◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

いよいよ退院でーす!!

2012-01-20 10:40:10 | タクドラ日記
やっと退院が決まりました。

 明日の午前中。

早っ!! なんだっていい、退院できれば。
胸に張りつけた心電図用の電極も、すくない胸毛と一緒にバリバリ剥がしてくれました。

いよいよ、オリャ、自由になるどぉぉぉぉ!!

ラーメン食える。コーヒー飲める。餃子が食える。
だいいち、タバコが吸える―ーっ!!

   (x.x)y-333 ブカー

てことで、いまから手荷物をまとめます。
お世話になった看護婦たちには、キスの嵐が降るだろう。
今日は東京も雪。温めてあげるぜィ。

  ギャオォォォォ―ー―ンっ!!

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橋下徹氏というメタファー(報道ステーションより)

2012-01-16 19:49:15 | 社会・政治
昨日の報道ステーション(1/15、10:00〜)を見た。
橋下徹氏を主役に立てた、座談会が行われていた。

昨年の大阪首長選は、まったく他山の石だった。各立候補者の主張や、とくに橋下氏の大阪都構想、「独裁者」発言の真意など、政治的な話題のひとつと聞いているだけで、詳しい内容は知りたくもなかった。どうせ低レベルの政治家が、人気取りのために喋っているだけだろう、というわけだ。

しかし対談相手に向かって、口汚く言葉を投げ返す橋下節が面白く、期待しないで見始めた報道ステーションに最後まで付き合った。

橋下氏の政策の全体像が理解できたわけではない。だが、どうやら、座談のあちこちで、行政の「無駄をはぶく」と発言していたから、現代の欧米に流行る行政改革、すなわち公共事業の廃止と民間移譲の推進を、政治戦略の基本のひとつにしているらしい。こうした政治戦略を「新自由主義」ともいうようだ。民間の大手業者、とくに金融資本にたいして、資本の論理=「儲けるための活動」障壁を排除し、かつ最大限に保障する戦略だから「自由主義」の一種であり、公共資本(自国民から集めた税)の簒奪を合法的に認める点で、欧米の考え方としては「新しい」とみなせるのだとか。

しかしながら我が国では明治以来、「殖産興業」としてよく知られた、お馴染みの経済戦略である。後発資本主義国として出発した国家にとって、「富国強兵」とともに、止むをえない経済・政治戦略だったのだ。現代の「殖産興業」は、IMFや世界銀行から融資を受けたアフリカなどの新興国が、必死に試みる成長戦略でもある。また、違法に行われた公共資本の簒奪は、ソ連からロシアへの暴力的な経済移行に身近な例がみられるだろう。

大阪首長選で橋下氏は、市と府の水道局が2つあることを、省くべき無駄だと争点にしたようだが、新自由主義からは、ある意味で当然の着想だったかもしれない。しかし水道局を、民間に移譲するべきとは主張しなかったようだ。2つの水道局をそれぞれ別の民間企業に移譲すれば、企業努力によって安価で最良の水質が保障され、しかも府や市の財政削減につながる、と考えるのが「新自由主義」である。この点で橋下氏は、何か怪しげな考え方をしているのではないかとも推測できる。

教育問題に話題が移るにつれ、こうした橋下氏への疑問は膨らむ一方だった。かれは教育委員会を「クソ教育委員会」とか、「バカ教育委員会」とか呼ぶ。こちら自身も、都道府県の教育委員会の存在にとどまらず、文科省と教育政策そのものに疑問を持っている。教科書検定など、日本の知的レベルをあげるために廃止するべきだとすら考えている。しかし、「クソ・・・」「バカ・・・」といった言葉づかいを正当と受容する価値意識は、何を意味しているだろう。それとも、何も意味していないのか。

その疑問への解答は、やがて後半部分でわかりかけてくる。大阪府の教育委員会と教育は府知事の方針に従うべきだ、と橋下氏は述べた。「クソ・・・」、「バカ・・・」と、テレビ・カメラの前で発言する人物に、公選されないから教育関係者は従うべきであると。ここに、橋下氏という人物の基本構造が浮かび上がってきた。

このような精神構造は、ひとことで表現できる。
モンスター・ペアレンツ。

そう。かれは政治、経済、教育など、あらゆる面においてモンスター・ペアレンツのひとりなのである。この精神構造の一面が、長引く不況と裏切られた政治改革を背景に、大阪住民の憤懣を集約しえた。ここに「橋下徹」というメタファーの役割がある。とすれば、大阪の人々は、もう一度ならず苦しむ必要がある。なぜなら、モンスター・ペアレンツに欠けたものは、構築力だからである。かれらは何も構築できない。そこに気づいたとき、大阪の住民に第二、第三の苦しみが始まるだろう。

(病棟にて)

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入院その後

2012-01-15 17:16:30 | タクドラ日記
去年の12月28日に肺炎で入院して、すっかり病院で年を越した。
ふつうなら、これで退院なんだろうが、わずかに心臓がノイズをたてるらしい。
そのチェックというわけで、退院が遅れている。

どうやら、この病院は心臓関係に強いらしく、心電図をとる患者が多いみたいな気がする。
治療が得意な病気は、きっと見つけるのも得意なんだろう。

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入院決定と恨みつらみ

2011-12-28 00:35:30 | タクドラ日記
いきつけの病院に行ってきた。
全治一か月、ということだった。

これを知った会社のほうが慌てだし、
近くの病院に空きベッドを探し出し、
救急車に乗せてでも入院させる手続きを取ったらしい。

というわけで、楽天的な自由人を自称するブログ筆者のタクドラも、
明日は拉致され、どこか病院の大部屋のベッドに、
くくり付けられる運命にある。

全治一か月が2週間くらいに短縮されると、
敵方は期待しているらしいのだ。

現代の病院とは、傷ついた労働者を修繕し、
ふたたび付加価値を生みだす存在として、
市場に送り返す優秀なシステムなのである(泣)。

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近況報告

2011-12-25 14:39:26 | タクドラ日記
今日まで約半月ほど、気管支炎をこじらせた結果の肺炎に苦しんでいます。

年末といえば、忘年会の季節。タクシーが利用される絶好の機会。

というのに、おれはドクター・ストップ・・・(泣)。


今日は何としてものご報告にと、久しぶりにパソコンを開いたところです。

ではでは、みなさま。よいお年を。

わーーーーーっン!!

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100円貧乏人がサラダとアーモンドに夢見るTPPのその後とは?

2011-11-21 09:17:48 | タクドラ日記
最近の日本では残念だが99ショップはなくなって、かわりに100円ショップが、いたるところでネオンサインをビカビカ光らせている。その入り口には、たいてい一個100円、税込105円、のインスタント・ラーメン、そば、うどんがうず高く積まれている。店に一歩入れば、100円の菓子パンが棚にあふれ、100円缶詰がゴトゴト積み重ねられている。しなびて貧相な顔つきさえ嫌がらなければ、ダイコン、人参、白菜なども100円。そんな店では200円、300円の商品を手に取るお客はチョー喜ばれる。

この世の中はどんどん貧乏人に暮らしやすくなった。うまくリサイクル・ショップを利用すれば、上から下まで、外から中まで、安上がりの生活ができてエンジョイ・ライフ。100円ショップに通いすぎてサイフを空にする、100円貧乏人すら発生している。

そんなわけで、ドライブ中のオヤツにと、貧乏タクドラはアーモンドを買ってパクついた。

 う、まずっ。てか、味がしない!

「アーモンド」って書いたらアーモンドか。「禁煙」って書くだけで、だれも吸わないのかよ。
馬鹿にしやがって。もう二度と買ってやんねー、こんなの。

怒りにまかせて袋を眺めたら、

 アーモンド(米国)、まさか・・・。

そこでタクドラは調査を開始した。
一日一回、100円ショップ、コンビニ、スーパーに立ち寄っては安いアーモンドを買って食うのだ。

 う、まずっ!

どれもこれも、「アーモンド(米国)」。
こんなに不味かったけ、アメリカ産?

そこで今度は、ワンパック・100円のサラダ・フリークになってみた。タクドラは野菜不足になるからね。腹がふくれりゃいーじゃん、ってのがタクドラの食思想だからさ。それじゃイカンと、わかっているのもタクドラ。若死にの理由は運動不足と食生活の貧しさにあるんじゃないか、なんて無意識的におびえているものなのだ。ってことでサラダ・フリーク。

一日2個、スーパーで買ってみた。帰ってワンパック、起きて出かける前に残りのワンパック。
ボリボリバクバク、公園の雑草をむしって食ってる野良犬になった。
ところがだ、

 う、ニガーッ!

ビニール袋をじっくり眺めた。
それらは全部、タマネギ(米国)だったり、キャベツ(米国)だったり。
タマネギ(日本)、ダイコン(日本)を選ぶと、なーんにも農薬臭がない。
驚いた。

 結論;米国産は、農薬がきつくて味も悪い。

そこで、TPP以後の社会が透視できちゃったのだ。

TPPの後、貧乏人は農薬がきつくて味が悪い食事をパクパクやるんだなー。
いままで、どんなに農薬が少なくて、味がいい生活をしていたか。

なんて、いまごろ気が付く、おバカで貧乏なタクドラの感想でございました。

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この国の歴史からTPPを読み解けば

2011-11-16 18:53:09 | 社会・政治
いまさら歴史を紐解くまでもなく、太洋の末端に浮かんだ小国は、つねに大国を震源とする磁場のなかに存在しつづけてきた。人類史に例外なく、磁場の一面は凶暴な物理力への不安と恐怖であり、他面は、最新の文明と秀逸な文化への憧れだった。白村江の戦い(663年)、元寇(1274年、1281年)などは、そうした磁場にたいする独立・防衛戦争の一種ではないか。

とくに現在、小国を揺り動かす磁場の震源は、米、中、そして極北に位置するロシアだろう。しかし、これら諸国を隋、唐、あるいは元、明、建国直後の清、オランダ、スペイン、黒船時代のアメリカなどに比べれば、何か重大な欠損に気がつく。もっと身近に引き寄せて、太平洋戦争後の米国はどうか。その後、冷戦の終結とともに、米・露が世界帝国としての強度を落としつつある、などの相対量的な評価は表面的にすぎる。かつて大国が及ぼしたはずの磁場が衰退しただけではなく、その内容が本質的に変化した。とするのが、ここに議論する文脈である。すなわち、恐怖と憧れの変質。

このうち米国の軍事的な恐怖の衰退は、イラク、アフガンを例に取るだけで、日本人の間では十分のコンセンサスが得られるだろう。特殊部隊とステルス・ヘリを投入し、ひとりのイスラム原理主義者を追いつめ暗殺したハリウッド劇は、予定される米軍の退路をバラで飾る政治劇にすぎなかった。

大国を震源とする磁場のうち、他方の憧れはどうだろう。太平洋戦争の直後から、敗戦国には車、医薬品、食料、医療など、米国製の商品が雪崩をうって流入した。焼夷弾と原爆で焼かれ、壊滅した国土には、雑草と焼け焦げた無数の人骨以外に、ほとんど何も残っていなかった。その後、上野着の就職列車が象徴するように、農村部の安価な労働人口を工場に吸い上げ、機械制近代化を急いだ国は奇跡ともいわれる国土の復興をなしとげ高度成長時代を築き上げた、というのが教科書的な現代史のサワリだろう。

しかし筆者が注目するのは、まず最初に、化粧品である。国土復興と高度成長期における女性用の化粧品には、ほとんど例外なく欧米女性がCMに起用されていた。車、電化製品、衣料品、食料品、趣向品など、他の商品でもほぼ同様だったはずである。ところが、今はどうだろう。篠原涼子のCM写真が氾濫して辟易したときもあったが、化粧品に使われるモデルたちは、すっかり欧米人から日本人を中心とする東アジア系にシフトしている。映画界はどうだろう。あいかわらずハリウッドの物量は壮絶な迫力をもっているが、出演する俳優にたいする小国人の感受性は変質した。証拠のひとつは韓流ファンの熱狂であり、欧米系俳優に向けた従来の憧れが、島人を中心とする東アジア系俳優へと方向転換しているのである。カー・レースを除くスポーツ界でも、サッカー、バレー、短距離走のウサイン・ボルトなど、例に挙げるまでもなく同様の集団意識を示している。ほかに、ナデシコ旋風やAKB旋風など、島人の意識変化を指し示す興味ある出来事があるが、ここでは割愛する。

現在の大国を震源とする磁場のうち、米国発の激震は明らかに変質し、衰退の一途をたどっている。では、中国発の磁場はどうか。と問うまでもないのではないか。南シナ海に及ぼす軍事的な脅威と魅惑の女子十二楽坊、『グリーン・デスティニー』、『HERO』、『LOVERS』、『女帝 [エンペラー]』など、中国映画の成功は、中国磁場の波及を強く予感させる例である。いまのところ、ロシア発の磁場は脅威(北方領土問題、領空侵犯など)のほかは存在せず、大洋に浮かぶ小国に波及する磁場の震源としては特徴を欠く。

ようするに、経済自由化のなかにあるTPP問題は、この国を激震させる2つの干渉しあう強磁場の間に生じた問題である。ひとつは衰退していく磁場、もうひとつは復活を強く予感させる磁場。これら2つの干渉しあう磁場の力を、困難だが読み誤っては亡国に通じる。TPP推進派としての野田政権は、一方の衰退する磁場を選択する。これは、太平洋戦争の終結から小国がたどってきた国家経営の、忠実な延長線上にある。

いま、この路線を選択するには困難がともなう。大方の予想どおり、米国発の金融不況はユーロ圏にも深刻に波及してきた。こうした米国の磁場に、いっそう身を乗り出して参入するのであれば、まず第一に、衰退する磁場の下支えを強力に行う必要がある。それがどこまで可能か。次の問題は、この国の産業構造の改変、いわゆる構造改革である。TPPにかぎらず、経済自由化の大枠は、衰退する磁場の震源、米国の復活を目論むものである。というのは、多くの島人にとって共通認識になりつつあるだろう。その目論みなくしては、米国発の磁場に身をゆだねるわけにはいかないからだ。具体的には、巨額の資産を背景とする米系○○ファンドによる優良企業の買収、吸収・合併が進むと推測できる。オリンパスがニュースを騒がせているが、さぞかしファンドは涎を垂らしていることだろう。ジワジワと輸入制限を緩和してきたとはいえ、残留農薬の基準が100倍近くだという米国産の野菜、遺伝子組み換え農産物、狂牛病で有名になった米牛など、詳しい表示もなく国内に出回り、消費者の口に入っていくだろう。一般的に、政治は犠牲者なくして行われない。とはいえ、こうした事情を「消費者が得する」と説得にかかる自称・経済学者など、知識人として許されるものではない。消えろ。

しかし現在、中国発の磁場に身をゆだねるのも早計である。すでに述べたが、南シナ海に空母まで浮かべ、周辺国の恐怖をあおっているが、島人を憧れさせる産業と文化の隆盛はまだ見られない。また中国googleのように、文化度の遅れた独裁政治のもとでの投資効果に疑問もある。だが、やがて中国の文化と文明は歴史的に復活・成熟し、かつてアジアの歴史をつづった大国らしい強磁場の震源地に発展する可能性は大である。そうなれば、大洋に浮かぶ小国の政治は、ふたたび遣隋使を中止して、やがて遣唐使を送ったのと同様な政治の転換を行う必要が生じるのだ。

さて以上では、強磁場のなかで揺れ動く小国としてのみ、取り急ぎ簡単な歴史的評価をスケッチしてみた。しかし、この国は一体どこへ行くのか。単に大国の強磁場のなかで揺れ動かされ、国民の大半を犠牲にしながら右往左往するだけに終わるのだろうか。この国の歴史的な存在感は、どこにある?

ひとつは、経済自由化とTPP路線の延長のうえに、もっと明確にドル圏のなかに組み込まれていく方向だろう。具体的には、円という独自貨幣を廃止して米ドルを流通させる。こうすれば、ドル安・円高などに国内市場が振り回されることもない。日の丸を州の象徴にし、米国を「わが国」と呼んで磁場の衰退を修復し、その復活に役割を見出すのだ。勤勉で技術力が高く、また想像力が豊かな米国の一部として、歴史に刻み込まれるだろう。

もうひとつは、干渉する磁力の力関係を見据え、TPPなど経済自由化への要請にたいする政治的なバランスを発揮する方向である。簡単にいえば、距離を保つのだ。古来より日本には、得意とする政治・外交の方向だったのではないか。筆者としては、こうした方向を取るなかで、脅威なき憧れの磁力にみちた未来志向の大国を目指していただきたい、と強く願う。
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『まともな人』養老孟司/感想

2011-11-07 05:48:35 | 読書

※養老孟司著/中公新書 ¥700(ブックオフ¥350)
 『中央公論』に連載中の「鎌倉傘針日記」2001年1月号〜03年9月号より。


本書の10ページ足らずに、連載された一回分の「鎌倉傘針日記」がまとめられ、テーマは教育、学問、政治、イスラム原理主義など多岐にわたっています。休憩中のタクドラが読む本としては、じつにお手軽でした。




脳のはたらき、すなわち人々がふつうには「心」と呼ぶもの、これは個人間の共通性がない限り、そもそも他人に理解できない。
・・・(略)・・・
自分だけのものとは、心ではなく、じつは身体である。これはことごとくオリジナルである。(p13-14)

オリジナル、個性を尊重する現代の価値観を批判したものです。こうして読者は、現代社会に流行する数々の「常識」や「風評」にたいする反省を強いられていくのです。

お金とは可能性への欲望だ。
・・・(略)・・・
食欲や性欲を通常の欲望とすれば、金欲はメタ欲望である。欲望を満たす可能性への欲望だからである。(p21)

「お金とは可能性への欲望だ」は、他の文献からの引用らしい。しかし、ここでは際限がない金への欲望から、具体的な恐怖とは異なるメタ恐怖として「不安」を連想し、戦争の問題を考えていこうとします。

本書の紹介者として秀逸だと思ったのは、何にでも意味を求める病を指摘した一項でした。仕事や人生にたいして「生きがい」、「やりがい」を求める病に通じています。

以上に触れただけでも、本書が取り上げる話題は多岐にわたっていることがわかるでしょう。これらを一言でまとめるなど可能とも思えませんが、養老翁らしい次の言葉は、いまでも耳の奥に響いています。

現代人が抱え込んでいるのは、心ではなく、身体の取り扱いの問題である。現代社会はまさに心の社会、意識中心の社会だから、身体という無意識の声が聞こえない。(p26)


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舞台を観た

2011-10-26 16:21:37 | タクドラ日記
この間、2回も舞台を観る経験があった。

1回目は演劇、@池袋。
モチーフはヒッキーで、そこからの復活(?)がテーマだった。
これは難問だろう。ただ暖かい人の関係に気が付くだけでは、
解決しないのではないか。
―ーと、ややイージーな結末が心配になった。
しかし劇場は連日大入り満員だったらしい。
現代の若者にとって、ヒッキー問題はデカイのだ。

2回目はピアノの演奏会、@他府県。
練習不足が目立ったが、その曲想には共感できた。
「うまいだけがピアノじゃない」
これでは何かが伝わるとも思えない。
「アーティストの理解と科学的な理解は違う」
とでも言い換えておこう。
養老翁なら、脳と身体の理解とでもいうだろうか。


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タクドラの読書

2011-09-27 15:11:10 | 読書
あまりブログを更新していませんが、今日までいろいろと本を読んでいました。
といっても読書量はたいしたものじゃなく、無教養・貧乏のタクドラにふさわしい「いろいろ」ですが。

『光の場、電子の海』(吉田伸夫/新潮選書¥1200別)
『さようなら、ゴジラたち』(加藤典洋/岩波書店¥1900別)
『アホの壁』(筒井康隆/新潮新書¥680別)

以下、読みかけ。

『文学の徴候』(斎藤 環/文藝春秋¥2,100別)
『確率に強くなる』(ニュートン別冊/¥2,415)

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