都立上水高校 第1期社会科部OB・OG会公式ブログ

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川越をゆく ~すべてはここから始まった~ 第6回

2006年03月21日 22時40分17秒 | 【連載】川越をゆく(完結)
川越城本丸御殿
細い道をくねくね歩き、11時42分、川越城本丸御殿にたどりつき、靴を脱ぎ、川越城・川越市立博物館・蔵造り資料館の共通入場券(300円)を買って中へ入った。
私は、京都の二条城より小さく狭く感じた。又、それと異なって、うぐいす張りでなかった。
受付を通り、使者の間などに面する廊下を右に曲がり、川越城年表を見た後に私と財務担当はトイレに行った。喜多院とは打って変わったトイレであった。
トイレを出た直後の廊下には「川越反歴代藩主一覧表」があったが、多くの藩主が数年で変わっているな~と感じた。
ちなみに、後詰所に川越城本丸御殿の年表があったが、それには興味深いことが書かれていた。
昭和9年(1934年)、本丸御殿は初雁武徳殿(川越地方武道奨励会の修練道場)として使われ、太平洋戦争後の同22年(1947年)に川越市立第二中学校(現在の川越市立初雁中学校)の校舎になった。そして、同26年(1951年)には、何と同中学校の屋内運動場となってしまい、今でもその時のボールがあたった跡が天井などに残っているようだ。このお城は、激動の状況に置かれていたのだな~、と感慨深いものを感じた。
尚、外に出ると玄関の正面に『初雁武徳殿』と書かれた石碑があった。(つづく)(執筆:会長)

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