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都立上水高校 第1期社会科部OB・OG会公式ブログ

第1期社会科部は平成21年3月12日消滅。本ブログは現在活動中の新生「社会科部」様や都立上水高校とは一切関係ありません。

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その10

2006年04月19日 23時48分12秒 | 【連載】鉄道旅行記
 いつの間にか前の更新が2ヶ月以上前になってしまったので、まずはここまでの旅を振り返ります。
ここまでのあらすじ
 第1話河辺駅からJR青梅線にて立川経由で八王子へ向かう。ここから、大混雑の八高線で再び拝島へ戻る。集合時間になっても一人来ず。
 第2話拝島から八高線で高麗川へ向かう。車両は205系。私にとっては見慣れた土地も多いが、ほかのメンバーには新鮮だった様子。
 第3話箱根ヶ崎駅を発車し、埼玉県に入る。次回は秩父鉄道のSLにでも乗ろうかという案も出た。これは計画を練っているところ。
 第4話高麗川駅にて乗り換えをする。高崎から来たキハ110系に乗車し、車内にて雑談。そして高麗川を発車した。車内の質は上々。
 第56話ディーゼル区間に入り、倉賀野までの1時間強を車内にて過ごす。途中では東武線と併走をしたり、余りに長い駅間に自分たちの現在地を見失いかけたことも。
 第7話八高線の旅も寄居を過ぎ、後半戦に突入。寄居ですれ違いのための長時間停車の隙に車外にも出た。そして八高線は倉賀野に到着する。ここからは大宮に向けて南下してゆく。
 第8話高崎線で大宮へと向かう。車両は211系のロングシートだったので、籠原まで行って、そこで作戦を考え直すことにした。私のみが別の号車に移動した。途中で、特急の遅延によりこの電車も長々と待たされ、籠原に着いたときは5分程度の遅れとなっていた。
 以上がここまでのあらすじです。今回はいよいよ大宮に到着します。
高崎線は行く(3)
 籠原。今まで乗ってきた211系はこの駅で5両を増結し、15両で、5分ほど遅れて出発した。次の電車は上野行き普通電車。上野方からE213系10両がやってきた。この電車に乗って大宮まで行くことにした。放送部長が、後ろの方にもボックスシートがあったはずだという事で、車両後方へしかし、私が前にE231系の10両編成に乗ったとき、確か後方はロングシートだった記憶があるので、少々不安ではあった。私が先に後部車両へ、思ったとおりロングシートだった。急いで前方車両へ、始発では客は少なく、グリーン車にいたっては誰も乗っていなかった。私たちは前から2両目に乗った。
 籠原を発車。ここからは熊谷、行田、吹上、北鴻巣、鴻巣、北本、桶川、上尾、宮原、大宮の順に止まる。
 少し暑いようなので、窓を開けている。車外からは風の音と、電車の走行音が入ってくる。さて、話を高麗川駅での会話まで戻すが、そこで、E231系の椅子は硬いと言ったと思うが、確かに硬い。以前私はこの電車に乗ったこともあり、また209系やE231の通勤型にも乗ったことがあるのだが、ここまで硬くは感じなかった。もしや近郊型の方が硬いのか…。(共通設計なのだからそんなことはないはずなのに)しかし、他のメンバーは高校の椅子(通称ウッディー君)が、異様に硬いためか、このくらいでは硬くなくなってしまったようだ。私の椅子は2年次(現3年次)生の物とは異なるため、よくは分からないが…。
 熊谷に到着。普段であればここから大勢の客が乗ってくるとのことだが、前の電車(今まで乗ってきて、5分遅れた電車のこと)がすでに乗せていっていたのか、客はまばらであった。これはしめた!ここでこれだけの客であれば、もう混む気配はないのだ。
 熊谷を発車。運良く客が少ない電車に揺られ、ひたすら南下。すると途中で、あるメンバーがトイレに行ったのだが、なんとトイレットペーパーが付いてなかったとのこと。やはりJRはこういう所が欠けている気がする。
 籠原から何駅経ったのであろうか。そろそろお尻が痛くなってきた。そのためか、しょっちゅう座る姿勢を変える必要があった。いつの間にか、住宅街であった車窓はビル郡が目立つようになり、他線の線路も集まり始め、車両工場らしきものも見え始めた。いよいよ大宮に到着する。長かった旅ももう終盤に差し掛かる。お腹も減っていた私にとってはやっとのことの休憩である。とはいっても改札外には出れない。ではどうするのか。そう、今回は駅改札内の商店街(エキュート大宮)を利用するのだ。
 電車はホームに滑り込み、私たちは大宮の地を踏んだ。ここからエスカレータで、構内へ。そこは駅とは思えない情景が広がっていた。
                                (つづく)
                          著者:研究関連担当代表
PS.掲載されている写真はこの際に撮った物ではありません。

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その9

2006年02月17日 21時30分34秒 | 【連載】鉄道旅行記
高崎線は行く(2)
 倉賀野。上り電車は隣のホームなので、そちらに移動。ホームの案内表示には大宮,上野のほかに新宿や横浜方面といった行き先があった。湘南新宿ラインが開通してからはこのような行き先の電車も来るのである。ホームには高麗川行きの列車がやってきた。もちろんキハ110系。客を少し降ろしてすぐに発車していった。高崎側にはEH200型電気機関車らしきものが停まっていた。奥のホームに高崎方面行き電車が到着。車両はE231系だった。こちら側にも、もうそろそろ電車が来るだろう。
思ったとおり電車が近づいてきた。遠目で見た感じだが車両は211系らしい。私は車両がクロスシート車かどうか確かめるため端の方へ移動した。車両は5両×2編成の10両。大宮側の5両はロングシート、つづいて高崎側5両はいかに…。
 全バツだった。どちらもロングシート。ということで相談の結果、途中の籠原まではこの電車で行くことになった。
 高崎線211系に乗車。電車は倉賀野を発車した。再び鏑川を渡り、右に北藤岡を見つつ通過。関越自動車道をくぐり新町に到着。ここから本庄まではひたすら真っ直ぐでカーブらしいカーブがない。私はほかのメンバーと籠原で降りることを確認して、後ろの車両に移った。9号車はM(電動)車だがエアーコンプレッサー(CP)の音がうるさい。10号車はMc(電動制御)車。私はここに座った。神名川橋を越え神保原(じんぼばら)に到着。ここからはATOS(「アトス」と読む)区間に入る。車窓の景色は本線沿いなので、住宅が目立つ。本庄に到着。ここで特急「水上・草津」3号上野行きの接続待ちのため7分間停車。電車は車内保温のため、ドアが開かない。すると、車外に大学生らしい集団がいるのだが、ドアが開かないことに戸惑っている。開け方は分かっているみたいだが、ボタンをしっかりと押さないと開かないというものなので、軽く押しただけでは開かないのだ。この集団はしっかり押し切っていないがために、ドアが開かないのである。そこで、私は内側からドアを開けた。すると、この方々からは「ありがとう」と言われた。特急電車は5・6分ほど遅れているらしく、この電車は特急の後に発車することになり、ここで5分ほど遅れることになった。
 5分ほどして特急「水上・草津」3号上野行きが来た車両は185系古い部類の電車である。特急電車は本庄を発車。この電車もすぐに発車する。高崎線では半自動時は発車間際にドアを開く方式で、八高線とは逆である。
 本庄を発車。次は岡部。ここまでの遅れを取り戻すため、飛ばしてゆく。岡部を発車し、次は深谷。深谷の次が籠原である。深谷を発車したあたりで、私はほかのメンバーがいる車両に戻った。放送部長と構成員Aはゲームをしていた。
 籠原に到着。この電車は後ろに5両をつなぎ、15両で上野に行く。私たちは電車を降り、後ろの増結車両を見ることにした。後ろの車両もロングシートだった。そのため、次の上野行きに乗ることにした。211系は一度ドアを閉めた。いよいよ連結である。後ろから211系5両が到着。双方共に非常口を開け、作業員の方が、連携を取りながらゆっくりと近づいてゆく。残り1メートルほど、連結は、遅すぎると噛合わないし、速すぎると追突事故になる。速度を微調整して連結器が接続される。「ガチャン」と音が鳴り後ろの電車にわずかな衝撃が走る。連結完了だ。15両になった211系は上野に向けて5分ほど遅れて発車していった。
                                (つづく)
                          著者:研究関連担当代表
PS.掲載されている写真はこの際に撮った物ではありません。

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その8

2006年02月17日 00時33分12秒 | 【連載】鉄道旅行記
八高線は行く(6)
 寄居に到着。列車交換のため、発車まで10分ほどある。そのため私と放送部長は一度列車から降りることにした。例のごとくドアを開けてホームに降りる。ホームが低いため、車両にはステップがついている。外ではエンジンのアイドリング音が聞こえるので、一見バスのようにも見える。ホームが低いことから車両の床下が見える。そこからエンジンが見ると、やはり回っていた。今首都圏では、ディーゼル車の排ガス規制がされているが、鉄道もやはり対象なのだろうか。
 隣には東武東上線と秩父鉄道線がある。双方共に電化されている。この路線は依然非電化だ。ホームの時刻表は非常にローカル的なもので、1時間に1本とない。しかも年中同じダイヤなのである。(平日も休日も関係なし)ホームの看板も昨日の写真の通りどこか国鉄チックである。昔はここを5・6両編成が走ったというが、今では考えられない。
 そんな事で、すぐに時間が経ってしまったので、高麗川行きの列車が来た。入線するところを取るのもおつだが、そんな事をして列車に行かれてしまっては大変なので、すぐに車両に戻った。
 列車は寄居を発車。隣を秩父鉄道線が走っているのだが、電化されている線路は分かっても、その存在に最初は誰も気づかなかった。途中で、貨物列車とすれ違った気がした。ちなみに秩父鉄道を走っているのは国鉄の101系と元東急車、そして蒸気機関車(SLパレオエクスプレス)である。この先用土、松久、児玉、丹荘と進んでいく。乗客は次第に増えてゆく。この区間の途中で私はトイレに行った。
 児玉に到着。ここの看板は国鉄時代から変わってないそうな。ここまで、八王子から約80キロほど。寄居あたりが高麗川-高崎間の中間点で、ここまでが45分ほど。踏み切りも数多く越えてきたので、八王子からまもなく100箇所目に突入する。しかしその100箇所目がどこにあったかは知らない。丹荘を発車し、神名川橋りょうを渡る。ここからは群馬県だ。
 群馬藤岡。この駅前は多少栄えているようで、イトーヨーカ堂があったここでこの看板を見ることになるとは・・・。八高線もあなどれない。群馬藤岡を発車。車内は混雑し始めいよいよ立ち客が現れた。上越新幹線、上信越自動車道をくぐりいよいよ北藤岡に到着した。隣は高崎線の線路がありここからは実質的な高崎線になる。(「八高線は行く」おわり)

高崎線は行く(1)
北藤岡を発車。高崎線に合流。頭上に架線が復活し、電化路線をマスコンフルノッチ(アクセル全開)で加速してゆく。一度本線と別れ、単線のまま鏑(かぶら)川を越える。再び本線が右に出てきて3車線の中を2両編成のディーゼル気動車が快走する。そして列車は静かに減速してゆくいよいよ八高線の旅も終わりだ。降りる仕度をして、到着を待つ。
 倉賀野に到着。私たちは列車から降りた。ここのホームもキハ110系に合わせて低い。キハ110系は再びエンジンを唸らせ、高崎へ最後の駅を発車していった。ここからは本格的な高崎線。列車が来るまで少しかかりそうだ。
                                (おわり)
                          著者:研究関連担当代表

PS.2月16日から新しい役職に正式に代わりました。それに伴い、一部構成員の名義が変わります。
 2/10現在 → 2/16より
    会長 → 渉外担当代表
研究関連担当代表 → 会長
総合統括副代表 → 研究関連担当代表
会長全権代行 → 会長全権代行
出納担当代表 → 出納担当代表
                  その他変更はありません。

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その7

2006年02月13日 22時50分41秒 | 【連載】鉄道旅行記
本日2発目です。
八高線は行く(5)
 小川町に到着。今度は東武東上線と接続している。ここから寄居までは、東武線との競合区間だが、電化の東武と非電化の八高、スピード、運賃共に到底勝ち目がない。あるとすれば乗り心地のよさだけであろうか。小川町は八高線では乗客の多い駅である。確かに数人の客が乗降をしていたように見えた。
 小川町を出発。次は竹沢。この区間のほとんどを東武線と並走する。分岐してすぐが東武竹沢の駅。こちらは竹沢駅に入る。このあたりは無人駅もある。
 竹沢を発車。次は折原。このあたりで少し車内を探索した。私たちが乗っている車両は椅子がグレーがかったシートだが、後部車両は赤みがかっている。
 ←このとおり。
後ろには乗務員室があり、そこには車掌がなんと3人もいた。また戻ってくると、トイレの外壁に温度計があり、それによると25℃近くまで上がっていた。やけに暑いわけである。すると放送部長がトイレに入っていった。その間に折原に到着。放送部長が出てきて暑かったのか、ドアを開けて涼んでいた。少ししたらまた閉めて席に戻っていった。
 折原を発車。次は寄居である。私は席に戻らず最前部へと向かった。傍から見れば若いもんがうろうろしているように見えてであろう。余り快い光景には映らなかったかもしれない。その後に席に戻った。
 寄居に到着。ここですれ違いのため、7分間の停車をする。私と放送部長は一度列車から降りることにした。
                                (つづく…)
                            著者:総合統括副代表

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その6

2006年02月13日 22時50分21秒 | 【連載】鉄道旅行記
 少し記憶が薄れ始めています。急がなくては…。
八高線は行く(4)
 毛呂。高麗川の次の駅に着いた。何だか変な名前だが、これは町の名前から取っている。ちなみに町名は毛呂山町。この名前について、構成員がひらがなだとなんかおかしいよねと言った。確かに「もろ」では変だ。乗降客はまばら、そもそも乗客もまばら。しかしラッシュ時は3両編成でも立ち客が出るという。(都幾川に住むいとこの話)なんとも寂しい駅だが、近くには埼玉医大もあるのだ。次は「越生(おごせ)」東武線との接続駅である。左に道路を望み、途中から東武越生線と並走する。東武線は電化、八高線は非電化、ここだけ時代が変わっていないようである。
 越生。隣の東武線からは池袋行きも出るのにこちらは高崎行き。客は東武線の方が多いのだろう。なにせ八高線は90分間隔なのだから。駅についてもドアは開かない。自分で開けるのである。発車の際もベルはならない(いわゆる無音発車)で、車掌の笛だけ。しかもワンマン運転ならいきなり発車するかもしれない。しかし、乗り遅れても、待ってと言えば止まってくれるらしい。これも都市部では考えられない。なんせ、普通はドアが閉まればどんなに急いでいても無情にも発車してしまうのだから。
 さて、越生を発車。次は明覚である。ここは、先ほど述べた都幾川のいとこが使っている駅である。私は「みょうかく」を「みょうがく」と間違えていた。車窓は林あり田んぼあり荒野ありの景色が続く。いわゆる武蔵野の縁で、もっと言ってしまえば、関東JR線の外枠と言ったところだ。車内は蒸し暑くなってきた。窓からは想像以上に日光が差してくる。カーテンを閉めてもいいのだが、せっかくの景色が台無しになる。
 各駅間は1区間平均7分かかる。そのため、居眠り運転を防止する装置がついている。いわゆる「EB(イービー)」と呼ばれるものだが、前回述べたとおり、この列車は運転席の音が筒抜けに聞こえるので、その他の安全装置の音もすべて聞こえてくる。例えばEBだとブザーの後5秒以内に応答がない(何も操作しない)と強制的に停車させる装置である。私は、列車運転シミュレーター(「電車でGO!」のようなもの)を持っていて(パソコンです)安全装置の警報音とその後の列車の挙動を覚えているので、条件反射的に身構えてしまう。
 明覚に到着。周囲は大きな集落がある。どこも駅前は少し栄えている。列車はすぐに明覚を出発した。次は小川町。10分間の長時間行程だ。この区間はほぼ道路に沿って線路が敷かれている。直線もおおいがカーブはきつい。どのくらい経っただろうか。余りに距離が長いので、「もう小川町を出ましたか。」と聞くと、放送部長が「多分出た」と言う感じの応答をしたのだが、実際にはまだ着いていなかった。10分は長い。
 まもなく小川町に到着する。
                              (つづく…)
                      著者:総合統括副代表(2/10現在)

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その5

2006年02月05日 21時37分42秒 | 【連載】鉄道旅行記
6日ぶりの更新です。
八高線は行く(3)
 高麗川駅。いよいよ次に乗る高崎行き列車が来た。キハ110系。ディーゼル気動車だ。ホームにエンジンのアイドリング音が響き渡る、発車までは5分ほどあるので先に座席を確保し、私は一度降りて、お茶を買った。その後、車内で発車を待つ。ちなみにこの列車は通年半自動で、どこの駅でもボタンを押さないとドアは開かないのでご注意。
 キハ110系の車内はセミクロスシートの典型的な近郊型列車である。シートは4人用と2人用のボックスシートが左右に配置されていて、ドア付近はロングシートとなっている。車内の写真があればよいのだが、手持ちが無いのでご勘弁を。シートはとてもふかふかしている。しかし、シートの奥行きと幅は狭い。それでも通常乗る電車とくれべれば非常に快適である。それもそのはず高麗川から高崎までは、1時間半ほどかかるからである。そのため、車内にはトイレごみ箱が設置されている。トイレは和式となってるが、駅付近はポイントレールでゆれるので、駅間の走行中の利用をお勧めする。さて、私は、車内に戻った。車内は意外と暑く、温かいお茶を買うべきではなかったのかもしれないとも思った。メンバーの会話は、車内設備についてのことになっていた。このあたりの車両では、上質な車両だが、この後は高崎線で大宮に行くため、そちらでの車両の話になった。高崎線は来る車両によって極端に差がある。例えば、最もよいのは211系のクロスシート編成だが、オールロングシートの味気ない列車もある。また、E231系は確実にクロスシートがあるが、硬い。その代わり、グリーン車であれば当たり前だが、普通電車で最も上質なのだが、高い。(平日だと倉賀野-大宮間は950円で、休日は750円)そのため、211系のクロスシートが来るとよいのだが。このグリーン車から話が飛び、あるメンバーが東海道線のグリーン車を利用したとのことで、思っていたよりかは宜しくないとのことで、私自身も利用したことがあり、私の感想としては、十分なものであったが、話を聞くと彼は、JR九州の特急列車を利用したことがあるそうで、その列車の座席がなんと革張り(言っておきますが、グリーン車でなく普通車です)だとのこと。それと比べれば質が落ちるのは当然のことである。JR九州よ、なんとも次元が高いことだ。
 さて、そろそろ発車の時刻だ、車掌から発車するとの放送があり、少しすると運転士に対して、発車せよとのブザーがなった。(この車両は運転席の音が筒抜けで聞こえる)ブレーキを緩める音がして、列車は高麗川駅を発車した。エンジンは一段と唸りを上げ、勢いよく加速して行く、ディーゼル気動車というなんとも鈍足的なイメージがあるが、実際は違う。加速力は電車と引けを取らない。しかし、すぐに加速は終わる、ポイントレールを通過するためだ、すると列車は今までにない静寂になる。このギャップが、ディーゼルの醍醐味でもある。列車は再び加速する。次の駅は「毛呂」。ここから先は距離が非常に長い。次の駅までは5分は短い方、区間によっては10分ほどかかる。発車すぐは頭上に架線があるが、いよいよ無くなった。完全なる非電化路線。速度は100キロ近くまで加速する、ここから先は風景は変化に富んだ景色になっていく。いよいよ長旅が始まった。
                                (つづく…)
                            著者:総合統括副代表
PS.逆光で見づらかったので、写真を差し替えました。
またトイレとゴミ箱の写真を付け加えておきます。
←トイレです。

←ゴミ箱です。

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その4

2006年01月31日 21時06分59秒 | 【連載】鉄道旅行記
八高線は行く(2)
 八高線は箱根ヶ崎を発車し、国道16号線をくぐり埼玉県に入った。景色は相変わらず一面の茶畑に点々と家があるくらい。ローカル線らしい風景が続く。と言っても乗車しているのは205系でいわゆる典型的な通勤電車なので、まだ旅と言った雰囲気にはならない。この路線もほんの十年ほど前までは、ディーゼル気動車が走る路線だったのだが、今では、ローカル線も何も分からなくなるほど均質化されている。
 さて、一面の茶畑の中、八高線は快走を続ける。いつの間にか圏央道をまたいだようで、踏み切りを越え、金子に到着。今回のメンバーにとっては、このあたりの景色は新鮮なものなのかもしれないが、私にとっては、頻繁に車で通ることがあるので、もう見慣れた景色になっていた。金子を発車すると豊岡街道を越える。その先は右にカーブしながら林を抜け、道路と併走する景色は再び茶畑から住宅街に変わる頃、駿河台大学を左に見ながら丘を駆け上がってゆく。眼下に住宅街を見ながら入間川橋梁に差し掛かる右手には運動公園が見える。線路は橋梁から高架に変わる。西武池袋線を越え、左に曲がると東飯能に到着。
 東飯能、西武線との乗換え口。拝島を出てから次に見えた市街地である。西武線との乗換えが出来のだが、どちらも30分間隔なので乗り継ぎは余り良くない。この時「今度は西武線で秩父のほうに行ってSLにでも乗ってみようか」と言う案も出た。しかし、冬季はSLが走っていないし、春になれば私以外は3年生。到底行けそうにない。
 東飯能を発車。西武線は西へと向かい、八高線は北に向かう。林を抜け、左に宮沢湖があるのだが、木々が茂っていて見えない。この先は急坂が続く坂を下りきったところが急カーブになっている。ここは昔、買出し客を乗せた列車が転覆脱線をしたところであり、今でも慎重に走っている。このカーブを越えると高麗川はもうすぐ。
 高麗川に到着。ホームは昔のディーゼル気動車に合わせているためか少し低い。この電車は川越まで行くが、この先の八高線に乗るため乗り換え。ホームが低いので、降りる際に足を踏み外しそうになった。高崎行き列車はまだ来ていない。今まで乗っていた電車は進路を東に変え川越線へ入っていった。
 乗り換えのため10分以上のタイムロス。川越行きが発車する前に写真を撮っておいた。逆光だったので見づらいのだが。そのほかにもここまで来たことの証明?のために高麗川駅の看板を撮っておいた。ちなみに降りる前に「高麗川って何市だっけ」と言われた。高麗川駅は日高市です。(この時もそう答えた)そのほかにも隣に停まっていた209系も写真も取ったのだが結果は同じ。ホームに人影はまばら、近くには何ら見るものも無く、ただ単に周辺の利用客と乗り継ぎ客が利用するだけの駅のようである。
 そんなことをしている内に5分ほどたったのだろうか。次に乗る列車、八高線キハ110系がやってくるのが見える。いよいよ旅も本格的になってきた。
                               (つづく…)
                            著者:総合統括副代表

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その3

2006年01月30日 23時31分43秒 | 【連載】鉄道旅行記
八高線は行く(1)
 八高線は拝島を発車した。メンバーは4人。一人は連絡がつかない。この時点で欠席したという判断をし、高麗川へ向かう。線路沿いには住宅街が広がり、まだこれといった変化はない。東福生に到着。このあたりは米軍横田基地に近いため、騒音公害も多いという。駅としてはとても小さく、降りる人もほとんどいない。ものの十数秒で東福生を出発。この先は横田基地に沿って進んでいく。視界がだいぶ開けてきた。フェンスの向こうは横田基地。私たちは、「このフェンスの先はアメリカですね。」とか「俺たちは国境線を走っているんだ」という冗談とも取れるような取れないようなことを言いながら列車に揺られていた。しばらくすると、フェンスは無くなり国道16号線が見えてきた。「ここまで私は来たことがあります。」と言うと、「じゃあ新青梅(街道)沿いを走ってきたの?」と言われたので、「ちょっと違います」と答えた。実際はだいぶ違うのだが・・・。このあたりはカーブがあり列車は惰性で走ってゆく。外から見た写真が上のものだ。列車はその後スピードを落としトンネルへと突入する。トンネルと言えども実際のところ切通しにしかなっていない。実は昔は実際に八高線内唯一のトンネルだったのだが、電化の際に電柱を立てるときに邪魔なので屋根を取っ払ったようだ。そして今のような中途半端な形になった。このカーブを過ぎれば箱根ヶ崎。ここまでは自転車で来たことがある。
 箱根ヶ崎。ここで交換列車との待ち合わせをする。八高線は北藤岡-倉賀野間を除いて全線単線のためこの様にして駅ですれ違う。こうしないと、もちろんどうなるかは少し考えればわかるだろう。2分ほどすると八王子行き電車が来た。ここの入線(列車が駅構内に入ってくること)アラームが、非常に独特な音が鳴り、その音が医薬品のCMの最後に流れる音だとか、某バラエティ番組のチャイムだとか、リフトの乗車サインだとかと言う話になった。この話の意味はこの駅で電車の到着チャイムを聞けば一発で分かると思う。ちなみにこの駅の発車ベルは南武線と同じらしい。
 そんな事で、箱根ヶ崎を発車。住宅街だった景色は一面の茶畑に変わった。ここで進行方向を変え、右に「ザ・モールみずほ16」を眺めつつ国道16号をくぐるともうすぐ埼玉県。旅はまだ始まったばかりである。
                               (つづく…)
                            著者:総合統括副代表

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その2

2006年01月29日 11時58分22秒 | 【連載】鉄道旅行記
拝島集合の章
1月27日、私はいつもどおり起床し、すぐに着替えをして来る出発のときを待ち望む。空は晴れ、青く澄んでいる。バスは7時27分に来るのだが、最終チェックが間に合わず結局いつもどおり自転車で行くことに。河辺駅で朝食を買ったのだが、結局拝島駅まで食べれずじまいであった。河辺駅から青梅線で拝島までは15分だが、私は一度拝島を通過し、立川へ向かった。なぜなら八王子から八高線に乗るためだ。
 八王子に到着。このまま拝島に戻ると昨日記述した「二度同じ駅を通らない」と「定期券では大回り乗車が出来ない」という条件に引っかかるため、一度精算をしてからもう一度改札をくぐった。八高線はもうまもなく出発する。
 何とか間に合ったものの車内の混雑ぶりは尋常ではなかった。車両に乗るのが精一杯で、まったく身動きが出来ず。毎日ラッシュの青梅線や西武線を利用し、中央線で最も混む時間帯に乗車したことがあるが、それとは比べ物にならない混雑だった。(多分ゆうに200%は超えている。)ローカル線とはいえあの時間帯に4両編成が20分間隔では宜しくない。しかしほとんどの客は次の北八王子で降りていった。
 極端に客は減り、空席も目立った為、拝島までは座れた。そして2度目の拝島に到着。拝島で時刻表を見て、計画していた電車の1本前に乗っていた事が判明した。
 しおりの通り南口の改札で待つ。朝食をとりつつ待っていると、不意に後ろから気配が。構成員Aが来た。彼は、少し歩き方がおかしかったので、理由を聞いてみると、足に膿ができて、膿の切開除去手術をしたとのことである。いやはやとんだ苦労があるものだ。そこからなぜか自作しているゲームの話に飛び、また数分すると、今度は放送部長がやってきた。放送部長は、切符からスイカへの切り替えのため一度改札を出て戻ってきた。またしばらく待つと放送部員がやってきたのだが、バスケ部員が来ない。これから乗る八高線の特に高麗川から先の区間は、90分間隔で、もし逃せば途方もない時間を待たされることになる。(壊滅的なダメージ受ける)五日市からの電車が来たものの彼は来ない。そこで、放送部長が彼と連絡を取り合ったのだが音信不通。仕方なく八高線ホームへと向かった。もう電車に乗っているという最後の望みを託し乗車。後方の車両には確認できず、前方にもいない。連絡が取れないままいよいよ電車は出発してしまったのであった。始めから先行きが不安な旅。一体どうなってしまうのか。
                               (つづく…)
                           著者:総合統括副代表

鉄道大回り乗車の旅(八高線編)その1

2006年01月28日 21時09分42秒 | 【連載】鉄道旅行記
プロローグ
平成18年1月27日、推薦入試による休業日を利用して鉄道大回り乗車の旅を行いました。この日は他の構成員が難関大学を見学したそうですが、こちらについては、難関大学訪問記をご覧下さい。この2つの活動は共に私的なもので、本来の活動とは異なりますので悪しからず。また、私が公開しているブログとの共同で公開する旅行記ですが、こちらでは、全体の動きを中心に行います。
凡例
人物名は以下のように記載します。
社会科同好会
・著者→私
・構成員A
放送部
・部長→放送部長
・部員→放送部員
バスケット部
・部員→バスケ部員
※人物名の記載は個人版と共通です。

今回のルート
ここで、今回乗車したルートと車種をご紹介します。(すべてJR東日本の路線です)
拝島→(八高線)→高麗川(205系)→(八高線)→倉賀野(キハ110系)→(高崎線)→籠原(211系)→(高崎線)→大宮(E231系)→(埼京線)→武蔵浦和(205系)→(武蔵野線)→西国分寺(205系)→(中央線)→立川(201系)この区間を一度も改札を出ずに乗ると200km近く乗車しているのに160円になります。(まともに切符を買ったら3000円はする)

大回り乗車とは
 上記のことを見ると初めての方は「200kmも乗ってるくせに160円しか払わないのは明らかにおかしいだろ」とお思いの方も居られるでしょうが、実は全くもって合法的な方法なのです。なぜならこのような方法は、限られた条件下のみで出来る方法だからです。それは、JR東日本には、「東京大都市特定区間」というものが存在します。これは東京駅を中心とし、半径約100km圏内の区間を示すもので、首都圏のほとんどをカバーしています。東京に住む人であれば、JR線の初乗り運賃は130円(一部では140円以上)だと思いますが、これは「東京大都市特定区間」のみに適用される割引運賃のようなもので、実際には全国のほとんどの区間で初乗り140円が基本です。(都内で140円以上の所は、ただ単に次駅との距離が長いだけで、割引運賃に変わりはありません)
 問題の大回り乗車で160円は「『東京大都市特定区間』内では、同じ駅を2度通過しないかつ、同じ区間を2度通らないそして『東京大都市特定区間』から外れず、乗車した(切符を買った)同日(始発から終電)までに改札を出ることを守れば、最短距離の運賃で乗車できる」のです。なので理論上では、初乗り運賃の130円(こどもだと60円!)でゆうに300km以上を乗車することも可能なのです。この場合は初乗り運賃は最大3kmほどなので、実際の100倍以上の距離を乗っていることになり1kmごとの運賃は約1.3円です。(ここまで来ると半日以上電車の中)しかし、乗車区間が指定されている定期券や、回数券では、乗車できないので注意してください。またスイカ定期券の場合は、イオカードで乗車しているとはいえ、券面に乗車区間が記載されているので、券面区間を通過しないように乗車し、必ず日程表なり路線図なりを持ち、乗車区間を伝えられるようにしてください。また、上記の条件を一つでも違反すると不正乗車だと疑われます。(これは切符やイオカードで乗っても同じで、不正乗車と疑われてしまうと最悪の場合、乗車した全区間の片道運賃の3倍を払わされることになり、運が悪ければ一人1万円以上の痛手となるので注意。)

本題にたどり着けませんでしたが、次回からはいよいよ大回り乗車の旅に出発です。
                                (おわり)
                           著者:総合統括副代表