大島の空の下で

伊豆大島在住の中年のおっさんのブログです.日々の出来事を綴っていきます.一部は mixiとマルチポスティングしています.

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アラカン富士登山(私的登山記録です)

2015-09-01 23:43:42 | Weblog
2015年8月28日から29日にかけて一泊二日の富士登山をしてきました.私の人生の中では稀に属するイベントと思われますので少し長くなりますが記録を残しておきたいと思います. お急ぎの方は写真のみご覧ください.(クリックで拡大されます)

もともと野歩きは好きな方でしたがここ数年は伊豆大島ジオパーク研究会の巡検や大島ウォーキングクラブ(OWC)の活動を通してフィールドに出る事が特に多くなりました.富士山についても漠然とした関心はあったものの,そこに登る行為は全く別のジャンルに属することと思っていました.そもそも現在の体力では山頂(3776m)に到達するのは極めて困難な事が自明だったのです.
昨年の8月2日深更に三原山でアマチュア無線を運用中に小さな明かりに縁取られた山体のシルエットが見える事に気付きました.今思えばご来光目指して富士宮ルートや御殿場ルートを登る人々のキャップランプの列だったのですが100km隔てた大島でさえも見える山頂を目指す多くの人々の思いに心動かされるものがありました.
その年の10月ごろに町主催のウォーキング教室がありました.講師は一昨年の土砂災害でお嬢さんを亡くされたプロインストラクターのK子さん.高校時代可愛がっていただいた先輩でもあり,その後の様子を知りたくてほとんどの参加者が高齢の女性という会場にもぐりこみました.K子先輩からウォーキングの基礎を学んだ後「これをしっかりやったら富士山に登れるようになるかも」という考えがふつふつと湧いてきました.あと一年で還暦だし,ひとつ頑張ってみるか,ということでその後10カ月ほどのトレーニングを経てなんとか富士登山に耐えられる体を作ることができました.
登山日程は混雑を避けて設定したのですが当初予定の8月26日はダブル台風15・16号の接近により断念.2日遅れの28日朝,富士宮駅発の登山バスで5合目登山口に向かいました.
参加予定メンバーはOWCを中心に5名まで増えたのですが,日程都合や体調不安などで次々と脱落し,最終的にOWC副会長でプロのネイチャーガイドでもあるS姉さんと二人でバディを組むことになりました.

行程について
今回は,はじめからパックツアーの利用は想定していなかったので初めての富士山としてはかなり変則的な計画を立てました.大まかには富士宮5合目から山小屋一泊を経て登頂し吉田ルートでスバルライン5合目に下るコースです.初日は富士宮5合目登山口からは登攀開始せず,高地順応を兼ねて宝永遊歩道を使い宝永山火口縁までの軽トレッキングののちプリンスルートを逆行して6合目に到達.8合目の石室池田館までたどり着いたところで1日目が終了. 17時頃に夕食(カレー)を食べ深夜出発に備えて18時頃就寝しました.(比高840m)
2日目は午前5時過ぎのご来光に合わせて01:50ころ池田館を出発しました.この時も富士宮ルートには登らず山の斜面越しに右にトラバースして御殿場ルートに回りこみ山頂に向かいました.理由は混雑や体力的な理由で登頂が間に合わなかった場合,富士宮ルートではご来光が山影で見えないからです.結果的にご来光ビューポイントには04:50に到着できたので必要のない迂回だったようです.ただしトラバース距離は500mほどあるのでその所要時間は寝起きの高地順応に有効だったかもしれません.
二日目の比高500mは日頃三原山に登り慣れている我々にとってはさほど厳しい高さではないはずなのですが,昨日の疲れと空気の薄いせいでやたらと息が上がります.必然的に高度を20m稼いだら一休みという尺取虫のような登りかたになります.回りを見渡せば前後の登山者は行程を通してほとんど見慣れた顔触れで我々がとくに遅いというわけではなさそうでした.途中陸自の隊員が大勢見られましたが我々よりも登攀速度が遅く,小隊単位で休憩している様子はかなり疲弊しているようでした.キャップランプの光も乏しいことから御殿場口から夜を徹して登ってきたものと思われました.訓練とは言え大変な運動量です.ご苦労さま.
薄明るくなってきた山頂付近では「もうすぐご来光ー」「時間ないよー」とガイドらしき人が叫んでいるのが聞こえます.我々はかろうじて日昇時間に間に合い御殿場ルート山頂より東側にある通称「賽ノ河原」と呼ばれる朝日岳付近のビューポイントに移動しました.
込み合う時期を避けたかいあって困難な思いをすることなく05:15頃雲海から顔を出したご来光をカメラに収めることができました.

下山
登頂を果たした喜びとは裏腹に二人とも疲労が激しいので最高峰の剣が峰行はパスすることに意見が一致し,お鉢を左回りに3分の1ほど移動して吉田口頂上に向かいました.午前6時ごろ登山客でにぎわう久須志神社付近の山頂商店街を後に下山開始し50回を超えるつづら折りの下山道を4時間かけて吉田口5合目にたどり着きました.(比高1405m) 二人とも筋肉や関節の痛みに耐えながらの歩行でスリップ転倒も数回あり登りよりキツイと感じながらの下山でした.

持ち物 
通常の着替えやファストエイド・飲み物・行動食等を合わせると目立った重量物がなくても8kgを超えました.パッキング後試しに背負ってみた第一印象は「ホントにこんなに重いものを山頂まで持って行けるのか?」です.大島に帰る前に風呂に行くとなるとその分の着替えも持ち歩かなければなりません.私は夜行船を待つ間に浜松町駅付近の銭湯「ふれあいの湯」で入浴しました.
持参したものの使用しなかったグッズもいくつかあります.ファストエイドはともかくとして,ザックカバー.下肢用雨具・サングラス・軍手・アイマスク・マスク・トイペ・カメラ予備電池(持たず)・キャップランプ予備電池(持たず)などです.(不必要ではなく今回はたまたま使用しなかったものです)

疲労・高山病
もっとも警戒したのは高山病ですが結果的に二人とも発症はありませんでした.アラカンの我パーティーは必然的に無理しないゆっくりした登り方となったこと.宝永火口見物や御殿場ルートへの迂回など同一高度の移動時間が多くあった事などが理由と思われます.疲労感については,こんなはずではなかった,思っていた以上に辛かったというのが正直な感想です.登山前は二人とも来年は別ルートで登ろうなどと話し合っていたのですが,下山後にはその話題は無くなっていました.疲労の仕方は低地で行動する場合とはかなり異なります.数歩登ると急速に身体が重くなりますが立ち止まると速やかに楽になります.とくに二日目は空気が薄いせいか顕著です.したがって,ちょっと昇っては一休みを繰り返すヒットエンドラン式の登りかたにならざるを得ません.当然,登山計画は地図のルート所要時間を鵜飲みにせず余裕を取る事が必要です.われわれの場合,昭文社登山地図の表示のおおむね5割増しの時間が必要でした.下山では登りとは異なる筋肉に負荷がかかり一層キツクなります.私は膝の関節が痛みだし真っ直ぐに歩くことが困難になりました.(現在は回復)

登山客
吉田口5合目のツアーバス終点ではそこにいる観光客の9割かと思えるほど隣りの大陸の言葉が飛び交っていましたが,実際に登山に挑んでいる外国人はコーカソイドが目立ちます.髪を刈り上げたGIらしきパーティーだけでなく,ロシア語らしき会話の家族連れや女子を含む友達同士のパーティー等々,2割ほどは海外からの登山客に思えました.多くの外国人登山者が日の丸や旭日旗の着いた金剛杖を持っていました.ふもとで買った時から着いているのだろうけどおかしかった.

山小屋
富士宮ルートでは山小屋を伝統的に石室と呼びます.一泊2食付きで7500円.ふろ・シャワー無し.メニューは夕食はカレーの小盛り一皿,朝食はチェックイン時にレジ袋に入れて渡される牛乳パック,菓子パン2個,ソイジョイ1個のセット. 寝床はシュラフで雑魚寝です.東海汽船の2等和室のイメージです.暖房はありませんが寒くはなかったです.

トレーニング
私の同級生達には説明不要ですが,運動のセンスは昔から最下位クラスでした.もちろん長距離走もだめ.そんな身体を富士山に登れるまで改造するには時間をかけるしかありませんでした.はじめは自宅のまわりを200~300mほど速足で歩いただけで息があがりました.距離を徐々に増やしながら負荷も加え,水入りペットボトルを数本ザックに入れ,手足にはウエイトバンドを巻き付けてと序々に増やし最終的に自宅から大島公園までの往復4kmを合計9kgの負荷を着け6km/hの早さでウォーキングすることを週に4-5日.これを9ケ月間続けました.島外への出張中も無負荷ながら極力歩くようにしました.ただしザック負荷(6kg)は腰痛が出やすいので登山前一か月間はウエイトバンドのみで歩きました.

バディについて
今回同行していただいたS姉さんは私の一つ歳上.島外トレッキングを含めて過去に何回もパーティーを組んでいただいた方です.ネイチャーガイドとして判断力や知識が豊富で道中に係る細かな説明は一切不要でした.話していて疲れない.聡明.安心.スタミナは私以上という.最強のパートナーでした.基本的には単独でも行く予定でしたが,素人の単独富士登山なんてだれが考えても危険です.今回は幸運だったと思います.

我々のパーティーはスコリアの色の違いや溶岩流を見ても萌えることのできるやや変わった感性を持っていますが富士山は単独峰で上部は岩だらけ.多くのトレッキングルートのような豊かな自然は見られません.登山ではなく参道が過酷な宮参りだと表現する方もいます. 本邦最高峰から見る日の出は素晴らしいものですが,ここしばらくは緑のあるルートを歩きたいと思っています.

2015.9.1 記


09:07 階段が富士宮5合目登山口ですが今回はこちらを登らず右に行き宝永遊歩道に向かいます.


40分ほど森林地帯を歩くと宝永山第2火口縁にでます.


休息と高地順応を兼ね宝永火口の雄大さにしばらくみとれます.左上に6合目の山小屋が見えています.


この歳でタイツ姿はこっぱずかしいけど,とにかく足が上げやすいです.


途中の山小屋で休息をとりながら登ります.しばらくはこんな道が続きます.


13:34 標高 3000mを通過


新7合目(2790m)の上は元祖7合目(3030m)??


赤色のスコリアが熔着した岩(アグルチネート)の間を歩く.ワクワク.


15:00 本日の目的地8合目池田館に到着(3220m)


山小屋の中はこんなふう.


区画割りをしていないころの東海汽船2等客室に比べたら天国です.


午後5時30分を過ぎてもまだまだ人が登って来ます.宝永火口や途中の山小屋,5合目登山口までよく見えています.


8月29日午前1時50分 出発です.相模湾沿岸の夜景


御殿場ルート山頂から賽ノ河原へ移動.下界は雲海の下です.


05:15 どこで見てもおなじ太陽だけどここで見るのは格別の景色です.


二人とも疲労が激しいので無理はやめて剣が峰はスルーしました.


空がどんどん明るくなり気温も上がって来ました.


時々雲海の切れ間からふもとまで見渡せる.吸い込まれそうな落差感です.


吉田口ルート山頂は山小屋が複数並び商店街の賑わいのようです.


06:40 下山開始して40分経過.膝の芯がイタイ. それにしても外国人が多いです.


下山道はジクザクを50回以上の繰り返し.足の痛さに耐えかねて後ろ向きや横向きで下る人も多くいます.


吉田6合目の標識. 上方向は富士山山頂といたってシンプル.


登山シーズンも終盤とあって山小屋の補給や補修資材を積んだクローラー車両が何台も登っていきました.


終点5合目までもう少し.


足の痛さに馬車の誘惑(2000円)


終盤の数百メートルはなぜか登り坂


5合目到着.雲海の下は霧雨でした.ツアーバスの終点でもあり多くの観光客がいます.聞こえる会話はほとんどが中国語.


バス停横の階段を上り


新宿駅直行の高速バスを待つあいだに御中道を偵察. 


ここなら登頂を目ざさないウォーキング仲間でも楽しめそうです.


この後12:00にバスに乗車.新宿駅に到着したのは15時少し前でした.

以上

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「火花」読みました

2015-08-15 12:56:56 | Weblog


ベストセラーとなっているようですがやっと雑誌掲載されたので読了しました.
内容の多くが公開されているので,あらすじは省略します.
わたしの(客としての)寄席デビューは中二の夏,今はなき大阪角座でフラワーショウの歌謡漫談や米朝師匠の艶話を楽しんだのが最初です.半世紀近く前の事になりました.後年フラワーショウのリーダーのボタンさんが琵琶湖に入水して驚きました.芸人さんの世界のことなんて珠に行く鈴本や末広・東洋館などの客席から見た景色とちょっとしたエピソードの斜め読みしか知りません. 
それでも売れていないお笑い芸人の日常は貧乏で副業で糊口をしのぎながら芸に精進というのが定番なのは承知しています.志ん生のなめくじ長屋伝説や無名時代の爆笑問題が田中とタイタン社長の光子のコンビニのアルバイトでもっていたことなど昔も今も変わらない.不思議なのは昔の副業話の方が読んでいて安心感があった事です.非正規雇用がこれほどポュラーになったのに現在のパートぶりの方が読んでいて焦燥感が強い.たぶん世の中の閉塞感が違うのが理由だと思います. 本賞にエントリーする作品には普段めったに使われない漢字や単語が使われている事がしばしばあって新鮮な感じを受けることがあり.この作品にも頻出します.些細なことだけど「纏う」(まとう)が気付いただけで三回使われていました.たぶん作者の好きな単語なのだろうけれど類義語を使って書き分けてほしかった.物語の終盤で師匠にマイノリティへの配慮を説く場面はもっともだと感じながらも現実に引き戻される興ざめ感があり,工夫のしようがなかったのかと少し残念に思いました.
知らない世界を垣間見せてくれるのが小説の楽しみのひとつと思っているので四六時中とは言わずとも少しは読みたいと思っています.いかんせん無限とも思える冊数の書店の本棚から読書が時間の無駄と感じない新人の作品を探すのは大変です.そこで芥川賞受賞作品ならはずれは少ないだろうという安易な理由で毎回の受賞作を読んできました. 本作品の受賞が報道された時芥川賞と本屋大賞の区別がつきにくい状況になったと皮肉ったニュースキャスターがいたようです.火花が賞の水準に達しているか否かなんて無論判らないけど四十編以上の既読の受賞作品と同質のにおいは感じました.タレント本というのは読んだことが無いのでわかりませんが,たぶんそれとは全く別物の完成度の高い小説だと思いました.

「火花」 第153回芥川賞作品
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2015.7.11 明神ヶ岳(箱根)登山

2015-07-14 21:40:10 | Weblog


都内に出張があったのでついでに箱根の様子を見に明神ヶ岳(1169m)に登ってみました.
箱根カルデラは長径10km 短径8km ほどあり大島一周道路で囲まれた範囲くらいの面積があります.明神ヶ岳はその古期外輪山の北東側にあるピークのひとつです.
大雄山から最乗寺(道了尊)までバスで行き登山道に入りました.取り付き点は標高350m程ですので比高は820mになります.
湯本からではなく外輪山の外側からのアプローチになりますので大島に例えると元町の桟橋から三原外輪山を目指すイメージになります.幸い天候に恵まれ薄いモヤ越しながら4km隔てた大涌谷から吹きあがる蒸気を遠望することができました.
登山中は数分おきにエレベータに乗った時のような内耳への圧力を感じました.はじめのうちは寝不足による体調不良が原因と思っていたのですが他の登山者も同じタイミングで異変を口にすることから,これが空振であることに気付きました.28年前の三原山噴火の際5日目頃から溶岩プール内の巨大な泡がはぜる事によって衝撃波のドームが音速で拡大する現象を目撃し空振を何度も経験したのにすぐに気付かなかったのは迂闊でした.空振は定常的な蒸気の噴出では発生しないのではないか.定義がさだかではないのですが,瞬間的に大量の噴気(蒸気)が吹き出る現象は水蒸気噴火とは呼ばないのでしょうか.それとも諸般の事情でそう呼ばないのかしらん.



ただし,様子を遠望した限りでは活発な蒸気の発生は現認できるものの,その場所は限定的で湯本まで閑散とするのは明らかな過剰反応だと思われました.箱根が好きで何度も来ていますが定休日(木曜が多い)でもないのに閉店や終業の早い店が続出の現状はとても残念に思います.(下山後に寄った宮城野の日帰り温泉も平日の営業時間を短縮していました)
逆に箱根ファンには適度に空いている今が遊びに行くチャンスかもしれません.噴火活動がどの程度続くかは見当も付きませんが,火山あっての箱根でもあります.地元の方々が風評にめげず頑張ってほしいと思いました.

登山中の他の写真はこちら↓
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.851589821596467.1073741884.100002363704378&type=1&l=d9012c01c7>
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ビッグプレゼントを頂きました.

2015-03-09 21:31:27 | Weblog


写真は今日届いた2冊の本です.

「島々の聖地」伊豆大島編は248ページ.八丈島・八丈小島・青ヶ島・南大東島 編は171ページ,変形A5全ページカラーの
豪華本です.いずれも国学院大学学術資料センター(考古学部門)発行です.

  
昨年伊豆大島編の存在を知り,発行元に購入方法を問い合わせたのですが個人領布はしていない旨の返答があり
諦めていました.ところが事情を知り尽力してくださった方のおかげで入手できました.しかも無料で!!

島のあちこちには今も小さな祠や石塚などが残っています.
島民が子供のころから親しんでいたこれらの神々は近い将来忘れ去られる運命にあるように思えます.
この2冊はそれらを丁寧に写真(緯度・経度付)に蒐集し可能なものは祀神も記載してあります.
伊豆大島編の監修者である樋口秀司氏は中学生の頃から知る地元出身の教員であり大島のジオパークガイド養成講座の講師でも有った方ですが残念ながら昨年亡くなられました.
神々と深い絆を保って生活している古老たちが鬼籍に入リ始めた現在,このような資料を世に出すことは今後不可能と思われるので大事にすると同時に関心のある方と内容を共有したいと考えています.
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2015.2.25-27 「伊豆諸島くるまざフォーラム」と箱根石畳トレック

2015-03-02 23:17:02 | Weblog

2月25・26日は各島のガイドや島好きが集合する「伊豆諸島くるまざフォーラム」に参加しました. こんな会にはきっと面白い人やヘンな人が集まるはずと予想しポケマネ・有給利用で参加したのですが講師陣は長谷川雅美先生や大御所 伊藤和明先生等々.非常に濃い内容で楽しくも充実した会合だったと思います.

翌日は箱根にある旧東海道の石畳を歩いてみました.
芦ノ湖のほとりをスタートし湯本までの約11kmの道のりですが7-8割が江戸時代の石畳か当時を復元したものという珍しいトレッキングコースでした.
湖畔や湯本にはウイークデーにもかかわらず多くの観光客がいました.聞こえてくる話し声から,大陸からと思われる方がかなり(3-4割?)いるようでした.(旧街道はガラガラ) 
随所に立つ解説板には,石畳はぬかるむ街道を歩きやすくするためとあるのですが歩きにくいことこの上ない.体感的には20km以上歩いたような疲労感があります.



到着後,箱根湯本のジオパーク館分室に寄ったら「出女や逃走者が手間取るようにわざわざ歩きにくく作ってある」 との新(真)説を聞くことができました.解説してくださった(田附より年長の)女性ガイドさんは雨の日に傘を指して件の石畳を歩くのが好きとのことでかなりの山好きとお見受けしました.ジオパークつながりで火山の話で盛り上がり,再訪なのでちょっと寄るつもりがかなり長い時間になりました.箱根は畑宿や宮城野・大涌谷・小涌谷・強羅と主に東側を何度も歩いていますが,最近やっと箱根火山とそのカルデラを実感することができ湯本がその裂け目であることが理解できるようになってきました.

↓その他の写真は以下のFBリンクにあります.

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.781063705315746.1073741879.100002363704378&type=1&l=1caa596eb5
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何はともあれお正月

2015-01-04 00:09:54 | Weblog
大みそかは山頂ジオパーク展の当番,元日は3月からやっているポニーの厩務当番と両日とも趣味でやっている仕事が重なり,例年の自宅でマッタリとはちょっと異なる日々を過ごしました.
(写真をクリックすると拡大します.記事復帰は戻るボタンで)


12/31 三原山

 
1/1 トウシキ海岸ヘリポートの日の出 と 地層大切断面

 
ツバキ8歳♀ ミハラ5歳♂

2日は恒例にしている三原山頂付近でハムの移動運用の予定だったのですが,自宅を出る寸前に同級生の訃報が入り,登山・設営して機器の電源を入れたもののどうにも身が入らず結局一局も交信しないまま撤収してしまいました.


    
三原山登山道展望台付近


運用中にキョンが現れ「何やってんの?」と言いたげにこちらを見つめていました.


自宅シャック(無線室)にて

今朝は気を取りなおして朝食後久しぶりにシャックからオンエア.ノルマの20局交信を終えるとそろそろ彼が島に戻ってくる時間.港で10数名の同級生たちと出迎えてそのまま彼の自宅へ同行し焼香.お茶を飲みながら居合わせた仲間たちと,少なくなった残り時間を悔いなく過ごそうと語り合う.


本日の到着港 (岡田港)

「門松は冥土の旅の一里塚、目出度くもあり、目出度くも無し」
一休宗純の歌を地でいく正月となり,何があっても不思議ではない年齢になったことを実感した三ヶ日となりました.
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伊豆大島情報 「 自分の手で店を作る 」

2014-10-11 10:53:26 | Weblog
差木地にあるジャズ喫茶スペイキャストのオーナー馬場さんがご自身の経験をもとに
「自分の手で店をつくる」を上梓しました.
地元の成瀬書店に行ったらちゃんとありました.本日拝読.
開業に至る事情や詳細な建設ドキュメントは地元同志とはいうものの普段雑談を交わす程度だったので初めて目にすることばかり.セルフビルドに興味のある方には強くお勧めします.

著者は以前,島の子供たちのために町の評議会で一緒に活動した仲間です.CXのカメラマンからフリーを経て大島で養鶏農家を経営という異色の経歴をお持ちのナイスミドルです.

↓スペイキャストHP
http://spey-cast.on.omisenomikata.jp/
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御嶽山の噴火と三原山

2014-09-28 11:27:33 | Weblog
 


今回の御嶽山の噴火では事前に火山性微動の観測はされていたようですが,噴火の予測はできなかったようです.映像を見ると溶岩流出やドーム形成はなさそうで火山灰の堆積も山頂付近に数センチですから,ビビッドな映像の割に規模はさほどでもないと感じています.人に例えたらちょっとゲップした程度でしょう.それでも登山等で現地に居合わせた方たちにとっては生死にかかわる現象で大変な出来事となりました.
災害は人の生活があるところにのみ発生します.西の島の噴火のようにそこに人がいなければ噴火や斜面崩落は単なる自然現象.人間はちっぽけな存在なので自然現象は止められません.だから自然を尊重して注意しながら付き合う心掛けが必要なのだと思います.
私自身についていえば,自宅に防塵マスクや眼鏡をしていても装着できるゴーグル・ヘルメット等の備えはあります.ただし通常の三原山登山では持参していません.

三原山は1986年の噴火後多くの観測機器が設置され国内に110ある火山の中では屈指の観測体制のようです(ちなみにトップは桜島らしい).全国に4か所しかない気象庁火山防災連絡事務所のひとつが設置され自治体と一体化して火山監視業務を行っています.(他は浅間山・三宅島・阿蘇山)
その所長によると,三原山の場合,噴火予測の精度は

○ 2,3日以内には無いでしょう.
○ 2,3週間以内でも 多分ないと思います.
○ 2,3カ月後となると ・・・ 分かりません

だそうです.
噴火予測はホントに難しいようです.


↓アジア航測(株)さんが公開した御嶽山の航空写真

http://www.ajiko.co.jp/article/detail/ID5063VS69D/
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2014.9.21 大島OWCススキウォーク

2014-09-22 07:52:55 | Weblog


空が高くなり空気に涼味の加わったことが感じられる一日でした.

例年より早めの尾花の開花を追いかけて三原山の温泉ホテルからカルデラ東側の周遊トレッキングをしてきました.
まだ赤っぽい艶やかさをたたえた萱の花々はあと一月もすると黄金色の海原のような景観に変わるはずです.

OWC(大島ウォーキングクラブ)

↓ その他の写真はこちらのリンクへ
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.696600290428755.1073741871.100002363704378&type=1&l=9c305e1872

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2014.8.22 相模湖嵐山でスズメバチに追いかけられるの記

2014-08-31 12:21:32 | Weblog
毎年8月恒例のハムフェアと真空管マニア (一般の方には意味不明か…) のオフ会に参加のための上京でしたがついでに前日どこかを歩いてみようとネットを物色したところ相模湖畔の低山登山プラス温泉というお手軽そうなコースを発見しました.
JR相模湖駅をスタートし湖畔を時計回りに相模湖大橋を渡り相模ダムを見学したところで標高406mの嵐山山頂を通過し相模湖温泉「うるり」に至るという道程です.

駅を降り目指す登山口に向かいます.湖のほとりにはお約束のボートに遊覧船,レストランなどがありましたがウイークデーとは言え夏休み期間中なのに人影はまばらでさびしい雰囲気でした.

登山口から頂上までの標高差は200mほどで当初「軽い,かるい」と甘く見て登攀開始しましたが急傾斜と蒸し暑さで途中何度も休憩を取らざるを得ませんでした.
あと200m程で頂上という地点でヘロヘロ状態で休息していると見張り役と思われるスズメバチにまとわりつかれダッシュで逃げること3回,80メートル程を駆け上がってやっと振り払う事が出来ました.
当然ながら息も絶え絶えとなり頂上で大休息をすることとなりました.
8・9月はスズメバチの発生期です.おまけに帽子こそクリーム色ながら黒Tシャツに黒短パン.黒タイツというスタイルで黒色に向かって攻撃する習性のあるスズメバチからみれば標的となっても仕方ない格好でした.

頂上で気が緩んだ後も誤算が続きます.今回歩いた総行程は3.6kmですべて東海自然歩道とはいうものの山頂から先は歩いた痕跡がほとんどなく,草深い谷道や尾根道が交互に現れます.
山頂の後は下るだけで温泉到着と思い込んでいただけに疲労感がいっそう高まります.ようやく着いた相模湖温泉「うるり」は思いの外快適な施設で入浴・食事に加えて無料仮眠室があり,軽く一杯やった後,午睡を取って充分な休息をとることができました.  
結局,嵐山山頂まで2時間,山頂から相模湖温泉まで2時間30分と思いのほか時間を要し,道中もアップダウンや藪が多いラクチンとは言いかねる山歩きとなりました.正直なところ秋冬はともかく夏場はお勧めしかねるコースだと思いました.

アルバムには翌23日参加したハムフェア + オフ会の様子も載せてあります.かつては多くの青少年で賑わったハムフェアも今ではオタッキーなおじさんだらけの (一般の方からみれば) ヘンなお祭りに変身してしまいました(^^;

↓写真をクリックすると拡大されます.その他の写真アルバムはこちらのリンク先にあります
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.686471051441679.1073741867.100002363704378&type=1&l=de019b84ec
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