「サバイバル ファミリー」 矢口史靖監督 ☓
東京の真ん中にあるマンションで暮らす平凡な一家が、電気に関わるすべての電気製品が使えなくなり、妻の実家鹿児島まで脱出する姿をコミカルに描きました。
会社員の父親(小日向文世)と妻(深津絵里)大学生の息子(泉澤祐希)高校生の娘(葵わかな)の鈴木一家は、鹿児島の祖父から届いた新鮮な魚や有機野菜を「気持ち悪い」と迷惑顔でした。そんな折、朝起きると電気を使うすべてのものが止まってしまいました。当然の事ながらガス、水道も止まります。はじめはキャンドルナイトを楽しむ余裕もありましたが、状況が好転せず物や水はなくなっていき、バッテリーを使う車も動かず、打開策として自転車で鹿児島を目指すことにします。
米や水が高騰しますが、妻のへそくりの現金に救われ当面はなんとかやりくりできました。しかし、さまざまトラブルに見舞われ、命さえ危うくなるのでした。果たして一家は無事鹿児島へたどり着けるのでしょうか。
電気への過度の依存に対する警告、食べる物に対してのありがたみの薄れ、生きるために最低限必要なものは何か、都市の人口集中と地方の過疎化、そういったことを再確認させることがこの作品の目的だったのでしょうか。あれこれ風呂敷を広げすぎてしまい何が言いたいのか「これだ!」というテーマが曖昧になってしまいました。
結局弁当を持っていくことと自転車通勤くらいを始めたくらいで、元の都会暮らしを変わらずエンジョイするラストにはちょっとがっかりしました。
筆者も都会の駅などで元気な学生や通勤客がエレベーターやエスカレーターをためらいもなく使って電気の無駄使いをしている姿には「福島を忘れたのか!」とひとこと言いたくもなるし、キャベツに青虫がいるだけでキャーキャー騒ぐ消費者には軽蔑もしています。その点ではこの作品に共感もしますが、この作品が本当にサバイバルなのかは大きな疑問です。
矢口監督には是非、「その後のサバイバルファミリー」で、長男が漁師になる、娘が鹿児島の大学に進学する、父親が鹿児島の支店に異動するなど、あの経験がもっと人生に訴えた結果を見せてほしいものです。黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」を参考にしてください。
タバコは、冒頭部分でタクシーの運転手が喫煙(☓)。運転手が喫煙者だと車内で吸わなくても残留タバコ煙の被害を受けるので大変困ったことです。鹿児島への途中世話になった農家の一人暮らしの太地康夫が度々喫煙していました。車も走らないのになんでタバコが生産流通しているのか訳がわかりません。(☓)