わたしは六百山

サイゴンでの365日を書き直す 

クジラの目

2005年10月22日 | できごと
こちら うみ. ハッブスオオギハクジラの小さな目。
昨日海からあがったハッブスオオギハクジラの解体研究は、日本では今回が初めてだそうです。
朝から、20トンのショベルカーが浜辺に運ばれ、クジラの解体が始まった。
国立科学博物館・県立生命の星地球博物館・日本大学・八景島シーパラダイス、これらから専門家がやってきて、解説を加えながらの解体だ。からだの計測の後、まず、DNA鑑定のため皮膚を剥ぎ、厚さ4cmほどの脂肪を剥ぐ、赤黒い筋肉を除去し肋骨を取り出して行く。その間に血液を採ったり、尾びれを切り取ったりする。ひれの断面からは直径5mmほどの動脈とそれを取り囲む0.5mmほどの静脈が輪切りになって見える。
小雨が時折かかり、じっとしていると寒い中で、100人ほどの観客はめずらしい作業を見つづけている。
「これ、イルカに似てるけど、クジラとイルカの違いはなんですか」 おばさんが質問する。
「そうですねえ、はっきり分けられるものじゃあないんですが、いちおう、4mまでをイルカ、それを超えるとクジラと呼んでいます」
解体がすすんだころ、一人の学芸員が10cmぐらいの枝の切れ端のような物を見せた。
「これは、骨盤です。クジラには足がなくて陸上動物のように立派な骨盤はいらないので、こんなに小さくなってしまったのです」
「ほお」
昼休みをはさんで、2時半ごろ、全ての作業は終わった。
骨格と内臓の一部は持ち帰り、研究用に使われ、他はすべて砂浜に掘った大きな穴に埋められた。切り取られた頭だけは解体されず砂の上に空を向けておかれている。30cmもあるくちばしは本当にイルカに似ている。
さっきの学芸員が言った。
「骨は一年から一年半たてば、白い骨になります。他の研究も結果が出るのは一週間とか一ヶ月後とかではなくて、何ヶ月もかかります。少しずつ皆さんにお伝えします」
次に、促されて病理学が専門の女性が言った。
「歯の間に寄生虫がいました。胃の中にも寄生虫がいました。それから、副腎に出血が見られました、きっと強いストレスを受けていたと考えられます」

ストレス・・・?
クジラにストレス・・・?
他の学芸員が「胃の中からイカのミンチが見つかったので、これによってどのくらい深いところで棲息しているかが分かる」というようなことをしゃべっている。しかし私は今聞いたクジラのストレスのことで頭がいっぱいになってしまっている。
深い海の中で、このクジラは何を悩んでいたんだろう。
相談する相手がいなかったんだろうか?
最後の最後に空の下で死にたかったんだろうか。
もう海に戻りたくなかったんだろうか?
ふと、砂の上に置かれた頭を見た。
すると、そこにある小さな目、その目が私に言った。
「海の上は天国だと思ったのに」
私は答えにつまった。
すると、目が言った。
「きっと空の上もだね」
私は、ぎっと砂をふんだ。

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