〈来栖の独白〉この世は、過ちを犯した者の「更生」を許さない。 『心にナイフをしのばせて』

2017-12-01 | 本/演劇…など

〈来栖の独白 2017.12.01 Fri 〉
 奥野修司著『心にナイフをしのばせて』(文春文庫)を読んだ。第1章「28年前の酒鬼薔薇」とあるように、神戸連続児童殺傷事件の28年前(昭和44年=1969年)に起きた同級生殺害事件について書かれている。と云っても、加害少年14歳(=当時)についてではなく、多くを被害者遺族について書いている。丹念に書かれているので、私などが言及する余地は全くない。
 加害者「少年A」について気になった点を述べてみたい。
 少年Aは初等少年院出院後、大学、大学院を修了し弁護士となっている。『心にナイフをしのばせて』(文春文庫)には、著者が事務所を訪ねたときのことが書かれている。

p276~
 Aは謝罪する気持ちなど、はなから持ち合わせていないのだろう。それを実感したのは、Aが事務所の入り口に植えたつつじを見た時だった。Aが洋君を殺害したのはつつじが真っ赤に咲き乱れる畑の中だった。現場を見た関係者は今でも言う。
p277~
 「つつじが咲くころになるとあの事件を思い出す。つつじは見たくない」
 加賀美家の母娘もいまだにつつじの花を直視できない。そのつつじがAの事務所を縁取るように咲き誇っていたのである。(略)
 現在のAは名誉も地位もある身である。優雅な趣味を持ち、恵まれた生活を送っているとも聞く。もちろん類犯歴もない。彼にすれば、あの事件はすでに過去の出来事なのかも知れない。たしかに少年法の趣旨からいえば、彼は間違いなく「更生」したといえる。

 奥野氏は、元少年Aが過去を忘れ果てた証拠として、Aの法律事務所入り口のつつじを見ている。
 しかし、私は、重いものを感じてしまったのである。Aは事件を過去のこととして忘れたのではなく、自らを打ちたたく木として植えたのではないか。被害者の痛みを決して忘れてはならないと自傷するために、つつじを置いたのではないか。
 神戸連続児童殺傷事件の元少年Aは、その著書『絶歌』のなかで次のように言う。

p205~
 僕はあの時、ちゃんと心と身体の真っ芯から「痛み」を感じきれたのだろうか。本当にとことんまで、自分の犯した罪や、自分自身と直面できたのだろうか。「成長」できたのだろうか。無意識のうちに、人間としての何か大事な機能を停止させ、ぎりぎりのところで「痛み」を回避してしまったということはないのだろうか。やっと掴みかけた大事な(p206~)ものを、すんでのところで取り雫してしまったということはないのだろうか。僕があのあと黙々と日課をこなしたのは、「成長」したからなのか? それとも、自分でも気付かないうちに大事な何かを欠落させて、間違った方法で痛みをやりすごしていただけなのだろうか・・・・。
p267~
 次男があの迷宮から本当に抜け出してくれたのなら、僕はどんなに救われることだろう。でも僕の方は「あの迷宮」からは抜け出せない。僕は多分、一生抜け出せないと思うし、抜け出してはいけないとも思う。(略)弟たちにしたことへの罪悪感にちゃんと苦しんでいないと、自分を保てない。

 『心にナイフをしのばせて』には、加害者少年Aの手紙が載せられている。 

p316~
 手紙の内容は、およそ次のようなものだったという。
〈洋君に対し、本当に申し訳ないことをしてしまいました。皆様の全人生を奪ってしまったことを、心底、申し訳なく思っています。
 お会いすることを許していただけるなら、お目にかかって、直接お詫びをさせていただくことがかないませんでしょうか。なぜ、もっと早くに、お手紙を差し上げなかったといえば、自分の保身を考えたからというのが、正直な答えです。
 少年法のおかげで、私は弁護士にならせていただきました。大学に残る道や公務員や企業に入ることを選べば絶対にマスコミの餌食になるという思いから、自己保身のために自由業につきました。もちろん、少年犯罪を職業として扱う勇気はありません。
 奥野さんの著書で、賠償が済んでいないことを知りました。私の処分できる財産はわずかですが、全部の財産を処分していつの日か加賀美様に受け取っていただけるよう、奥野さんにお預けします。
 私が弁護士をさせてもらっていることを、加賀美様が不快に感じられるのは当然だと思います。弁護士を辞職せよと言われ次第、辞職します。〉

 そして本の末尾には、以下のようにある。

p320~
 Aは手紙を出したあとも、しばらく弁護士を続けていた。しかし、この手記を掲載するにあたり調べたところ、昨年、登録を抹消していることがわかった。締切直前、小誌はAに電話で接触することができたが、「取材は受けられない」と言ったきり、電話を切られてしまった。
 (週刊文春 2008年6月26日号)

 これを読む私の胸に、無慚な思いが広がる。本書は「28年前の『酒鬼薔薇』は今」と題して、文藝春秋平成9年12月号に掲載されている。「解説」として、大澤孝征弁護士は「本書は日本の法廷を変えた画期的な書物です」(p322)と書く。
 Aは並大抵ではない努力をして、弁護士となった。しかし、ついにその職を全うできなかった。少年法は、Aを守ろうとしたが、奥野氏のようなジャーナリストは許さなかった。法を批判し、一方で、Aの身辺を暴くのに躍起となった。私刑である。法が如何に守ろうとしても、これでは守り切れない。
 神戸連続児童殺傷事件に於いては、元少年Aの 著書『絶歌』出版に際し、読みもしないで世間は---出版自体に---非難囂々であった。「公立」図書館も、書棚に並べることに逡巡・苦慮した。
 私は早々、購読したが、何も異常は感じなかった。むしろ、少年院の更生教育の成果として、よくここまで人間性を取り戻したな、と納得した。
 少年の「声」を聴かないで、何が分かるだろう。この世は、過去に過ちを犯した者の声を、断じて聞こうとしない。「更生」を許さない。認めようとしない。こんな社会では、過ちを犯した者は生きてゆけない。希望の党・特別顧問の小池百合子都知事ではないが、「排除」の思想、社会である。変わらない。変わらない、この世は。
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2 コメント

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再犯防止を謳う安倍総理 (しろ)
2017-12-01 15:09:20
奥野修司著『心にナイフをしのばせて』は、私も読んだことがあります。
宮崎哲弥氏が、対談集『光市母子殺害事件』の中で、「この事件は、少年犯が弁護士となり、立派に更生した症例であるが、現実社会では、誰も更生など望んではいない」という意味の発言をされていたと記憶します。(被害者側スタンスの対談のせいか、対談の3人とも同見解)
現在、安倍総理の指揮の下、法務省は、再犯防止の更生に力を入れるようで、これまでになく前向きで良い方針と思われます。
しかしながら、世間の本音は、「更生など出来っこない」というものではないかと感じています。特に凶悪犯となると、何等かの脳の障害でも背景にあるのではなかろうか?そうだとすれば、生まれつきのものであり、更生は望めない。ならば、更生よりは、隔離してくれた方が、世間は安心して暮らせる、と思っているのかもしれません。隔離に税金が使われるなら、いっそ死刑で、という理屈も。
しろ様 コメント、感謝です。 (ゆうこ)
2017-12-01 22:51:17
 安倍ちゃんは、更生施設を訪問したり
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/6d5cdd86e197b07c880715f5889a45c2
 刑務所を視察、訪問したり
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/6766382d38163282f93960a8c66a8ce8
 すばらしいです。こういう感性って、どこに由来するのでしょう。

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