スポーツが奇数を好むことの理由はよくわからない。ただ何となく、割り切れないということが・・・・。
飛躍すれば、「人間」関係は割り切れない方がいい。
「時間」は割り切れることにした。季節が一回りする1年を12で割って1月は30日。月が一周。1日を24で割って1時間。60で割って1分。60で割って1秒。
「空間」も割り切れることにした。赤道から極までの距離を1千万で割ったものが1m。ただそう決めた。
こんな具合だから1秒にも1mにもさして意味はない。
戦後に法律上は廃止された「尺貫法」は割り算ではないから割り切れない。手や足といった人間の寸法から始まっているから、どこまでも人間のスケールだ。仕方なく1尺は10÷33=303.0303・・・ということにした。メートル法は割り算でできているけれど、尺寸は倍数の世界。今も変わらぬ職人の世界。割り切れなくても建物は建つ。
「人間」も「時間」も「空間」も割り切れるものではないし、連続する何かだから、割り切れない方がなんかいい。スポーツも建築もそんな人間がやっていると思って見ているくらいがなんかいい。
飛躍すれば、「人間」関係は割り切れない方がいい。
「時間」は割り切れることにした。季節が一回りする1年を12で割って1月は30日。月が一周。1日を24で割って1時間。60で割って1分。60で割って1秒。
「空間」も割り切れることにした。赤道から極までの距離を1千万で割ったものが1m。ただそう決めた。
こんな具合だから1秒にも1mにもさして意味はない。
戦後に法律上は廃止された「尺貫法」は割り算ではないから割り切れない。手や足といった人間の寸法から始まっているから、どこまでも人間のスケールだ。仕方なく1尺は10÷33=303.0303・・・ということにした。メートル法は割り算でできているけれど、尺寸は倍数の世界。今も変わらぬ職人の世界。割り切れなくても建物は建つ。
「人間」も「時間」も「空間」も割り切れるものではないし、連続する何かだから、割り切れない方がなんかいい。スポーツも建築もそんな人間がやっていると思って見ているくらいがなんかいい。