かめ設計室*3丁目通信

2005年4月より、西新宿にて一級建築士事務所かめ設計室がはじまりました。3丁目からのかめバー通信。

東京マラソンと都市景観

2008年02月17日 | 見 聞
 都市は変貌することを常態としているから、変わっていく姿を憂いていては都市に何ぞ住めるものではない。この変化を成長とか進化と取り違えるから、世の中はせせこましくてせわしない。

 都心を走るランナーに東京は美しいだろうか。東京マラソン、スタート直後、優勝したロスリンを手前に捉えた。3万人のランナーを見届けて帰宅した頃、先頭グループは日本橋を疾走していた。速いです。
 ランナーはともかく、都庁前に雑多な人が集まるという見慣れない風景があった。平日の無表情な人並みに比べれば、これが本来の都市景観であるべきだろう。

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僕の気持ち

2008年01月26日 | 見 聞
 暇に飽かせて、センター試験の国語現代文をやってみた。夏目漱石の小説『彼岸過迄』が題材だった。高校までは国語という教科の意図が分からずほとんど何の興味も無かったし、成績も散々だった。数十年ぶりのトライだが、やはり国語という教科への不審は拭えなかった。

 問題「僕はどうしても僕の嫉妬心を抑え付けなければ自分の人格に対して申し訳がないような気がした」とあるがなぜ僕はこのような気持ちになったのか。その理由として最も適当なものを次の5つからひとつ選べ。
 これは困る。やっぱり困る。もちろん答えとしての察しはつくが、だって僕の気持ちだろ?と数十年ぶりに同じように考えている自分にも飽きれた。

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ロング・グッド・バイ

2007年12月29日 | 見 聞
 今年は渋谷さんのピアノもなく、いつにもましてダークネス。年末恒例の浅川マキの世界にピットイン。
 そしてついに聞いてしまったのだ。浅川マキの独壇場、1968年のリアル、寺山修司書き下ろし「ロンググッドバイ」、この曲は寺山がアンダーグラウンドシアター蠍座公演のために、浅川マキに書き下ろしたもの。その詩を歌うことを拒む彼女に、寺山は「これを歌わないなら僕が演出する意味がなくなる」と説得したと言う。レコード化できないこの曲の裏話を切々と語り歌った。浅川マキ初舞台、1968年の新宿の闇の中に。

 線路はつづくよ どこまでも 野をこえ 山こえ 谷こえて
 はるかな町まで 幸せと 闘いのない日が 続くまで

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日曜の昼下がり2

2007年12月03日 | 見 聞
 去年に引き続き、伝統のラグビー早明戦に行った。早稲田大学の強さと五郎丸歩のかっこよさを見た。そして去年より少しはグランド全体が見えてきたかもしれない。
 国立競技場は聖火台の下、センターライン上、自由席最上段に陣取ると、そこはかなり熱心なラグビーファンが多かった。実は仕方なくの立ち見だったのだが、一人づつで戦況を見つめる耳にイヤホンの年配者たちを前に、うかつな会話も出来ぬまま、いい緊張感の中での観戦となった。
 後半、早稲田応援サイドへ移動してみたら、そこには親子、カップル、グループのにぎやかなスポーツ観戦があった。それぞれの日曜日、昼下がりの楽しみ方がある。
 恒例の神宮の銀杏並木はあと一息でした。

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水に流して

2007年11月06日 | 見 聞
 建築ネタが遠ざかっている。設計の仕事がちょっと一息ついた時には、音楽や映画・読書にとっぷり浸ることも、充電期間中だと言えば格好がつく。このように仕事にメリハリがあるのは気に入っている。裏を返せば,水商売的で背水の陣的とも言える。
 映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』を観た。主演の女優マリオン・コティヤールの演技はすばらしかった。ピアフの生涯は映画に値するが、映画がピアフの生涯に圧されていた。シャンソン『水に流して』がいい。

 いいえ、ぜんぜん
 いいえ、私は何も後悔していない
 私は代償を払った、清算した、そして忘れた
 過去なんて、もうどうでもいい
  (エディットピアフ 1956年)

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富士山と海と音楽と

2007年10月31日 | 見 聞
 日曜日には、台風一過でいつもは見えない山々までを遠く見通せた事と思う。ここ東京でも富士山に見入った人は多かった。僕たちは茅ヶ崎の海岸から海の向こうに見える富士山を眺めていた。多くのサーファーが台風明けの荒れた波に乗っていた。彼らなら波の中から波越しに富士の山を、北斎ばりに見ていたのかもしれない。

 谷川岳を見上げた数時間後、新宿駅の人ごみにもまれていた時も感じたが、その3日後海を見ながら富士山を眺めているという、この場所の高速移動、そして経験の断絶感。こんな感情は、芭蕉も西行も伝えきれなかった現代感覚なのだろうか。そしてそれはどんな歌になるだろうか。
 海を見て、山を見て、音楽の宴は一日中続いた。日が暮れて、人がいなくなった海で、東の空からでっかい月が昇った。
 W君、こんな月なら九州だって、そう遠くない。 

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谷川岳に敬礼

2007年10月26日 | 見 聞
 群馬県水上温泉にフィールドサーベイに出かけた。基礎調査のお手伝いであったが、あまりに天気のいい日が続き、3日目はついつい谷川岳に足が向かってしまった。
 『神々の山巓』を読んだばかりだという事もあって、一目間近から拝みたかった。もちろん調査の合間なので身なりも不十分なまま、ロープウェイとリフトで上がっただけ、それでも山々の紅葉と標高1500mの天神平からのパノラマを存分に楽しんだ。
 谷川岳は複雑な地形と天候で、クライマーのメッカとして数多くの岩壁も有名である。建築家吉阪隆正にとって谷川岳は人生の道標であったらしい。しかし新緑の頃のマチガ沢からしか登っていないことに触れ,私は谷川を知っているとはいえないと言っている。深田久弥は「日本百名山」の中で、戦後谷川岳には行かなくなったと書いている。数百の人が列をなして登り、パトロールが徘徊していると聞いただけで気がくじけるのだと。
 私はと言えば、天神平からロープウェイ乗り場までの標高差200mを、岩肌に足を滑らせながら下っただけで、情けないくらい膝は笑っていた。

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桃井和馬写真展『地球環境ー未来の地球へ』

2007年10月22日 | 見 聞
 表参道の倶楽部PASPNAで開催されている 桃井和馬写真展・トークショーに行った。
 コンペの2次プレゼンの方法を考えあぐねている時に、桃井さんの写真や文章から数多くの刺激を受けた。その事で桃井さんご自身とコンタクトすることができ、今回のトークショーにもお誘いいただいた。彼はフォトジャーナリストとしてこれまで140カ国あまりの国々を訪れ、紛争地域や環境問題に関するテーマに取り組まれている。写真集や書籍も数多い。「図書館で借りていっぱい読ませてもらいました」と挨拶したら「買ってくれよー」と返されました。その通りです。
 トークショーの後、もはや環境問題はシステムの問題なのだと、きりりとした熱い眼差しで話してくれました。それこそがコンペの設計趣旨だったのです。
 HP→G-Odyssey,地球叙事詩,フォトジャーナリスト桃井和馬
 
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ハンマー投げと建築と

2007年08月28日 | 見 聞
 世界陸上のハンマー投げを見て,つい力が入った。室伏は残念ながらメダルに届かなかったが、そもそもただただスポーツを見るのが好きなので、結果はあまり気にしない。最近の結果偏重のメディアには全く感心しない。
 ハンマー投げは、遠心力を利用して遠くに玉を飛ばす。遠心力を大きくするには、同等の求心力が必要だ。そのバランスを間違えるからみんな体が振られて、ファールになる。

 馬場璋造さんが、建築のアイデアコンペのコンセプトづくりを、ハンマー投げみたいに例えていた。糸の先に付けた玉を振り回すとき、糸は長くするほど遠心力は強くなる。しかし長くして回転が早くなりすぎると,糸は切れて玉は飛んでいってしまう。コンセプトづくりもこれと同じだと。飛んでいっちゃうくらいの危うさをもった案の評価は高いのだそうだ。飛んでいってはいけないから、ここでもやはりそのバランスが問われる。

 室伏はこの遠心力と回転スピードの危ういほどのバランスを武器に世界で勝負している。ファールは一度もなかったが、遠くへ飛ばなかった。ぎりぎりの勝負なんだろう。引きつける力とスピードなら往年の千代の富士もよかったか。飛んでいっちゃう朝青龍と引きつける側のバランスが崩れると、引きこもるしかないというのも何とも現代的だ。

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多重脳

2007年08月24日 | 見 聞
 ヒトの脳には3つの部分があって、は虫類恐竜時代の脳と、下等ほ乳類時代の辺縁系脳と、新皮質と呼ばれる発達した前頭葉を作っている部分とが、ドーナツ状に折り重なって進化しているということになっている。
 は虫類恐竜時代の脳は、攻撃行動やナワバリ争い、儀式的行動に関わるらしい。また、精神薬やサイケな薬などの多くは、辺縁系の脳に働くのだそうだ。

 突然凶暴になったり、まじめな事を考えていても下半身が別人格だったりするアンバランスな感覚は、何も僕だけではなく最初から頭がそういう事になっているのだと知ってちょっと安心したりして。誰にでも何億年もの記憶が詰まっていると思えばワクワクする。

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高層ビルは好きじゃない

2007年08月21日 | 見 聞
 高層ビルは好きじゃない。だけど西新宿の高層ビル群はデザインも重さがあって、割にいい。足下の大ケヤキの木陰を自転車で駆け抜ける。その時の風は、上京した田舎者の都市生活気分をささやかに満たしてくれる。道路幅が広く、建物は人間スケールを超えて、はっきりと人間を排除している。どうせ高層ビルを建てるならこのくらいが潔くていい。汐留や品川なんかは混みいりすぎて全然ダメだ。高層ビルは全く好きじゃない。
 ところで我が家から見えていた都庁が、間もなく隠れてしまう。住民反対もむなしく、どうしようもない高層ビルがすぐ近所に建ってしまうからだ。ダウンタウンな3丁目にいきなりの高層ビルは合法的テロか。今日もまた少し西新宿が消えていく。

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売春捜査官2007 黒谷友香バージョン

2007年08月08日 | 見 聞
 「今、義理と人情、そして正義は女がやっております!」

 何をそんなに、つかこうへいなんだ、自分でもそれを確かめるようにまた足を運んでしまった。
 『熱海殺人事件』の2007年バージョン『売春捜査官』は新宿紀伊国屋ホールで黒谷友香も熱演中。売春する女刑事。ホモの部下。女子アナ。在日朝鮮人。まだまだ閉鎖的な男性社会に生きるゴタゴタの人間たち。

 「だから、何を勘弁すりゃいいんです。60億とも言われる人間がこの広い地球に生まれ、ふたり出会い、たかだか6、70年生きていくのに、死ぬほど愛してくれるか、殺すほど憎むかしてくれなきゃ女はやってられないんだ!あたしゃ裸でも何でも好きにしてくれって言ってんのに、何を勘弁すりゃいいんです!」
 男が情けなくなり,女は元気になるという時代認識はどうも違うらしい。男が冴える時,女は凛とする。女が美しい時,男は立つ。つかさんの叫びだ。そんな男と女がいつもどこか孤独であるとは、阿久悠も歌にしたことだろう。

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俺たちの歌

2007年08月06日 | 見 聞
 子どもの頃、暇で暇で仕方がなかった。遊んで遊んでまだ遊んでも埋め尽くせない時間が余っていた。大人はどうしてそんなに忙しいんだとうらやましく思っていたことを今でも思い出す。余った時間をどうすればいいんだと、ぼーっと家の暗い天井を見上げながらボールを天井に当たるか当たらないかのぎりぎりに向かって投げては掴みまた投げていた。子どもこそが哲学者だ。
 実は大人も大した事はしていない。忙しくしているだけでそれが有意義かどうかは別問題だ。
 ずっとこうしていたいと思いながら、明日のため体調のためにと家路につくテイタラクではありますが、今年も打ち上がった電光石火の茅ヶ崎花火と俺たちの歌、ありがとうK君と愉快な仲間。

3丁目のカラス 2

2007年07月12日 | 見 聞
 この頃カラスは早朝から騒がしい。2羽づつ行動している気がするが、意外に制空権は狭い。夕方また集まってカァカァ鳴いて、明治神宮の森に帰っていく。
 カラスは鳥目じゃない。日が暮れても飛んでいる。本当は鳥はほとんど鳥目じゃない。鳥や魚は派手な色をしているものが多い。色も識別している。
 暗闇で光る目を持つ猫は、どうもあまり色を識別していないらしい。そういえば犬や猫や馬などは結構地味な色が多い。ほ乳類はもともと夜行性だったので色もない世界だ。進化の割には寂しい世界。
 夜行人間は地味な服を好み、昼行人間は派手な服を好んでいるかもしれない。夜行人間は野生の本能なのだろう。僕はもう眠い。

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飯岡千江子 版画展

2007年07月08日 | 見 聞
 飯岡千江子さんの版画展が銀座の画廊で行われている。
銀座並木通りの一角、ビルの8階で、静かに、銅版画やペン画等細やかな質感の作品が並ぶ。
この絵はメゾチントという技法で刷られている。黒に溶けていく質感がとても美しい。雑誌や印刷モノを多く目にする日常、この果てしなく手の込んだ現物を見ると、はっとさせられる黒への世界がありました。
 主婦業のかたわら、毎日必ず何時間も部屋にこもり、とにかく描きまくるのだと聞いている。描きためた作品は数知れず。今回はごく一部だったが、もっとたくさん見てみたい。

7月14日(土)まで 銀座「村越画廊」にて開催。→ 飯岡千江子 版画展
11日(水)はご本人在廊との噂です。

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