jump in the box

この小さな箱の中で飛んだり跳ねたりしてみます(笑)

記憶

2005年01月17日 | 生活
早朝大きな揺れで目が覚めた。
慌てて嫁さんに覆いかぶさり
枕元のテレビを片手で押さえて揺れがおさまるのを待ちました。
その時嫁さんのお腹の中にはチーちゃんがいました。

ウチはほとんど被害は無くて
幸い親戚も友人も仕事の関係でも犠牲者はいませんでした。

ただ、被害に合った方の話は聞く機会が多くありました。

仲の良かった新聞社の友人は宝塚に引っ越した直後に震災にあいました。
木造のアパートは崩れ落ち、真っ暗闇の中どこに足を出しても何かを踏んでしまう
やっとの思いで外に出ると暗がりの中信じられない状況がそこにはありました。
ガスのニオイが立ち込めていて「火をつけるな!タバコは吸うな!」と暗い中から声が聞こえたそうです。
少し明るくなってくるとその惨状があきらかになり絶望的な気持ちになり
それでもまだ越してきたばかりで面識も無かった近所の人と辺りを捜索し
残念ながら何体かの遺体を搬送したそうです。
まさに地獄のような光景だったと言っていました。

僕は仕事でどうしても神戸に行かねばならず
震災直後に神戸に行きました。
電車は途中まででそこからはバスと徒歩
三宮は見たこともない街になっていて
斜めになったビルが立ち並ぶ界隈では平衡感覚を失って
歩くことすらできずその場でしゃがみこんでしまいました。

目の前の状況が理解できず、呆然としたまま元町の取引先へ行きました。
朝6時に家を出たのに取引先についたのは昼をまわっていました。
担当者に挨拶をすませると「ご飯食べに行きましょう」と誘われました。
ガレキの中かろうじて残った小さな中華料理屋さんが営業しており、
メニューはラーメンのみでした。

僕のようなよそ者が何の手伝いをするわけでもないのに
こうして暖かい料理を食べるのが申し訳ないような気分でいると
それを察したかのように担当者がこう言った。
「みんな頑張って働いているんです。こうしてお客さんが来てくれるのがありがたいんです。」
そこにはつまらない同情など入り込む余地などない。
必死で立ち上がろうとする現実があるだけでした。
満足な材料もない中で食べたラーメンがどんな味だったのか僕には味わう余裕もありませんでした。

市街地はどこもまるで怪獣映画のセットのようで
いったいどうしたらこうなるのか
取引先の担当者と一緒に車でクライアントのところに向かいながら
窓の外に広がる世界をただただ眺めていました。
それは僕の想像力の限界をはるかに超える光景でした。

仕事を終え、合流した同僚の車で山を迂回して帰りました。
8時間以上かけて大阪に戻った時には
もうその日の出来事が現実であったことを忘れようとする自分がいました。

嫁さんのお腹にいたチーちゃんは5月で10歳になります。
彼女に記憶があるのか定かではないのですが
地震に対しては家族で一番敏感に反応します。
ちょっとした地震でも必要以上に怯えるチーちゃんを抱きしめるたびに
僕はあの朝を思い出すのです。



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6 コメント

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悲惨な・・・ (coco)
2005-01-18 09:17:04
こんなことがほんとに起こるなんて

信じられない想いでした



友人が西宮にいて

震災後、食料と水を持って

電車で行けるとこまでいって

後は、徒歩で行きました



無事生きてくれてたのが不思議なほど

マンションは崩壊していて

もう、唖然としていました



あの光景は一生忘れないでしょう・・・

我が家も被害に合いましたが

何とか、無事でしたが

もう二度と味わいたくない思い出ですね

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あの時は (jump)
2005-01-18 10:10:06
みんな信じられない思いでいっぱいだったはずです。

何かできる事はないかと誰もが思ったはずです。



天災から逃れることはできませんが

その先にできる事は何かを考えるのは大切なことだと思います。



日常に飲まれ忘れてしまいそうになったときに

この日の事を思って気持ちを新たにすることも必要なのかもしれません。
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ぼくのように (まさゆき)
2005-01-18 17:02:29
遠く離れた東京に住む人間には、あのTVを通してみた光景が現実のものとは思えなかったです。



でも、東京に住んでいる以上、いつあの震災と同じような惨状が襲ってきてもおかしくないと言う恐怖感は、いつも心の片隅にあります。



だからと言って何ができると言うこともなく、ただただ幸運を信じるしかないんですけどね…
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日本に (jump)
2005-01-18 18:34:30
住んでいる以上、どこに行っても地震は起きるだろうし

それ以外の天災だって同じですよね。



大切なのは過去からそれを学び取って

そうなった場合に備える事だと思います。



我が家も昨日非常持ち出しのチェックをしました。

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Unknown (rockanddance)
2005-01-18 19:52:06
震災から10年経って。

TVでは特集も組まれたし。

自分も当時現地に立ったこともあるけど。

震災についての伝わる各人の想いはTVと周辺の人だけで。



10年の時を経て。

ブログというツールが一般的になり。

改めてその当時の各人の想いを知る事が出来るというのは何だか不思議な気がします。



普段は検索なんてしないんですけど。

今回は震災関係の記事を検索して読んでみようと思います。
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そうですね。 (jump)
2005-01-19 08:46:49
新潟の時もそうだったけど

ブログというツールはこういう部分でも広がりができるんですよね。



震災についての記事は僕もいくつか読みましたが

本当にその人それぞれにとっての震災の記憶というのがあるんだなぁと思いました。
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