれからは増々,進んで行くのではないかと思っています。


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宮柱太如き立て 高天原に千木高しりて 相互扶助立国を目指して。                                                                感謝反省謙虚奉仕素直の五つの心柱を伝えに来ました。                                            仕送りの御役 花咲 あさひ 拝                             ブログ開設176日目 記事数第180記 素直の心柱 編


ガンダーラ伝説 心の中に生きる幻なのか。

2016年12月02日 21時21分37秒 | 素直の心柱

 

こんにちは。今日は動画を貼り付けて見ました。ゴダイゴさんと云うバンドの方々が唄うガンダーラと云う楽曲です。とても好きな曲でもあり且つ,不思議な歌詞だと思います。伝説のガンダーラを思い描く歌詞に妙に共感と云うか親近感を覚えてしまいます。その歌詞の一説に,ガンダーラは「心の中に生きる幻なのか」と云う歌詞が登場します。このガンダーラは人の心に存在する高天原です。それを探し求める人の苦悩と煩悩を見事に歌詞で表現されていると思います。外の世界に「ガンダーラ」を探しても探し求めても果てしなく遠く,決して行くことの出来ない世界が「ガンダーラ」即ち,高天原です。今日はこの辺で失礼します。拝


 

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私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。

又,人はそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。

それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。

そしてまた日本人の本当の性質を勇気を以て再び伝え広めて行きたいです。

そのことが日本を取り戻し,日本人としての誇りを取り戻す真の意味だと考えます。

観世音菩薩とともに。花咲あさひ 拝


2016年11月03日 22時10分15秒 | 素直の心柱

こんにちは。今夜の星空は空気が澄んでいるせいか,久しぶりに星々が輝いて観えます。

明日も皆さんが平穏に暮らすことが出来ますように。祈


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宮柱太如き立て 高天原に千木高しりて 相互扶助立国を目指して。                                                                感謝反省謙虚奉仕素直の五つの心柱を伝えに来ました。                                            仕送りの御役 花咲 あさひ 拝                             ブログ開設144日目 記事数第154記 素直の心柱 編


これから出会う人たちへ 観世音菩薩とともに。

2016年10月25日 20時57分27秒 | 素直の心柱

こんにちは。夜は本当に寒くなってきました。日中の気温の寒暖差からも体調を崩されている方が多いようです。さて,今日もオウムの恩返しの続きを書かせて頂こうと思っておりましたが,仕事上の関係であまり書くことが出来ないので,明日に書かせて頂きます。話は変わりますが,昨日10月24日は,玉置神社の例大祭の日でありました。想像ですが,きっと,氏子崇敬者さんと神社の神職さん方のご尽力も相まって,盛大にお祀りが斎行されたことであろうと思います。私も参列させて頂きたかったのですが,仕事の関係で参列することは出来なかったです。自宅の神棚に,ひとりひっそりと玉置神社の太神様の弥栄と神社護持の祈りを捧げておりました。今年最後の玉置参拝として11月中には参拝させて頂こうと考えています。そして,いよいよ今年も残り少なくなって参りました。来年の節分に向けて,寒さは一段と厳しさを増し,北陸や東北山間部,北海道では雪が降り始めて来ます。少し未だそのような状況になるには早い気もしますが,どうぞ,雪かきや屋根の雪おろしなどには十分注意され,御身体をご自愛下さい。拝 


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宮柱太如き立て 高天原に千木高しりて 相互扶助立国を目指して。                                                                感謝反省謙虚奉仕素直の五つの心柱を伝えに来ました。                                            仕送りの御役 花咲 あさひ 拝                             ブログ開設135日目 記事数第145記 素直の心柱 編